憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

旅路の中に

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荷物の引き渡し自体は、実に速やかに終わった。
水と癒しの神殿においてもそうであったが、どうやらこちらも変わらず特別何かをするという事も無いようではある。危険な道中。助けが得られるだけの物を示した、そして、ここまで確かに積み上げてきた者達が居るという事実があるからこそ。加えて、オユキの、トモエのとするのであれば、始まりの町での事があるのだろうと考える事も出来る。最初の一つ、主従関係が存在するかは分からないが、システムとして考えるのであれば、無いほうが不都合もあるというものだ。
そして、門の設置が終わり、利用方法、目的地を切り替える魔術をしるカナリアを魔窟の住人たちに差し出した後は、王妃の馬車に誘われて一路という程でも無い距離の移動を始めている。

「なかなかに弁えている、しかし琴線が解らぬ果断さも持ち合わせていると。そのように娘からは評されていましたが、成程とそう思うものでしたね。」
「申し訳ございません。何分、急ぐだけの事、急ぐだけの物を預かっている身故。」
「違いはありませんね。事前に式次第の打ち合わせを、必要な時間が取れない以上は仕方の無い事でしょう。」

口調と、言葉の終わりに漏らす溜息は、それが仕方ないと、そう示すものではないが。

「娘からの手紙に、簡単ではありますが、人となりはかかれていました、そう言った心算ですが。」
「ええ。円滑に事を進めるために、波方ならぬご配慮を頂いた事、高貴な方のお手を煩わせることは誠に心苦しくはありますが、ただ感謝を。」

口を滑らせても良いと、そう促されたところでトモエの警戒は緩んでいないし、ニーナも同様。トモエは同乗を許されているというのに、アベルはそうでは無い。そこには明確に配偶者となっているのかという差異はあるのだが、それでも気を抜ける状況という訳でない事は、簡単に分かる。

「そうですね、魔術は不得手、でしたね。」

そう相手が口にしたところで、それが得意な相手が口を噤んでいる。加えて、主語を省いているため、何に対してかかっているのかも判然としない。オユキとしても、実に慣れたやり方だ。

「異邦の地には存在せぬ技術に、知識。生憎と触れる機会もなかなか得られず。最も怠惰の言い訳に使う常套句ではございますが。」
「貴女方の為したことを簡単に並べられただけで、目を疑うような物でした。さて、それをして怠惰と呼ぶというのは過剰を望みすぎでしょう。」

では、どうするのかと言えば額面通りに言葉を受け取り、ただそれに対応を行えばいいのだ。相手は、こちらが勝手な解釈を行って情報を出す事こそを望んでいる。ならば、都合よく、相手を慮って、そのどちらも必要ない。それをしてしまえば、相手の掌の上というほどでもないが、ふりをきちんと背負う事になる。それに、相手の言葉、それの審議を問いただしたところで返答は無いとそれも分かっているのだと、示しながら行える会話でもある。

「御身にそのように評して頂ける、それだけでここまでの旅路が報われるようです。」
「旅路、ですか。」

そう。これまで難しかった事。
この旅路の中で、なんだかんだとトモエとオユキは楽しみを見つけている。元来そういった地域があるというのは理解している物であるし、そうした場所を眺めるというのもまた一興。そう思えるだけの素地はある。しかしアベルはそうでは無い。予定の消化が進むたびに、徐々に厳しい顔をする時間が増えた。オユキに対して、何か言いたげにしている時間というのも徐々にみられるようになっていた。その結果として、アイリスと長く時間を取っていたのだろう。どうした所で時間のかかる手段、その間を確保するために。

「見てきたのでしょうね。」
「さて、高貴な方の心の内を余すことなく、それが出来ればまさに幸甚ではあるのですが。」
「韜晦は結構です。人口、これまでにあった枷。それが解消されたときに我が国は耐えられない、そう判断したことでしょう。」
「いいえ。この苦難も乗り越える事が出来るでしょう。」

食料の不足、それがこの国を襲う事は間違いない。しかし、距離が近くなる隣国がそれを解消する手立てを持っている。だからこそ、手をとり合うのであれば、乗り越える事は出来る。
神国との違いは、荒涼とした土地が周囲に広がっているだけという訳ではない。資源となる魔物にしても、暮らす者達が求める形として食料になりえない物が多い。以前カナリアから聞いた魔術の使い方、それでどうにかというところだろう。

「乗り越える、ですか。」

そこで視線がアイリスに流れはするが、何もそればかりという事もない。

「詳細は、ええ、私どもが頼んでいる相手にお願いすることになりますが。」

流石に、馬車の仕組みなどを聞かれればオユキもよくわからない為、それについては言葉を濁すにとどめる。
都合が良い手は相手がすでに打っていることもある。神国における最上位が変わるというのも、非常に大きい。ここで、あれこれと取り付けてしまえば、確かに出来る事も多くあるだろう。

