憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

久しぶり

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当然と言えば当然の事だが、主人がいないからと言って屋敷での務めが無くなるわけもない。寧ろ、主人の居らぬ間に手を抜いてなどという事があれば、まさに名折れというもの。想定外と言っても良い事と言えば、教会から明確に雇用関係にあるわけでもない相手が継続して手伝いに来てくれていた事だろう。
不足している人手では、当然無理がある。そう言った場所にしても、特にトモエにとって重要な鍛錬の場、庭の手入れはきちんと行われていた。遠景をぼんやりと眺めて過ごすことを好むオユキの要望と、鍛錬をするために分かりやすさを求めるトモエと。その二人の要望が同時に存在できるようにと長さが整えられた芝、綺麗に下生えが抜かれた砂地の一角、それが実に綺麗に分かれている。

「あー、やっぱ、直すとこ多いんだな。」
「そうですね。ただ、身についていないという訳でもありませんから。」

そして、こちらに戻ったと気が付いたのが今朝。少しゆっくりと時間を過ごせば、そんなに寝ていたならと体を動かしているところに顔を出した少年たちと共に励んでいるという訳だ。

「えっと、出来てないのに、直すんですか。」
「ええ。前にも言いましたが、皆さんはまだ背も伸びていますし、筋肉もついています。」

そして、早速とばかりに離れていた間の成果、それを見せたいと意気込むシグルド達を軽く地面に転がしていき、今は改めて素振りを行わせながら期間が空いたから生まれたずれをそれぞれに直している。最も、構えとして教えた物、それを忘れたという訳ではない。そんな事が出来ない程度には、叩き込んでいる。だからこそ、渡したものがあるのだから。

「それぞれの状態に合わせた構え、最適な物というのはどうしても異なりますから。」
「武器を変える度に、細かくいわれましたもんね。」
「はい。それと同じことですよ。」

そして、今回は武器もシグルド以外は変わっているし、先に述べた理由もある。

「でも、気が付かなかったけど、俺も結構背が伸びてたんだな。」

そう言うシグルドの視線の先には、明らかに一回りでは聞かない程度に大きくなったパウの姿がある。
もとより年頃を考えれば恵まれた体格であったのだが、今はそれに輪をかけて上背と肉がきっちりとついている。一緒に移動している間も、これまでは足りなかったのだというばかりにシグルドと競うようによく食べていた成果が実にはっきりと表れている。他の少女たちにしても、それぞれに一回りきちんと大きくなっている。それこそオユキが内心でしっかりと落ち込む程度には。

「そう、だな。俺は流石に背が伸びたと分かっていたが。」
「パウは服も直すだけじゃすまなくなったもんね。」
「ああ。鎧もだ。確かに、これで金属で出来た物を使っていたらと思うと、大変だったろう。」
「そういや、いちいちそんな金出せないからってファルコ達も鎧は無いって言ってたもんな。」

皮革にしても調整が可能な幅というものがある。多少は伸びるとはいえ、限度が来ればただちぎれて用をなさない物になる。

「私たちは、パウがいたしよくわからなかったけどオユキちゃんと比べたらやっと実感できたよね。」
「オユキさんの前では、言わないであげてくださいね。」

それを口にすれば、表面上はにこやかに。それこそ我が孫の事のように喜ぶ振る舞いも嘘ではないだろうが、内心ではどうにかとそれを考えるだろう。

「一応、オユキさんも僅かではありますが背が伸びたりしているのですが。」
「あれでか。」

オユキに対して用意されている衣服というのは、いよいよ特注品だ。採寸が行われ、それにちょうどとなるように誂えられている。では、その袖や裾と行った物が僅かにでも思った物と違えば、洗濯などを行い布が縮むこともあるがそれ以上の変化だと分かればというものだ。オユキはその僅かな変化が分かった時には、珍しく周りからわかりやすいほどに喜んだものであるし、異邦人は成長をしないと言われていたが、疑問を呈し成長には必須だと誰もが考えている料理を提供したアルノーの価値というのがそこで跳ね上がったわけでもある。
無理だとされていたこと、他の原因があるとはいえ生前よりもいっそうひどくなっている偏食についても実に色々と手段を持ってもいたのだから。

「さて、それではシグルド君、もう一度。」
「おう。」

そして話しながらも素振りを繰り返させ、トモエが体に直接触りながら細かく体勢を直している。

「お。確かになんか変に前に引っ張られる感じは無くなったけど。」
「ええ。立木打ちも行ってくれていたのでしょう。筋力がついたので、合わなくなった動きを無理に従えていました。それを一度矯正しますので、以前よりも窮屈に、今ならもっとやれるとそう感じるでしょう。」

トモエがそう話せば、シグルドだけでなく他の子供たちも、まさにそのような間隔だと頷くのだがトモエは理由があってこそこうして色々と手を加えている。

「そのせいで、あまり望ましくない力の入れ方が癖になっています。このまま続ければ、それに合わせて力がついてしまいますから当流派とはまた離れた物になり、直すのに時間がかかりますからね。」
「そんなもんか。」
「はい。我流としてそちらで大成しても良いかと思いますが、少なくとも今の皆さんが流れるままに進めば、その先は早々に道が無くなりますよ。」

