憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

神殿へ

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アイリスの方は、どうにか間に合った。旅の間は、いよいよ食事の時しか顔を合わせる事もなかったが、それこそ必要な睡眠であったらしい。後は、想定外の事として、生え代わりがまだ終わっていなかったようでもある。
今となっては、服から覗く尻尾にしても、随分と愉快なボリュームを誇っている。加えて、耳や髪までも。

「門を守る方は、大変そうですね。」

今は、門を創るための箱を乗せた馬車にオユキはアイリスと揃って座っている。時刻は昼を過ぎて程々。事が終わるころには、夜の気配も届こうという、そのような時間。国王その人が先頭に、それに少し遅れて運ばれるとなればなかなか視線の痛いものだ。時も近い。

「まぁ、貴女では聞こえないわよね。」
「人の聴力では、難しいと思いますよ。流石に。」

既に、巨大な王都の壁も相応に小さく見える様な、その程度の距離を進んでいる。どうにも、空気の振動であれば早々に拡散しそうだというのに、聞こえて当然と答えるこの相手。カナリアのこともあるため、王都ではどうにか時間を取って色々と話を聞かなければならないだろう。種族の差、それを認識する話をして結局そこから先を行う時間が取れていないのだ。

「でも、気が付いている事はあるのでしょう。」
「神殿に迄運べば、どうにもなりません。」
「まぁ、そうね。」

だからこそ、汚染を広め、少しでも削ろうと動くのだ。
こちらにある9の国、それに対してたった一国。差は歴然としている。そして、汚染された相手も、別に熱心に祈りを捧げる訳でも無い。そこに存在するものをただ食らい、そのような存在だ。

「ただ、まぁ、準備も下調べも不足がありますね。」

それは、オユキ達についても同様に。

「一応、己の正当を訴える、その程度はすると思っていましたが。」
「それだけ、汚染が進んでいるのかしら。」
「まぁ、尋ねるくらいはしてみましょう。」

そして、騒ぎが起こる。後方から、こうして神殿に向かう者達に追いつこうと、随分と賑やかに近づく一団がいれば、オユキがとりあえずとばかりに打った鉄菱で目が潰れ悲鳴を上げて顔を抑える者、そして、反対側はアイリスが切り捨てる。話を聞くとはいっても、当然それはいまではない。
既にそれぞれに動き出している。戦と武技の神に示される印、それは何処まで行っても分かりやすい。敵がいる、その判定が実に簡単だ。

「おや、お久しぶりです。」
「これは、巫女様。ご健勝なようで何よりでございます。しかしながら、御身を守るために動くのが遅れた、それについては後程改めて。」
「こちらから仕掛けたこともあります。」

王太子妃の近衛、その統括を任されていたはずのユリアが、気が付けば直ぐ側に。アイリスに確認を込めて視線を向けるのだが、突然の声に耳を向け、武器に手をかけている様子を見れば種族由来の警戒ですら抜けてきたという事らしい。

「王太子妃様のおそばを離れても。」
「先の巫女様のご配慮により、今や王太子妃様とご子息は離宮に置いて盤石です。」
「では、配慮を有難くと。」
「それと、こちらを。」

そう言うユリアから、相応の重さがある荷物を渡される。

「有難う御座います。」

剣帯とも似ているが、僅かに異なるベルト。より多くの武器がつるせるようにされたそこには、ナイフがしっかりと。

「領都で事があり、普段身に着けておられるものが無いと伺いましたので。」
「流石に、慣れない形状ですので、精度は落ちそうですね。」

そして、試しとばかりに一つを引き抜き暢気に話しているオユキに向かって来ようとした相手に投げつける。目を狙って投じたはずが、喉に向かうあたり、やはり習熟は必要だとそんな事を考えてしまう。
トモエに習おうと、そう言った話はしているのだがこちらにしてもなかなか時間が取れていない。暗器の扱いなど、色々広く目のある場で出来る状況でも無かった。加えて、多少は許されるだろう時間が来た時には、次への移動が何処までも忙しい。

「アイリスさん。力を入れすぎているように見えます。」
「何というか、こう、もう少しあると思ったのよ。」
「教会での経験があったはずですが。」
「教会の中はともかく、外にいた相手は、まだそれなりだったわよ。」

国王の守りは、それこそ信頼に足る騎士達が行っている。そちらは問題がない。こういった場面を前に子供たちがどうするかと、そう言った不安もあるが、最後の確認のためにと少女たちは門前で合流した助祭と共に馬車の中。音に対する配慮もされているだろう。外で何かあったかなど、まぁ、到着時に露骨に数が減るのだ、察するだろうが問題ない。

「それにしても、あれがトモエさんのこちらで得た技ですか。」
「大概よね、正直。一度で負荷が大きい様だから、それが救いかしら。」
「遠くまでと、そう望まなければ回数はこなせそうですよ。アイリスさんの祖霊様を相手取ったときに、そうであったと聞いていますから。」

