憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

書類を読みつつ

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トモエを送り出した後は、オユキはオユキで執務室の机で昨日残したものと向かい合う事になる。一日たてば、何やらまた新しい山が増えていたりと気になりはする。そして、それを見るにつけても過去によく合った事だと感じるものだが、こうして再び己が直面してみれば何とも徒労感を感じる物でもある。

「それにしても、狩猟者ギルドがトモエさんにまで話を持っていくとは思いませんでした。」

生憎と今日はカレンに半日ほど、オユキがこうして作業を行える時間は休む様にと言いつけているため、仕事の友はシェリアとローレンツの二人。こちらも慣れた相手ではあるのだが、ローレンツが少々気落ちしていると言えばいいのか思い悩んでいる風だと言えばいいのか。

「そうですね。私も少々意外を感じました。」
「一応、納得のいく理屈と言いましょうか、そういった物は確かにありましたが。」
「オユキ様は、そうお考えですか。」
「一応は、というくらいですが。」

シェリアの追及に、オユキとしては苦笑いで応えるしかない。要は非正規の手段を使って、押し込んできたのだ。ここで甘い顔をするから、相手がつけあがるのだとそういいたげに。シェリアの考えも正しい物であるし、トモエとオユキの行う事もまた正しい物なのだ。互いに基礎とする価値観が異なっている。だからこそ、そこには齟齬が生まれる。
採取者ギルドからオユキ宛に届けられていた書簡には、この町で妊娠者が増えた事に伴い一部の薬、これまではさして需要の無かった栄養剤や妊娠期間中の安定を叶えるための薬など、そうした物が求められるようになっているのだと。そして、それらの素材というのは基本的に常備されているようなものではないと。
町中で、初めての事にうろたえるものも多い中、気休めの薬すら手に入らぬというのであれば、町の治安とて乱れるかもしれない。実に脅迫めいた言葉が躍っていたものだ。解決策としては、狩猟者ギルドと連盟となっていたのだがオユキとしてはそこにメイが名前を連ねていないのが気にかかり、正直後に回してもいいかと考えたりもしたものだ。
しかし、トモエからこういった話を聞かされたと、そのように回ってきており、トモエとしても出来る事であるならやぶさかでは無いという心持であるようではあったため、少年たちを誘って行っておいでなさいと、オユキはそう判断をすることとなった。

「とりあえず、ダンジョンに解決を求めるのが良いでしょうか。」
「昨日、オユキ様が既にリース伯子女当てに方策を渡したのでしたか。」
「方策とまでは行きませんが、ファルコさん、ええとマリーア伯爵の第二令息ですね、そちらに少し考えていただくようにと。」

幾つかの、オユキが短い時間で思いつく限りの方策もついでに書き記しはしたが、実行に移すのはファルコの職分だ。あくまで陳情書と言えばいいのだろうか。そうした形でオユキからは。そう言えばそれに対する返信があるのだろうかと昨日から今朝までの間に積まれたであろう書類に視線が流れるがそちらは流石に今は手を付けないように置いておく。いよいよ己に課している枷を取り払ってしまえば、こうして目の前に積まれている書類の全てに一先ず目を通さねばなどと、オユキ自身そうするだろうことは理解している。

「そう、ですか。となると、面会の申し入れなどもありそうですね。」
「どうでしょうか、あちらにはミズキリもいますから。」
「そのミズキリ殿なのですが。」

シェリアが、何やら言い難そうにオユキに言葉をかけてくるため、オユキもいよいよ確認として目を通していたこの天地の貴族からの書簡を一度机に置く。内容は、まぁ正直な所どうでもよい。年ごろの娘が居り、行儀見習いとしてなどと書かれているのだが、そもそもが子爵家でしかなく、トモエもオユキもそれを教えるだけの背景を持っていない。定型文としていくつか公爵夫人から習った通りの手紙を、これには返すことになるだろう。ただ単に、それを行うにしても一応は目を通した、そういった部分をオユキとしては行おうというだけだ。
そもそも、トモエとオユキが雇おうと考えている、使用人として雇うと考えた時には既に隣国に向かう前に公募を行っており、そこで手を上げなかった時点でやる気は無いのだろうとそう判断するしかないのだ。この地に現国王陛下の行幸があり、そこでいくらかの話を聞いた者達が、今更こうしてという程度。

「どうにもルーリエラ殿と、難しい事になっているようでして。」
「難しい事、ですか。」

さて、直近で、それこそ隣国に立つ前になるが、ミズキリと会った時にはそういった様子は見えなかった。

「ああ、タルヤさんがそう言えば。」

この場には、その被害と言えばいいのか、知らぬ故の事で一つの結果を得たローレンツもいる為口にするのもどうかとオユキは考えたのだが、正直彼よりも旧知の相手をやはり優先しようと。シェリアの方でも、ローレンツがいるという事は理解しているに違いなく、それでもこの場で話す必要があると踏んでの事なのだろうからと。

