憧れの世界でもう一度

五味

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17章 次なる旅は

危険域

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その日は、朝から実に物々しい空気を護衛が湛えていた。
行程として最も危険とされている期間、近隣に拠点が存在せず、急いだところでいよいよ守りの無い場で、非戦闘員が過ごさねばならない、そんな地域を駆け抜けていくことになる。

「皆さんは、ここまでの道中は問題ありませんでしたか。」

そして、そう言った地域だからこそ馬車にどのように乗るのか、それすらも指示がされ、普段と顔ぶれが全く異なる。オユキとトモエが主体として使っていた馬車、そこにはアイリスと異邦人たちが一まとめにされ、アルノーとヴィルヘルミナの手伝いとしている子供たちに加えて、近衛と護衛が乗り込んでと、なかなかの人数が一度に。

「私は、特にこれと言って。もう少し外の景色を楽しむ余裕があれば、そのようには思いますけど。」
「移動の揺れがどうしてもあったため、食材と道具に損耗が出ているのが気になりましたね。」

特別性ではない、そう言えばやはり語弊はあるがオユキとトモエが使っている物に比べれば、やはり差のある馬車をそれぞれに使っているのだ。振動により体調不良は無いのかと思えば両者とも、そう言った部分を全く見せもしない。

「どうやら、遠征の際に細かい部品のある道具を運ぶという選択を止めたのは、その辺りの理由もありそうですね。」
「緩衝材を入れたところで、やはり揺らしてしまえば。」
「ええ。内部で固定などは流石に面倒でしょうから。」

基本的におがくずに放り込んでといった運び方だ。いくつもの道具を一纏めに放り込めば、振動で当然重たいものが徐々に底に移動して、最終的にはどうした所で道具同士がぶつかり合ってとなる。大型の道具であり、それ単体をとしている物にしても、振動に耐えるための工夫を加えているわけでもない。

「そうなんですか。」
「ええ。やはり食材にしてもぶつかればそれで傷になり、痛みも早くなりますし。何より食器に傷がついてしまうと。」
「怪我、しますしね。でも、それだと刃物とか。」
「そちらはナイフですし数が無いので、馬車の中につるしてしまえば良いだけですから。」
「えっと、それって危ないんじゃ。」
「まぁ、その周囲で腰を下ろすことはありませんね。」

これまでよりも、更に速度を上げて今移動していると、そのようには聞いている。オユキは既に視線を向ける事を止めているが、馬車のつなぎ目が実に愉快な様相を呈している。

「今後こちらの馬車が一般的になれば、色々と変わって来そうなものですが。」
「そうですね。揺れないとは聞いていましたけど、ここまでとは。」
「私たちばかりが楽をして、そう思いはしますが。」

どうした所で、王都に滞在している間に用意をする必要があった。それこそ、始まりの町で用意した物に比べれば質の良いものが今回の馬車として用意されているが、それこには限度がある。つなぎ目がいくら不可思議な振る舞いをしようとも、許容値というのはやはりある。あまりに変形してしまえば、魔道具として、魔術として補助の利く範囲を超えれば破綻する。それを避けるために存在しているだろうから、仕方のない物ではある。要は、抑制できる揺れにしても、限度があるのだ。今回にしても、ほとんどの区間は人が担いで走っていることもある。馬を繋ぐための部分があるため、町の側に移動が終われば、馬が引くため馬車と呼んでいるが実質は籠だ。

「それと、サキさんも色々と有難う御座います。」
「私も、色々してもらってますから。」

サキには何かと雑用の手伝いを頼むことになっている。

「それに、料理も体を動かすのも嫌いじゃありませんし。」

大きな理由としては、トモエと一緒に動くことが多いというのがある。預けている先はアベルではあるが、やはり見た目に対して苦手意識が抜けないものであるらしい。確かに、トモエに比べてさらに背が高く、筋骨隆々とはまさにこの事といった体躯をしている。そんな相手が重装鎧を着て動き回れば、威圧感というのは何処までも存在する。それこそ、かつての世界でも、完全装備の軍人の前に学生が立てば、いやでも威圧感は覚えるだろう。それこそ、成人であってもというものだが。

「正直、かなり助かっていますね。」

そして、アルノーが珍しく疲れたとばかりにため息一つ。
それもそうだろう。この一行は百を超える人数で構成されている。そんな人数、それも日中籠を担いで走りぬいた人員が求める食事、必要になる食事を用意する必要もあるのだから。トモエとサキもそちらに加わって、まさに戦場といった有様で日々大量の料理を作っている。手伝いの申し出は、今度ばかりはない。町中にいる時には、数人がという事もあるにはあるが、それこそ日々の食事を周囲に取りに向かって貰う方が、よほどお互い楽なのだ。最低限の料理だけという訳でもない。隣国でどうしても機械の増える者達に向けて、作法の講習を行う必要もあるのだから。

「ええ、私以外もこれまでに比べて随分と楽だと、そのような話を聞いています。」

そうでしたよねと、オユキがニーナに視線を向ければ、直ぐに回答がある。

「そうですね。過去の遠征計画、報告書で覚えている物と照らし合わせても、損耗が非常に少ないですね。当初は、アベル様の計画に批判的な向きもありましたが。」
「これで身の回りを整える、その重要を皆さま理解してくれればいいのですけれど。休む為には休む為の場所がいるというのに。」
「作戦目標の達成可否、それ以外に評価の仕様もありませんでしたから。」

