憧れの世界でもう一度

五味

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9章 忙しくも楽しい日々

王妃

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「各々方、直答を許すと仰せである。」

使用人の努力によって、これまで夕食とマナー教室の場となった広間はすっかりと様変わりしていた。
屋敷の玄関、その大広間で待つものかと、それこそ映像作品で見るように並んで頭を下げるのかと思っていたが、逗留している者が行うことは無いようであるらしい。先にそちらで一同並んで頭を下げて待っていたところに、待ち人が来てから早々にそのように側仕えに告げられる。
待ち人は上品な婦人という形容が、これ程までに当てはまる人物もそう相違ないだろう。そう思わせる相手であった。

「何分急な事、事は神々の配剤。準備が不足しているのは重々承知である。」

そこまでを告げた側仕えが脇に下がり、王妃その人が前に進み出る。

「皆、楽に。出迎えは喜ばしいのだが、急かさねばいけません。」

それについては、まぁ、どうしようもない事ではある。加えてそれをさせる原因となった身である以上、オユキ達には異論があるはずも無い。面を上げる許可は得られたため、王妃の後ろに控えりメイの視線から顔を背ける事も出来ない。心労だろう、一週もたっていないというのに、少々やつれた様子が見える。

「久しぶりに見る顔もあります。少し話をしたくもありますが、それは後にしましょう。」

そう告げた後、直ぐに踵を返し部屋を後にする。それを見送ると少年たちから、安心したような吐息が聞こえはするが、こちらもすぐに動かなければいけない。流石に直ぐに後を追う訳にもいかないが。
公爵夫人は生憎と同道できないが、これから晩餐に向けて場を整えるという大仕事が待っているのだ。それを望むのはあまりに酷ではある。道中の補佐役として、屋敷の管理、加えてオユキ達の側役を行ってくれている執事がついてくれてはいるが、あくまでもその職分を超えたことは出来ない。まだまだ足りない教育、その補佐を行うだけだ。
そして、意外な事にと言えばいいのか、あの王太子の親らしいと、そう言えばいいのか。案内された先には、王妃その人が優雅に座席について寛いでいた。

「さ、どうぞお掛けになって。」

こちらの馬車には、オユキとトモエ、それからアイリスの三人だけが案内されている。アベルは警備の責任者であるため、そもそも別枠であるし、少年たちはファルコと共に、メイと同じ馬車に乗っているだろう。子供たちについては王妃の側仕えが乗る馬車に案内されていた。騎士志望、それは伝えているし、優先権は今の所どこともはっきりしていなかったが、彼らについてはそういう事になるのかもしれない。10を少し超えた少女が4人、少年2人。確かに、色々と手ごろな存在ではある。

「どうぞ、お寛ぎになって。あなた方は我が子、我が孫の恩人ですもの。それに敬意を払わぬ様な、愚物ではありませんから。」

その辺りは生前と変わらず、二度目の促しで、各々が席に着く。馬車の中だというのに、当たり前のように机も用意されており、席につけば侍女が飲み物を用意する。
流石にそのあたりは魔術によるものであったが。

「それと。改めて、名を。」
「御身のご厚情にまずは感謝を。私はオユキ、こちらがトモエ。ともに異邦からの流れ者です。それから、私と同じく有難くもお役を頂いたアイリス。王妃様の慈愛溢れる庭だからでしょうか、これまで実に多くの良き出会いに恵まれました。」
「色々と、気が付いたとか。」
「それでも、これまで出会った人々、その素性を育む土壌に注がれた御身のこれまでは陰る物では無いかと。」
「まぁ。」

修辞は行っているし、そうではないこともありはしたが。それでもここまでオユキとトモエ、二人が大いにこちらを楽しめていることに変わりはない。それができる環境を整えた為政者への感謝、それを示す事にも否やはない。
こういった悪戯については、悪癖というか、愛嬌というかは難しいところではあるが。

「改めて、私からもお礼を。」

王太子と違って、軽い会釈ではあるが、それにしても過大な事ではある。

「もしもの時は、私の仕事となったでしょうから。」
「かかる負担を、少しでも取り除けたのであればこの地で暮らす者として、これ以上ない喜びです。」
「ええ、そう答える物でしょう。後程改めて渡すものもあります。陛下からの勅使を立ててとなりますが。」

生憎と、時間がありませんでしたから、今日のところは。そう続けられてしまえば何を言えるものでもない。急かしたのはオユキ達だ。

「改めて、本日は急な事にも関わらず、ご足労を賜りまして。」
「良いのです。神々への奉仕は、それこそ我らがなにより全うすべき勤め。何程の事でもありません。」

ただ、疲労の色はやはり隠せてはいないし、零れるため息については誰も咎められる物では無いだろう。表向きの事は国王陛下その人の仕事になるだろうが、体はやはり一つ。

「さて、晩餐で改めて話すこともあるでしょうが、今は楽に。道中時間もあります。色々と話を聞きたいものです。」
「御身が好まれる話、茶菓のお供にと願いはしますが、生憎と浅学の身の上。」
「確か、随分とトロフィーを得ているとか。」