「はい。その、伯父さまと同様の事をルーリエラ様が求めているとかで。」
「それは、ミズキリとしても断るでしょうね。」

ミズキリが万が一己の係累に、たとえ同意が無くとも彼の子供と考えるべき相手に対して不義理を働くような事があれば、その時点でオユキを、トモエを敵に回す。間違いなく彼の計画にトモエとオユキも含まれているのだから、そうした選択は軽々にとる事が出来ない。つまり、そこで生まれた意見の相違という事なのだろう。
だとすれば、ミズキリにしても。
そこまで考えたオユキは、ただ結論として断るに違いないと。

「ええ。どうやらそのようで。」
「断ったところで、どうにもならぬものだとは思うのだが。」
「それは伯父さまが。」

ローレンツが何処か憂いを帯びた表情で言葉を作れば、シェリアが食って掛かるのだがオユキがそれを手で止める。事ここに至って、感情論で向かったところでというものでもあるし、彼女が、姪が責めればローレンツにしても過剰に思うところが生まれるだろうから。

「ローレンツ様とミズキリでは、色々と異なります。ミズキリが使徒だというのは。」

思えばその辺りの情報は共有されているのかと、そうオユキが尋ねれば。

「確か、なのですかな。」
「アベルさんと共に確かめたのですが、そうですか。」

さて、これはアベルの落ち度なのかとオユキが思考を回す。
アベルという人間が、誰に伝えて誰に伝えなかったのか。そこには必ず意図もあれば、彼の背景に由来するしがらみというのも存在する。

「いえ、そこまでの情報というのは、正直な所色々と難しく。」
「難しい、ですか。」
「はい。伝える者によっては、やはり。」

言語の問題ばかりではなく、という事であるらしい。

「成程。それはまた、色々と難儀な事ですね。いえ、話を戻しましょう。」

ミズキリが、彼自身が口にしたこととして使徒であると宣言して見せ、そして何やらそれを示すらしい印を掲げたのだと、それを二人にオユキから伝える。加えて、アベルが加護の制限もない中で動いたというのに、ミズキリ本人に手を届ける事も出来なかったことも併せて。要は、彼が望まぬ事、それで有る以上は間違いなくミズキリに届ける事が出来ない。タルヤが望んだことを拒めなかったローレンツと、ルーリエラが望んだことを拒めるミズキリとの差がそこにある。

「と、言いますか、その花精の方々はそれほどなのでしょうか。」

なんと言えばいいのか、己が気に入った相手、その相手から問答無用でと出来るのかと。
オユキとしては、よく知らない種族の事であるため理解の為にと行った質問ではあるのだが、こちらで暮らす者達としては実に頭が痛いとばかりにローレンツもシェリアもまるで頭痛を抑えるかのような振る舞いを。
その様子で、よくわかった。

「ええ、ではそのような方々だと理解だけはしておきましょう。」
「ええ、其の方がよろしいかと。」
「うむ。正直な所種族として、見境が無いという程では無いのが救いではあるな。」
「全くもって、不安しかありませんね。」

さて、この町に移動を、移住を望んだ花精達、一体そのうちのどれほどが。

「考えるのはひとまずやめにして、メイ様にも警告として書状を用意したほうがいいのでしょうか。」
「いえ、伯爵子女であるなら流石にご存知でしょう。」
「そうであるな。ここ暫くはそうした話は聞かなかったのだが、これからはまたという事なのだろうな。」
「おや、聞かなかったというのは。」

過去はそうであった、しかし今はそうでは無い。ローレンツの話しぶりはまさにそのようであるとオユキが感じて水を向ければ、ローレンツは重々しく頷きを返してくる。

「過去、それこそ我が物心つくよりも遥か前の事ではあるらしいのだがな。」
「ああ、この世界に生命を満ちさせるためにと、そうされていた頃ですか。」
「うむ。この世界で暮らす我らだけではなく、異邦からの者達を相手に、度々そのような真似をしていたらしい。」
「それは、その。」

ほとんど不意打ちのような行為なのだ。加えて、実感を得る事が難しい。特に異邦人というのは生前の種族が人でしかないため、生殖に伴う行為というのは最低限知っているはず。だというのに、いきなり翌日にこれがあなたとの子供ですと言われれば、なんだそれはという話にもなるだろう。今まさにローレンツが苦しんでいるような。

「何と言いますか、でたらめな。」
「まさしく。」
「伯父さまは、そういって捨てる事も出来ないでしょう。叔母さまはどうされるのですか。」
「一先ず手紙は出した。妻も当然私が心を寄せている相手がいる、その理解はあったのだが、どうにもな。」
「その辺りは、今後お話して頂くしかありませんね。」

そう言えば、ローレンツは今後どのように身を振る判断をしたのだろうかと。

「それなのですが、オユキ様。」
「何でしょう、ローレンツ卿。」

オユキは、ただローレンツがこれから何を言うのかと、ただそれを待つ。
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