憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

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「そう言えば、ファルコ君が以前国法で定められていると言っていましたか。」
「確か、そうですね。」

数日は書類仕事に駆り出されていたオユキだが、今日は久しぶりにトモエと一緒に狩りに出ている。どうにも、己が決めた事で色々と手間をかけるのだからと、そうした気分で軽く手紙を頼む代わりにいくらか手を貸しましょうと、そのような事を気軽に言ったのが悪かったのか。呼ばれて顔を出した先では、随分と懐かしい表情を浮かべたミズキリとケレスが、書類の山の先に見えたりもしたものだ。

「ねーちゃん、案外やるな。」
「そうですね、カレンさんより上、ファルコ君よりは下というところでしょうか。ああ、初めて見たときと比べてという事ですが。」
「ファルコ、今かなり出来るしなぁ。」
「正直、加護抜きだとどうなるか分からないもんね。」

そして、各種計画における予定の調整という実に面倒な仕事を一先ずやり切り、それが終わった時に久しぶりに町の外に出ようと、そのような話をすればメイが興味を持った。同じ年頃の者達が、ファルコが率いておりそれこそ王命だからという理由はあるが、町の外で魔物を追い回しそれなりの成果を上げているのだ。元より乗馬を好んでいることもあって、体を動かす事を好む快活さを持っていることもあったのだろう。先の一件で少々落ち込んでいる乗馬を、オユキが連れ出すのも良いだろうかと、そのような考えを零せばメイもそれに同行すると相成った。

「そろそろ、息が上がりそうですね。」
「そうなんだ。じゃ、止めてきますね。」
「ええ。それが良いでしょう。」

これが実際に教えている相手であれば、トモエは間違いなくもう少し追い込むのだがメイを相手にそうするわけにもいかない。ファルコは変わらず、己が引き連れる事となった相手と共に魔物を追いかけまわしているが、トモエが行き過ぎる事を懸念したからだろう。メイの傍らには、しっかりと彼が特にと頼む少女が付けられている。その二人は、旅に同行していない間は何をしていたのかと、それも今目の前で動く姿を見れば実にわかりやすいものだ。

「では、退がれる様にしてあげてくださいね。」
「おう。」

そうして、少年たちを送り出せば結界からさして離れていない事もある。見習いたちの稽古場、未だ正式な名称が定まっていないそこから少し離れた場所。そこで、追い込まれた丸兎や、試験変わりだろう灰兎を相手に元気に動き回っている相手からも見える位置。一体何事かと、興味に足を取られている者達を威勢よく叱咤する声が聞こえる。

「全く。油断が過ぎますね。」
「トモエさんだと、やっぱり叩いて。」
「私だけでなく、アベルさんもそうするでしょうが。」

そして、生ぬるいとただ口に出していないだけのトモエの言葉に、アドリアーナが恐る恐るといった感じで。

「今度は、町の周囲をカミトキに乗ってというのも楽しそうですね。」

実のところ、オユキにしてもトモエにしても。活動範囲というのは、非常に狭い。町の広さが前の世界とは比べるべくもない尺度であり、しかし基本的な移動手段は人の足。そこには物理的な限界というものがある。特に始まりの町は四方に門があるわけでもなく、南に向けて開いているものが一つだけ。そこから出て、他に行こうと思えば外周を回らざるを得ないため、それは時間がかかる。町の外に出る時には、体を動かすという目的がある身としては、当然受け入れられるものではない。

「そうですね。センヨウも少し早駆けをするのも楽しそうだと思いませんか。」

オユキは、今日の主題は書類仕事で固まった体をほぐすというのもあるが、愛馬の気分転換というのもある。庭で乗馬を楽しむことができるほどに屋敷が広いわけでは無いし、町中を乗っていこう物ならどうした所で仰々しいものになる。前世の価値観があるからという訳でもなく、徒歩で大通りを歩く者達が増えた事もあるし、馬車の往来も増えている。そこで己の馬で早掛けをしてなどという事は気が引ける。

「カミトキ、林檎でも食べましょうか。」

つまりは、今日の所は少し外に出て散策、そういった構えのオユキとトモエはそこまで積極的に戦闘を行う気が無い。間違いない適地ではあるが、そこにいる者達は所詮は有象無象。アベルは今日はアイリスについて、花精達が住む予定の区画、そこに改めてアイリスが社を据えるのだといったため同行している。今は別の物に任せているが、そちらを祭主としたうえで、花精達の協力も頼んでといった形式を今後の為に作るらしい。アイリスからメイというか、領主当てに届けられた書類にそのような事が記載されていた。そして、関係性もあるのだからと、オユキが詳細に計画を組んだものだ。

「オユキも、一応切る位は出来るんだよな。」
「あの、私を一体何だと。」

そして、少年たちにしても今日はまともな狩りにならないと考えているのだろう。トモエとオユキが、さして積極的ではなくのんびりしているというのがあるのだろう。彼らの方では、ここまで緩いものと考えていなかったようで色々と準備が足りていないのだが、トモエやオユキが色々と教えている相手。シェリアを筆頭に、幾人かの使用人、メイについている者達も含めてあれこれと準備された場所に、腰を下ろそうと近寄ってくる。

