憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

お茶を飲む

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「知ってたなら、先に教えてくださいよ。」

高温の肉汁に口の中を蹂躙されたカナリアが、疲れたようにそう言う。
それもそのはず、口の中を冷やすものなどこの場に用意がない為彼女は氷を作り、それを口に含んだうえで自身の治療を行ってようやく、そう言った有様なのだから。

「注意する前に、丸ごと口に放り込んだじゃない。」
「それは、一口大ですし。」

そして、出した側としてアルノーからも。

「申し訳ございません、本来であれば召し上がる前に注意も併せて行うのですが。」

本来であれば、その責任者はアルノーだが、今は席についている。料理の担当者としての説明が行える状態ではない。

「正しい食べ方は、勿論そのままというのもいいのですが、他の皆様がされているように匙の上で一度皮を破って、というのが。」
「一度掬った物を、別にとは思いませんよ。」
「慣れない物では、そうでしょうとも。そういった事を説明できる程には、まだ間に合っておらず。申し訳ありませんでしたレディ。」

他の物たち、アイリスにしても知っているようで、用意された薬味を合わせて匙に乗せて、手慣れた様子で食べている。異邦人たちは、なんだかんだと有名な料理だ。こういった席を知っていれば、当然知識はある。

「いえ、責めたいわけでは無く。」

アルノーがそうきちんと誤ってしまえば、カナリアの方でも行き場のない怒りをどうにか飲み込むしかない。そして、改めて言われた方法で、周りがどうしているかを見ながら並べられた物に手を付けていく。

「ただ、私が覚えている物より随分とあっさりしているのよね。」
「オユキさんに配慮してでしょうか。恐らくは煮凝りを別で入れてとなるのでしょうが。」
「トモエさんは、お詳しいようですね。」

この屋敷、この場の主人はあくまでオユキとなっている。どうやらそちらの好みに合わせた調整までされているらしい。

「それは、お手間を。」
「当然のことですから。」

肉とその脂、こちらに来てから随分とオユキが苦手意識を覚えるそれ。きちんと配慮がなされている。そして、他に席につくものの為に、分かりやすくそれを主体としたものも存在している。
配膳の分量までも、きちんと言い含めていたようで肉を主体としてしっかりとした歯ごたえのある物、色を付けた皮が実に愛らしい彩を添えるそれは、オユキには少なく。その分をトモエとアイリスに回されている。

「さて、せっかくですからこの場でお伺いしておきたいのですが。」

丁度会話の切れ目でもあるため、オユキがそうして口を開く。

「今後の予定、ですね。私共は後一月もすれば王都に向かいますが。皆さまはどうされますか。」

新年祭、その少し前には王都につくようにと、移動がある。
それこそその祭りではオユキが主体として行う物はない、現状はその予定ではあるがそれでも魔国に向けての移動を含めて公示がある。そこで簡単に一言二言と言った物は避けられないため、準備期間も含めての日程としなければならない。移動を可能とする門、それについてはこちら同様。引き渡してしまえば、後は現地の者達が行うべき事柄だ。その折に、やはり顔を出さねばならないが、まぁその程度だ。
前回ほど、主役としての振る舞いが必要になるというような物では無い。

「お荷物にしかならないけれど、いいのかしら。」
「勿論です。」

ヴィルヘルミナの返事は早い。

「なら、是非。あのころとは違いもあるでしょうけれど、神殿も見たいの。それとこちらで初めて作った歌、それを歌った公園がまだ残っているのなら。」
「生憎私は王都には不案内ですから、他の方に任せる事になるでしょうが。」
「有名な場所だったようにも思うのだけれど。」

オユキの返しに、随分と不思議そうに返されるがそれも仕方ない。

「私は、闘技場に興味はあるのですが、まだ先でしょう。今暫くは、軒を貸してくださるのであれば身の丈に合ったこの場で、改めて経験と習熟を。」
「そうですね。まずは慣らしというのも必要ですから。オユキさんがやらなければならないこともありますので、戻るのは4カ月以上は掛ると聞いています。」
「帰りの移動時間はほぼないのですが、先方ですね、そちらでの諸々次第である程度、数週間の幅で日程が変わる見込みです。」

それこそ、今回は国同士の事であり、よほどの事も無ければ日程の変更などは起きない。しかしそのよっぽどを持ち込む側でもあるため、ある程度の融通というのは考えざるを得ないのだ。

「良いのですか、客人だけで、それほどの間。確かに、この屋敷に慣れて他の宿というのは、私としても思うところはありますが。」
「はい。構いませんよ。代わりにと言っては何ですが、こちらの新人たちですね。そちらへの簡単な体の動かし方であったりというのは、ご教示いただければと思いますが。」
「その程度であれば、喜んで。」

トモエとオユキは今制限が多い、しかしカリンについてはその外だ。そうであるなら新人の育成、生産力の底上げが可能な者が残ってくれるというのであれば、勿論それを頼みたいものだ。カリンもそれを快く受け入れたため、オユキはでは残った一人へと視線を向ける。

