憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
603 / 1,235
17章 次なる旅は

楽しい時間ではある

しおりを挟む
「ここまでしていただければ、そこまで忌避感なくいただけますね。」

そして、食卓はオユキが混ざるのが難しい様相を呈しているため、久しぶりに料理人たちの陣取る一角に、別で腰を下ろしている。

「私としましても、オユキ様にあのような真似をされては困ります。」
「いえ、あの中にあっても、作法を逸脱する真似は。」
「時間をかけていれば、取られて口に入るか怪しいものですから。」
「まぁ、それもそうですか。」

オユキ自身にそのような時分は無かった。兄弟も居らず、両親もどこかゆっくりと時間を過ごす相手だったのだ。食卓にしても、それが如実に表れていた。しかし、晩年、子供からその先にとなった時には、何度となく愉快な食卓というのを目にすることになった。教育を施し、理性を与え、以て獣から解脱するのだとそのような言葉の意味を、十分に理解する機会もあったものだ。シグルドたちにそうしたように、十分な用意ができるだけのものはかつても確かに持っていた。しかし、食材も料理も降って湧いたりはしないのだ。今も、変わらずアルノーとトモエが次々と用意をし、伯爵家の使用人たちが屋敷からあれこれと持ち出しているように。

「ニーナ様も、少し取り分けておきますね。」
「是非、守り通して頂きたいものです。」

ニーナも勿論オユキとトモエの側にいるのだが、こちらは現在絶賛仕事中となっている。他に交替の人員も確かに幾人かはいるが、そちらはそちらで残りの丸焼きの前で、行儀よく列を作っている。形だけは。
料理としての完成度は言うまでもない。しかし、問題として、その品は丸焼きなのだ。部位による味わいの違いというのは、どうした所で生まれる。今、オユキが食べ進めている脂の少ない部位、モモやヒレだけでなく、しっかりと脂ののっている背中側、肋周り。そう言った部位も存在している。そして、並ぶ者達にも当然好というものがある。全てを均等に、そう望みたいものたちがさてどれだけいる事やら。アルノーが準備が整ったと、給仕を伯爵家の使用人に任せた瞬間に走った緊張感というのは、トモエとオユキ両名に腰元に無いはずの武器を探させるのに、十分すぎるほどの物だった。
勿論、そこで暴走するようなものたちは居らず、実にお行儀よくけん制し合い、何やら簡単な手信号や目線の会話で優先順位が決まっていき、今となっては戦闘にいる者達が吟味し、何処を切り取ってくれと頼み、持ち出してくれば横目に見て舌打ちしたりと、実にらしい様子だ。

「家畜であれば、同じこともできるかと思いますが。」
「こちらの厨房を拝見させて頂きましたが、魔道具が主体でしたからね。」
「美味しくいただいていますよ。ご休憩ですか。」

そんな様子を眺めながらも、オユキは少量取り分けられた肉の塊を片付け、今度は葉野菜も添えられたプルドポークに取り掛かろうと、そうしているところにアルノーから声がかかる。
魔道具というのは、その大きさ以上の物が出来ないのだと、追加なども気軽にできないというのは、オユキもすでに知っている。回路を刻み、全体として一つの道具とする。丸焼きが可能な物を用意してしまえば、平素の調理にはとてもではない。

「ええ。流石に昨日からですから。」
「アルノーさんも、お疲れ様です。私の方でもいくらか角煮など用意はしましたが、流石にこの季節とはいえ、3時間も鍋と向き合っていると。」
「ナザレア、二人に水を。」

そうして、オユキが頼んだ時には、それが当然とばかりに水差しから器に移し、差し出されている。

「助かります。」
「お手伝いの子たちは、間に合いませんでしたか。」
「ええ、もう少しすれば起きて来るでしょう。」

昨日から、実に18時間近くの時間、火の管理をアルノーたちは行っていたのだ。当然子供たちは順に休憩に送り出しはしているのだが、それにしても半身で200キロ以上あるような、そんな愉快な肉の塊だ。スパイスを塗り込むのも、そのために切り込みを入れていくのも間違いなく重労働だ。挙句、それを作業台から焼き台に移した後は、火が体をあぶり続ける中で、加減を見続なければならない。

