憧れの世界でもう一度

五味

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8章 王都

マナー教室

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「いや、スゲーな。」

さて、立ち居振る舞い、それについての教育はトモエ、オユキ、アイリスと早々に抜け、それを見たシグルドからそんな言葉をかけられるのだが。

「体の制御の事ですから。要はこういう型と、そうするだけです。」
「あー、いや、言いたいことはわかるけど。」
「お三方は少々動きが鋭すぎますわね。その矯正までは時間が足りないでしょうから、少し余裕を、そうですね、わざと動作を遅らせて行うといいでしょう。では、あなた達、もう一度王への礼からです。」

リース伯爵夫人、つまりメイの母であるが、彼女を教師役として絞られている。

「ああ。でも、教会で習ったのと全然違うな。」
「ね。何か理由があったりするんですか。」

以前に見たときにぎこちなさは見られたが、一応及第点、そうであったはずが今は少年たちがかなり苦戦している。
特に慣れた動きが出てしまうため、そうなっているのだが。

「教会で習うものは、教会に向かえるための振る舞いですし、他へ行くときは高位の神職に向けてですからね。
 今回の様に、伺う時とはまた違うのです。」
「へー。案外色々理由があるんだな。」
「理由もなく決まりなどできませんよ。ええ、良くなってきましたね。」
「あんちゃんが型って言ってたし。」
「一応礼を心中では持ってくださいね。」
「うーん。」

あまり形ばかりではとトモエが声をかけると、しかしシグルドはそれには直ぐに頷かない。
それに伯爵夫人が怪訝そうにするが、まぁトモエとしても言いたいことはわかる。

「確かに直接ではないので分かり難いかもしれませんが、騎士を束ねているのも、狩猟者ギルドも、ともすれば教会への補助も、国王陛下の御心によるものですよ。」
「おー、そっか。成程。」
「そういえば、そうだよね。国の事、私たちの事、色々してくれてる方ですよね。」

其処が納得できたからか、所作に一段と滑らかさが生まれる。
伯爵夫人は、その様子を見て手に持つ扇で口元を隠して目を細める。

「距離が遠い、今の状況ではやむを得ないかと。」
「ええ、これは我らが反省すべきことなのでしょうね。」
「今でも過剰と、そう分かるものではありますから。」

メイについては公爵と伯爵に連れて行かれて以降顔を合わせていない。
そちらはそちらで、今色々と詰め込まれている事ではあろうが。

「娘とは気安い関係のようですから、やはり分かり易い仕事、それもいるという事なのでしょうね。」
「異邦であれば、それこそ慈善活動、芸術の保護、そういった事をされていたようですが。」

そうは口にするものの、特に後者、芸術、以前であれば、プレイヤーではあったが町の広場で歌声や芸事を披露するものや、それこそ絵画や彫刻といったものに手を出していたものもいたはずではあるが。
まぁ、そういった者が十分に目に見えるようにするには、そもそも人が足りないのだろう。

「今後は、そういうこともあるでしょう。」

返答は、つまりオユキの想像を肯定するものである。

「はい、そこまで。ひとまずは良しとしましょう。明日出発の前にもう一度確認をします。」
「おう。にしても、スゲーな。あんたは全部覚えてるんだもんな。男女で違いがあるのに。」
「言葉遣いは、今後でしょうね。勿論ですよ。それこそ子供のころから散々に教えられますから。
 それが家を守る役目、そういう事です。」
「あー、そういや、あんちゃんが領都でなんか言ってたな。」
「立ち居振る舞い、あの時は食事に絞りましたが、それでその相手が教育を受けたか、そういった所作の教育を得られるだけの余裕を持って生活していたか、そう判断できるものですからね。」

そして貴族、そう求められる家庭であれば、それは出来て当たり前。そうみられる。

「えっと、それで、私たちが出来なかったりしたら。」
「そこまで気にしなくとも宜しい。こちらを慮るその有り様は嬉しく思いますが、私は良しとそうしたのですから、その責は私が負うべきものです。」
「その、えっと、どうにかきちんとやりますね。」
「ええ、それで十分ですとも。さて、この後は食事の場での振る舞いですね。」
「あー、それか。教会だと食器が足りないからって、やってないんだよな。」

金属が手に入らない、そんな町では確かにそれは習うことは出来ないだろう。修身があるとそのような話ではあったから、貴人向けには備えがあるのだろうが。

「お手数をかけますが、席を分けて頂く事は。私共は話があるでしょうから。」
「そうですね。そのほうが良いでしょう。」
「あー。そっか。えっと、俺らも頼めるなら頼みたいことがあるんだけど。」
「あら、そうなのですか。」