このまま少年たちが進む先は、技術が無い。力で技を成立させる、それがあるだけだ。トモエがこちらで暮らす者達に対して、それは認めぬと断じた物が待っている。パウのように、アベルやルイスのように恵まれた体系を持ち、己の生まれ持った才覚だけを伸ばして余人を寄せ付けぬ、そう言った者達だけが分け入って進むことができる青い山がある。

「にしても、ほんと、よく見ただけで分かるよな。」
「ああ。俺たちの間でも、お互いに注意してと気を付けていたのだが。」
「勿論、それも分かっていますよ。本当はもう少し直す場所が多いと考えていましたから。」

トモエにしても、正直伸び盛りの子供から四カ月以上目を離して、この程度の修正で済むなどと考えていなかった。勿論、今後一緒に町の外に出れば、そこではその短い期間で生まれた慣れが顔を覗かせ、その度に指導をする必要もあるだろう。しかし鍛錬場として見た時には、あくまで軽度な物だ。

「寧ろ目を離している間も、教えた事を大事に励んでくれていたと分かる喜ばしいものですから。指導の最中に目を離す、指導者として許されぬ事をしたのは私ですからね。」

トモエとしては、今少年たちが窮屈を感じなければならないのは己に由のある事と捉えている。

「以前にも言いましたが、こうした細かな差異、日々の僅かな切欠、それを正しく伸ばせるからこそこうして指導を行えるのですから。」
「でも、私たちは別に。」
「流派を名乗る気構えが無くとも、です。以前お伺いしましたね。」

この少年たちに、今はまだ川沿いの町の忙しさに目を回しているらしい子供たち、ファルコにしてもそうだ。目指す先、その一助になるだろう技術を与えるが、受け取るつもりがあるかと尋ね、それに頷いた相手。

「ああ。」
「ですから、教えるのです。私の持っている物を間違いなく。」
「そっか。ありがとな。」
「ええ。どういたしまして。」

気恥ずかし気にしながらも、先に頭を下げたのは少女達で自分は後からそれに乗っかって。それでも、この五人の中では今となっては、セシリアと競うように。相違した自覚もあるのだろう。

「ですが、そろそろ皆さんも武器を変える時期でしょうね。」
「あ、その相談をしたかったんです。ウーヴェさんが、今の作りだと手に合わなくなってきてるからトモエさんに相談しろって。」

始まりの町には、色々と融通を聞かせてくれる、相手に会った得物が何かを考えそれを作り出すことのできる相手がいる。そちらからも色々と言われているらしい。そして、子供たちの面倒を見ているのが誰かと、それをきちんと覚えてくれている、良い鍛冶師だ。

「細かく聞いたかは分かりませんが、背が伸びればやはり手も大きくなります。筋力は握力も同じです。」

それは、子供向けの道具と大人向けの道具が実に色々な分野で用意されているように。大人向けの者にしても、体格に合わせて、個人の嗜好に合わせて種々であるように。

「結果として、最も合う武器の長さも変わります。ただ、今の段階では柄、ですね。」

それぞれの得物を振るう速度が増した。それを抑え込むだけの筋力が身についている。では、そこで発生する反作用を何処が負担するかと言えば、手に持つ武器そのものだ。

「あー、おっさんからは、武器が駄目になるのが早くなるからって、そうとだけ言われてんな。」
「ああ。言われてみれば、確かに直しを頼む回数が増えていた。」
「もう。皆も少しはお金の事気にしてよ。」
「やる気はあるんだが、どうしても狩りに出ない日にリーアに頼むことが多いからな。」
「悪いとは思ってるけど、ねーちゃんから荷運びやらおっさんからガキどもの訓練の手伝い頼まれたりするからな。」
「それでも、確認しやすいように、纏めて書いておいてるでしょ。」

少年達の言い分も分かる。アドリアーナの言い分も分かる。ともすれば、本当に以前あったものと同じような、それこそオユキとケレスが聞けば、それぞれの立場に立って仲良くじゃれ合いを始める事柄だ。

「そこまでですよ。シグルド君は、今のままもう暫く馴染ませてください。次は。」
「俺か。」
「パウ君は少し根深いので、後に回しましょうか。」

最も体格の変化が激しいのだ。直すべき場所も、当然それに応じて増えている。

「まぁ、パウは俺でも分かる位に雑になってるからな。」
「こう、気を付けていたんだが、また、丁寧にというのが難しくてな。」
「そうでしょうとも。なので、しっかりと時間を取りますよ。」

力を余すことなく。腕の力だけではない。地面をける反動を、そこから腕迄存在する骨と筋、そのっ全ての力を余すことなく使うからこその剛剣だ。それが行えるように見ようと思えば、パウはどうしても手を入れなければならない部分が多い。

「嬉しい成長、その結果ですよ。」
「ま、あんちゃんが嬉しいなら、いいさ。で、そういや、オユキはまだ戻って来ないんだな。」

そして、本来なら並んで鍛錬に励むはずの姿がいない事に、途中から、メイが顔を出して以降攫われたオユキについて、ようやくシグルドが言及する。

「オユキさんは、数日は難しいでしょうね。」
「なんか、また色々あったんだっけ。」

シグルドが何やら感慨深げに、空に浮かぶ巨大な岩塊。始まりの町に影を落とす、翼人達の住処を見ながらそんな事を呟くが、彼の想像は外れだ。アナとアドリアーナの考えている事、それが正解。
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