憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

鍋を囲んで

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「旅行の時も思ったけど、疲れって直ぐには出ないこともあるんだな。」

炊事場で、自分達が食べるものをと簡単に鍋を用意し、今はそれをそれなりの人数で囲んでいる。いつもの子供たちに加えて、休憩に誘ったアルノーに加えトラノスケとカリンも。

「集中していると、どうしても無視できてしまいますからね。私も、ここで一度しっかりと休みを頂きましょうか。」

そして、誰よりも料理という分野で活躍していたアルノーも、しっかりと疲労しているらしい。火に囲まれていた上に基礎体力もトモエよりも無いのだろう。地面に座り込んだうえで、少年達から回された水を一息に飲んでようやく人心地といった様子だ。

「アルノーさんもお疲れ様でした。」
「お疲れ様です。私も少し貰いましたけど、串焼きにしてもなんだかすごく美味しかったです。」
「最高の言葉ですよ、リトルレディ。」

トモエにしても繊維方向に気を付けて、筋を斬り、下味を。それくらいはこなすが、アルノーに至っては肉に合わせてさらに簡単なトリミングを行い、下味も獲物の種類どころか部位に合わせて。火加減も勿論と。まさしく熟練を感じさせるものだった。

「にしても、ほんとこうしてるともう今日は無理だなって、そう思うな。」
「ああ。」

後進の補助を大きく担っていた少女たちと違い、少年2人はそれこそ矢面に立っていたのだ。トモエとしてはそれが当然と判断するものでしかない。加えて。

「狩りに出る時間、それを十分に取れているからと気負いもありましたからね。」
「前に立とうとは思ったが。」
「特に気にしてなかったけど、言われてみればあんま後ろに行かないようにはしたかもなぁ。」

最たる疲労の原因。周囲の熱気にあてられた物以上のそれをトモエが話せば、自覚があるようで何よりと頷いたうえで続ける。

「灰兎程度でしたら、それぞれが少々数が多くても対応できると既に知っているでしょう。やはりそれすらもある程度引き受けようと、そう言った動きがみられましたからね。その分の疲労ですよ。
 その辺りは、王都とこちらで後進の面倒を見ていた、その流れを受けてもあるのでしょうが。」

話していれば、焚火にかけている鍋も程よくに立ってきたためトモエがよそって少年たちに回す。
ダチョウの肉、鴨よりもさらに赤みが強く、事前に試した時にあまり脂が出ないこともあったので、下茹でしたうえで海産物と油のしっかりのった猪の肉も併せて鍋にしている。こうなるとトモエとしては豆腐も欲しくなるがない物は仕方がない。そもそも食材がどうした所で異なるのだ。出汁を引くにも全く異なる。それはそれで美味しいと思えるものだが。

「トモエさん、こういう料理好きですよね。私も教会で慣れてるから、なんだかほっとしますけど。」
「慣れているものですから。やはり、普段口にしているものが馴染みますしね。」

どうにも、トモエとしても説明しにくいと思えば、アルノーからすぐに言葉が続く。

「皆様ではまだ実感を得るのは難しいでしょうが、特別な料理と日々の料理は違いますからね。」
「へー。」
「私にしても、賄い、教会から手伝いに借りている子たちと食べる食事は、やはりまた異なります。」
「あ、いくつか聞きました。リゾットでしたっけ、とっても美味しかったって。」

そして、料理の話。今こうして皆で囲んでいるものと全く違うものの話で、盛り上がる。ただ、それでも誰も彼も食事の手を休めたりはしない。珍しいもの、変わったもの。それに興味を示したとして、それでも常の食事というのは確かに体が求めて、手を伸ばすという物だ。常春とはいえ、先までの季節に比べれば気温は下がっているし、風は冷たさを運んでくる。汗をかいてもいるし、草原で風を防ぐものもない。そのような状態では猶の事焚火の暖かさと、鍋から直接という熱は体を温め喜ばせるものだ。

「私、この肉好きかも。」

セシリアが、薄切りにしたダチョウの肉を示してそう話す。

「思ったよりも赤身としての特徴がありますから、ステーキの方が合いそうですが。」

ただ、トモエの感想としてはやはりそうなる。鴨のように扱ってみたが、どちらかと言えば牛のフィレ辺りと同じ扱いが合いそうだというのがトモエの感想だ。

「成形も兼ねて燻製肉当たりで巻いて、串にさして焼くのも面白そうではありますが。」
「脂がない分淡白ですからね。その分旨味に集中できるというのもありますが、他で補填するその案も面白いでしょう。そうなると炭の香りに負けそうですから、鉄板でそれこそ蒸留酒で血の匂いを飛ばすほうが良いかもしれませんが。」
「おー、それ旨そうだな。俺はこっちのサバリの肉の方が好きだけど。」

シグルドがそう言えば、脂もしっかりのっているイノシシ肉を好んでいる他の子たちも頷く。

「丸兎とも違って、しっかり嚙んだ感触もあるしな。薄切りでも、美味しく感じる。」
「私もこっちのほうが良いかも。他のお野菜にも合うし。」
「私はちょっとくどく感じるかな。他はあっさりしてるのにこのお肉だけ目立つというか。」
「それもいいんじゃない。いつものポトフみたいに、それぞれを楽しんでる感じで。」