そうして二人で呑気に話していれば、それがただ異様に映るのだろう。檄を飛ばす豪華な衣装を着た者達、それを背に置いていただけの相手が、徐々に下がり始める。

「あそこの方々は、印がありませんね。家の関係で已む無くと、その辺りでしょうか。」
「聞いてはいたけれど。」

独立は、既に無い何に決まっていた。それをかさに着て、暴走するものが出て来る想像もできていた。ただ、いまでは無いだろうと、そう考えてはいた。だからこそ、不足している準備がある。捕らえる余裕というのが、それだ。この後、神事を行わなければならない。そして、壁の外でもあるため、護衛の手はそこまで減らせない。汚染の不安を消すことができるトモエとオユキ、メイにしても神殿だ。神事を行う場に、そのような者達は連れて行く事も出来ない。最初に予定として存在していれば、メイを王都に、そうする事も出来はしたのだが。

「首謀者は、あちらで檄を飛ばされている方でしょうか。」
「さぁ、正直興味が無いのよね。」
「あの、アイリスさんにとっては国までの通り道、その領でもあるわけですから。」
「武国を経由すればいいだけだもの。確か、そちらの方が行程は楽だったはずよ。」

汚染されてしまえば魔物に襲われない。そして、魔物にしても神々の加護だ。加護が失われた地にそれがいるのかと言われれば、確かに疑問も持つ。

「人がまだ開拓していない地に強力な魔物が、そちらは、そのような場を切り開くならと、そう言った形の試練なのでしょうか。」
「そうかもしれないわね。」

そして、既にオユキ達の下に迄、武器の届く範囲にまで近寄ってくる相手はいなくなった。後ろから走り込んできた相手、そちらはトモエが大部分を纏めて切り捨てた。そして、それに驚き別れて転がる残った物に足を取られて実に愉快な事になっている。そして、そこに対して容赦のない魔術が既に叩き込まれた。

「一応、あの方は捕らえるのですね。」
「王都の中にも教会はあります。それに、これまで王都の中で捕らえた物も相応に。扱いは、心得ておりますとも。」
「では、そちらは一応預けましょうか。」

印を与えられていない者達は、既に戦意を失い、武装解除に応じている。そうでない者達は、ただ容赦なく駆逐されていく。その光景に、オユキとしては、どうした所で虚しさを覚えるというものだ。
こちらの世界では、それが前提として存在している。加護の有無。それが何処まで行っても明確に彼我を隔てる。同じだけの訓練、不心得者がいたとして、今も重装鎧を着こんで動く事が出来ている者達もいるにはいるのだ。だというのに、印を与えられ、加護が無くなってしまえばここまでの道中で、加護が無ければ鎧を着て動けまい。そう見られた者達にただ蹂躙される。それが、何処までも。過去、此処が現実ではない頃には、それを楽しんだ。そして、そこにも最低限はいるからと、現実の己を鍛えねばそう考えるものも増えた。いよいよゲームに特化した者達もいるにはいた。そして、それ故の問題というのも、まぁあるにはあった。当時のオユキは、数少ない例だと、そもそも生きる体が無ければどうにもならぬわけではあるし、現実であるがゆえに体調の維持というものも求められた。本当に極一部、それこそ利用者に対して三桁いるかいないか、そう言った数しかそのような者達はいなかった。
現実を誤認させる機会だからこそ、確かにある肉体にも、返る物があったのだ。重たいものを持つ、それが現実にあると認識すればそれ相応の力みを体がいれ、筋肉痛になるものとて多かった。

「また、何か考ええてるわね。」
「ええ。」
「私も、まぁ、貴女たちに出会うまでは、まったく同じことを考えていたわよ。」

この歪を、涙を流してそれを司る相手に訴えた者がいる。そして、それに対して賢しらに語った者も。

「いけませんね、どうにも疲れもありますし、こうした望まぬ煩わしさというのは。」
「それを喜ぶものは、いないでしょう。いえ、これらの上にいる者達であれば。」
「流石に神殿が近いからでしょうか、以前に見た者は目につきませんが。」

神殿。過去にほろんだ世界から持ってきたと言われている、神々のお膝元。それが近いところで、あれが、滅ぼすと決められている相手が動けば、そこに容赦など存在しないだろう。

「むしろ、だからこそいないのではないかしら。」
「成程、そう言うこともありますか。」

一先ず、そう言った重苦しいものは、纏めてため息一つで追い出しておく。本来であれば、衆目もある場で、こういった振る舞いを零したりはしない。それが出来ない程度には、この急ぎの移動というのに疲れている。
トモエにしても、オユキにしても多少は広がりを持ったと言え、一室にずっと押し込められて気が滅入らない人間ではない。体を動かすのは、好きなのだ。ゲームのためにという、あまりにあまりな目的で叩いた扉、そこで随分手酷い歓迎をされても続けようと思う程にはオユキも。

「さて、休みを頂くためにも、気兼ねなく休む為にも、片づけるべきことを片付けましょうか。」

襲撃の首謀者、その相手にはもはやオユキは興味もない。神国、そこから離反するという公爵家に対しても。そちらの方向には、神殿が無い。少し迂回すれば問題がない、その程度の領でしかない。
ただ、だからと言って何もなしで済ませる事が出来ないのも、政治の話なのだ。
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