「この程度まで脂を落とせば、オユキさんも美味しく食べられるようで、何よりですね。」
「常の事とするには、時間がかかりすぎているとも思いますが。」
「薄切りにして湯通しをするだけでも、変わりますから。」
「ああ。言われてみれば、そう言ったサラダもありましたか。」

トモエに言われて、オユキはそういった料理もあったと思い出す。

「時間がかかること前提で、ロースト、燻製、やりようはいくらでもありますとも。あの子たちにも、一通りの技法は見せねばなりませんからね。」
「アルノーさんは、伝統的な南仏料理に限らず、幅広いですが。」
「シェフたるもの、店で出すものは他よりも優れていると信じているからこそです。幸い、これもありましたので、試すのも簡単でしたから。」
「それは、なかなか大変そうですね。」

どちらも、今行っているように一つの品を完成させるのに一日等可愛らしい、それほどの作業時間が必要なのだ。

「早々に完全予約制になりましたから。席数も少なく、週に三日だけ開店と我ながらよくぞ店舗として維持できたものだと。晩年はそれこそ後を任せられるものが増えたので、大切なお客様や、お声かけ頂いた折にだけ。」
「料理の世界には疎いのですが、それほどの腕前でしたか。」
「お二人とも、旅行などは楽しまれていたようですし、ミズキリさんの知り合いですから。」
「生憎と、南仏辺りに出向いた時にはニースには足を向けませんでしたから。」

アルノーがかつてどういったところで働いていたか、それはオユキも知っている事ではある。

「それは、仕方ありませんね。見どころの多い場所ですから。」
「ええ、本当に。」

かつての地、それを想いながら少し話をしていれば、勿論何があったのか報告が言ったのだろう。何やら覚悟を決めた顔で、家主と共に先代アルゼオ公爵夫妻が、実に賑やかな庭に顔を出す。そして、揃って何を言うでもなく、まずはオユキ達の陣取る一角に。

「また、ですかな。」
「さて、今度ばかりはアイリスさんが主体ですから。」

オユキがさらりとかわして、祖霊と仲良く肉をとり合っているその席に目を向ければ、実際先ほどから気が付いていたのだが、そっともう一柱増えていたりもするのだ。
そんな様子を見て、しっかりと動きを止める伯爵と、ただ瞑目して頭を振る先代公爵と。そこには確かに慣れの差というものが見て取れる。

「戦と武技の巫女、そのはずでは。」
「生業は狩猟者ですから。」

そして、料理を供するにあたって、人の糧となる奇跡を用意してくれる神への感謝、それを言い置いてもいるのだ。それこそかつての世界では、月と深いかかわりがあるとされることも多い柱、女性の姿をしており、動きやすい軽装に身を包んだそんな相手が実に楽し気にしながらも肉をとり合う様というのは、なかなか形容しがたい光景ではある。

「フィンガーボウルやエプロンの用意が要りましたかな。」
「さて、魔術での浄化など片手間に行われるでしょうし。」

こちらの世界で、テーブルマナーの一環としてそれらの取り扱いが無いのは、実に分かりやすい理由がある。

「ご挨拶だけでもとするべきなのでしょうが。」
「獣の食事を邪魔して機嫌を損ねない、そのような話は終ぞ聞いたこともありませんが。」
「では、我らも、今暫くこちらで共にさせていただきましょうか。」

オユキが言うまでもない事ではあるだろう。今となっては丸焼きはすっかりと平らげ、アイリスの供回りも含めて、僅か五人、そんな人数でどうこうできる様な量であるとも思えないのだが、今は各々がスペアリブに手を伸ばしては、そのまま骨ごと咀嚼しながら食べ進めている。
その様な様子を見せる者達の手を止め、少し話をなどと言い出せばどうなるか。まさに考えるまでもない。

