憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

迎え

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「珍しいですのね。」
「何がでしょう。」

メイの言いたいことなど、無論オユキには分かっている。
出陣式を終えてしまえば、戦闘に参加しない者達がいつまでも門の外にという訳にもいかず町中に取って返した。そして、しっかりとカナリアに治療をされ放っておけばそれ以上がありそうだと見たタルヤによって、四阿にメイとアイリスと揃って押し込められている。蓋まではされていないが、それをされればより一層気が滅入るから、見知らぬ植物がしっかりと生えて蠢いているあたり、此処から出す気は無いとあまりに明確な意思表示は感じるというもの。

「その応え様が、まさに、ですね。アイリスも、もう間に合わぬのだから切り替えるしか無いでしょう。」

揃って年下の少女に、精神の平静を解かれるのが情けなさを募らせる。そして、その思いがまたオユキには深々と。

「いくら年を重ねても、全く、我が身のままならぬ事。」
「まぁ、そうね。私たちは抑える事をあまりしない性分というのもあるけれど。」
「全く。」

そうして送り出した者達は、他にすることがあるわけもなくこうして茶席で歓談に興じているわけだ。

「ああ、そう言えば忘れていたのですが。」
「あら、何をでしょう。」

一先ず、内心の重さをため息一つで吐き出して。随分と長く重たいものになったが、トモエを見送ってからそう言えばと思い出したことをオユキは今口にする。

「森の中、現在襲撃している場所ですね。そこに新しい拠点を作ってはと考えていまして。」
「道を拓くわけですし、それも良いのでしょうが。」
「森の恵みを得る、それを考えた時には都合が良いでしょうから。」

色々と、思いついたことをカレンに指示をしていたとオユキはその事実だけは覚えているし、間違いなく準備が整ったと一先ずの対応が終わったのだと報せを受ければ動けるようにと、人でも確保していたはずではある。ただ、その詳細がどうにも思い出せない。やはりここ数日、メイの仕事、ミズキリとケレスという古い知人がいる場で仕事をすることもあったため、集中力と呼んで良いものは底で使い切っていた。午前中にトモエと鍛錬を行う際に、隙あらば己の力量で勝ち取ろうという思いも捨てきれていなかったため、そこでも少々無理を重ねた事もある。
そうした己を振り返り、魔物を狩りに出る際、トモエと並んでとしないだけの自重はどうにか残せていたという事実は、オユキにとっては己の褒められる所だなどと考えて、またも落ち込みそうな己をどうにか慰めて。

「準備は整えていたように思うのですが。」
「オユキにしては、珍しいわね。その辺り自信なさげなのは。」
「どうにも、他に気を取られておりまして。」
「ミズキリとケレスの懸念通りですね。」

さて、古い友人が、何やら医らに世話を焼いてくれていたようではある。
そもそも、政策や都市計画なでいよいよ門外漢であるオユキに何故振ってくるのかと思えば、そうした配慮があったらしい。仕事に集中できたのも、結局は古なじみの気遣いの結果。こちらで合う相手に尽く見目相応と言われるのは、こうしてみれば納得をせざるを得ないと言えばよいものか。

「切り替えは、しているのですが。」
「激しすぎるのよ。」
「そうですわね。仕事中と、今のようにただオユキとして、その落差は。」

仕事に向き合っている間は、それこそトモエに向けたものなど何一つ表に出しはしない。それができる環境があった。

「貴女、トモエが魔物の狩りに出る時までつきっきりという訳じゃないでしょう。」

アイリスからは、揶揄うようにオユキに話しかけるが。

「魔物とはまた違います。」

オユキ自身、応える言葉に隠すべき棘をしまえている、しかし語調まではどうにもならない己を自覚しながら。

「神々に与えられた試練だと、その前提を考えれば不足の事態などいくらでも起ころうというものです。」

そもそもが人に向けられたものではない。文字通り超常の存在に対して課せられた物を、ただ人が行おうというのだ。

「十分な対策をしたのでしょう。」
「それこそ、私もいければ少しは違ったでしょうに。」

メイからは、ため息交じりに。アイリスからは、己が参加できぬのが実に不満だと。

「十分な対策などありません。思いつくすべてに対して手を打ったとして、それでも不足の事態などいくらでも。それにアイリスさんは、万が一を考えれば難しいですから。」

だから、花精は道を拓くにとどめて参加をしないようにとオユキはしたのだ。
どうにも話を聞いている限り、種族によって汚染という現象に対する耐性のような物に差があると分かるのだから。相手は、物質的な存在ではなく、この世界では当然あるとされている何某かによって己を成立させている存在。そして、その領域においては神々に対して試練となる程度には能力がある。であるなら、それに遠く及ばずこちらで暮らす者達はその領域からの働きかけをより容易に受けるというもの。人はかなり物質に依っている、以前カナリアに聞かされたことだが、干渉を受けにくい素地がというのなら。

「今回参加された方で、シェリア様とローレンツをどうにか出来るのは、まぁアベル様だけでしょう。」
「アベルなら、大丈夫でしょう。」
「ええ。ですから、どうにか飲んだわけです。」

