憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

かねてより

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これまで幾度となくという程でもなく、数度にわたって要望の出ていたことがある。それをどうにかトモエが時間を作って叶えた場が、ファンタズマ子爵家の当主が不在の間に用意されている。並べられているのは、それなりに贅をつくしたと言えばいいのか、そこまででも無い物と言えばいいのか。周囲にいる魔物の肉を主体として、せっかくだからと纏めて買い上げた燻製であったり。いくつかは干した果物や生のまま。所謂つまみの類が並んだ食卓で、トモエがホストとしてアベルやローレンツ、それからアルノーをもてなしている。少年たちは何やら買い物で疲れたという事らしく、早々に取って返したため、今は大人たちの時間として。

「それにしても、色々あるもんだな。」
「それは、そうですね。私の方でもいくらか用意しましたが。」

加えて、散々に贈られた酒類についても惜しみなく。あれやこれやと並べてみたのだが、それにしても持ち込みの酒がさらに加えられているため実に賑やかな事になっている。ローレンツにしてもアベルにしても、かなり酒を好む様で遠慮なく空けている。ついでとばかりにアルノーも同席しているが、彼は何やら酒を飲みながらもあれこれとつまんでは、頷いたり首を傾げたり。
特にトモエが用意した物だろうか、塊肉を煮つけた物を口に運んで難しい顔をしているあたり、評価をされているようでトモエとしては気が気ではない。

「アルノーさんは、如何ですか。」
「ええ、楽しませて頂いていますよ。なかなかどうして、家庭料理というのも馬鹿にできない物です。」
「それならよかったのですが。」

こうしている時間は、さて、オユキが聞けば羨みそうな、そうでもないような。不思議な心地のする時間ではある。オユキと共によく過ごしている時間ではあるのだが、こうして他の者達と。それもまた楽しい時間ではあるし、実際に過去にはよく行っていたのだ。孫たちの中でも、どうにもオユキに馴染まない者もいた事に加えて、同性ならではの気安さというのもあったのだろう。オユキではなく、トモエに相談したいという者達も色々いたものだ。そうした相手と話をするとき、それこそ軒先で、道場で、若しくはこうした状況に近い場所で。

「で、ようやくと言った所か。」
「まぁ、そうですね。」

さて、まずはとばかりにアベルが口火を切るかと思えば。

「正直な所、オユキはどうなんだ。流石にあの体躯じゃ勤めは難しいだろ。」
「ああ、そう言う話ですか。」

その辺りはいよいよ夫婦の間での話にしたいものだが、こちらでは色々と難しいものであるらしい。生臭い話であるらしい。それについては、トモエから言える事というのは基本的に無い。ただ、笑って流すだけ。

「そうしたことは、いよいよこちらに残ると決めてからですね。それまでの間、一切を行う気はありません。」
「一緒に浴室に入ってるとか。」
「それは、はい、そうですね。ただ、基本的にそれ以上はありませんよ。」

なんとなれば寝室も一緒であるし。

「それよりも、そう言う話でしたらアベルさんはアイリスさんとの関係はどうされるおつもりで。」
「それか。」

酒の肴に、そうした話題も悪くは無いだろう。トモエから水を向ければ、アベルはただ難しい顔。

「ほう。ユニエスの倅は、その年まで身を固めていなかったらしいが、そろそろ年貢の納め時か。」
「やめてくれと、そう言いたいのだがローレンツ卿。」
「何、こうして年若いものを揶揄うのも老人の楽しみでな。」
「それは、確かに理解が及ぶものですが。」

ローレンツがそう呵々と笑いながら話せば、トモエにも理解が及ぶこととして頷きの一つも送りたくなる。オユキの世話にとやってきたはずのタルヤなのだが、どうやら花精達の方で色々とあるらしく暇乞いなどをされた。快くトモエもオユキも送り出したのだが、今はそちらで楽しく過ごしている事だろう。随分と、凄みのある笑顔で出て行った物だ。

「そうですね。私も、なかなか難しい所ではありますが。」
「そう言えば、アルノー殿は誰かいい人はいないのか。」
「生憎と、私の周囲にいるのは子供ばかりですから。」
「そういう訳でも、いや、それもそうか。」

アルノーの周りに集まるのは、今も面倒を見ている子供たちが多いものであるし、こちらで料理をするのは基本的に同性ばかり。アルノーにしても、こちらで腰を落ち着ける、そのつもりがあるなら伴侶を取るのも選択肢に入るだろう。過去の世界で、そうした相手がいたのだとしてそちらに心を残しているのであれば、トモエとオユキのように考えそうなものだが。

「ふむ。かつて細君は居らなんだのか。」
「そうですね。どうにも道楽に興じるあまりそういった事がおろそかになっておりまして。」
「そうか。それは勿体ないと言えばいいのか。」
「いえ、十分に楽しみはしましたとも。若い時分は火遊びなども。」

アルノーが、何やら遠い目をしながらそのように話す。トモエとしても、よく知らぬ相手であり、少しの興味を覚えたりもするが翻って話を求められた時に、凡そ陸な話をできもしない。それこそ吟遊詩人にでも歌わせれば、今はすっかりとお馴染みとなった酒場で明日から始まる祭りに向けて勲し唄などを謳いあげているヴィルヘルミナ辺りに語って聞かせれば、それらしいものに仕立て上げてくれそうなものだが。