さて、早速かとオユキとしてはそう思うしかない。トモエはオユキが話しかけられている以上はと、口を挟む構えは見せないし、アイリスに至っては我関せずといった風である。
それもそれで、貴人の前ではどうかと思わないでもないが。

「日々の務め、それに対して確かに神々からの恩賜を。」
「ええ、我らの孫、そちらにも実に見事な品が。」
「こちらに来てからは、未だに日が浅くはありますが。いくらか得た物もございます。既に軒を借りている公爵家、ギルドに納めておりますが。」
「成程。」

珍しい毛皮、それを求めるのであれば野生動物ではなく、こちらでは確かに魔物となるのだろう。継ぎ接ぎとはいう物の、それこそ糸を見せぬように縫い合わせる技術はこちらでもあるだろうが。だからと言ってそれを求めぬという訳でも無いのだろう。
その先に続く流れは分かり切っているため、オユキはただただのらりくらりと答える。積み重ねた物は、さて、どちらが上だろうか。

「無論、過剰に望むものではありませんが。」
「王妃様のお求めとあらば、多くの狩猟者が腕を振るうものでしょう。」

思えば、オユキはこれまで全く気にも留めはしなかったが、こちらでも商人から仕入れの依頼などもあるはずではある。
そこに王家からの物が並べば、飛びつくものは実に多い事だろう。

「広く出してしまえば、では誰がと。そういった不安もあるのですよ。」
「やはり王家の威光、それに浴する栄誉は誰もが求める物でしょう。」

どうやらこれまでは、そういった不安。暴走するだろうと、そういう考えからやめていたのか。それとも過去に実際あった出来事なのか。どちらにせよ、難色を示すものであるらしい。アイリスから何をやっているのかと、そんな視線も感じはするが。
オユキとしては、この場で言質を与えない。つまり引き受けたという実績を作らない、それに終始しなければいけないのだから。如何に公爵と王家の間で話がついていたとしても、別の要因が生まれれば話は変わる。
つまり、このあたりも以前公爵が想像よりも見苦しい、そう言い切るにふさわしい人材の切り取り合戦、その一端なのだろう。オユキとしては、そういった思惑は分かっていますよと、目に意思を乗せてただ相手にもわかりやすい回避の手を取り、行動としてもそれを伝える。
正直なところ、オユキ達にとって仕える先、仕事場としてみたときに大差はないのだが。先に応えた側への不義理を影でするような、そういった真似を好むような性格でもないというだけだ。

「分かりました、その辺りは後程食事の席で。」
「畏まりました。先日シエルヴォから得た肉もあります。お楽しみ頂ければと、そう願うばかりではありますが。」
「まぁ。」

ようやくそのあたりを諦めた、表層ではそうすることを選んだ王妃にオユキが告げれば華やいだ声が上がる。本当に好まれる食肉であるらしい。

「それは、喜ばしい事ですね。」
「今頃、公爵夫人の指揮のもと、御身への場を整えているかと存じますが。」
「ええ、では楽しみにしていましょう。」

さて、少年たちの方はメイと一緒。ようやくとばかりに、今後の進退についての話も出ているかもしれないが。さて、オユキ達の行状についても聞きたいというのも、本音であろう。勿論リース伯爵には話は通っているだろうが、メイ相手には今後の事が優先されているはずでもある。
時間が許せば夕食までの間、メイとも気安い席を用意されることにはなるだろうが。そればかりはこれからのこともある。どうにもオユキは王妃と公爵夫人の席に呼ばれそうでもある。
どうにも、こうして突然初見の相手を席に招くだけあり、悪戯気な色はその目から隠す気も無いようでもある。着地点は、折に触れて公爵経由でと言う事になりはするだろうが。他の狩猟者はとそこまで考えはするものの、腕が立つものはそもそも一所に居つくような類ではない。
それこそ、異邦の者からであれば、尚更ではあるだろう。

これまでとは違い、馬車はゆっくりと進む。会話の種もあれこれと変わりながら、主に異邦の話をせがまれる、そういった場所に着地を見たが。そして、用意された飲み物が無くなるころには、馬車も止まる。
オユキとしては、トモエもそうではあるが、この一連は手早く片付けて、各々の事をしたいと、そう思わざるを得ない物ではある。やりたいことは、それこそ王都。この国一番の都市、やりたいことはそれなりにあるのだから。
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