ルイスも参加を当然望んでいたが、オユキは難色を示すどころでは無く、はっきりと断った。確か、それをしたときにでは建前となる理由を作ろうなどと考えて、メイに話すのを忘れていた手を打ち始めたような、そんな事を漠然と。

「どうにか覚えた作法も抜けていますわよ。」
「ああ、そうですね。」

そして、メイにため息交じりで言われれば、こうして押し込まれてからというもの一度も己の前に用意されている品に手を付けていないのだと気が付く。治療にそれなりに時間を使い、その間待たせたというのに。代官の屋敷ではなく、オユキの屋敷に一先ずとなているのも門から近く、色々と手間がかからないから、そうした理由もあるのだ。

「失礼しました。どうにも留守居を任されることには、生前縁がなく。」
「普段私に落ち着きが無いと窘めるけれど。」
「ええ、言いたいことは分かりますとも。」

アイリスからの当てつけは、オユキとしても甘んじて受ける心算がある。アベルから頼まれてもいるし、こうして縁を繋いだ原因が何処にあるかを考えれば、少々気難しい娘一人。

「せめてこれらが片付いた時、そこにあるのが楽しい話であればよかったのですが。」
「仕方ないと、そう言いたくはないですけど。」
「そうね。攫われた子供を元の場所に、そこまでを考えれば。」

待っているのは、実に厄介な仕事だ。
今後オユキはそれぞれから直接聞き取りを行ったりはしないが、万が一こちらで暮らす人々と会話が出来ぬものが居り、それがオユキの理解できる言語であればその限りではない。それが無かったとて報告を纏め、必要な所に報告書として用意するのはオユキの仕事でもある。号令をかけた以上、そういった責任に背を向ける事は無いが気が重くないのかと言えばそんなはずもない。

「なら、楽しい話をこの場ではすればよいでしょうに。」
「楽しい話、ですか。」
「何かあったかしら。」

メイが、そうであるならば気を紛らわせるために相応しい話題があるだろうと、そう振ってくるがオユキもアイリスも生憎と心当たりが無い。

「近々祭りがあるでしょう。」

そして、そんな様子の二人にメイからはただただ重たいため息が。

「ああ、そう言えば。すっかりと任せきりになっていましたが。」
「私は、正直まだ決めていないのよね。」
「おや、他の部族であってもそこまで障りが無いとは思うのですが。」
「土地に影響が出る事が分かっているんだもの。祖霊様の加護との兼ね合いもあるでしょう。」

そして、アイリスがなにやらここ暫くセラフィーナと忙しくしていると思えば、そちらはそちらで故合っての事らしい。

「その辺りは、流石に私にわかる事ではありませんしお任せしましょうか。」
「そうかしら、また事前に機会を設ければとも思うけれど。」
「教会で、少々派手な催しをしても良いかもしれませんが。」

それこそ助けた相手の慰労を兼ねて、大掛かりな事をしても良いかとはオユキとしても思う。ただ、一切助けの手が届かなかった相手に対してのものが含まれるため、そこで頼みごとをするというのはどうかとも考えてしまう。万が一ということはあり得ない。オユキが配慮をする相手には。しかし、吹けば飛ぶ程度の存在が、どうにもならない憤りをぶつけようとした時に、事故というのは簡単に起きる。

「少し、考えた方が良いでしょうか。それこそ、ここ暫くの事もありますし、こうして四阿も完成しましたから夏の夜を楽しむのも良いでしょうし。」
「ですから、そういった事ばかりではなく、衣装を新調するのでしょう。」

祭りの趣旨と言えばいいのか、来歴と言えばいいのか。それに合わせて薄手の衣装、正直オユキはその程度の認識しかない。以前メイと縁を得た折に、生前馴染んだ感触の布を見つけたと記憶に残っていたため、それを使って用意をと、そうカレンとカリンに話を振ってそれで終わった気になっているのだ。

「日取りは、あと16日ごだったかしら。」
「確か、そうだったかと。」
「だというのに、試しに合わせたりもしていないのでしょう。」

言われてみれば、確かに気に入らぬところなどがあれば直しを頼むとして、そろそろ日程がきつくなり始めるところ。

「おや。」

どうにも気乗りがしない類の事でもあるし、自分が主体となる物でも無いだろうからと優先順位を下げていたのだと改めて気が付いたのだが、オユキとしてはそれよりも気になる事があり席を立つ。

「トモエさんが、戻って来たようです。随分と早かったようですが。」
「私がまだ気が付いていないのだけれど。」
「直感のような物ですが、間違いは無いでしょうから。」

いそいそと、蠢く蔦はただ邪魔をするなと睨み据えれば何が起こることもなくオユキはそのまま外に足を進める。
具体的にどことまではわからぬが、屋敷の門で待とうと今はそれ以上の考えはない。色々と、負荷の多い仕事をトモエだけに任せたのだ。そこでトモエが引き摺る事が無いのか、それこそ万が一怪我をしていないのか。今のオユキの思考はそれ以外の事に向かわない。

「全く。本当にああしていると見た目通りですのに。」
「トモエ以上にバランスが悪いのよ。」

そんな外野の声も、当然ただ風に流れる。
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