憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
714 / 1,235
21章 祭りの日

願いを歌う

しおりを挟む
そう、そもそも性別が生前と入れ替わっている。
トモエにしても己を持て余すことはままあるのだが、それでも今の在り方を気に入っているという事もある。オユキの方は、今の在り方に対して色々と不服を貯めているのも知っている。そればかりは、生前にあった不満が解消されたトモエとの差異というしかあるまい。勿論、オユキにも今の在り方を好んでほしい、そうした欲求もあるにはあるが、そればかりは難しいものでもあるだろう。

「既にご存知と思いますが、ええ、とにかく私たちは性別を入れ替えてこちらに。」

そうするだけの理由は確かにあった。そして、今のオユキの様子を見ていれば選択が間違っていなかったようにもトモエは考えている。どうにも生前から思うところがあったのだが、今の姿の方がオユキには似合っているとトモエはそのように思うものだし、己の姿にしても、こちらの方があっているとそう感じるのだ。
何時かに話した事もある。そんな他愛もない夢。そうした物を、今になって望めるというのであれば。
トモエとしては、色々と思いを込めての事ではある。

「どうした所で、かつての世界で培った価値観と言いましょうか。いえ、また話がずれていますね。」

どうやら、トモエの方でも少々酒が回り始めているらしい。

「話を戻しまして、オユキさんの事ですが。」

さて、それを何処まで話しただろうかと。

「オユキさんは、ああ見えて難しい人というのはご理解頂けたように思いますが。」

そもそも性自認にしても、今は少々体の影響で、神々の手によって変わってきているだろうが、それでも過去の己に誇りを持っているに違いは無い。どうしてもトモエがと聞かなかったために、こういった形になった。

「一応、本人の望むこととしては、こちらの世界を今後も大丈夫なようにするのだと、そう考えている事でしょう。」

そう、そのあまりにも遠大な思慮というのをオユキは行っている。

「いくつか、そうですね。既に目に見えているものとしては、門と祭りでしょうか。」
「それなんだが、正直どの程度まで分かってる。」
「私の方では何とも言えませんが、いえ、聞かれて答えた事は確かにありますが。」

オユキがトモエを頼るのは、トモエとしてもうれしいのだ。だからこそ、それに応えるために色々と考えてはみる。ただ、やはり聞かれねばという事もままある。昔から好んで手に取ってはいたのだが、何も学術的な興味や、こうして使うためにとしたものではないのだ。そんな事が、こうなると分かっていたのならば、もっと色々と学んだだろうし。

「こう、どう言えば良いのでしょうね。オユキさんの両親が、間違いなくこちらに関わっていますし。」

後は、どの程度、何処に対してとなるのだが。

「その、オユキさんの家にあった蔵書を考えれば、間違いなく神々に関わる事ですね。」

そういった部分を、恐らくはオユキの両親のどちらかが、若しくはどちらもが担当していたのだろう。
オユキは興味を示しはしていなかったのだが、オユキの住んでいた家、少し広い一軒家には実に多くの書物があった。そして、その中には明らかにこの世界を作るために参考にしたのだと分かる物も。中には、確かにあったのだ。簡単なメモ書き程度、若しくはこれが気になるからと傍線が引かれているものが。
読み込んでいけば、所々にメモ書きと言えばいいのだろうか。そうした物も確かにあったのだ。そうした物をオユキに見せてみれば、ああ、成程と。そうした、今一つ納得がいかないと言えばいいのか、他に気になる事があるとか、そうした反応が返ってくるばかり。これなどは核心に触れるのではないかと、そうトモエが思った物にしてもそうであったのだ。オユキが気にしていたのは、かつての典仁が探していたのはもっと違う物。両親が一体何処にいるのか、今何をしているのか、そうした物であったのだろう。終生大切にしていた物というのが、両親が残した研究資料のような、それこそ同じくメモ書きのような、そうした物であった。

「オユキさんの方では、こう、システム面と言えば良いのでしょうか。」

システム周り、如何にソフトウェアを設計するのか。また、どうすれば相応しいものが用意できるのか。そうした部分に関わる資料を集めていたし、大事にしていた。恐らく、それらを多少なりとも補強が出来る形ではあったのだろうが、核心に触れるものではなかったという事なのだろう。特に両親と思しき人物とあった後には、そういった一切を諦めていたこともある。
その時には、随分と無理に飲んでいたものだ。翌日は休みを取っていたし、そこからしばらくは気を遣ってもらっていたようではあるのだが、それでも日常を早く取り戻さなければと、周囲がそう考えていてもおかしくはない。

「ミズキリさんは、気が付いていたようですが。その辺りは、実際どうなのでしょうか。」

あのミズキリという男は、一体全体何を知っていたというのか。父が一目置いているようでもあったし、あまり会話を頻繁に行う事もなかったが、恐らくは彼にしても親戚縁者の類。本来の、それこそ生前の姿にしても、数度どころでは無くあったこともあるのだが、彼の容貌はどう言えばいいのか。運動はそれなりにしているようではあった、ただそれだけ。

「正直、取るに足りない人物だと考えていたのですが。」

あれこれと考えながらも、どうにか話を続けなければと思い、周囲を見回してみるが何やらアルノーが既に酒を片手に舟をこいでいる。気が付いていなかったのだが、随分と彼も深酒を過ごしたのだろう。そろそろ宴もたけなわという状況になりつつあるのだが、それよりも。