「まぁ、何を考えてるかは分かるんだが、お前にはその辺りは期待していない。」
「おや、そうですか。」
「まぁ、オユキ様に対する執着を思えば、他の相手に生前から何か向けていたとも思えぬしな。」
「それもそうですね。」

ただ、そう納得してくれるというのであれば、実に有難い事ではある。

「しかし、そうなるとフスカ様でしたか。翼人種とのことでしたが。」
「ああ、それですか。」

さて、聞きたいことは確かにそれぞれにあるらしいのだが、それについてはトモエから言える事はそこまでない。そもそも、煩悩を払う炎であり、ではトモエの煩悩とは何かといわれれば無論決まっている。

「手を焼かれたのは、まぁ、目指す先の問題ですね。」

どうやら道の先を求める、そうした精神性を煩悩と評された物であるらしい。

「ああ、それでか。」
「私以外に、他に焼かれた人もいそうなものですが。」
「他は、一応確認した話が上がっちゃいるな。」
「うむ。我とシェリアも、少々手酷くやられてな。」

そういって手の甲をローレンツがさすって見せたりもしている。では、アベルはどうかと思いトモエが見遣ればこちらもただ苦笑いが返ってくる。どうやら、彼にしても何やら心当たりがあるらしく、そちらを容赦なく焼かれているらしい。焼かれたといっても骨すら残らぬ程となったのは、それこそ烙印の押された物だけであるし、建屋などは未だに残っている。何処も酸鼻を極める有様であったからか、今はいよいよ解体をした方がいいのではないかとそう言った話も出ているのだが。

「なかなか難しいものですね。無我の境地などという言葉もありますが、常日頃という訳でもありませんし。」
「ほう。」
「無念無想、そうした境地もあるわけですから。」

トモエとしては、己の集中の発露の形としてそれがある。

「私なども、考えるよりも先に手が動くことはよくありますが。」

そうして話しながらも、アルノーは色々と口をつけている。そのどれもを楽し気に。

「色々と、極めている方の話を聞くのは楽しいものですね。実に参考になる事が、己と共通している事があるものです。」
「ほう、それは例えばどのような。」
「例えば、そうですね。」

そうして話していれば、話題は実に四方山に。とめどなく流れて、あれこれと。
美味しい肴と、美味しいお酒。実に食卓を華やかに彩るものが並んでいる。思い思いに口を付けながら、使用人たちは下がらせたこともあり、いよいよこの場には気心の知れた相手しかいない。カリンにしても、明日に向けて最後の仕上げとばかりに何やら意気込んでいた。今は庭で何かしている頃か、はたまたゆっくりと休んでいるのか。こうしてアルノーが時間を持てているのも、明日からの祭りに備えて英気を養っているに過ぎない。
こういった事をさして、オユキであれば仕事の為に休むなどとそうしたことを言い出すのだろうが、トモエとしては当然の事でもある。凡そ人生というのは鍛錬の為の物だ。

「トモエ卿は、その辺りどう考えておられるのか。」
「いえ、そうは言われましても、私にとってはそれが当然と言いますか。」
「まぁ、道を究めたのなんてそんなもんだろ。」

アベルにそのように評されて、トモエとしては気恥ずかしさも覚える。己が皆伝を受けたのは事実なのだが、それにしても無理に勝ち取ったと言えばいいのだろうか。消極的な選択だったと言えばいいのだろうか。実際の所、父は己の後を継ぐのはオユキだろうと考えていたのだ。
才は間違いなくトモエを超えている。寧ろ、過去の事であるというのに、トモエに勝つことすらあったのだ。他の門徒の誰もが無しえなかったというのに。オユキだけがトモエに土をつけた。勿論、トモエとて負けてそれで終わりなどという事もない。使えない技とて、いくらでもあった。それでも、オユキはトモエに勝って見せたのだ。

「そう言われましても、なかなかどうにもならぬ事もありましたから。」

そう、そうしたことがあったからこそ、こちらでも更なる道を求めるのだ。

「アルノーさんも、かつてと今と、かなり邁進されているようにも感じますが。」
「正直、なかなか難しいものですね。料理などと言った所で、基本は七種ですから。」
「ほう。それはなかなか面白そうな話だな。」
「焼く、炒める、煮る、揚げる、蒸す、和える、茹でる。これらの七つですね。後は切り方と、食材の使い方、そういった部分でしょうか。」

そう言うアルノーが、それぞれの調理法で用意された料理を順に指して見せる。これらが、それぞれの調理法で用意された物なのだと。こうして楽しい夜は更けていく、という訳もない。

「で、まぁ、さっきははぐらかされたんだがな。」
「おや、何でしょうか。」
「こうした場を用意したって事は、分かってるんだろ。」

さて、こうして話をされて、場を用意して。事此処に至って、オユキが根を上げたのが気になるのがアベルという人間らしい。そして、トモエから向けている物についても、理解があるらしい。
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