憧れの世界でもう一度

五味

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10章 王都の祭り

短い日々

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「おー、これか。」

切り捨てたグレイウルフ、その影が消えた後に残されたこれまでに見慣れた魔石、それともまた違うものを拾い上げる。

「にしても、やっぱ、大量にってわけじゃないよな。」
「ええ。その辺りの厳しさばかりは。」
「そりゃそうだ。でも、これなら見間違えねーか。」

危なげなく、そう評してもいい練度になって来てはいるが、やはり今もこうして大いに油断を見せる。
周囲には未だに魔物がいるというのに。喜ぶ気持ちはわかるのだがと、トモエは声をかける。

「さて、シグルド君。まだ戦場です。」
「ああ。悪い。」

そうして指で持ちしげしげと眺めていたそれも併せて袋に放り込み、後ろに控える一団の下へと歩いていく。少し段階を進めたこともあり、ここしばらくとはまた受け持ちが変わっている。一月に満たないほどではあるが、先輩である5人の少年たちをトモエが、後から加わった7人をオユキが。それぞれに連れて魔物の狩猟を行わせる。
視線を少し離れた場所に向ければ、まだまだ危なっかしい動きで、どうにか複数のグレイハウンドを相手取っている。そんな様子が視界に入る。
トモエの見る少年たちにしても、未だ15程。向こう側、一人を除けば10を超えて幾年か。短い期間ではあるが、その年ごろであれば、その長さがどれほど重たいかがよくわかる。

「トモエさん、私、シエルヴォを狙ってみたいです。」

オユキに教えるためにとトモエも長刀を扱いはするが、やはり彼女たちよりも背も低く華奢な見た目のオユキが自在に振り回す。その姿にやけに感銘を受けた様子で、今となってはすっかり気に入って使っているセシリアがそんな事を言い出す。

「今なら、一人でも相手取れるかとは思いますが。」

少年たちはそのあたりの判断をすっかり預けてくれているため、そう言い出すのはやはり珍しい。

「その、本当に人気があるみたいですし、お世話になっていますから。」
「そうですね。確かにこちらに来てから教会には納めていませんでしたね。」

既に5日前。神殿に向かった時には、公爵家に納めた物からいくらかが回されたが、それは彼女たちの物としてではない。作った果実を漬け込んだ酒にしても、材料の用意は、あくまで公爵家によって行われていた。

「それと、メイ様も。」
「晩餐の席で、喜んでいただけていたようですからね。」

どうしても作法を習う場、それ以外は現状に対する話し合い。そういった物に終始してしまうが、やはりそれに花を添える食事というのは喜ばれるものだ。

「そうなると、数が要りますね。一人でと、そう望みますか。」

しかしそうであるなら、相応の量の収穫が求められる。かつての草食動物、その面影はあるのに、人から逃げる事も無い不可思議な生態をしているため、そこらにいる群れに適当につっかけてしまえば数は十分。ただ、一人でとなると数十分、一体を狩るのにその程度はかかるだろう。流石にそれでは悠長にすぎる。

「えっと。でも、最初は。」
「分かりました。」

トモエが言いたいことは分かっているらしい。そうであるなら問題はない。それこそ乱獲すれば、喜ぶものは多い。特に既に3日後に控えた新たな王族の誕生。民衆にとっては。しかし一部の事情を知る物にとっては、まさに世界の変化を告げる子供のお披露目と、その誕生を祝う祭りがおこなわれる。
町中、門から入ってすぐのあたりは、既に少々教育に悪い有様となっている。

「良いんですか。」
「ええ。ただし。」
「はい。怪我をしそうになったら。」

勝てるとは告げずに、今はただ問題があると判断すれば割って入るとだけ告げる。そして、側にいる護衛に視線を向ければ、心得ているとばかりに動き出してくれる。

「そうですね、時間を取って、皆さんにも聞いてみましょうか。」

乱獲する、それを行う頭数は十分ある。公爵からも定期的に大量にと言われていることもあるし、使い捨てるつもりの武器もある。遠く靄の中に見える影、森とは聞いているが、その手前を闊歩する少年達では未だに手が出ない近縁種もいる事だ。あちらにしても、以前は量も無かったため全て納めたが、有名な食材でもある。

「リーア以外は、やりたいって言うと思います。」
「アドリアーナさんは弓ですから、難しいですよね。」

さて、その生シリアにしても、マルタが追い込んでくる鹿に既に視線は向けている。肩に少々力が入ってはいるが、その辺りも実感するのが良いだろうと、声を掛けない。少年たちにしても、一つの明確な目標が先にあるのだ。そうなるのも仕方がない。そしてそれを良く導くのが、それこそ年長であり師であるという物だ。