「ミズキリか。」
「あの男もな。」

ただ、同席している二人にしても、そちらが気になっているらしい。
一人が沈みかけている状況で、残りの三人も程よく酔いが回っている。本来であれば、トモエからオユキのあれこれを聞き出そうとしていたのだろうが、今はそれにしても既に何処か。まぁ、聞かれればトモエに応える心算があると、それが分かっただけでも良しとなったのか。

「お二方からは、どのように。」
「どのようにと言われてもな。」
「しいて言えば、凡庸な男と言った所か。いや、勿論治世の手腕が非凡であるところは認めるのだが。」

それを認められて、確かにミズキリという人物は喜ぶのだろうし、示す為にと今も動いているのだろう。ルーリエラにしても、一体今どこで何をしているのやら。一時期は町中で見かける事もあったらしいのだが、今はまた見当たらない。全くもって謎の多い相手なのだ。

「ルーリエラさんも、見つかっていないのですか。」
「いや、足取りはつかめちゃいるんだが、話をしても何やら分からぬといった様子でな。」
「確かに、話を聞いてみたのだが、いよいよ分からぬ事が多くてな。」
「お二人でも、ですか。」

加護をトモエ以上に得ているだろう二人にしても、分からない物であるらしい。

「ああ。どう言えばいいのか、俺にしてもこの大陸にある言語は一通り習い覚えちゃいるんだが。」
「ほう。生憎とこの老骨はこの国で使う言葉だけなのだが。」
「私は、そうですね。母国語とかつての世界の公用語、その二つくらいでしょうか。」

どうにも、この世界で生きている者達は勤勉であるらしいのだが。

「いや、お前にしても色々と知ってそうなもんだが。」
「確かに簡単な固有名詞くらいは覚えていますし、知ってはいますが。」
「それはそれは。」
「ただ、それだけですから。」

そう、料理に使う食材であったり、旅行で行った先の料理であったり。もしくは、頼む為に使う言葉であったりと、そうした物は覚えている。覚えていた。ただ、それだけ。

「オユキさんは色々とご存知でしょうが、いえ、そちらはひとまず置いておきましょう。」

また、どうにも話が逸れていると。

「何処まで話しましたか。オユキさんの考えと言いますか、思考の根底については話したように思うのですが。」
「まぁ、確かに聞いたな。それだけじゃ説明がつかない事もありそうなもんだが。」
「そればかりは、また聞いていただかなければ分からないのですが。」

では、そのように語る相手が何を考えているのかと言われても、やはりトモエにはわからない。これがオユキであれば、相手の望む物を考えて応えるのだろうが。

「いや、自罰的なと言えばいいのか、それについては納得がいったのだがな。」
「ええ、そうであれば有難く。」
「だが、どうなのだろうな。あそこまで信心深いと言えばいいのか、神々に尽くすと言えばいいのか。」
「ああ、それですか。」

どうやらかつての世界には神がいなかった、若しくはそう考えるものが大半であったとそう伝わっているのだろう。

「どう言えばいいのでしょうか。オユキさんにとってはこの世界、いえ、この世界の神々ですね。」

そう。それについてはトモエの責任でもあるのだが。

「どうやら兄弟のように考えているらしく。」

使徒である両親、それが生み出したと言えばいいのか、作る事に関わった世界なのだ。ならばオユキにとっては両親の子供も同じ。言ってしまえば兄弟と呼んでも良いのだ、この世界は。かつての世界で失った両親が、それから散々に愛情を注いだ世界。それに対して持つ感情というのは、やはり重く。

「そうなるか。だが、先ほど聞いた話だと。」
「恨みつらみを持つ段階は、すでに超えたのでしょう。」

実際には、当然そうした感情もあるだろう。ただ、やはりそれにとらわれぬようにと。

「色々と、考えていますからね。オユキさんも。」
「ああ見えてってのは、分かっちゃいるんだがな。」
「オユキ様も、確かに色々と思うところはあるのであろうな。」

それも事実ではある。

「ただ、大切にしたいものというのは、オユキさんも決めていますからね。」
「ほう。」
「それは、なんだか聞いても。」
「自分で言うのも恥ずかしいのですが、私ですね。」

さて、それは前提として。

「次に、私に勝つための術理。それから、こちらで縁を結んだ人たち。」

特にオユキが気に入っている相手というのが、今この場にいる二人。そして、そばに置いているシェリアと。

「オユキさんが側にいても構わないと考えている相手は、やはり気に入っていると言いますか。」
「それは、まぁ、嬉しいんだが。」
「うむ。光栄な事だ。」

後は、何かと手間をかけるメイだろうか。どうにも子供たち、シグルド達やティファニア達に関してはまぁ、トモエが抱え込むと決めたから気にしている程度。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

道の先には……(僕と先輩の異世界とりかえばや物語)

神山 備
ファンタジー
「道の先には……」と「稀代の魔術師」特に時系列が入り組んでいるので、地球組視点で改稿しました。 僕(宮本美久)と先輩(鮎川幸太郎)は営業に出る途中道に迷って崖から落下。車が壊れなかのは良かったけど、着いた先がなんだか変。オラトリオって、グランディールって何? そんな僕たちと異世界人マシュー・カールの異世界珍道中。 ※今回、改稿するにあたって、旧「道の先には……」に続編の「赤ちゃんパニック」を加え、恋愛オンリーの「経験値ゼロ」を外してお届けします。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

処理中です...