憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

夢にも願う

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脳裏に浮かぶ魔術文字に、マナを注ぎ込む。
そして、周囲に浮かぶ炎を目標として力を行使する。先ごろ、アイリスの祖霊がセラフィーナを相手に使った力。氷雪を存分に振りまいたあの戦い。そこで、氷そのものを取り込んでいたことが、オユキに取って非常によく働いている。マナとやらに馴染んできたことも、理由としては大きいのだろう。
トモエとオユキが暮らす屋敷の中、そこはカナリアの手によって散々に整えられているため、夏も近いというのに、気温が上がり始め日中は汗ばむ程度の陽気にはなるというのに、屋内で過ごす者達はきちんと着込んでいる。そうした環境が、実にオユキの助けになっている。

「あら。」
「ええ、許しませんとも。」

そこにあるのは、一体どのような感情か。オユキとしても、まぁ口に出すのも憚られるような、そうした感情は確かに抱いている。ただ、それを止めに入る者達がいない以上、こちらの世界では正しいとされているのだろう。同害復讐ですらない、ただの八つ当たりにも似た行動。衝動に突き動かされるままに振舞うのは、さてオユキの方ではいつ以来か。

「本当に、随分と情熱的なのですね。」
「それこそ、こうして死後にも分かたれぬ程ですから。」

炎を封じ込めた氷が、床に落ちる。ごとりとなる音が、確かな質量を思わせる。本当に、一体何処からそんなものが現れるのかと、気になりはする。ただし、今はそれを考える余裕というのがオユキには無い。既に戦いの火ぶたは切って落とされている。オユキは、少なくともそう考えているし対するフスカの方も、何やら構えらしきもの血えばいいのだろうか、それを取っている。
普段は翼を畳んでいる。だというのに今は大きく広げており、指が何やら遠目にも分かるほどの変化を確かに遂げている。鉤爪と呼べばいいのだろうか。鳥類の特徴を確かに秘めている様相を、表面をうろこ状の物が、指からは明らかに巨大な爪が。成程、人の体を、皮膚を突き破るには十分以上だとよくわかる程の。

「あまり、驚いてはいませんね。」
「ええ。」

脚の方はどうかと言えば、そちらにはあまり変化が無い当たりいよいよもって警戒の対象が多い。少なくとも、オユキはそう判断している。手が、翼として本来形成されてしかるべき部分が自由になっており、明確な変化をしているのだ。これまで、それこそ彼女たちに捧げられた取引の対価をどう運んでいるのか、それをオユキはあまり見ていない。ここまでに見た者達は、誰も彼も手すら変化させずに空に浮かぶ岩塊へと運んでいく姿は見ている。ただ、当然それ以外の、あまりに大きなものについてはそれこそしっかりと掴んで運んでいったと話に聞くくらい。それが手なのか足なのか。鳥を祖とするなら当然足で掴んでとしたことだろう。彼女たちが、翼人種と呼ばれる存在が鳥を祖としているのかと言われれば、それもまた違うのだろうが。

「御覚悟を。」

殺すつもりは、オユキには一応ない。殺されるつもりも、同様に。
多少こうしてあがいて見せたとしても、生き物としてフスカが圧倒的に上位であるには違いない。加護の量にしても。しかし、その程度で諦める様な物分かりの良さなど、当然オユキには存在していない。

「あなたこそ。」

オユキに殺意が無いのは分かっているのか、それとも上位者としての余裕か。まさに暖簾に腕押しと言えばいいのか、オユキの放つ威に対して何が返って来るでもない。既に炎は封じたはずではあるが、新しく放てない等と決まったわけでもない。昨夜の続きとでも言えばいいのだろうか。オユキを中心として、周囲には氷の結晶が吹き荒れる。己の事ながら、オユキは一体どういった種族が混じっているのかと気になりはする。しかし、どうした所で判明するような物でもない。神々を頼ればそれこそ直ぐに応えも得られるのだろうが、そのために何をしなければいけないのか等考える気もない。
そうした思考の一切を置き去りに。一気に集中を高める。周囲からは色が抜け、目の前にいるフスカだけが色あせずに残っている。そんな世界で、まずは試しとばかりに己が掌中にある刃を振るってみれば、当然の如くフスカの手から伸びた爪で打ち返される。腕だけで確かに軽く放ちはしたが、それにしてもオユキの得た感触というのは爪として想像されるようなものではない。岩を叩いたようなそのような感触。弾かれた時の音は、己の剣が鳴らす金属質な音。

「先ほどまで、見ていましたが。」
「ああ。」

要は、先ほどまでオユキがカリンと遊んでいた流れをこの相手も引き継いでくれるという事らしい。剣戟の音を鳴らし。舞い踊る動きで衣装を翻して。床を踏む足、靴をオユキはしっかりと履いてはいるのだが、そちらでも。なる音は、いくらでも存在している。一定のリズムになるように気を付ける必要もなく、ただなるに任せて。

「こうしたほうが、ええ、この場では良いでしょうから。」
「ご配慮いただき、有難う御座います。」

全くもって、ただ人相手をするのに随分と余裕を見せてくれるものだ。
ぶつかる刃と爪、そこからフスカが何かをしてくるのかと思えば、特段オユキに向けて詰めを振るうでもなく追加で炎を放つでもない。そこには油断も慢心も無いというのは、鋭く何やら妙な輝きを湛えた瞳がオユキを捉えている事からもよくわかる。ただ、届かないと、そう考えているのだろう。