「角と、足。」
「はい。一先ずは、それを念頭に。」

恐らく、この討伐が終われば、セシリアについては今日の狩猟は終わりとなるだろう。ならば、まぁ、大事に、それこそ先の事に影響が出ない範囲までは見守ることとする。
オユキの見ている方では、ファルコだけが参加をするつもりであるが、彼にしても良い影響になるだろう。それで腐らなければ。最も、そういった気性では無いようであるから、そちらにも不安はないが。
周囲に気を配りつつ、この後の予定を考える。そんなトモエの前では、さっさと進路を変えたマルタを追い切れず、セシリアに向かって鹿が突進していく。
魔物以外を見ればそちらに、そして中でも弱いものに、そんな不思議にもほどがある事を行う。どうにも、多少のこざかしさを持っている種もいるが、基本はそれであるようだ。ならば加護も含めた強さ、それにしても基準がなにかもわかった物では無いが、そういった物を計れるのではないかと、そんな事を考える。
あまり趣味の良い方法ではないが、尺度として、少なくとも魔物は行えるそれを解明する、そのような研鑽は無かったのだろうかと。
さて、思考で遊ぶのはやめてと、改めて監督に戻れば、やはり攻めあぐねている。頭には普段の動きがあるが、一人で初めて相対する緊張と、意気込みから来る強張りと。それらを持て余しているようである。
ただ、目が良く、体も柔らかい。恵まれたその資質でもって、どうにか凌ぎながら、隙を見て少しづつ削っている。
少年達の方は、この現状をどうとらえているかと思えば、振り返らずとも声援が聞こえて来るし、緊張の気配も伝わってくる。
その辺りは、実に良い仲間意識を持っている。他方も、何やらオユキが動きを止めさせ見学させているようである。そちらにしても、良い目標であり、自身に繋がるだろう。
おやと思うのは、やはりこちらにおける加護、それを計り違えたことくらいだろうか。予想した時間よりも早く片が付きそうではある。それでも、かつて、初めて彼らを見た時、その有様を目の当たりにしたとき。それの半分とまではいかないが。

「ほんと、たった三ヶ月ほどで、よくもここまで。」
「加護が無ければ、流石に難しいでしょうね。」
「それにしたって、はやいと思うぞ。」
「いえ、まだまだです。私たちがいない、その状況を作れば。」
「あー、まぁ、そうなるだろうな。ま、それについては戻ってからだろ。あいつらも分かってるみたいで、まずはなれないしな。」

最初の出会い、なかなか強烈な物であったが、何とも良くなつかれたものだと、そんな事をトモエは考える。

「それと、先ほどシグルド君が。」
「ま、希少にはなるわな。一応他からも報告が上がっちゃいるが。」
「取り扱いは決まったのですか。」
「魔物からだ、一時窓口としては狩猟者ギルドだな。後はまだもめてるところだ。」

流石に数日で決まる物では無いらしい。オユキも助言を求められ、あれこれと話し込む姿をよく見かける。

「既に試したのですか。」
「ああ、なんというか、効率は悪いがな。」
「それは、オユキさんも指摘していましたね。」

そう、如何に神の奇跡と言えど、いや、だからこそ都合のいい物では無い。

「まぁ、今後の積み重ね次第というのもあるだろうが、結局一から作るのと手間は変わらないと言われたからな。」

そう、新たに得たつるりとした、ごつごつとした魔石と違う新しい石は、欠けた部分、その補填を行うものに過ぎない。溶かしたそれと共に、改めて型にはめれば元の形を取り戻しはするが、やはりそこから研ぎもいるし、調整もいる。

「使う側として、どんな武器であれというのは嬉しい物ですが。」
「それもなんだが、何やら必要な量が変わりそうでなぁ。オユキが言うには、闘技大会に合わせて、武器の持ち手が別で貯められる功績、それを支払う形で簡略化できる可能性があると聞いちゃいるが。」
「てっきり、あの魔術文字の刻まれた物が、形を変えると思っていましたが。」
「そっちは、それこそ本来の使命を果たした人間、その元居た場所まではあの形だろうな。」

さて、そんな事をアベルとのんびり話していれば、危なっかしいところは多く、少々の切り傷を作ったセシリアが鹿をようやく仕留めきる。
大きな獲物でもあり、遠くからも良く見える事だろう。上がる歓声とは裏腹に、その場に座り込む少女にトモエが声をかける。そうしながらも、きちんと落ちているものに手を伸ばしているあたり、シグルドほどの粗忽さはない。十人十色とはよく言った物で、本当にそれぞれ性格が違うものだ。

「お疲れ様でした。いつも通り、それが難しいと改めてよくわかったでしょう。」
「はい。でも。ここまで一人でやれるようになったんです。」
「ええ、胸を張って技を競う場に立つ、そのためにと過剰な緊張があったのは分かっていますとも。」

少し前、人同士が剣を向ける、それに迷いを見せていたがメイや少年たちとの会話で吹っ切れたらしい。オユキがそっと実際の試合、それがどのような物か。いつもの顔に説明する体を取りながら少年たちに聞かせたこともあるのだろうが。

「やっぱり、分かりますよね。」
「ええ。ですが、今は胸を張りましょう。神々も、それを認めて下さっているようですから。」

すっかりおなじみになったハンティングトロフィー。散々に斬りつけたせいかボロボロではある物の、実に艶やかな毛皮が残っている。

「はい。でも、皆と話したんですけど。」

疲労は深い物だろう。普段よりもかなり遅い動きで、落ちているものを拾い集めながら、セシリアが呟く。

「最初にトモエさんやオユキちゃんと当たったら、どうしようかなって。」

それについては、まぁ、どうにもなるまい。分かり切った結果を突きつけて終わらせる、師としてはそれ以外に手立ても無い。
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