憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

野牛を狩る

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行ってらっしゃいと、馬車に残るオユキにかけられた言葉に返すことなく、トモエはただ外に出る。揺れが収まったのは、既に理解している。馬車を牽く馬は、カミトキとセンヨウの二頭。だというのに、随分と早く移動を叶えてくれたものだ。帰ったら、そちらも労わなければならない。今は、ただ脇を通り過ぎてトモエは前に。
既に露払いと言えばいいのだろうか、周囲の魔物の内危険な物、今のトモエでは対応できないと考えられている者だけでなく、今回目標としている魔物以外を騎士達と傭兵が駆除して回っている。得られる魔石は、税として一定を納めた上で彼らに渡すものが大部分。一部は、これから行うだろう移動に向けて門の起動用として。
先ごろは、もはや随分と前に感じてしまうのだが、狩猟祭の折には随分と町の近くまで来ていたのだと、改めてトモエは感じる。これまでは狩りと言えば、余程の事が無い限りは町の壁が見える位置でしか行ってこなかった。それが今はどうだ。見渡す限りの草原。そのただなかにポツンとこうして立っている。変わらず見える世界樹とやら、それ以外は周囲の風景が全てある程度の距離を超えれば白い光の散乱の中に消えていく。
そして、周辺を取り巻くのは、狩猟者ギルドで受け取った資料、恐らくはそこに書かれていた絵と同一なのだろうと思える魔物たち。縮尺と言えばいいのか、絵として描かれた物では大きさの想像がつかなかったのだが、改めて己の側で動き回る相手を見れば、どれもこれも冗談じみた巨躯を誇っている。

「これで、中型ですか。」

傭兵達は、数人がかりで。騎士達は、一部の物は単独で、そうでない物はやはり傭兵達と同じく三人一組で。

「そうですな。大型となれば、これの倍どころの騒ぎではありません。」
「そちらも、いつかはと思いますね。」

いつか、そういつかだ。今ではない。

「この子も、これが最期の仕事となるでしょう。」

目当ての魔物は、既に追い込もうと動いている者達がいる。トモエにしても、そうした動きがあると見れば分かるために、大太刀を鞘からただ抜き放つ。
ウーヴェに預けてはみた物の、やはり返ってきたものは補修石を使えるはずもない為、かなり痩せてしまった状態であった。オユキの得物にしても、同様に。特にシェリアが無理に振った物に関しては、いよいよどうにもならないと、そうした状態であったらしい。戦と武技の神から与えられた短剣だけは、ウーヴェにしても自身の手柄では無いと前置きをした上で、完全に直ったものを渡してくれはしたのだが。
やはり、得られた素材、そこらに無いとはいえ人の世で手に入る程度の素材では、色々と無理が出るという事でもあるのだろう。特に溢れとはいえ、所詮は中型の魔物を狩れば大体になるような、そんな武器でしかない。

「これが終われば、供養をして上げねばなりませんね。」

此処まで、本当にこの大太刀はよくやってくれた。武器は消耗品。確かにトモエはそのように考えてはいるし、全ての武器に等とは思いもしないのだが、特に気に入っていたこの大太刀には、やはり何かをとくらいには思うのだ。

「ほう。トモエ卿はこれを最後にその剣を祀るのですか。」
「ええ、その程度には気に入っていました。」

銘も与えていない、そんな大太刀。どうせすぐに駄目になるだろうと、そんな事を最初は考えていたのだが、本当に長く、良く使われてくれた。
そして、今、これから。そんな武器の後を任せるための素材を得るために、使い潰すのだと決めた。傲慢と、まさにそう言える振る舞いを、この大太刀にはする。それを許してくれなどという気はさらさらないが、供養をするくらいは必要だろう。

「ユウナズミ、そう銘を贈ります。今更ですが。」

熊から手に入れた物を使って、拵えた武器だ。己が拘泥する形、それを与えたお気に入りの一振り。

「別れ際に名を贈る、そうした主で申し訳ないとは思いますが、ええ、最後の仕事です。」

追い込みに成功したのか、狙っている得物はまっすぐにトモエに向かってその巨体を動かしている。
相手があまりにも巨体であるため、少々距離感を計りかねてはいるのだが、もう間もなく相手の攻撃が届くことにはなるだろう。もしもこのままトモエが何もしないのであれば。
構えはあくまで自然体。軽く垂らした腕と、掌に引っかける様にして大太刀を構えるトモエに向けて、愚直と呼ぶにふさわしい様相で広い草原を駆けて来る。二階建ての一軒家、それよりも二回りほど大きいだろうか。そんな巨体が己に向かって突進してくる様は確かに恐怖心を少々煽られそうにもなるのだが、掌にあるものが、それには及ばないとただトモエに伝えて来るような、そのような間隔を覚える。
シグルドにも少し話してはいるのだが、周囲の魔物がどの程度の強さなのか、人がどれほどの加護を得ているのか、トモエには確かに何とはなしにわかるようにはなってきているのだが、それに従えば今トモエに向かって来ている相手は、やはりトモエよりも強いのだ。だが、所詮はそれだけ。