ニーナの感想に、ナザレアが苦言を呈するが、当然それに対しての言い分というものもある。

「では差を実感するためにと、そのような危険地帯に戦闘力に不安があるものを連れて回るというのは。」
「確かに、今回のような馬車でも無ければ、整えるも何もないですけど。」

ただ、放置するのは、そこで考える事を投げ出したのはどうなのかと、ナザレアの目はそのように語っている。

「ナザレアさん、食べるの好きですもんね。」
「私が、というよりも、種族全体となりますけど。」
「そう、なんですか。私の知ってるそんな角の生き物って、こう、砂漠みたいなところに。」
「確かに、羚羊の中でもナザレアさんの祖としている獣は砂漠にも生息域がありますが、一般的に草食動物は体重の5%程度の重量の食事が必要とされていますから。」

オユキが、気軽に話せばどういうことかとそう言いたげな視線が集まる。

「翻って、人ですね、こちらは雑食であり、精製された物を口にするので単純比較は難しいのですが、重量比で言えば2%未満が食事量となります。」
「えっと、つまり。」

そして、今度は一同の視線がナザレアに集まる。

「言ったでしょ。この子たちの種族は、大食いなのよ。」
「それは、語弊があります。アイリス様、ディゾロの方。私共にとっては、必要な量ですので過剰に頂いているわけではありません。」

料理を担当する者達からは、確かにと、そのような視線が向いてしまうが、それこそ種族差としか言いようが無いのだ。

「私から見れば、サキさんは少しづつ増えていますが、オユキ様に至っては、不安を覚える量です。」
「私にしても、恐らく他の特性とは思いますが。」
「でも、オユキちゃん私と同じだけ運動するし。」
「その、身長も伸ばしたいですし、体重も増やしたいのでなるべく無理に食べてはいるのですが。」
「体調を崩している時や、夏場に比べて食事量は増えていますので。」

サキ、これまでの話を聞くに、十代前半。慎重にしてもオユキより少し高いくらい。そんな相手と並んで食事をすれば、いやでもオユキの食事量の少なさというのが目立つ。過酷な環境での生活が長く、消化能力の低下が懸念されていたため、少しづつ増やしているサキ、そんな相手が食べる量とオユキが食べる量は当初ほとんど差が無かった。そして、移動に散々時間を使い、徐々に食事量が増えていったサキと、今となっては倍半分とまでは行かないがと、そう言った差になっている。そして、そんなサキにしてもファルコ達と比べればまだ少ない。

「こちらの生体の維持にはマナが関わっている。その前提を置いたとして、カナリアさん達の種族の説明がまた難しくなるのですよね。」

マナに依っていれば、物理的な食事量が減るのではないか。オユキとトモエの間ではそのような推論を立てていたのだが、では翼人種が食べる量というのが説明できなくなる。食事は娯楽と、そう言い切ってはいるので、資料として有意であるかという疑問はそこに存在するのだが。カナリアから大まかに聞いた生活様式では、浮遊する岩の塊の中央に常に身を着ける果樹があり、蜜の溢れる花がありと、まさに幻想的な生活様式を聞いてもいる。

「私としても、体感ではありますが、こちらの人々は基本的に運動量に対して食事量が多く思えます。過去は生憎と、専念していたこともありますし、来店されたお客様に向けてでしたので直感を超える物ではありませんが。」
「その辺りが、食事から得ている物が違う、という事なのでしょうね。」
「でも、こっちの人たち、家庭科で習っただけですけど、お肉がほとんどですよね。」
「一応、私たちの推論として、必要なものにマナを使って加工しているのではないかと、そのような話があります。」
「それって、好きな物だけ食べてもってことですか。」
「そこまで都合よくはないと思いますよ。どちらかと言えば、肉がどうした所で手に入れやすいので、その辺りの釣り合いを考えてという事でしょう。地域によっては、まったく逆という事もあるでしょうし。」

好き嫌いは年相応にあるようで、何やら嬉しそうに言い出したサキに、オユキからはきちんとそんな事は無いと応えておく。

「割と好き嫌いなく、どのような品も喜んでもらえてるようでしたが。」
「えっと、その、美味しいんですけど。やっぱりたまにはお菓子も食べたいなって。」
「移動が終われば、喜んで用意しますが。」
「長期保存できるのがあるって聞いてたんで、それをもって歩けないかなとか。」
「砂糖や蜂蜜を多く使い、水分を飛ばすことで保存期間は伸びますが、やはり今度は輸送の問題がありますから。後は、手間がやはり相応に。」
「えっと、それって。」
「空気中に水分はあります。そして、雑菌も。保存が効くと言えども、開閉を繰り返せばその限りではなくなります。安全を提供する、それも食事を提供するうえでは斬っても切り離せません。」

そうして、揃ってのんびりとお茶に口を付けながら、少し感じる振動に揺られながら話を続ける。今頃外では、これまで見た事もないような魔物であったり、ここら一体に根を張っている無法者であったり、そう言った手合いもいるのであろうが、馬車の中は何処までも隔絶されてまさに旅行といった風情。
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