憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
329 / 1,235
9章 忙しくも楽しい日々

神殿へ

しおりを挟む
月と安息の教会は何事も無くというほどではなかったが、これまで通り、そう呼べる範囲で事が終わった。
今回については、果実を漬け込んだワインや蜂蜜酒等、少年たちも用意したものであるため持祭の位を頂いているアナが一同の代表として納める事となった。どうにも、実際の作法を知らぬ異邦の身から見てもぎこちなさの残る仕草ではあるが、それこそ同行者の存在を考えればやむを得ない物ではある。
実際、アナも最初は辞退しようとしていたのだが。
生憎と司祭は留守、今頃は王城や離宮で神像の手配に奔走しているのだろうが、助祭の助けを借りながらもアナは見事にやり遂げた。備えた酒が早々に召し上げられた、その様子に見守っていたものから静かなどよめきが上がり、その後は分かりやすい奇跡、神が好んだものを捧げた少女に歓声が上がる。少しすれば王妃によって治められはしたが。

そしてそれが終われば、早々にその場を辞し、次は神殿と急ぎ移動を行う事となる。
しばらくすれば馬車の揺れも感じられるほどになり、それをもって、町の外に出たのだと気が付ける。

「未だ貴き方々の積み上げた、この町の威容は思いをはせるしかありませんが。」
「ええ、水と癒しの女神、それを祀る神殿は壁の外です。」

オユキの知る時よりも、王都はかなり大きくなっている。それこそ重要施設、てっきり組み込んだものとばかり思ってはいたのだが。

「さて、先ほどの一件ですが。」
「公爵様には、既にご説明を。」
「神々がああもすぐに召し上げる品ですもの、さぞかし良い物なのでしょうね。」
「どう、でしょうか。」

見た事がないのか、特別を思っているのか。しかしオユキとしては、良い物かと言われれば首をかしげる。そう答えたときに、王妃の目が鋭くなるのは、やはり軽視していると取られての事ではあろうが。

「私どものいた土地では、飲み切れなかったもの、香りが弱くなったから、空気に触れて味が変わったからと。そういった工夫から始まった物なのです。完成品に対して、他を加えているわけですから。」
「成程。」
「勿論、そこから発展した工夫、先人たちの積み重ねはあったでしょうが。」
「専門家でもなく、こちらに来たばかりのあなた方では、そういう事ですか。」

酒を嫌う神は、味の好みはあるようだが、今は出会った事も無い。それに単独で好む果実の香りがつけば、より嬉しい。まぁその程度の物ではあるのだろう。実際に用意している時に、公爵家の料理人が興味を持っていたようだし、今後そういった研鑽もあるだろう。そしてそれは派生を多く持つものでもある。

「ご期待に沿えず、申し訳ありませんが。」
「異邦の知識、ここまでの道すがらも聞いていましたが。」

そこからは、やはりあれこれと聞かれるままに応えていく。王妃としてということもあるのだろうが、話題として好むのは菓子や服飾といった物を求められる事が多い。恐らくどちらも変則的な場ではあるが、茶会の席としてよくある話題ではあるのだろう。
ただ、特に後者については、説明が難しい。

「やはり聞くだけでは。」
「申し訳ございません。」

そう、装飾の意匠を口で説明と言われても、実に困難である。菓子の類にしても、レシピの概要、主に使う材料などはなんとなく覚えてはいるが、さて味はと言われても。

「ただ、貴女は陛下の抱える異邦の者とは、また知識の方向が違うようですね。」
「御身の無聊を慰められているのであれば良いのですが。」
「異なる世界、そこで暮らす者達。そこで得た生、確かに世界の全てをという訳にもいかないのでしょうが、何とも。」

まぁ、彼女がため息をつく理由も分かる。そもそも知識というものの積み重ねが長くなった結果として、実に細分化されている。そして、分けられるだけあって、共通項はあっても異なるのだ。
菓子の説明にしても、オユキがしたものではなく、詳細なレシピ、来歴、そういった物に詳しくそちらを主体に応える物もいた事だろう。あくまでオユキはトモエや子供たちが喜ぶからと、出先で買い求めた程度でしかない。その折に付き合いで口にする、その程度。
そんな話を続けていれば、馬車の揺れもわずかに感じていたはずが、無くなりだす。目的地に着いたようだ。
ここまで王妃が直接求め、オユキの与えた口実は二つ。しかし直接つながる言葉は残さなかったため、後はそれこそ公爵家との交渉が行われるだろう。そして、それを晩餐の場で行うために今こうしているのだと、それくらいはわかる。
実際には、興味の赴くままに調べ、詳細を知っている事柄についてもぼかした。トモエが作れる物についても言及していない。異邦の者を抱えているとはいっても、それであちらの全てがわかる物ではやはりない。伝えて実演を、その口実を与えず、再現には別の者の、こちらでそれらの技術を持つものの手が必要だと、そう取れるように答えている。
其処は相手も百戦錬磨。オユキの思惑は十分に伝わっているようで、時折目が可愛げのないと、そう訴えてくるものではあったが。

「さて、こちらでは相応の事が有ると、そう聞いていますが。」
「予想はありますが、実際には私共も存じ上げず。」
「こちらで対応はしましょう。ですから。」

分かっていますね、そう告げられてしまえば、頷くしかない物ではある。

「そちらは、どうぞ公爵家と。今夜同席の栄誉を頂けると、そう伺っておりますので。」
「決まれば断らない、今はそれで良しとしましょう。」

どうにか乗り切れたようで何よりと、侍女が先に降り、後は呼ばれるままに馬車の外へと。オユキとしては過去に見た物でもあるのだが、やはり神殿の美しさ、異邦の地ではありえないその佇まいは息をのむものである。
水と癒しの神の膝元、その神殿。陸地にあって水の中。それを文字通りこの神殿は叶えているのだから。

