憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

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「無理でしょうね。」
「トモエでもか。」
「長くそういった役割分担もあったわけですし、何より生来の物というのもあるでしょうから。」

何やらアベルが珍しくトモエとオユキを分ける様な事をするかと思えば、トモエにオユキの説得を手伝って欲しいと、そう言う話であった。

「関係を深める時間が持てれば、また変わっていくとは思いますが。」
「流石に陛下にしろ、王太子様にしろ、オユキ個人にあてて手紙を書くのがなぁ。」

要約してしまえば、現状はどうした所でオユキが公爵を国王その人より上に置いていると、そう見えてしまう。それこそ下手をすれば、未だ代官である少女の方が。それが今の所顕在化してはいないし、どういった流れによるものなのか理解のある物が周囲を固めているため問題はないが、今後は違うのだと。
理屈はトモエにも分かるし、国外に迄活動の場を広げるのであれば問題視する向きも分かる。今後は理解のある相手ばかりではなく、邪推をする相手が増えて来るのも想像に難くはない。

「私にしても、良く知らぬ相手への配慮等、慣れた相手に比べればどうしても。」

そして、相談されたところで、トモエもオユキとその辺りは変わらない。寧ろオユキよりも顕著になる。

「私に相談する形をとって、改善せよという心持は理解できますが。」
「分かってるなら、どうにかとしか言えないんだがなぁ。」

最初はオユキに向けてと、トモエもそう考えていたが。
要は習いにくる相手、極短い時間しか顔を合わせない相手と、教えると決めた子供たち。その差異であったりが、階級社会に慣れている者達からすれば気になるのだ。トモエにしても、最初に教えると決め、既に時間を使った相手の方が、後から現れ、碌に時間を使わぬ物よりも上に来るのは当然だと、そう言った言い分もある。
トモエのそういった振る舞いを見ても、アベルが強く言えないのは、彼とてそういった環境に長く身を置いたからというのもあるだろう。事実、騎士達は真摯に鍛錬に励む子供たちに対しての方が、よほど好意的なのだ。

「まぁ、善部をというのが難しいのは分かるが、今回の移動については配慮をしてもらえないもんかね。」
「オユキさんは何やら予想があるようでしたが、そもそも何故そこまで早く王都にと、そう望まれているのでしょうか。」

オユキがそれを避けようと考えているのが分かるため、トモエはその理由をオユキに聞いてはいない。恐らく何某かの面倒があり、それを避けたいのだろうからと知らぬ存ぜぬとしようと考えていたのだが。随分と珍しい表情で、なんだかんだと付き合いの長い相手が話せば、トモエにしても聞こうと思いはするものだ。
今は王都でも行ったように、森の外縁に陣取りいくらでも必要になる木材の切り出しや、その周囲にある有用な素材というのを集めているのを眺めながら、適宜魔物を間引く程度。それにしても、魔物は王都に比べれば大したこともない。戦闘をそこまで得意としない者達、そう言った相手と行動を共にすると、どういった事が起こるのかを新人たちに教える場でもある。要は、手が空いているというのも大きいのだが。

「それこそ、纏めてしまえば色々あるとしか言えないわけなんだが、王太子妃様の件と、イマノルとクララの事がな。」
「流石に、戦と武技を冠する相手に頼むのはどうかと思いますが。」
「そりゃそうなんだが。話が広まってなぁ。特に問題が解消したと、それを知っている連中にしてみれば。」
「気持ちは分かりますが、オユキさんと私はこちらで咳を入れたわけではありませんから。」
「お前らにしても、その辺りの話も進めなきゃいけなくってな。」

要は、オユキが焼いたおせっかい、それが美談として広まってしまったらしい。後者はともかく、前者は王城の中で招かれた席。目にしたものも非常に多い為、すっかり話が広まってしまっているらしい。そして、あまりに要望が増えれば、国としての決断が求められ、しかし神々に与えられた仕事だからとそれを覆せるオユキがいてと。

「気持ちはわからないでもないのですが、オユキさんが嫌がる理由が解りました。」
「まぁ、面倒ごとには違いないわな。」

そして、他にもある問題として、外から見える形として。オユキが王太子に生まれたばかりの子供の側にいるようにと、そう言った話をする形になったこともある。遠因がトモエにもあり、だからこそ珍しく直接咎める訳でも無く、実にこれまでらしくない方法でとなった物だ。

「凡そ事情は分かりました。そうですね。」

アベルにしても面倒だと考えている事、話したところでどうにもなりそうにない、しかしと、そう言った構え。
では、同じ戦場に立ち、イマノルでは足りぬところも多く有った場で、トモエをも荒れ狂う嵐から守り切った相手には、トモエからも返せるものがあればと、それくらいには考える。

「先代アルゼオ公の説得を担って頂けるのでしたら。」
「いや、どうした所で王命になる。」
「道中、長く側にいる相手でもありますから。事前に話、ある程度仲を深める時間が無ければ、オユキさんは気疲れしてしまいますから。」
「そういや、そんな話だったか。」