「一刀のもとに仕留めきる。それは当流派が至上とするものではありませんが。」

ここまでに散々使う機会のあった武技を使う。
余程防御に秀でた者でなければ、強度が高い存在でなければ一切の容赦なく切り取る斬撃。己の振るう太刀からの延長として叶えられるそれを。下手をすれば、それこそ大いに誰彼構わず巻き込む可能性のある技でもあるのだが、今はそこまで心配もない。
オユキがこちらに来た時にトモエに語った言葉、それが己の脳裏に焼き付いたからと言えばいいのだろうか。視界にあるものを、一切の区別なく両断するための技。万が一この野牛の後ろに誰かがいればと、そんな事をトモエは考えもするが流石にそんな真似をする者はいないだろうと、そうした考えのもとに。念のため、視界の端でこの狩猟に同行している人数を数えた上で。

「真っ当に戦うとなれば、こうはならないのでしょう。」

長い毛を持っている牛、その毛にしても、皮膚と分厚い脂肪にしても。初戦たちが着る事が出来るのは刃渡りまでといった制限が物理的にある。

「実にお見事ですな。」
「いえ、武技に頼っただけの物です。」

真っ直ぐに、下から上へというには角度がついているが逆袈裟というには浅い。そんな角度で振った大太刀、その先に有った野牛の巨体が両断され、突進の勢いはそのままに大地に別れて転がる。切り伏せた魔物は、これまで姿を消すのであれば直ぐに消えて失せたのだ。しかし、今は少し待っても全体が見事に残っている。食肉と出来るかどうかは、内臓までを間違いなく、容赦なく切り開いたので難しい所もあるかもしれないが。
二つに分かれた巨体が、音を立てて滑っていく。トモエでは流石に交わすのも難しいのだが、それらは傍に立つローレンツが弾いて余所に。トモエには返り血の一つも届く事は無い。多少は、そうした物を受けても立ち合いであり、狩猟なのだからと思わないでも無いのだが、確かに血まみれで馬車に戻ればシェリアも嫌な顔をするだろうし、オユキが散々に心配するだろう。

「それにしても、此処までとなると。」
「この子も、よくやってくれましたから。」

トモエの手にあった大太刀が、見事に砕けて刀身の半ばから先が空気に溶けるように消えてゆく。
武技で行う前借、その結果がこれだと言わんばかりに。半ばから折れたのであれば、そのまま鞘に入れて後はウーヴェに一度預けて継いでもらった上で供養とするつもりではいたのだ。
だが、そうはならなかったというのならば、改めてウーヴェには簡単に短剣に打ちなおしてもらった上で、それを行うしかないだろう。武器に、無理をさせた。己がもっとうまく扱えば、まだ、より長く使う事も出来ただろう。こちらに来てからというもの、やはり体の制御というのが殊更難しく、常々気を張ってはいるのだがそれも出来ない場面というのがこれまでに幾度もあった。

「オユキさんが、こうならないように。そう、私は考えています。」
「全くもって、その通りなのだろうな。」

この世界が、周囲の人たちが今後も遠慮なくオユキを使っていけば、間違いなくこの太刀と同じ結末を迎えるには違いない。仮にそうでなかったとしても、摩耗していると、そうトモエが思えば今度はトモエ自身が始末をつける事だろう。それを望んでなどいないというのに。

「さて、そうした話は今はやめておきましょう。」
「ふむ。」
「とにもかくにも町に戻って、アルノーさんに部位を選んでもらわなければなりませんし。」
「馴染みの鍛冶職人ではなく、ですか。」

骨も歯も、額から伸びる巨大な角も。実に見事な品として、きちんと残っている。それらをどう武器に加工するのかは、ウーヴェに任せるしかないのだが、それよりも先に痛みが早いだろう肉をどうにか処理するほうがやはり優先度は高い。オユキは以前しっかりと脂ののった身質を、胸やけがすると言わんばかりに見ていたし早々に辞去していたのだがやはりトモエにとっては嬉しい食事であるには違いない。以前はローレンツが得て、町に渡すこととなったため、アルノーも部位を選んだりなどという事は出来ていなかった。だが、こうして丸ごと持って帰った上で彼に良い部分を選んでもらえば、さぞ良い一品にと変えてくれることだろう。

「ウーヴェさんには、そうですね食べ残しという表現は少々あれですが。」

そうトモエが告げれば、ローレンツはただ呵々と笑う。
魔物は脅威であることに違いない。しかし、狩猟が出来るというのならば、神々が人に与えた資源でしかない。狩猟の喜びを、毛は、革は服飾や装飾に。肉は文字通り人々の血にくに。そしてそこで残る骨であったりは、次なる魔物を狩るために。

「成程成程、実にらしいことですな。」
「ええ。やはり、ファンタズマ子爵家などと言っても、私達は狩猟者としての立場も持っていますから。」

ただ、子爵家などという方が来もあるのだ。それこそ少々の部位は町に流すのも必要になってくるだろう。色々と無理を頼んだ相手もいる為、おすそ分けとする必要もある。

「では、後はお任せしますね。」

地に転がる己の成果。切ったため、流れ出す血に、毛皮も濡れ始めている。それに背を向けて、まずは馬車へ。
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