憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

レジス侯爵

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事これについては、現状最優先とされている事項として、オユキの体調というものがある。
見た目からして、まだ子供。それについては、単純に平均的な体格の差が存在するからと、異邦を知らぬ物相手にはオユキが嘯いたりもしているが、振る舞いにしても知識にしても見るからに子供らしいサキとほとんど差が無い所を見た事でより一層不安を周囲が視線に乗せている。
大前提となっている事、こうして奇跡を運ぶ旅路、その終着点にあるものが前提となっているとトモエが用意した会で認識されたこともある。そして、旅をつづける以上、各地にこれまでなかった偉大な奇跡を確かに置いていくには違いない。そこに遅滞が生まれれば、万が一神殿に漏れが生まれれば。神々と関係の深い為政者だからこそ、その不安は無視できないでしょうと、オユキはそうして笑いながら応えるだけではある。そうして、それぞれがあちらこちらと連絡をとり合う間、改めてオユキとトモエで目抜き通りを抜けた中で気になった場所、次に訪れたときに見て回りたいものなどを話していれば、一日も終わるというものだ。
トモエの要望に古都、遷都される前の王都というものが気になると、どうしてもそれが口の端に上りはする。ただ、やはり難しいとそう結論を下すしか無い事に、残念を覚えながら。

「すまんが、今日は時間を空けて貰えるか。」
「私どもは構いませんが、さて。」

そして、翌日。
朝食の席に旅の疲れかをどうにか隠すことが出来るようになった者達が、顔をそろえたところで切り出される。

「教会からの返事では、一度布告と鎮静の祈りをとの事であったか。」
「オユキ殿。」
「お見せしても構いませんが、流石に用意がありませんので後程としましょう。確かに、そのように。」

既に教会からの返事は、先代アルゼオ公爵にも共有が終わっている。
ついでとばかりに手習いにもいいだろうからと、サキに複写を頼みその監督をニーナとアベルに任せてみたりと。屋敷でのんびりとトモエと過ごしながらも、差配だけは行っているものだ。

「ただ、私としてはカレンさんが戻ってこれなかったことが気になりますが。」
「それについては、後程正式に謝罪の文が届くと聞いている。こちらの不手際というべきか、馬車と短杖、こちらに欲を見せた者達が出てな。」
「魔術師ギルドですか。」
「頭の痛い事ではあるが、しかたない。我が国の基幹でもある。」

要は、新しい魔術に興味を持った物たちが、実物があるのならと顔を出したことが面倒を呼び起こしたらしい。その辺り、どうなのかとカナリアに目線で問いかけてみるが。

「その、こちらは銀が少々貴重でして。」
「確かに、通常の鉱山内部で、大々的に魔術をという訳にも行きませんか。」
「それに対応するために魔道具があるのでは。」
「いえ、道具はどうした所で運用に対して費用が発生します。それを支払える見込みが無ければ。いえ、これはまた別で話しましょう。とにかく、私どもが伺っていない別の予定が無いのであれば、問題ありませんが。レジス候ですか。」

元々予定として考えていたことではある。

「ああ。どうしてもとな。」
「いいですか、トモエさん。」
「是非もありません。」

そして、オユキに対してとなっているが、実際はどちらを見ているのか。そんな事は考えるまでもない。

「流石に、預かっている物を返す事は無いでしょうが、試すべきことがあるというのならば、ええ、相対しましょう。賢しらに語り、取り上げた責は果たしますとも。」
「借りてる屋敷だ。流石にほどほどにな。」

そして、トモエがそれに対して何を言葉で返すこともなく食事の席が終われば、さして間を置くこともなく、そう言う事になる。

「オユキ、貴女ならどうなのかしら。」
「私ですと間合いの有利不利が大きくなりますね。槍という武器は、基本的に低い場所をつくのに向いていません。ならば、そこで生まれる不利を存分について手順を組み立てるでしょうか。」

槍は長物だ。引く位置を狙おうと思えば、どうしても角度が付く。要は、間合いの内側にさえ潜り込んでしまえば、安全となる場所が増えているという事でもある。

「それで、貴女達素手の鍛錬も行うのね。」
「ええ。刀が有用なのは刀の間合いです。」
「距離を開けたら、投げればいいものね。あれは、習うことは出来るのかしら。」
「射刀術は流石に難しいでしょうが、投擲であれば、どうなのでしょうか。」

そして、アイリスも予定を合わせて変更して、今はトモエとレジス侯爵の立ち合いを眺めている。
オユキが慌てていない、心配が無いというのが実にわかりやすい事実ではあるのだが、高々半年。それでどうにかなるほどの差ではないのだ。トモエとレジス侯爵の間にあるものは。

「それにしても、貴女も負ける事は考えないのね。」
「アイリスさんは練習用の武器であれば相性が悪いのですが、実際にとなれば。」

レジス侯爵の型通りの挨拶を受けて、では早速と普段使いの武器を二人が手に持ったところでこの屋敷の主から制止がかかった。どちらも間違いのない他国の来賓ではあるのだ。それが己の監督下で万が一と本人たちが口にしようが、何事かが起こる可能性は見過ごせないと、それはそれは散々に言われたこともあって今は積み荷から木製の武器を互いに持って向かい合っている。

