憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

夏の長夜に

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「あれもこれもと、そう考えてしまうものですね。」

アベルからの質問、その答えになっているかはともかく。トモエとしては、どうした所で難しい問題がある。己の目的、人生と言っても良いそれを進む為。オユキとの生活を、それこそかつて無くしたはずであった続きがあるのだと。面倒を見ている子供たちにしても、色々とかまってあげたいものではある。
要はやりたいことは、手を出したいことがあれこれとあるのだが、そのどれもとはならない。

「優先順位というのは、決めているのですが。」

まぁ、一応トモエの中にもそれはある。オユキと一緒であれば嬉しいのだが、どうにも話をしていると違うらしい。そして、そこに関してはトモエが譲ると決めている事でもある。既に大きな一つは譲ってもらったのだから。

「ほう。そういや、オユキの優先順位というのは、まぁ、分かりやすいと言えば分かりやすいが。」
「オユキ様は、そうだな。神々を優先とされる。」
「トモエさんは、どうでしょう。私から見れば、魔物との戦いに重きを置かれているようには見えますが。」

蒸留酒に各々が口を付けながら、切り出された燻製肉やクラッカーにチーズと果物、ついでとばかりに新しくこの町に増えた資源である魚介をつつきながら。かつてはオユキの晩酌に付き合ううちに、そこで父親は楽しみにしているのではないかと言われてからは父とも。あれやこれやと腕を振るって見ては、時に失敗した物についても何も言わずに食べるような父ではあった。思い返してみれば、色々とあったものだ。そして、それを今度は子や孫に。人の紡ぐ歴史の糸はなかなか楽しいものではあったのだ。

「そうですね。私としてもやはり主体としたいのは、武の道ですから。」

変わらぬ決意と欲はそこにある。

「この世界で生きて行く、それを決めたときには考えていました。」

この世界で生きて行こうと、そう考えた時。オユキの質問に対して、答えとせずに無理を通してとした。そこから、今まで。こちらで何度となく刃を振るって、生きてきた。人前で刀を振るう事もあった。オユキと共に、何度も刃を合わせた。そして、それがどうしようもなく楽しかったのだ。もしもこうして続けられるのなら、今一度、これを楽しむことができるのならば。そう考えずにはいられないほどに。

「トモエ卿は、決めているのか。」
「はい。」

それが不安だったのだろう。分からなかったのだろう。

「私は、こちらに残りたいとそう考えています。」

トモエも、そのように考えているのだ。

「ただし、それはオユキさんへの負担を取り除く事が出来れば、です。」

やはりトモエとしては、それが外せない。今でも、オユキはかなりの負担を得ている。オユキの日々は、仕事で、それこそ生前のように埋まり切ってしまい、それ以上の事が無い。それ以上を行う事が出来ていない。生前であれば、気分転換に連れ回したり、刀を振るったりとそう言う事も出来たのだが、こちらの世界ではそれさえも難しいのだ。どうにか時間は取っている。午前中の短い時間だけ。それ以上は、やはり難しい。

「どの程度なら、許容できるのだ。」
「それは、また難しい相談ですね。」

オユキの抱える負担というのは、来歴に依っている部分がある。
両親がかつて作り上げる事に参加していた、だからこそこちらで役目を得た。それだけではなく、トモエが子供たちを大事にしようと考えた事もあり、そのためにどうにか道を付けたのだ。トモエでは分からぬあれこれを、オユキがどうにかして。それが分担とはいえ、トモエとしても心苦しくはあるのだ。あくまでオユキはトモエが楽しめればよいと、そう考えてこちらで暮らしている。オユキ自身の楽しみというのは、まぁ、トモエと共にある事、それから日々の食事くらいな物か。

「オユキさんは、色々と難しいですからね。」

本人としては、気が付いていないのだろう。トモエが気を回していると、そう考えているのだろう。実際にそうだと言えることもある。ただ、そうでは無い事もやはりある。結果としてそうなっている、結末として、そのようになった。それがこれまでどれほどあったことだろうか。

「トモエでも、そうか。」
「ええ。」

長く一緒にいたからと言って、それで完全に互いを理解することなど出来る物かと、そうトモエは考えている。特にここ暫くは、オユキが何やら思い詰めていたこともあるし、トモエが許さぬと決めた事を気に病んでもいた。いよいよもって度し難い事ではあるのだが、それでもトモエは認めぬというしかない。足を延ばした先では、随分と悪意を持っての振る舞いが行われていた。ただただ、他人を己の恣にする行いが当然となっていた。そんな場をオユキが見れば、望まぬままに来ることとなった者達がいたのだとその現場を見てしまえば。