「一応、メイ様を待つのが良いと思いますよ。」

ただ、それに対しては体裁というものがあるからとオユキが止める。

「そんなもんか。」
「はい。皆さんも一応メイ様の護衛と計上されているでしょうから。」
「そうなのか。」

メイが抱えている人員というのは、基本的にマリーア公爵がリース伯爵に貸した、若しくはリース伯爵が頼んだ人員だ。実質メイ本人が自由にできる、というほどでもないが、それでもあれこれと頼みやすいのはシグルドたち以外にいない。領都で暮らしていたのなら、まだこれまでに培った交友関係もあったのだろうが彼女と同年代の者が親元から離れて、長閑な町にというのはやはり難しい。その友人たちが、家から使用人を連れてとなれば話もまだ変わりはするが。

「はい。勿論、主となるのは頼んでいる傭兵の方々ですが、それにしてもシグルド君達からと頼まれたでしょう。」
「そうだけど、でも雇ったのはねーちゃんだぞ。」
「ええ。契約の主体はそうなります。ですが皆さんが持ち込んだ話でもあります。」

さて、オユキがそうして声を掛けてみればよくわからないと、まぁ思った通りの反応が返ってくる。そして、あまり子供たちばかりに気をかけていれば、今日機嫌を取り一緒にいるべき子供が機嫌を損ねるというものだ。
林檎をいくつか切り分けて、手ずから与えるではなく皿に乗せたあたりで少々。そしてどう説明した物かと考え始めれば、軽く髪を引かれてそちらに意識を戻す。

「そうですね、アドリアーナさんは理解があるでしょうから、少し話を聞くのもいいでしょう。」
「ああ、その辺りか。」
「分かった。色々とリーアに任せきりになってっからな。」
「どうにか、したくはあるのだが。」

少年達の中で、そもそも完全に区切られた集団で生きていたというのに、アドリアーナという少女は実にそれぞれの場面で求められている事というのに聡い。少年たちにとっては、何故と、行ってしまえば異文化に対する隔絶を感じる様な状況でも、こう考えているのだろうとそうした想像力が豊かなのだ。また、それを表に出す折にも、調整が上手い。彼らが助けたいと願うのも事実だろう。しかし、彼女がその能力を発揮する場面というのは、往々にして練習とするには障りがある。

「そうですね、メイ様にもう少し余裕が出来れば、アドリアーナさんを主体として場を用意してくださるとは思いますが。」

そうして話していれば、メイも少女たちに守られながら、オユキとトモエの寛ぐ場に戻ってくる。

「全く、そうしていれば実にやんごとなき淑女といった様子ですのに。」
「この子の方が私より強いのは違いないでしょうが。」
「そこを基準にした覚えはありませんわ。」

戻ってきたメイが、早速とばかりに、初めての実戦の効用が見て取れる有様でオユキに噛みついてくるのだが。

「お嬢様、先にあちらへ。」

直ぐにゲラルドの案内で、馬車へと連れていかれる。
今回の長旅で散々に酷使した馬車が、ようやく確認と調整が終わったこともあり、トモエによって身だしなみを整える為、散策に必要な軽食や道具を積む為にと使われることとなった。そして、当然居住性の高い馬車だ、中では身だしなみを整える事も出来るだけの用意がある。
メイが少年たちにも劣るありさまだからという訳でもなく、屋外で、それも整備されていない場所で動き回れば訪れる当然の結果として、土埃や草と行った物がどうしても体を汚す。加えて春の陽気よりもすこし強さが増す中で動き回れば汗もかくというものだ。

「貴族って、大変だな。」
「ジーク。」
「いや、だってお前等は別に気にしてないだろ。」

そして、その様子を見て迂闊な言葉を零した少年が、少女たちに囲まれるのはさておき。

「お二人も、お疲れ様でした。」

そして、ファルコに紹介されたばかりの頃は、それこそメイよりも酷い状態になっていた二人も今となっては頼もしいものだ。

「改めて、神々の加護の強大さを感じますわ。」
「そう、ですね。今は私たちも少しは戦えるんだって。」
「自信を持つのは大切ですが、やはりおかしな癖がついているようにも見えますので。」

こちらの少女二人は、片手間までとは言わないが、ほとんどトモエが時間を使う事が出来ていない。最初に最低限だけを見て、そこからは独学であったり、それぞれが頼める相手、マリーア公爵が用意した相手によってのものだ。もっとも、その相手にしても実にわかりやすい片鱗が顔をのぞかせている。

「そうですか。」
「カリンさんに習っているのでしょうが、あれは正直入り口とするには難易度が高いのですよね。」

トモエでは無く、オユキでもみて直ぐに分かるのだ。

「えっと、リュディさんは優雅な動きだと思いますよ。カリンさんも褒めていたじゃないですか。」
「悪くはありませんが、よくもありませんね。どうもカリンさんは己の技術を後に伝える事に積極的ではなかった様子。」
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