「しかし。」

適わないと分かっていても、届けると決めたのだ、オユキは。

「果たして見せましょうとも。」
「そう。」

試しにとばかりに振った刃ではなく、今度はきちんと体制を整え技を使った上で。しかし、それも同じくフスカの手によって軽くあしらわれる。ならば、今は変化の見られない足をと左で振った剣を囮にフスカの懐に潜り、狙う。
しかし、そちらはさも当然と言わんばかりに飛んで躱される。そこから地に足をつくのかと思えば、広げた翼の恩恵だろうか。羽ばたきもせずにただ中空に。
当然、そうなるのは分かっていたと、オユキも同様にという程ではないが中空を足場にフスカを追いかける。これが屋外であれば、彼女はそれこそオユキの手が届かぬ所まで飛んでいくのだろうが生憎とこの場は屋内。飛び回るには不都合も多いはず。兵法として、相手が不利を感じる戦場に誘い出す。
トモエが評するときに、何回やれば、幾度。そこにはこの戦場というものが含まれている。極端な戦場、どちらか一方にとって圧倒的に有利な物、それをそれぞれに五つ。互いの有利不利が均衡するような、そのような状況をトモエが想定することはほとんどない。同門の相手であれば、そういった発想もあるのだが、今度は互いの間合いというものが出て来る。その上で、トモエの見立てはオユキが勝てる状況というのは、まず無いだろうと。ならば勝つことは目的とせず、オユキはオユキで目標をただ果たす為だけに剣を振るう。
フスカがトモエを焼いたのは、掌、それから胸元。そのどちらもに確かな傷を与えてくれようと。
追いかけて、中空に。フスカも当然オユキが叶える事など知っている。彼女の目の前で、カリンを相手に使って見せたのだ。迎え撃つと言わんばかりに、フスカが足を振るう。相も変わらず鉤爪と化してはいないのだが振った先には容赦のない炎熱が。体を捩じり、オユキは己の脇を通り抜ける炎熱に、振られたフスカの足にオユキはオユキで己が扱える魔術を行使する。氷雪に、氷に閉じ込める。己が有利な舞台に、己の内面にあるものと同じ世界に相手を容赦なく引きずり込む。昨夜漏れだした物よりも、更に苛烈に。確かな対象を取って。

「厄介、ではありますね。」

しかし、相手もさるもの。
いよいよ隠す気が無くなったのか、炎熱を、炎を周囲にまき散らしオユキの氷をただただ融かそうと。水になって残るのかと思えば、どうやらそう言うわけではないのが、この世界における魔術による氷。足元が、衣服が濡れてというようなことは基本的に無い。

「あなたの力だけではなさそうですね。」
「ええ。先日機会がありまして。」

取り込んだのは、飲み込んだのはアイリスの祖霊から。ならばオユキだけの力という訳ではないのは、よくわかる。これまでに無かった飢餓感と言えばいいのか、自信に不足していたものと言えばいいのか。そうした何かが確かに満たされた感覚はあった。そして、それ以外にも、こうして力を振るうために別の領域、備蓄されているものがあるのだと。

「それは、少し厄介ですね。」
「全く、この場にアイリスさんがいたのなら、飛び込んできそうな発言ですね。」
「所詮は狐の祖霊。異界から一部だけが流れた物。」
「そう言う評価も、確かにありますか。」

会話の間にも、舞台を中空に移してただただ応酬を繰り返す。フスカはそれが当然と言わんばかりに、オユキにとっては不可が大きいだろうと容赦なく炎を放つ。手を振れば、足を振れば、その延長戦に向けて容赦なく炎が生まれる。オユキはそれらの尽くとまではいわず、己に届く物だけを氷に閉ざして。それこそ残ったものは、シェリアに任せるしかない。神々がいる為、そちらに頼んでもいいのだろうがそれこそ、その辺りの判断は持祭の少女たちに任せるほかはない。せめて、屋敷が燃えない程度にどうにか収めてくれればと願いは持っている。焼け落ちたところで、オユキがどうするのかと問われれば、今はどうでも良いと応えるのだろう。
放たれる炎を避け、どうにか届けと言わんばかりに幾度も剣を振るう。しかし、尽くフスカの爪に弾かれる。爪で無くとも鱗を纏うその腕に。相手の攻撃手段は、多岐にわたる。手足だけではなく、翼にしてもオユキに向けて風に炎を混ぜて打ち出すための武器として。その度に、オユキは余分に動かねばならず、致命打を与えるための用意を全て無に帰される。オユキがどれだけ組み立てようが、それを簡単に拒否するだけの能力が相手にある。

「本当に、難物ですね。」
「この程度が、ですか。」
「はい。私では、やはり到底及ばぬでしょう。」

フスカには、余裕がある。
オユキには、余裕が無い。

「ですから、そうですね。」

どのみち余裕などないのだ。叶うはずが無いのだ。だからこそ、こうして小奇麗に動き回ることを、戦う事をオユキは諦める。
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