「オユキさん、今は教会で過ごしているのですよね。」

ロザリア司教、そちらと話して更なる負担をため込むことだろう。それをどうにかと託す先はあるのだが。

「シェリアもいるだろ、向こうには。」
「それはそうなのですが。」
「あの娘もなかなかに粗忽ものではある。まぁ、どうにかなって欲しいとは思うのだが。」

ローレンツが何やら不穏な事を口走るが、それについては是非とも少女たちに頑張って欲しいものだ。ああして側に人がいれば、複数の手本とならねばならぬ相手がいれば、オユキとしても一線を超えはしまいだろう。シェリアにしても、実際にはオユキよりも年下なのだ。それこそ、内面に限っての話とすれば。こちらでは随分と成長が早く、とはいってもその辺りはやはり個性なのだろうが、少女たちは相応に精神年齢が高い。夢見がちな少年たちに比べれば、幾分かという程ではある。ただ、オユキにとっては、実に都合の良い相手でもある。どうにも、こちらに来てからというものの、少々欲求を抑えるのが苦手になっているようなのだ。

「ちょうどいい相手なのでしょう。どうにも、オユキさんも我慢が少し効かなくなっていますから。」
「あれでか。」
「はい。あれでも、です。」

過去であれば、それこそあそこまで思いつめる事など無かっただろう。己の掌を傷つけて、挙句無理に飲み込んで。それこそ、トモエに対して、過去であれば挑んできていたはずなのだ。己の尊厳をかけてと言えばいいのだろうか、若しくは父がオユキにだけ伝えていたものを使ってか。かつての事ではあるのだが、間違いなくオユキはトモエの父から何かを習っていたのだ。ここ暫くは暗器術などをオユキに教えているのだが、何やらいくつかはすでに知っていた風でもある。トモエを、かつてのトモエを守るためにと何やら父が要らぬ気を回しての事なのだろうが、それにしてもというものだ。

「どうにも、オユキさんはかなり時世が聞いているようにも見えますが。」
「いえ、以前であれば、こうして皆にわかるほどとはしませんでしたよ。」

以前であれば、それこそ気が付いたのはトモエだけであっただろう。

「こうして気が付かれてしまった、それだけでも十分な結果でしょうね。」

それは、オユキだけではなくトモエにしても。
体が精神に。精神が体に。どちらが先かは分からない。ただ、間違いなく相互に影響があるものだ。それはトモエも散々に体感として知っている。

「こうして、色々と話すべきことと言えばいいのでしょうか、聞かれることと言えばいいのでしょうか。」

ただ、何にしても今は聞かれたことに応える時間ではあるのだろうと。トモエとしても、用意された食事を口に運ぶ間、常の食事ではなく、こうした肴の類をつまむ間位はと。

「聞かれれば、ええ、応えますとも。」

当然、その代価を支払ってもらいたい相手もいる。

「成程な。」
「アルノーさんも、気になる事があればどうぞご自由に。要は酒の席です。ここらで少し、情報を共有しておくのも良いでしょう。」
「私からは、しいて言うのであればオユキさんの好みを少しなりとも知りたいのですが。」
「オユキさんは、簡素な料理を基本的には好みますが。」

さて、まずはとばかりに話を振ったアルノーから。

「後は、そうですね。やはり私が作ったことがある物でしょうか。」
「そればかりは、どうにもなりませんね。私も一応知識としては身に着けているのですが、家庭料理の類は。」
「確か、前にあいつが好んだものがあっただろ。」
「それは、そうですが。ああいった物ばかりというのも、流石に。」

ローレンツがなにやらわからぬと、そうした様子を見せているためトモエから簡単に説明を行えば、彼にしても興味のある事らしい。

「ほう。それは、確かに食べてみたいものではあるな。」
「お客様向けに作って出したくはありますが、何分サラザンが。」
「サラザンとは、蕎麦粉の事だったか。このあたりでも作っているところはありそうなものだが。」
「挽くのに手間がかかりますし、いえ、こちらであればそれも難しくはありませんか。」

その辺りは、実際にどうなっているのだろうか。オユキの方では心当たりがありそうなものであったが、生憎とトモエはそこまで詳しいわけでもない。水車や風車などを使っていたようにも思うのだが、こちらではいよいよそれらを見た記憶が無いのだ。

「欲しいだけ挽けばいいものだしな。それぞれの家にあるだろ。」
「魔道具として、確かそのような物もあっただろうが。」

こちらでは、基本的に人力、若しくは魔道具にとってかわられているものであるらしい。思えば、オユキが色々と過去の技術をこちらで再現しようなどと言い出さないのは、何やらそれにしても難しそうにしているのはこのあたりに理由があるのだろう。言われたアルノーにしても、然も有りなんとばかりに頷いている。

「アルノーさんは。」
「ええ。過去、いえ、そうですね。こことはまた違う世界での事ですが、再現を考えた事もありました。」
「おや。」

ただ、その口ぶりからして、実現しなかった物らしい。

「実現できなかったのですか。」
「はい。色々と試されている方はいたのですが。」
「ああ、それか。何やらオユキの提出した書類にも色々と理屈は書いちゃいたが、まぁ実感は無いな。」
「ほう。オユキ様がそのような。」

何やら回し読みなどをされているらしいが、それにしてもあまり役に立ちはしないのだろう。では、異邦人を抱え込んでいる者達は一体何をと、それも気になりはするのだが。
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