「それでは、実際の得物であればレジス候が不利だと、そう語っているようにも聞こえますが。」
「そう話していますから。」

そして、なにやらはらはらと見守っているサキは話に入ってこない物だが、ニーナからの言葉に、それが当然の帰結だとオユキからは言うしかない。ここまでの道中、それだけではなく、トモエとの立ち合いの機会を得て以降改めて継いできたものが人を前提としているのだと、それを見つめなおしたのだろう。
研鑽は確かにある。修正しようと、これまでの確かな鍛錬が支えるその努力も見て取れる。だが、あまりに不足だ。

「実際であれば、既にレジス候の持つ槍はもう手元に残っていませんよ。」

それをさせないために、槍を扱うのなら細心の注意を払わなければならない。避けるための手段として、総鉄製の得物もある。だが、それを切り刻むだけの技を修めているのがトモエだ。そもそも、止まって動かぬ対象にだけしか使えぬような有様で、鉄断ちなどと嘯きはしない。今は確かに加護は無い。だが、過去にもそれを修めていたトモエに対して、それは愚問。

「鉄を断つ、ですか。よもや武技も使わずに。」
「流石に道具を選びますし、機会も伺いますが。ああして、切り返しの際に止まりますから。」
「あれを止まっていると呼ぶのは、どうなのかしら。」
「切り返しの際の最大の隙ですね。アイリスさんの流派でもそうですが、振り下ろしの隙を消すために中段で止めるのですから。」

しかし、槍ではその選択ができない。どうした所で必殺を期すのは刺突。外せば隙が多いと散々にトモエが少年たちに話した事もあるその一手を選ぶこととなる。

「ああして、間合いを外すのね。確かに自分がやられれば分からないけれど。」
「それをして見採り稽古というのです。見る事も学びですから。」

そして、確かな成長を見たからこそ、足りぬものはこれだとトモエが実際に示す時間が始まっている。間合いの出入り、以前の渡り技がどうしても頭に残っているレジス侯爵が避けたいものを餌に、徹底気に場をトモエが支配している。動きをつり出すために、間合いにわざと上体だけを入れ、それを嫌えば有利を作るために実際の踏み込みとする。それを飲んだうえでとすれば、間合いの外に体ごと逃がす。そして、伸び切った腕、動きがとまたそこでこうしてお前の槍そのけら首を切り落としていくのだぞと圧を与えていく。そして、その結果は分かりやすい。

「後数度試せば、いよいよ手詰まりでしょう。」
「まだない工夫もあるんじゃないかしら。」
「でしたら、既に使っていますよ。」

これがレジス侯爵でなければ、アイリスの理屈も通る。
だが、これから先の数少ない機会、そこでレジス侯爵はいよいよ己の家名を正当な物としなければならない。なりふりなど構っている暇は無いのだ。勿論、そこで奇襲をなどという事は選択しないだろうし、出来もしない。だからこそ、立ち会う機会があるのなら、そこでは全てを使ってトモエを計り、それを超えるためにと更なる研鑽を積むのだ。そして、それを認められているのが彼の指に輝く戦と武技の功績が示している。

「これほど、これほどですか。」
「アイリスさんにも語った言葉ですが、人は魔物ではありません。私が考えていることを相手が考えていない、それは甘えです。」
「カリンの言葉を、思い出すわね。」

オユキの断言に、アイリスがただため息とともに呟く。
それほどの感情をもたらす言葉は何だったのかと、ニーナからの視線がオユキに。

「そうだな。俺たちは魔物よりも強い。なら、強敵は魔物だけではない。真に強いのは、常に側にいる相手だ。」

ただ、それに対する言葉はオユキではなくアベルから。

「しかし、アベル様。安息の加護の内では。」
「それは我々がこれまで安息だけを求めてきたからだ。真に先を望むというのであれば、確かに得られるものがあるのだ。」

それが、レジス候の指に輝くように。仕事中という理由で、アベルが身に付けられなくとも、常に持ち歩いているように。

「強さとは、進むべき道は、多い。我らは、我らの道を。」

視線の先、トモエと相対するレジス侯爵は既に打つ手がない。この短い時間、改めて伝えられていたものと向き合ったのだと確かに感じさせる努力はあった。そして、それらに対して己を調整するだけでは足りないとばかりに、人を相手にするのなら使えるとした技とて混ぜている。視線を動かしたり、わざとらしさはどうしても残っているが槍の持ち手を動かさず上体の動きだけで初動を行ったと見せかけようという動きが。

「いや、違うのか。私の道は私が。」
「間違いではありませんよ。確かに受け継ぐのだという決意、それを貶める事はトモエさんだけでなく、私も許しませんとも。」

そもそも、トモエが歩いた道は先人の敷いた道だ。独自という訳ではない。皆伝を得てから先は、そうであったとしても。トモエの、トモエが大事にしている物が積み重ねた確かな物。それを軽んじるというのならば、オユキとて容赦なく思い知らせるだけだと、確かな意思を刃として言葉を使う。
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