そう伯爵夫人に尋ね返されてシグルドが何か言う前にアナが割って入る。

「その、司教様からこちらの教会へのお使いを頼まれているので。」
「先ぶれと、足の用意ですね。私から伝えておきましょう。」
「ありがとうございます。」
「その、未だ日程が定まらぬことですから、連絡そのものはまた後日改めてお願いさせて頂いても。」

少女達が喜んでいるところに水を差すのは悪いと思いながらも、オユキがそう声をかければ心得ているとばかりに頷きが返ってくる。
そして食事の前に一通りと、テーブルマナーを確認されれば、そのままいい時間となり、見るからに疲労していると分かるメイを伴った公爵、伯爵と共に食事の席に着く。
少年たちは夫人とともに別室で絞られているのだろうが。

「お疲れのようですね。」
「ええ。流石に。」
「無理もない事ではあるが、まぁ、我らが前に立てるところは前に立つ。」

誰も彼もが降ってわいた作業に四苦八苦といったところであるらしい。
テーブルマナーそのものは、生前の西洋式、フランスの物が採用されているらしく、オユキ達としては特に不自由なく作法を守ることができる。
アイリスにしてもそのあたりは心得ているようで、こちらでは精々席に着いたもの、その誰から口に付けるのか、要望をどういった手順で伝えるのか、その程度の事を改めて意識するだけで済んでいる。

「ああ、それと王城から遣いが来てな。神殿の司教より、短剣と神像については御子二人から直接と、そういう事であるらしい。」
「では、それについては後程。しかし宜しいのですか。」
「神より下賜された品である故な。」

どこの誰とも知れぬものが、王の前で武器を持つ、流石にそれはどうかと思わないでもないが、そこはそれという事であるらしい。

「それにしても、神像もですか。お役目を頂いているのは、戦と武技の神ではありますが。」
「明日は、月と安息の女神を奉じる教会から司祭も城に上がる。」
「何とも。まぁ。」

少々どうにもならぬ流れ、そのような物は確かにあったし、多少の誘導はオユキとしても行いはしたが、まったく実に大事になったものだ。

「それから、今回は始まりの町を任せた物についてだが。」
「はい。」
「まずは経験を積ませねばならぬ。どうにも知識の齟齬、それがあると我も感じる故な。」
「本人も否は無いでしょう。こうして今後をお約束頂けるのですから。」
「場所については、リース伯爵と改めて話し合いをもつこととなる。それとも望みの地はあるのか。」

聞かれて、オユキはそういえばそれを聞いていなかったと、そう思うが。
しかし、ミズキリ自身が口にしなかったという事は、彼もまだ何処とは定めていないのだろう。
利便性を考えれば、近い場所とも思うのだろうが、いや、こちらの貴族制について理解を深めていた当たり、腹案は別と、そこまで考えてから口を開く。

「独自の領、そう望むでしょう。」
「そうなるか。まぁ我の与えられる位もいくつかある、約束はできるが、まずは。」
「ええ、腰を据えて、その理解はあの者も。」
「その方らは、手伝うつもりかね。」

さて、そういう話も出るか。
メイが何やら視線を向けては来るのだが、それについてはオユキではどうする事も出来ない。

「トモエと話し合い、数か所、家を構えようかと。」
「成程。そういった案もあると聞いてはいたが、決まったか。」
「はい。始まりの町、領都、この2か所は。」

そう、何くれとなく忙しい中でも、夜時間を取って話して二人でそう決めた。
道場、トモエが技を教えるために場を設けるかについては、今はと、そうはなっているが。

「王都は、良いのか。空いている屋敷もある。」
「こちらを改めて見て回り、気に入れば望むかもしれませんが、手を広げすぎ、そうも考えてしまいますから。」
「ふむ。ならばよい。あちらの少年たちは、始まりの町を起点に、そうなるのであったか。」
「里心、それもありますから。」
「であれば、そう分ける事になるか。どの程度で独り立ちと、それを尋ねても良いのか。」

それについてはトモエが少し悩んでから応える。

「こちらの環境でははじめてとなりますから。最低限流派を名乗る許しは、2,3年もあれば与えらるかとは思いますが。」
「成程な。それで教えを広める事は。」
「申し訳ありませんが。」

それについては、ただトモエがすぐに断る。
少なくとも印状を与えられるところまで行かなければ、代理も務めさせられない。そういった物であるために。

「それを望むとなれば、どの程度かかりそうだ。」
「こればかりは、才もありますので。今はお答えできません。」
「その方ら二人では、数を育てる事も難しかろう。」

公爵、為政者、今後の領を富ませる、それを願うものであれば、そう考えるのも無理は無いのだが、そもそも前提から間違っているのだ。

「オユキは大目録、まだ他者に教えを授ける許可を持っていません。印可、印状迄行けば、目録伝授は許可できませんが、技を教える許可は出せるのですが。」
「よもや。」

どういった報告がなされているか迄は分からないが、それは事実でしかないのだ。
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