少年達から思い思いの品評を受けていれば、そこに他の人々も寄って来るという物だ。なんとなく、そう言った空気だからと火を囲むにしても、空席というのはあるのだから。

「私もご一緒させて頂いていいかしら。」
「懐かしい料理でな、少し分けてもらえるか。」

直ぐに寄ってきたのは異邦人二人ではあるが。
一声かけた上で、返事を待つことなく空いた場所にカリンとトラノスケが収まる。

「ええ、どうぞ。」

そして、その二人にトモエが簡単に鍋から、焚火にかけた寸胴も既に半分ほど空いているが、それをよそって二人にも渡す。そして、慣れた顔が集まっているからと集まってきた子供たちに向けては、アナに残りの木でできた椀とお玉を渡して置く。その辺りは、慣れたものがいいだろうし、実際そうすればきちんと列を作る物だ。

「その、改めてだが、色々と迷惑をかけた。」
「問題はありませんよ。早々に気が付いて、私たちも警戒していましたから。」

こちらに来て直ぐ、オユキが以前の流れとして問題ないと判断した結果でもあるのだ。二回目からは、トラノスケだけを側に置く、それをしないという判断を早々に下した。信頼できぬ人間として。ただ、武器を佐から抜いているときに間合いに入ることに躊躇もなく、警戒もしなかった当たり、そこまでの脅威とは判断していなかったが。
色々とこちらの事が分かってからは、先にこちらに居た期間に対して、能力が低い理由にも納得がいき、トモエとオユキの警戒に気が付いた者達が何くれとなくそばにいたため、最終的に事なきを得ている。
領都で見かけた者達は、時間も無くそれを使おうとも思えない手合いであったためどうにもならなかったが、汚染から自然な流れで抜け出せる、その実例として今のトラノスケはいる。

「トラノスケさんも、色々とお疲れでしょう。オユキさんも気にしていましたが、時間がなかなか取れず。」
「まぁ、割り切るしかないからな。今後も疑われることは承知の上で、そうでは無いと示すしかないさ。助けてくれる相手も多い。楽なもんだ。」
「ええ、今後もどうした所で目は減らないでしょうが。」

監視が今後もつく事ばかりは諦めて貰うかもしれないが、そうトモエが声をかけて周りに視線を向けているあたり気が付いていないのだろう。ならば、言わなくても良かったかもしれないと反省する反面、特に差しさわりなく日々が過ごせるだろうと安心も覚える。どうした所で、トモエとオユキの疲労にそういった護衛という人々の気配というのが一因になっている。それを感じさせないで振舞える相手というのは、やはり限られているし、気が付かれているという自覚もない。今こうしてタルヤがトモエの背後に控えているが、そこから周囲を囲むようにもう二人。町人らしい格好はしているがそういった人員がいるのだ。

「言われたら気になるが、まぁいいさ。俺が何かをしたときに始末を頼めるという事でもあるしな。」
「あら、見た目よりも覚悟のある方なのですね。」
「この世界が、本当に好きだったんだ。それに嘘はないからな。」
「素晴らしい所ですからね、改めて、カリン。」
「トラノスケだ。今となってはオユキだが、そっちと異邦にいた間に色々と世話になっていてな。」

そして、異邦人二人が改めて自己紹介をした上で、同じ食事を口に運びながら話し出す。

「にしても、ファルコ、やっぱスゲーよな。」
「ああ。戦えば勝てそうだが、直ぐに抜かされそうだな。」
「基礎体力があれば、やはり続けられますからね。特に加護があるので、大きな強みでしょう。ただ、それも結構詰まってきていますよ。」

それなりの量、そもそも鍋だけでなく結構な数の串も食べている。それで一心地突いたのか、周囲を改めて見まわす余裕も出てきたらしい。

「まだ、疲れてなさそうだけど。」
「そう見えるだけですよ。剣を持ち上げる手が、少し前から下がりがちですからね。後少しすれば握力も落ち始めますから、そろそろ下がらせましょうか。」
「言われてみれば、振り上げるのも低くなってきてるか。」
「そうですね。そしてその分威力を乗せようと思えば、無理に振らなければいけないという悪循環が起きます。」

ファルコにしても、基礎訓練はあったはずだが、やはりその辺り自分で気が付くことは出来そうにない。そう判断してトモエが動こうとすれば、それをシグルドが止める。

「あんちゃんはいいさ、まだ怪我あるんだろ。俺が呼んでくる。」
「ええ、ではお願いしますね。」

さて、そうなるとアナが配り切って空いた鍋をどうした物かと、そう言った事を考え出すものだが、そこは先に食べた物がどこかから別の鍋を運んできてくれている。

「おや、これですとアルノーさんが一家言ありそうですね。」

かけられたそれを覗き込めば、赤い液体の中に川から取れたものをとにかく放り込んだと、そう言った中身が見える。

「おや、憲章をご存知ですか。」
「ええ。有名なものでしたから。さて、オユキさんも好んでいますから、こちらも持って行ってもらいましょうか。」
「そう言えば、オユキちゃん、川沿いの町だとこれよく食べたよね。」
「ええ、本人はあまり好き嫌いを口にしませんが、量があったり選択肢がある時には、分かりやすいですから。」

それは食事だけでなく、生活全般に及んでいるというのが問題ではあるのだが。そうして話していれば、ファルコが少女二人、なんだかんだと忙しい為所々でしか見れていないが、こちらも既に丸兎程度であれば問題がない程度にはなっている。
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