憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

過ぎ去りて

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此処に来て、オユキという人間の歪が表に出たともいえる。
かつての世界で、親が突然いなくなったことでそのような境遇の人間を見過ごすことができない。
かつての世界で、そうした経験を得たからこそトモエに対して依存する。
かつての世界で、そういった経緯があったからこそ身内を大事にする。
そうした歪が、今この場で。

「ただ、基本として、そうですね。」

そういった者を自覚してしまえば、いつもはつけている年長者としての仮面も役に立ちはしない。演じようとしても、直ぐにぼろというのが出る。此処にいる者達は、オユキがそうしようと努めている事には気が付いているのだろう。ただ何も言わず、オユキが立て直すのを待っている。実際にそれに失敗しがちではあるのだが、それでも。

「時には、トモエさんと少し遊びましょうか。かつてそうであったように。」

それは、オユキにとって非常に良い事のように思える。こうして話してみれば、あれこれと。実にあれやこれやとやりたいことが。それを行う為に片づけねばならぬ事があるというのならば、もう少しだけ。

「オユキちゃん。」
「どうかしましたか。」
「えっと、泣いてるよ。」

言われて、頬を伝うものに気が付く。
ああ、己はここまで弱くあったのかと。

「お気になさらず。とはいっても、難しいのでしょうが。」

さて、こうして頬を伝う涙を見せるのは、トモエ以外では初めてか。それとも、かつての世界で暮らしていたときに
見せた物を含めればどれほどの数がいるのか思い出せないほど。それこそ子供や孫、そこよりも先に流す涙を隠せなかったのは、さてどれほどの数があっただろうか。こうして今ともにいる相手を、孫のように感じているのだが、それも一つの原因だろうか。声をあげて泣いたりはしないが、まぁ、必然気が付かずに流れ出る物でもある。要は生理反応でしかなく、涙が流れたからと言って悲しみを覚えたという訳でもない。そう、オユキは己に言い聞かせる。

「どうした所で、涙もろいと言いますか、感情が動けば涙があふれるものですから。」
「でも、オユキちゃん、悲しいんでしょう。」
「さて、そればかりは、ええ、そうですね。」

隠せはしない、隠そうとできない。今は。

「もしも叶うならば、そう願ってやまない事がありますし、楽しみにしている事もあります。ただ、やはり。」

それらを楽しむ為には、かたをつけねばならない事が実に多くある。あれもこれもときりが無く、また、あれやこれやと持ち込まれてくるものだ。最も、その大半を己の行動が生んでいるのも事実なのだがそれにしても困難が多い。

「なんにせよ、難しい事です。本当に。」
「それは、オユキ様、私どもでいくらか引き受ける事が出来る物では。」
「私たちが得た奇跡、門をあちらこちらに運んで頂く、それ以上は過分でしょう。」

後は、それこそどういえばいいのだろう。そうオユキは考えながらも、流れる涙を、どうにか乱暴に拭って。

「皆様も、どうか各々良いと思うように。少なくとも私にとって喜ばしいことはそれですから。」
「オユキちゃん。」

さて、アナが何か言いたげな様子を見せているが、言葉にはならない様子。ただ、抱き着かれて。何やらぐずぐずと言い出しそうな様子でもある。己の懐に顔をうずめる相手、その頭を軽く手櫛でなでながら。昔から、よくそうしていたように。どうにか落ち着けばよいのだがと。

「えっと、オユキちゃんは、その。」

さて、何やらセシリアがもの言いたげに。

「はい。何でしょう。」
「その、こっちに残るつもりがあるのに、遊んだり、えっと、あっちこっちみたり。」
「いえ、合間を見て行う心算はあります。」

アドリアーナの視線、シェリアの視線も感じるものだしサキももの言いたげにしているのはオユキとて分かっている。ただ、やはりどうにもならない事というのはあるもので。それが、オユキの在り方であったり、トモエの在り方であったり。そういった方面に偏っているのは仕方が無い事であろう。それ以外の時間を大事にしようと、そう考える程度にはどうにかオユキの心も上向いてきたところで、話を続ける。

「ですから、今度のことはお願いしますね。これが叶えばという事もありますし。」

そう、是非ともきちんと運んで欲しいものだとオユキは考えている。そして、叶うなら現地で門を作って欲しいものだと。後者に関しては、ロザリア司教からここまでの経過があるなら大丈夫とお墨付きは得ているのだが、それにしてもどうなるか分かったものではない。オユキとトモエが運び、そして設置するという儀式が必要なのだとしたら、それぞれから徴収される物というのも多くなることだろう。その辺りは、いよいよどうなったかを様子を見てとするしかない。事実、オユキでさえもなかなかひどい目にあっている。