「木々と狩猟の神も、健啖な方なのですね。」
「見た目は人にしか見えませんが、そこは神々としか言いようもありませんね。」

獣の特徴を身に宿す者達は、そもそも歯の作りも違うためまだ納得ができるのだがと、トモエが小首をかしげていたりもする。

「骨髄を使う料理もありますし、旨味という意味では比べるべくもないでしょうが、味見をしたことも無いので。」
「確かに、そう言った面での不安は覚えますか。」

本来であれば、貴族階級の者達が同席した折には、その席を整える物として控えてばかりいるアルノーだが、今ばかりは話の輪に入ってくる。それもそのはず、同席している上位者たちは、疲労をにじませてただ機会をうかがっているだけなのだから。

「さて、こうして木々と狩猟の神がああして楽しまれていることを考えれば。」

アルノーとトモエが、そこからお互いに用意した料理、その感想であったり改善点であったりを離すのを聞きながらオユキはオユキで他の事を考える。
最初に姿を見たときは、随分と気落ちしていた相手だ。それはこれまでのこの世界。始まりの町、領都、王都。そこで見た本来木々と狩猟の加護を最も強く受けるだろう相手が、一切を軽視していた、その改善が見込めなかったことが原因ではあろう。それが今こうして、賑やかに食事をするだけの気力が戻っている。つまりは、方々で手を回した結果、それが上手く進み始めている証左でもある。

「随分と、細かく手を打たれていたようですね。同様の細やかさを他にも見せて欲しいものですが。」
「その辺りは、興味の配分と申しましょうか。」

オユキは先代公爵夫人から刺される釘を、適当に流しておく。
どうした所で、今更容易くそれが変わるような年でもない。

「シグルド君たちも、そろそろ大変でしょうね。」
「あら、そちらも気が付いていますか。」
「ええ。これまでのなさりよう、王家の来歴、そういった物を伺いましたので。」

現国王陛下その人は、ただ玉座に座って公務をこなすばかり、それを好む相手ではない。他に出来る物が居らぬから、その役割を己に課しているだけだ。では、そう言った人間が休み半分。止める相手もいない場所に訪れればどうなるのか。好奇心のままに、あちらこちらと見て回ると、そう言い出している事だろう。そして、饗応役はメイしかいない。リース伯爵は、流石に始まりの町への移動までは間に合っていまい。それこそ国王その人が間に合わぬだけの仕事を回している事だろう。

「面識があり、食事にも招待されている、言葉もかけられた子たちが案内として最適でしょうね。」

そう、今頃は門を試すとしてふらりと現れた国王その人、その対応に少年達が駆り出され、王に大言壮語を吐いたもの達も、その成果をしっかりと吟味されるのだとさぞ肝を冷やしている事であろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

道の先には……(僕と先輩の異世界とりかえばや物語)

神山 備
ファンタジー
「道の先には……」と「稀代の魔術師」特に時系列が入り組んでいるので、地球組視点で改稿しました。 僕(宮本美久)と先輩(鮎川幸太郎)は営業に出る途中道に迷って崖から落下。車が壊れなかのは良かったけど、着いた先がなんだか変。オラトリオって、グランディールって何? そんな僕たちと異世界人マシュー・カールの異世界珍道中。 ※今回、改稿するにあたって、旧「道の先には……」に続編の「赤ちゃんパニック」を加え、恋愛オンリーの「経験値ゼロ」を外してお届けします。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん
ファンタジー
 オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。  その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。  モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。  温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。 それでも戦わなければならない。  それがこの世界における男だからだ。  湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。  そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。 挿絵:夢路ぽに様 https://www.pixiv.net/users/14840570 ※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...