そして、それについてはトモエの助けにもなる。少なくともオユキが危険が無いと、そう判断しているとなればトモエの警戒というのも一段は落ちる。内外を隔てる用意があるか、どちらかが起きているなら任せても良いとそう思う程度には。移動の間、体力が持たないのは、そう言った理由もある。今となっては懐かしさも覚える無理な移動、その終わりにオユキが意識を保てなくなったのは、信頼できぬ相手に囲まれている状況で、トモエが休む間はオユキが休めなかったことが原因だ。
何処まで行っても、気の抜き方が甘く、道半ばの理解しか持たないのだから、トモエとの差はそこに確かに横たわっている。

「どうした所で、時間は足りないでしょうから、先方と時間が取れるとなれば。」
「分かった、こっちで進めておこう。ただ、そうなると結局なぁ。」
「それこそ、王都で纏めてとなればオユキさんも嫌とは言いませんよ。後は、そうですね、私から少し話しましょうか。」

基本的に、オユキは己の興味に忠実であり、視野は狭い。色々と考えているようには見えるが、それは一つの軸があって、それを進めるために必要な周囲に向けてでしかない。
今回の事にしても、現状の予定に対しての理解があり、それを妨げる要因として把握はしているのだろうが、何故この時期なのかについては考えが及んでいない。新年祭、新しい物は、新しくなる日に。異邦の日取りとはまた異なり、その機会にと望む者達が多いのだろうと、そう言った想像が及んでいない。

「ただ、体調の問題ばかりは如何ともしがたいのですよね。」
「流石に、他国との重要毎と比べれば、黙らせられるだろ。」

問題としては、そう言った大事が起こればまた負担が過剰になり、これまでとは恐らく比べ物にならない苛酷な移動というのが不安になる。そこについては、アベルも譲る気が無いとその発言が聞けたのであれば、トモエとしても譲歩の余地はあるとする。トモエにしても、王都ではそこそこ忙しくなるとそれが分かっている事もある。
戦と武技、道の果てに確固たる存在からの使命として。オユキとアイリスが気にしていた事柄、それに対してただただその役を得たトモエが、厳然と代弁することになる事態が。強者はその場に立たない。僅かでもそこに足を置けば、何を評したかは分かるのだ。分からぬという者は、そもそも加護があるかも怪しい。あの場では、トモエにしても与えられたそれが無かったのだと、それすらわからぬ相手をと。
つまるところ、オユキが王都に行くのを先延ばしに、少しでも期間を短く。そう言った考えをするのは、その辺りのこともある。この世界は、何処まで行っても過去に切り捨ててきたものが多いのだ。トモエにとっては、正直な所、オユキが思う程の事ではないのだと、改めて話をしなければと、そんな事を考える。

「それはそれとして、補填は求めたいものですが。」
「というか、それについてはもっといろいろ要望がないもんかね。お前らが領都で用意した服は一通り、一度王都に送っちゃいるし、俺からも武具を飾ることも嫌いじゃないと、そう言った話はしちゃいるが。」
「オユキさんは、意外に見えるでしょうがあれで研究者気質でもありますから、隣国に向かえば魔道具を相応に買い漁ると思いますよ。」
「魔術に一切興味を示しちゃいないはずだが。」
「過去に使えないと切り捨てたからですよ、それにしても。」

トモエの知るこの世界、それはほとんどオユキの言葉によるものだ。魔術という者の存在は語っていたが、魔道具についてはオユキからトモエに語られたことがない。つまり、オユキの知らぬ技術がそこで発展したのだと、そう言う見方もできる。知らぬ技術、新しいもの、オユキは殊更そういった者を好む気質でもある。これまでの買い物にしても、部屋の様子にしても、そちらに意識を割いているのは実にわかりやすい。

「さて。」

そうしてあれこれと話しながらも、周囲に気を配ることは当然トモエも止めていない。
既に、そう言った試しをすることはなさそうだと、そう考えていたというのに。森の中、騎士と傭兵が近寄る危険な魔物を駆除し続けている方向から、近寄る相手がいる。隠れるつもりはあるらしい。だがそれにしてもあまりにお粗末。気の影に隠れて伺うと、そう言った真似は見せる物の、その合間を移動するときに気配りも足りなければ、足音を消す工夫も見られない。そして、あまりにもはっきりと意識を近づこうと考える相手に向けすぎている。

「捕らえるつもりで、という事でしょうか。」
「何の話だ。」

相手はまだ間合いの外。木々の隙間から、どうにか目視ができる程度の位置。しかし、気が付かないわけもないだろうに、アベルは心底不思議そうに。

「成程。そう言うこともありますか。」

間違いなく気が付けるだけの能力はあるはずだというのに、わざわざ敵対すべき相手に印を与える。その理屈に納得はいっていなかったのだが、そうする理由があったという事なのだろう。後の細かい事は、一先ず切り捨ててからと、トモエがそのつもりになったところで、アベルが慌てたように周囲を探る。

「捕らえるつもりが無いのであれば、一先ず首を落としましょうか。」
「何処だ。」

敵だと、そう聞いている。細かいところはそれこそ、確実に仕留めた上で、それからとすればよい。トモエがそう考えて、隠れる木毎と、そう思った時。届いた言葉は実に意外な物であった。
集め、操り、それでもって町を襲わせようと考えているはずの相手が、何故逃げろなどというのかと。その疑問は、トモエに相手の姿を隠す気を切り倒したうえで峰を使わせる程度には、意外な物であった。
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