憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

所詮は些末事

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さて、ファルコの宣言に。己を確かな輝きとして、その職務に忠実である者達がなにも思わぬのかと言えば。当然そんな事が有るはずもない。揃って武器を構える音。鞘から抜き放つ剣が慣らす音の、なんと美しい事だろうか。
各々多くは語らず、ただ討ち荷物熱を一言に返す。その音声がどれだけ戦えぬ者達を奮い立たせるものであろうか。
これまで、それとは違うものになるためにと教育を与えた者からは、実に複雑な感情が向けられて入る物だが、それでも確かに目指す先を確かめた相手を、実に喜んでいるものだ。目の端に浮かぶもの、それについてはオユキにしても見て見ぬふりをする。それくらいには心当たりがある。
ただ、まぁ。

「さて、言われるがままというばかりでも無いでしょう。」

最もファルコの言葉は相対するものにではなく、己と肩を並べる物に向けてであったが。
やはり不足があるというのなら、そこは年長として振舞わなければならぬと。
既に記憶も定かではない、そこまではっきりと実際に起きた事ほどに印象を持った相手ではないため、そう言えばこのような者達であったかと、その程度でしかない相手に、オユキからも。

「申し開きはその様子では無いでしょう。思うところがあれば聞きましょう。」

短い期間でしかなかったはずだというのに。それでもこうして魔物を従える術を手に入れている。それに対する研鑽と、同程度のものでもいいから是非とも己の鍛錬にこれまで向けられなかったものかと。オユキの分からぬ苦労も、確かにあったであろうに。

「相変わらず、人の後ろに隠れてるな。」
「まぁ、そう見る事も出来ますか。」

現状オユキの前に立っている者はいないが、確かに守られてはいる。無遠慮な言葉に、ファルコの与えた熱が伝播した者達が逸りそうになるのを、ローレンツが抑える。この場には、近衛らしい装備に身を包んだシェリアもいるのだ。他の者へは手振りで済ませたが、彼女の肩にはしっかりと手が置かれている。跳ねっ返り、そう呼ばれるだけの下地は彼女にしてもきっちりと持っているらしい。あまりにも近い距離から感じる、冷え冷えとした気迫に。オユキとしても己の首筋に添えられているかのような錯覚を覚えるというものだ。

「どうだ、俺らの力は。」
「脅威であることは間違いないでしょう。」

人が魔物を従え襲わせる。この世界の根底にある仕組みを覆す、それに間違いはないのだ。

「ですが、これまで確かにそれに対するためにと。あなた方もそうでは無かったのですか。」
「俺らがどうにかしなきゃ、殺されるだけの癖に。こっちを侮ったんだ。思い知らせるには、手っ取り早いだろ。」
「成程。一応の理屈は通っていますね。」

ではそこにある感情はと言えば、何処まで行っても彼らの表情に現れている。

「では、それを理解させたとして。その先に求める物は何でしょう。」
「は。」

オユキの質問には、虚を突かれたとでも言うように。

「問題を認識し、その解決のために動く。私はそれを否定することはありません。では、解決の形。それは何でしょう。」

そして、重ねるオユキの言葉に、相手はただ詰まる。

「この方法を選び、推し進め。では結果はどう得る物でしょう。」

こうして彼らが狩猟者の現状。他の道がないからそれを選んだのだと、そう侮られる現状。それに対する不満を爆発させたとして、理解はできるものだ。確かに、日々の糧を狩猟者が持ち帰らなければ、こちらの世界というのは立ち行かない事があまりに多い。騎士として、町を守るという役目を根底に持つ者達、間違いなく優れた戦力として抱えるには、そこには閾値が存在する。傭兵にしても変わらない。町から町へ。運ばなければならないものがあり、交易が必要である世界。その道行は何処までも苛酷だ。それに耐えうるとされる者達にしても、やはり閾値がある。そして、そう言った物があるからこそ、仕事に合わせて生活もとなるような職務。それを良しと出来る手合いばかりでもないし、そう言った者達だからこそ、細かい所、日々の事に迄手を回す子とは出来ない。そう言った不足を補填している狩猟者として、ただどちらにもなれなかったからと侮る風潮。それに対してオユキとて問題意識は持っている。そしてそれを変えるためにと色々と行動を起こしている。
少なくとも始まりの町、そこでは夜、ヴィルヘルミナに歌を求めれば彼女は応え、疲れを癒すためにと食事と酒を楽しむ姿を笑顔で見守る下地が既に生まれた。そして、後に続く者達、その道を確かなものにしようという機運も。

「そんなもん、知ったことかよ。」
「復讐を否定はしません。であれば、あなた方を侮った相手、それに直接向けるのが良いでしょう。」

散々にそれを示した、トモエかオユキか。それとも直接彼らにそれを示した何某かか。

「ごちゃごちゃと。前もそうだったが、結局負けるのが怖いんだろ。」
「いえ、同じ言葉を返しましょう。あなた方では相手になりません。」

一応、前回と違って数を頼むという工夫はみられる。それこそオユキが一人でいるところにこの物量を向ければ、確かに本懐を果たせるだろう。ただ、彼らが他の力を頼るように、オユキとてそうする。最初から、町から町への移動に、見知らぬ魔物が出るところに他の手を頼む様に。たとえ手を貸す相手が、どれほどの背景を抱えていようが。それを飲み込まなければならないと、その理解が何処までもあるから。