「オユキさんは、トモエさんもだけれど、それをしたら喜ぶの。」
「はい。それは間違いなく。」

勿論、それを行ってくれるというのなら、オユキは喜ぶ。

「そうですね、一応それを成し遂げてくれたのなら、何かをとも思うのですが。」
「それは、私と伯父さまが頂いた様にですか。」
「そうですね。」

二人には、確かに戦と武技の神から与えられた短剣などを渡したのだが、それにしても名代としての立場を示す為の道具でしかない。なにか贈れるものがあればとオユキとしても考えてはいるのだ。トモエの方でも、恐らくは何か腹案などを考えてくれているのだろうが。それについては、まだ話をできていない。
今後は、それこそあちらこちらで見つけた品であったり、褒美にと与えられた品を下げ渡したり。色々と行っていくこともあるのだろうが、今は未だ何をとも決めていない。

「そう言えば、下げ渡すとして、頂いた品というのは、どれをとすればよいのでしょうか。」

今更ながらに気になったオユキが、そうして思わずとばかりに零せば。

「そちらについては、家宰の方に相談するのが良いでしょう。贈り物に関してなのですが、慣習として目録にその辺りを記載することになっています。後は、家財として貯めたい物、それ以外。そういった物を選んで別けておくのが良いかと。」
「成程。」

説明されて一先ず頷いてみた物だが、実際にはそれこそ言われているようにゲラルドとカレン辺りと話さねばなるまい。散々にため込んだものがあるため、それらの管理はトモエに預けているのだが。

「となると、そちらはトモエさんにお願いするのが良いのでしょうか。」
「オユキ様とトモエ卿であれば、それが良いかと。」

シェリアから追認を得たので、ではそれがこちらの世界と言えばいいのか、この国における一般的な振る舞いであるらしいと。

「オユキちゃん、また話を逸らしてる。」
「いえ、逸らしたと言いますか、気になったことをですね。」
「もう。そんな事ばっかり言って。」

さて、何やら手櫛であやしていたアナからそのような声が上がる。どうにも、こうして集まって色々と話をしていれば、何やら懐かしさというのも覚える。本来であれば、ここで隣にトモエもいたのだろうが、生憎と今は屋敷で男衆で集まってあれこれと話している事だろう。シェリアにしても、こうしてここにいるのはローレンツに勧められたからというのもある。オユキが世話役がいると、そう判断しての事なのだろうが、それにしてもローレンツが言い出したには違いないのだ。何となれば、着付けであればサキがいるし、こうして今はオユキの周りに集まってきている少女達でも十分すぎる程。
こうして、ベッドに腰かけて、部屋にはいくつも置かれているベッドに思い思いに腰かけて、夜を過ごしている。こうして過ごすのは、さて、いつ以来か。かつての世界であれば、それこそ折に触れて集まったりなどもしたものだし、何となれば同じ屋根の下で暮らしている者もいた。

「さて、では協力を頂けるというのであれば、色々と頼みたいこともあるのですが。」

では、話を戻して。

「明日は、祭りです。そこではナザレア様とその祖霊ですね、要は新たな加護を頂くために集まって過ごすわけですが。」
「うん、なんか、そう言う話だって言うのは聞いたかな。」
「皆さんも、盛装を用意したことでしょう。」

それについては、それこそ屋敷で色々と話し合ったりもしたし各々がどういった衣装を身に着けるかも見た。それぞれに似合っていたものだし、少年達からの贈り物なども身に着けると聞いている。各々が、各々に。どういった風に見ているのか、どのように映っているのか。オユキは、それを外から見る事のなんと楽しい事かと実に老人らしい楽しみに思いを馳せたりもしたものだ。

「ただ、それについては基本的に問題は無いでしょう。」
「えっと、オユキちゃんも舞を披露するんだよね。えっと、カリンさんと。」
「そうですね。」

話が千々に飛ぶ。これも、まぁらしい場ではある。

「それって、練習とかって。」

泣いたカラスが今はと、そういった様子ではあるのだが、自分よりも少々背丈が大きい相手、己よりもそれなりに体格の良い相手に甘えられるのは、さて。

「いいえ。カリンさんがお相手ですから、行うのは剣舞ですね。」

そう、オユキは此処でカリンとそれを行う事になる。かつては己に由縁のある事で、名乗りを上げる事も出来なかった。だというのに、今は亡き師に唆されてと言えばいいのか、勧められたからと言えば良いのか。どうにもその辺りは難しい所ではあるのだが、己がそうした欲を持っていなかったわけでもない。

「そうなんだ。えっと、じゃあ。」
「残念ながら、皆さんと行う時間は無いでしょうね。」

さて、今はオユキの腿に頭を乗せて、そこから見上げて来る形のアナに対してオユキはただそれが決まったことだとそう告げる。当日はフスカも来るのだ。そちらがオユキにとっては本番であるし、カリンとの事は準備運動に過ぎない。やはり彼我の能力には、それが許される程度の差があるのだと分かっている。カリンは、言葉は悪いが所詮は始まりの町、その周囲でしか狩猟を行っていない。どれだけ彼女の持つ能力を認めて加護が与えられようとも、オユキに届く事は無い。

「私は、そうですね。」

ただ、厳然たる事実として。

「フスカ様を、やはり許せそうにありません。」

あの者は、己の伴侶を傷つけたのだと。
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