「私から、御身に、陛下にもお伝えさせて頂くこともございます。」

何やら、オユキの言葉に少々身内側からの視線が強いものになるが、それこそ当然と考えてもらうしかないと思うものだ。如何なるコミュニティであろうとも、そこに所属するのは利が有ると考えるから。そうした概念を基礎として生きてきたのだから。例外としていたものは一つだけ。それ以外は会社であろうが自治体であろうが、より大きな国という括りであろうが。別に不満があれば、より良いと感じるところがあれば移ってしまっても構わない。そう考えて生きてきた者達だ。
勿論最初に庇護を頼んだ相手が居り、その人物、家、連なる組織から随分な物を貰っているため、不義理を働く気はないため、現在の所居を移す気はさらさらない。移動に便利である事、ミズキリの今後の行いを細かく確認するためにも、始まりの町にこちらにいると決めている間は根を下ろしてとすることだろう。

「何が出て来るのかと、私としても気がせいてしまいますが。」
「色々と、人づての言葉では不安もある事でしょう。少なくとも、一助と出来たかどうかは神国の王太子妃様、御身のご息女の御心の内ではありますが、それについて。」
「戦と武技ではあるものの、そうでしたね。手紙で知らせを受けた時にはまさかと、そのように考えてしまいましたが、つい先程の事もあります。」

そういって王妃が手荷物扇を使って何やら身振りを行えば、一つ頷いた使用人と分かる相手が動いているはずの馬車からそれが当然とばかりに出ていく。内容を確認しないあたり、身振りで示せるだけの事前の用意があったのか、オユキの警戒が正しく、周囲に声が届かぬ様な配慮がなされていないのか。
少なくとも、以前シェリアがそれを行うときには道具を使い、それが利用されるのだと示して見せた。カナリア、こちらで暮らしていた相手も、その道具を示されたことで、事の重大を理解したこともある。ならば、此処で同様の事がなされない限り、オユキがそう言った誘導に乗る事は無い。
今目の前にいるのは、一国を、そこで暮らすあらゆる存在を双肩に乗せて立つそのような相手だ。神国の王妃と同じ、国母。その立場を持つ相手。神国の王妃や王太子妃がオユキに対してある程度の気安さを見せたのは、オユキとトモエが神国に属するのだとその姿勢を崩さなかったことがある。マリーア公爵がいよいよ独立してとなれば、今とは全く異なる流れが生まれた事だろう。そして、ミズキリや神々の語る予定とは、そちらが元になっているに違いないのだ。

「ええ。なにかと仰せつかる事も多い身ではありますが、やはりそれに応じて私どものつまらぬ相談にも応えてくださいます。」
「巫女としての役割ですか。これまで異邦の物がその位を得たのは、二度。ファンタズマ子爵で三度目との事ですが。」
「過去に前例があったとは、思いもよりませんでしたが。」
「韜晦は結構。心当たりがあると、そのようですし、使徒、その流れから予測も出来るのでしょう。」

王妃の言葉に、想定しているよりも細かく王太子妃から情報が流れているのだと、オユキは判断を改める。
勿論、他国の王族に向けた書簡だ。オユキにそこに書かれた内容など、知らされるわけもない。しかし、運ばれているもの、勅使に渡された手紙や、オユキが預かっていたもの、今は王妃にと渡したものではあるが、その厚みで、中に入っている枚数で想定できる情報量、それを超える物が伝わっているらしい。

「何が書かれているのか、それを疑っていますね。」
「小人の勘繰り、それが御身を煩わせたことについては、誠に申し訳なく。」
「貴女は間違いなく預けられた物を、改めることなく相手に届けるのでしょう。」
「そういった備えも、ありますか。」

さて、そこまでの事をオユキに話す相手の思惑は何処にあるのか。
そちらに一度に思考が傾いたために、オユキとしても口調を取り繕う事に僅かにほころびが生まれる。

「貴女の、あなた達の協力は必ずいる。それは、既に理解したのでしょう。」
「食料については、主にアイリス。私と同じく、戦と武技の神より位を頂いた相手となりますが。」
「それだけでは、不足。それは分かっての言葉でしょう。」

その言葉で思考を巡らすべき項目は、あまりに多い。オユキはただ常の事として微笑みだけを返して、それに対しては何を応えるという行動はとれない。己の窮状を晒している、オユキの想像する、ここまでの道中で見て取れる分かりやすい問題、それを助長するかのような言葉に、今はまだどうとも動きを決められるわけでもない。
インスタントダンジョン。各拠点で、管理者が望む資源を他の資源を捧げる事で得られるようになる奇跡、それは現状神国にだけゆるされた奇跡だ。魔国にはそれが齎されない。不足するものを補うために知識と魔を。それはオユキ達のかつていた世界と基本的に変わらぬ思想だ。そして、その発展過程で直面した問題と、全く同じ問題をこの国は抱えている。問題に対する解決策というのは、単独で存在するものではない。存在するとしても、かつての世界でそれを成し得なかったオユキでは分かる物ではない。

「成程。正しい警戒でしょう。だからこそ、良く話しましょう。言葉を使い、時間を使い、そこで積み上げられる物を至上と謳う国の王妃として。その作法を軽視せぬ異邦人たち、ええ、勿論、歓迎しますとも。」

小手調べの時間は、さほど長くもない。神殿と王城は隣り合っているのだ。外が見えぬ馬車で移動しているため、王城を守る壁、そのうちに含まれる関連施設の何処に案内された物かもわかったものではないが、前哨戦、王妃からの一方的な探りの時間が終わりを告げたらしい。
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