「勿論、私も同行が叶うなら。」
「仕入れなどについては、王都で過ごしている間はカレンさんに。」

今そのカレンは家宰見習いとしてゲラルドにみっちりと絞られている。今の所、顔を合わせた時間というのは、それこそ追加できた使用人たちに纏めて挨拶をした時くらいだ。
色々と引け目もあるであろうし、その後の顛末を知らされた身としては少しくらい時間を取ってとも思うのだが、互いに忙しい。家財の管理というのも、家宰となる予定のカリンの本来の仕事だ。なんだかんだと国に関わる仕事をこなしたオユキ、他の貴族たちへの祝祷、それに対する礼品、王家からの礼品といったのも使用人たちに合わせてまとめてある程度は届いている。勿論、まだ届いておらず目録だけとなっているものもあるが、その確認すら後回しになっていた状況だ。それこそ山の様な仕事が残っている。

「カレンさんが、こちらに残るのでは。」
「いえ、こちらの屋敷、そこの家宰としてはこのままゲラルド様にお願いすることになります。リース伯の縁者でもありますので、メイ様不在でも対応が容易ですから。ただ、流石に早めに執事等も用意しない事には。」

実際の所それよりも先に、トモエとオユキそれぞれに近侍や侍従と言った者を選んでくれと言われているのだが。現状では、それを頼んで、また主人の様子を観察して家宰に報告する役割のその人物がいないため、全て家事の一切を取り仕切る者達に負担が行っている。
それこそそういった役割は侍女が引き取ればという物だが、実態は近衛であり、護衛だ。優先されている職務は後者の物であり、それを行うために前者の役割も一部行っているだけの者達でしかない。所属にしても違うため、そうそう気軽に頼むわけにもいかない。

「私としましても、もう少し厨房には人手が頂ければとそう思いますから。」
「それについては申し訳なく。」

今も規模に対して非常に少ない人員でアルノーにも切り盛りしてもらっているのだ。しかし、間もなくそういった手間をかけている人員がまとめて離れるという予定でもある。優先順位はどうなるのか、それを考えたときにどうしても後に回すと、オユキとしてもそう判断してしまう事柄だ。

「アルノーさんとしては、どの程度。」
「現状の規模でしたら、最低でも10人は。」

そこから簡単にアルノーに体制を説明される。

「こちらですと余剰の人員も余りいませんし、王都で余裕があれば、募ってみるのも良いかもしれません。それにしても、銀食器やワインは執事の仕事でしたか。」
「どちらも権勢を示すのに分かりやすい家財ですから。」
「その、わがままを言う様で申し訳ないのだけれど。私も身の回りの世話をされることにすっかりと慣れてしまっていて。」

申し訳なさそうに、ヴィルヘルミナも人材の補充、その話に乗ってくる。

「ヴィルヘルミナさんも、そうですね。」

そこで少し考えた上で、オユキから言えるのは前に伝えた言葉とそう大きく変わる物ではない。ただ、改めて決定として。

「こちらの町で声をかけてというのは、私から正式に許可をします。実際の雇用の手続きの中で、勿論他の方の見極めを行うでしょうが。」
「客人扱いですから、それも当然でしょう。」
「ありがとう、助かるわ。」
「ただ、ヴィルヘルミナさんが求める人員というのは、少し難しそうですね。」

この集まりの中で、一番らしい振る舞いに慣れているのだ。それこそ正式な侍女を探すという事になるのだが。当然この町にそんな人材が浮いているわけもない。

「ええと、流石に何から何までという訳でも無いのよ。歌の為に、どうしても休む環境であったり、舞台に立つための衣装であったり。」
「であれば、伝える手間を惜しまないのであれば、丁稚でもという事になりますか。そうですね、メイ様から許可が頂ければ、この屋敷に務める人員として一度正式に公募をしましょうか。」

トモエとの話し合いの結果として、一先ずはこの屋敷を主として使うと決まっている。公爵の方でも、トモエからの条件に合う屋敷を改めて用意するには、都市の拡張方向を改めて考えてからとしたいと、そう言った言葉もあるためまだしばらくは先の話だ。多忙はどうしても避けたいため、王都に居を構えるという案は既に棄却されている。最も、今回向かった先ではしっかりと用意がある物だろうが。

「そうですね、シェリア様達も、メイ様の許可が頂けて、望む者がいればとなりますが。」
「宜しいのですか。」
「アルノーさんの言葉で、どの程度本来人が必要かも分かりましたから。」

オユキにとって屋敷は私的な場ではあるのだが、ここを仕事場としている者達がいるのだと。それを改めて強く認識したのだ。ならば目に見える以上に人手がいるのも当たり前だ。

「王都に連れ帰るという事であれば、勿論支出として分けていただく必要も、いえ、お借りしているわけですから私たちで支払うのが。」
「いいえ、オユキ様。そこまでを含めての予算ですから。」
「であれば、その枠でどうぞ裁量を。金銭という意味では、かなり過分な物を頂いていますからね。」

贈られた物の中には、当然直接的な金銭というのもある。そもそも国を挙げた、近場からしか集まれず、人数も限られていたがその大会の1位と2位だ。王都で散々魔物を狩ったこともあり、貯めておくには不健全な金額が既に存在する。

「今暫くは、皆さまにお手数かけますが。」

そして、僅かに生臭さの生まれる話が終われば話題は次に。そうして随分と久しぶりに感じるほどにのんびりとした時間を過ごす。
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