憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

願いを試す

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覚悟とは願いの確かさだと、散々に打ちのめされたときにかけられた言葉ではある。暫く通い続けた頃、丁度伸び悩み始めた時期であった。戦うべき相手が、打倒すべき魔物がもはや人相手の技術など、鼻で笑うような存在ばかり。先の狩猟祭、騎士達はさも当然とばかりに二階建ての家屋、自分たちの優に数倍ある魔物が己に向かって愉快な速度で突っ込んできているというのに、真っ向から向かって見せた。機会があれば、冷かそうと話しながらも許可が結局取れなかったダンジョン、その奥にいる変異種を一歩も引かずに相手取って見せた。
そこには、確かな覚悟が存在していた。無論、それを支える確かな自信がある事には違いない。

「では、参りましょうか。」
「ええ。」

ただ、それを当然とする者達の中、イマノルでさえ祖霊を前に足が下がっていた。
圧を感じる理由は、分かりやすいものとして大きさがある。

「さて、シグルド君以外へは、初めてでしょうか。」

そう呟けば、礼拝堂に続く扉、そこが開かれる。大挙して、というほどでもない。トモエが直接見ている相手については、望めばとしたため、揃っている。他の者達については、アベルとローレンツでしっかりと選んだらしい。シェリアと他に数人の騎士だけが参加者としてそこにいる。
参加者以外、参加を認められなかった者達も当然いる。中には職務の都合として、どうした所で護衛という職責を担っている者達でもある、参加できない物もいるのだろう。そうでは無い者達というのは、実にわかりやすい。守るものがいない、それもあっての事だろうが、加護を含めてというのであれば如何様にも出来る相手、そんな相手に気圧されて退がるのだから。大会の折、首を落とすつもりで向き合ったトモエに対して、シグルドですらそれをしなかったというのに。勿論、そこには慣れた相手であり、加減に間違いが無いだろうという信頼もあっての事だろうが。

「では、各々方。聞き届けるのはオユキさんですが、見極めとして私が。」

戦と武技の神、その像を背にトモエが太刀を抜き放ったうえで、意を放つ。
つまらぬ事で、その覚悟もなくオユキを煩わせることは認めぬと。この教会で勤める神職の誰もが、平然と受け止めるあたり神の圧には到底及びはしないのだが。

「戦と武技の神より、その位を頂く巫女として、確かに聞き届けましょう。」

最も、こうして場を整えてしまえば、耳の変わりは必要ないのも事実。事ここに至るまで、移動の時間もしっかりと使って、巫女が体調を整えたのは何のためなのか。この後かなり無理な移動の予定がされているのは、何故か。すっかりと季節は移り、新年祭、冬の訪れも近い。要は、オユキが体調を整えやすい季節が近い。

「まずは、アベル。その方から聞こう。」

立っていたはずの場から、トモエとオユキはそれぞれに移動させられている。神々の前を邪魔しない位置に、気が付けば。そして、珍しくと言えばいいのか、戦と武技の神を中央に見覚えのある柱もいれば、そうでは無い相手も。神像そのままの姿ではあるため、その相手の頂く冠を呼ぶことを間違う事は無論ないが。

「先ごろ、この身に実に鮮烈な刃が届きました。」
「斯様な場であった故、我は下りることは出来なかったが、無論、聞いていたとも。」

特にそういった予定では無かった。それこそ笹を模した武器であるし、本物が用意できないなら飾りにとした。タルヤに頼んで生やしてもらおうという話も出たのだが、流石に見た事もない物は無理だと断られた。そして、その飾りを無造作に手に取ったと思えば、名を呼んだ相手の前に当然知っていると言わんばかりに投げ打って。儀礼としての体勢を取っていたアベルが、目の前に突き立ったそれを引き抜き、掲げた上で言葉を返す。

「剣は返しました。しかし、誓いを返した覚えはありません。」

良き民を守るために。そのために、アベルという人物は、始まりの町で望まぬ仕事とて行ってきた。

「よかろう。騎士の誓いは、我ばかりが司るものではないが、其の方が己がこうあると、その戒めとして覚え置こう。」

願うのは、己の在り方。由来と同じく、それを改めて宣言する。祭りは広く民の為。神々が個人として認識できる相手ばかりでもないため、そこでは足りないものもある。

「さて、ローレンツ。」
「老いては道を譲るもの、そのように考えていました。」

本来であれば、子供たちを先に、そのような話ではあったのだが。ここまで大事になった以上は、トモエとオユキも流れに身を任せるだけだ。それこそ、ここまでの事になるなどと、考えていなかったのだから。精々、位を頂いた神が聞き届けに来るかもしれない、その程度の予想しかなかった。カナリアから少々不安げな視線を送られるが、そこにあるアイリスとの差のおかげもあり、しっかりと休んだこともあり、司祭が用意した椅子に座るだけで済む程度だ。明日からの移動に合わせて、また馬車の中でしっかりと休まざるを得ないだろうが。

「しかしながら、一度は全うした者達が力を尽くそうとその気概を持っているのだと。それを知ったからには、楽隠居などと嘯いては居れません。」
「安息を得るのも、認められているのだがな。」
「故に、我は我の思う道を。そして、ただ示しましょう。」