「なら、やってみろよ。前もそういって、結局背中に隠れただけだろ、お前は。」
「それを頼めることを誇りこそすれど、恥じる事はありませんが、そうですね。」

オユキとしては、こうして言葉を交わしている今にしても、正直な所相手を待っている。
オユキは既に武器を鞘から抜いている、加えていつでも動けるようにと体勢を作っている。だというのに、相手は、オユキよりも遥かに弱い相手は、鞘に入れた武器を肩に担ぎ何やら下種な笑みを浮かべたまま。状況が逆であってもどうにもならぬというのに、この相手は一体何を悠長に。オユキの感想などそれに尽きる。

「せめて、武器を鞘から抜いていただけますか。初手も譲ります。後に言い訳が残る要因は、最初に潰しておくのが面倒もありませんから。」
「だから、なんでお前はそこまで俺らを下に見るんだよ。」
「それだけ差がありますから。」

そして、それはただの事実。

「一応、魔物の数も多いですし、怪我をしても困るので、加護を抑える指輪を付けて上げられないので。」
「いい加減、その余裕を止めろ。」
「余裕ではなく、事実です。」
「これだけの魔物に、変異種にも囲まれてんだぞ。」
「騎士というこの国でも上澄みの戦力、それがいない時ですらはじまりの町でけが人程度で退けた。その事実が存在しますから。」

さて、こうしてオユキと話しているのは、前回の時にも結末への運び方はどうであれ、そこにあった歪に目をつぶればまだ年長に目を向けていた相手ではある。他のどうしようもないほどに汚染されたのだと。戦と武技が示す印がついてはいない。どうにも、まだ軽度そういった物たちも混ざっているという事なのだろう。魔物の群れの中、あまり離れる訳にもいかないようで、その中にちらほらと見える影も感じる気配もある。

「印があるのです。討つべきものを討ち、そうでは無いものに慈悲を。難しい事でしょう。しかしそれが叶えられる者達がここにいるのだと。その心を確かに持つのであれば、神々も確かに手を貸してくださるのだと。」
「は、結局は他だのみかよ。」
「貴方が誇った加護にしても、神々によるものです。」
「今は、俺だけの力だ。」
「魔物を操る、神々がこちらに暮らす者に向けた試練。それに割ってはいるという事が、奇跡に類する物では無いと、そう考えるのは短慮では。」

人は人だけでは生きていけない。
生命の維持に、あまりに多くの他の生き物が必要になる。生活を楽に、そのためにどれだけの命を。そして、人だけという訳でも無い。頂点捕食者などと言われたところで、死して後は最底辺。姿形を肉眼で見る事も難しい相手の餌になる。それをして食物連鎖と呼んでいた。オユキはかつてその言葉に感銘を受けたものだ。

「さて、問答の場は、本番は先です。一先ずどうぞ準備を。先にも申し上げました。あなた方がその程度の努力をしたところで、盾たる方々は揺らぐこともありません。要は、待っているのです。私たちから先にとしてしまえば、防衛ではなくなります。印があるとはいえ、今はまだ何をしたわけでもありませんから。」

そして、オユキの言葉に、ようやく相手に動きが生まれる。
剣を抜き、声を上げ。魔物と共に。
そして、それに対してオユキからの返しなど実に簡単だ。
トモエならば、あたり一帯を薙ぎ払う。その一線の持つ鋭さには到底オユキは及ばない。今探している道にしても、トモエに届けるためには、残りの時間で成し遂げるにはどうした所で加護という存在が必要になるとも、その自覚はある。だが、それでもと。
選んだ武器は、トモエの鋭さを受け流すために。さらに弧を深くした武器であれば、速度に劣ったところで僅かな角度の入れ替えが、より大きな動きになり武器を断たれることを避けられるから。刀身は厚く、刃は薄く、切っ先は鋭く。それを願ったのにも、あくまでトモエのそれに少しでも有利に働けばという願いがある。

「ただ、貴方方にそこまでする必要も無いでしょう。」

トモエに向けての物。頭の中で暇さえあれば繰り返す動き、誰にも見せる事のない、いつかあるだろう本番まで日常の中で僅かづつ試すそれを、やはり見せるべき相手は此処にいない。いたとしても今ではない。だからこそ、オユキも他の手段を選択する。感じられるようになったマナ。魔術文字というものがある。しかし、それにしても求めに応じて得られる奇跡だ。そして、かつては求めたこともある。

「冬、あらゆる生き物は動きが鈍る事でしょう。」

気温が落ちる。敵と断じた物の体、その表面に季節外れの輝きが降る。
オユキの心の在り方、内面に積もる物。それは何処まで行っても相性がいい。
脳裏に当然とばかりに浮かぶ、どう読むかもわからぬ一文に、自身が確かに感じられるようになったばかりのそれを流し込めば、変化は劇的だ。魔物にしても、生き物としての特徴を捨てたわけでもない。突然の寒さに身を縮め、動きが鈍る。

「一度、改めてかもしれませんが。称えられる者達がどれほどを為しているか、それを改めて学ぶとよいでしょう。」

そうする場は既にあるから。
敵ではない物には、今一度の眠りを。
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