「これは、何とも。」

先に降りたトモエが、見上げたままに茫然と呟くのを聞く。時間が無いのは確かだろうが、ある程度の時間は頂けるようで、足を止め目を見張るこちらを待ってくれるようではある。
半球状の水、そのドームの中に存在する神殿。それを包む水の中には花が流れ、水草も浮いている。地に根を張っているわけでもないのに、このみずみずしさはどういうことかと、そう言うしかない。合間には陽光をきらびやかに反射する色とりどりの魚も泳いでおり、ガラスで、容器で覆われているのなら、水族館の様な有様ではある。神殿を包む物とは別に、その上方、神殿に比べれば小さいが、それでも家屋程度は簡単に飲み込める大きさの水球が浮いており、神秘的な光を柔らかく放つそこから、水がとめどなく流れている。
溢れた水は何処に行くのかと少し視線を逸らせば、左右に川として流れている。其処も実に丁寧に手が入れられているようで、河沿いに背の低い木が植えられ、その緑の隙間からは、色とりどりの花が顔をのぞかせている。

「美しいものですね。」
「ええ。」

神殿そのものは、異邦にもあるような、神殿と聞いて想像する円柱の柱がただ立ち並ぶものではなく、これまでの教会と作りとして大きく違う物では無い。くすんだ茶色の外壁、背の高い門。スペインの教会と言えば直ぐに思い当たる物もあるだろうが、そちらではなく、12世紀ごろに建造されたものによく似ている。荘厳さは確かに感じさせるものではあるし、これまでに見た教会とは違い戸も閉じられ、それを守る人員もいるため、確かな圧もありはするが。それ以上に親しみやすさを感じさせる。

「その、これはどの様に。」
「どういった理屈かは分かりませんが、問題なくはいれますよ。」

泳ぐ魚、流れる水中花、それらを見れば教会が完全に水に沈んでいるのは分かるものだろう。

「何とも、相変わらず不思議な物ですね。」
「さて、待たせているようですから、そろそろ。」

少々時間を取っているのは事実。あまり待たせるものではないと、オユキはそうトモエを促す。
また後日、改めてゆっくりと来ればよいのだ。
参拝客向けだろう。神殿に入らずとも寛げるような、そういった広場も用意されている。それこそピクニック気分で、許可を得られたらそうして楽しむのも良い物だろう。今日そういった人影が無いのは、確たる理由が側にある。既に他の馬車からも人が続々と降りて、荷物を下ろしたりと動き始めている。

「ええ。そうですね。」

少年達もメイに連れられて馬車から降りているが、それぞれに反応を示してはいる。大声を上げる様な物ではもちろんないが、まぁ、流石に大きく開けた口は閉じられても仕方がない。
教会で暮らすのだから知識があっても、そうは思うのだが。そこでふと、カメラがこちらに存在しないことに今更オユキは意識が回る。やはり、実現できていないようだ、その事が残念ではあるのだが。

「さて、それでは参りましょうか。ここで一つ。大きなことも終わりです。」
「そうですね。やはりもう少しゆっくりと楽しみたいですからね。」

そうして歩き出せば、こちらを確認した侍女が改めて先導を開始する。既に話は通っているようで、場を守る騎士から咎められることも無く、一同でただ不思議な水の中へと歩みを進める。以前はオユキにしても、ゲームだからと、その前提はあったが。現実として水の中に歩みを進め、その感触に改めて驚きを覚える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

【完結】シナリオブレイカーズ〜破滅確定悪役貴族の悠々自適箱庭生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
【ファンタジーカップ参加作品です。清き一票をお願いします】 王国の忠臣スグエンキル家の嫡子コモーノは弟の死に際を目前に、前世の記憶を思い出した。 自身が前世でやりこんだバッドエンド多めのシミュレーションゲーム『イバラの王国』の血塗れ侯爵であると気づき、まず最初に行動したのは、先祖代々から束縛された呪縛の解放。 それを実行する為には弟、アルフレッドの力が必要だった。 一方で文字化けした職能〈ジョブ〉を授かったとして廃嫡、離れの屋敷に幽閉されたアルフレッドもまた、見知らぬ男の記憶を見て、自信の授かったジョブが国家が転覆しかねない程のチートジョブだと知る。 コモーノはジョブでこそ認められたが、才能でアルフレッドを上回ることをできないと知りつつ、前世知識で無双することを決意する。 原作知識? 否、それはスイーツ。 前世パティシエだったコモーノの、あらゆる人材を甘い物で釣るスイーツ無双譚。ここに開幕!

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

元四天王は貧乏令嬢の使用人 ~冤罪で国から追放された魔王軍四天王。貧乏貴族の令嬢に拾われ、使用人として働きます~

大豆茶
ファンタジー
『魔族』と『人間族』の国で二分された世界。 魔族を統べる王である魔王直属の配下である『魔王軍四天王』の一人である主人公アースは、ある事情から配下を持たずに活動しいていた。 しかし、そんなアースを疎ましく思った他の四天王から、魔王の死を切っ掛けに罪を被せられ殺されかけてしまう。 満身創痍のアースを救ったのは、人間族である辺境の地の貧乏貴族令嬢エレミア・リーフェルニアだった。 魔族領に戻っても命を狙われるだけ。 そう判断したアースは、身分を隠しリーフェルニア家で使用人として働くことに。 日々を過ごす中、アースの活躍と共にリーフェルニア領は目まぐるしい発展を遂げていくこととなる。

処理中です...