誰から己の願う姿を新たにするのか、その順序は神々が前に引き立てる為実にわかりやすい。それにしても、覚悟の足りない者達が、少々足元がおぼつかなくなっているのを見て、オユキから王都で伝えるべきことというのを計上していく。インスタントダンジョン、それが現れたばかりの頃。重装鎧を着て動けるものと、動けなくなるもの。加護に対して制限がかかるという理解はあったが、上限は随分と高い物であったはずなのだ。魔術よりかと思えば、そもそも文官仕事を主体とするものですら、当然の如く動いていた。つまりは、不心得者だ。
混ざったのか、混ぜられたのか。その辺りの確認もいるだろうと。

「さて、王都以来ではあるが、シグルド。」

どうやら、シェリアは後に回されるらしい。シグルドの名前が届いて、それ以上の研鑽が見て取れる彼女の名が届かないわけもないだろう。

「改めて、聞こう。」
「願う事は変わらない。俺は、必ずこの剣を届ける。」
「遠く及ばぬ、その理解はあろう。」
「だからって、届かないって決まったわけでもないだろ。」

そして、これまでの者達とは違い、目の前に打ち込まれた笹針を疲労ではなく、鞘に納めたままの剣を捧げ持ったまま。本来であれば、まぁ、監修が入った口上を彼も述べたのだろうが、問答となっては、神に対しては己の言葉でと考えてか。後でしっかりとお叱りを受けるだろうが。

「練習の時だってそうだ。いつだって、勝つために。いや、どうやって勝つかも分かってないけどさ。」
「何、確かな目的を果たし遂せた、それ以上の勝利など戦にあるはずもない。」

どうにも締まらない、シグルドの宣言は呵々と笑う声が受け入れる。そして、彼の姉がしっかりと額を抑える。トモエが少年達だけでの打ち合いを許さない、その理由の一つでもあるため、師としても苦笑いといった様子だが。そこからは、王都で声を掛けられた順に。合間に領都からの子供たちを挟み、新しい教会、それを確かに整えた上で、また送り出されることを願われ、水と癒しの神が申し訳ないと言いながらも、その心の在り方を喜べば。
忙しいと、そう言われていた相手から、その名を冠する持祭に向けて。

「本当に、いいのかな。」

基本的に俯きがち。これまで、何処までも軽視されていた、人々の為に行わねばならぬことが、非常に多いというのに、あまり敬われることのなかった柱。どうにも、その名を冠する多くの神に纏わる快活さというのが、一切見えない相手。原因は、忙しさばかりでは当然ないだろうと、実に想像に容易い相手だ。

「はい。既に決めました。」
「皆みたいに、兄さまの道に行ってもいいのよ。」
「初めて、魔物を狩った時。持ち帰ったそれが、確かな日々の糧に変わったときに。確かに御身の加護、その確かを見出したのです。」

それは、先に声を掛けられた少女達と変わらない。戦うという事、この世界でどうしても必要とされるその行為。前提がある、どうにもならない仕組みが存在する。それと向き合う方法は、己が探すのだと、確かな矜持をもって。

「だから、変わりません。どちらも歩けなくなるまでは、どちらも続けますけど。」
「ありがとう、かわいい私の持祭、セシリア。木々に連なるあなたが、これからも広々と枝葉を伸ばせるように。」

こうした場所に迄、木々と狩猟の神が顔を出せる、その程度には力が回復してきているらしい。それこそ、他が補助をした上での事なのかもしれないが、王都では、それでも難しいとされていたのだ。ならば、祀りというのは、簡単にでも感謝を口に出すというのは、それだけでも確かな事であるらしい。
せっかくの晴れ舞台でもあるというのに、それを残念に思う気持ちは確かに持ちながらも、そうした背景ばかりに気が回ってしまうのが、オユキの経験でもある。それこそ、この祭祀の中でしっかりと役割があれば、そちらに注意も向くものだが、今はすっかりと置物の役割をしているのだから。
それと、心配事としては、アイリスの方でも大事になっていそうな、そう言う予想もあるのだ。祈願祭にちなんで、王都に行うものの予行演習とでも言えばいいのか。余剰分だけをこちらに置いたうえで、今後の確かな豊饒を祈願してと、そのような催しであったはず。カナリアのおまけとして、そのように扱われていたイリアにしても、何やらアイリスの方で思うところもあり、この愉快な一行に顔が通っているからと、すっかりとアイリスとセットでここまで動くことになっている。
そうして、いつもの面々が終われば、他の者達も直々に名前を呼ばれて、神々の前で。用意した笹針に、公爵からそういった由来なら、その物も備えてはと言われて並べて置いた糸の数々。それらが順次形を変えて、それぞれに神々から確かに聞き届けた証として、作り変えられていく。それらが一通り終わるころには、オユキはもはや立ち上がるだけの余力も残らず、トモエに運び出されてその場を辞して。
神授の太刀については、しっかりと戦と武技の神が回収したため、元の場所へと何事もなかったように戻るだろう。もしくは、神殿にそれが当然とばかりに置かれているかもしれないが。
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