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三章 新しい場所の、新しい物
それも道の一つ
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シグルドは、乱暴に顔を腕で拭うと、強い視線でトモエに問いかける。
「なぁ、俺が試合をって言ったら、受けてくれるのか。」
それに対してトモエが困った顔をすると、断られるのかと、そう感じたのだろうシグルドが悲しげな顔になる。
トモエは、間を空ければ、受けると考えたオユキは先に口をはさむ。
「トモエさんは、今手首を痛めていますから。」
「ああ、そうなのか。その、悪い。そんなつもりじゃ。」
「その、望まれれば、もちろんお受けしますが。」
「いや、怪我してるんだろ、その、無理を言いたいわけじゃないんだ。」
ただ、少年の中では、何かくすぶるものがあって、飲み込み切れない物があるのだろう。
口ではそういいながらも、何かを持て余している、そんな風である。
「トモエさんと同じと、そういう訳にもいきませんが、私でよければ、お受けしましょう。」
「オユキが。」
「流石に技ではトモエさんに及びませんが、それでも。」
そこで言葉を切ると、オユキが改めて少し高い位置にあるシグルドの顔を、力を込めて見る。
「あなた程度では、届きませんよ。」
そう告げれば、シグルドは気圧されたように、数歩下がる。
それにトモエが、言葉を継ぐ。
「以前、異邦でのことを言うのであれば、トモエさんは私とは共通するものもありますが、異なる技を修めてもいますから。私が勝ち越していますけど、それでも私に勝つこともあったのですよ。」
トモエのその言葉に、シグルドだけではなく、その場にいる者が驚きをもってオユキに視線を投げる。
それに、気恥ずかしさをどうしても覚えながら、特に体型が全く変わってしまっているから、同じようにはできないと、届かぬ過去を語られるのは、やはり具合が悪いものだ。
「今はどうなるか分かったものではありませんが。それでも良ければ、お付き合いしますよ。
他の道、それもお見せできるとは思いますから。」
オユキがそうして、どうしますかと、視線で問えば、シグルドは頷いて答えて、訓練所、その中央へと歩き出す。
「では、皆さんも、よく見ていてくださいね。」
オユキはそう告げると、壁際に置かれた模造刀の中から、使い慣れた物に最も近い、幅が全く異なりはするが、長さは近く、重さもその幅の分だけと分かり易い、両手剣を手に取ると、シグルドの前へと向かう。
オユキはこれまで、こちらに来てからは、体躯にあった武器、トモエと連携の取りやすいものを選んだが、元々ゲームも含めて一番触れていたのは、それなのだ。
ただ、あまりに見た目にそぐわぬ、これまで見せたこともないその姿に、シグルドが向き合うオユキに驚いた顔を向けている。
「どうかされましたか。」
殊更力を入れずに、そう尋ねれば、シグルドは、不思議そうに声を出す。
「いや、使えるのか。」
「そうでなければ、選んでいませんよ。試合ですから、手加減などは望まないでくださいね。」
「構えも、これまでと全然違うが。」
「武器が変われば、変わる物ですよ。」
肩の高さで、剣を立てて構える、そんなオユキの姿に、戸惑いがあるのだろう。
渋るシグルドに、オユキは声をかける。
八双と流派によってはそう呼ばれる構えで、シグルドを正面に見る。
そうすれば、シグルドが戸惑いながらも構え、トモエの声で試合が始まる。
「では、始め。」
オユキを相手に、それも力がないと分かっている相手だ、試しとばかりに、緩く繰り出される斬撃に、オユキは一切の遠慮なく上段から剣をたたき込む。
年長として、先達として。
そうでなければ言葉で、もしくはやんわりと諭すが、今この場は試合の場、ならば最も分かり易く、苛烈なものが求められる。
そうとばかりに、脚から力を作り、腕迄通す。振り下ろす腕は、引き付けた反動から弾かれるように踊り、さらなる力を生む。回す剣は、上から下へ、その全ての力を受けてさらなる破壊力を、合わせて体を沈め、剣を下に引きさらなる速度を、重力、それも余すことなく。
全ての力という力、オユキが把握し、扱いきれるそれを、ただの一振りに乗せる。
遅れて振った剣は、少年の持つ模造刀を上から下へとたたきつけ、少年の手からも力任せに剥ぎ取り、地面を叩きつけ、砕く。
「その、侮らないでくださいね。」
刀を返さず、ただ驚くシグルドに前蹴りをたたき込んで、弾き飛ばし、声をかける。
「私は、あなたではとても敵わぬ程、強いですよ。
さぁ、替えの武器を取りなさい。今のは勝敗と、そう呼べるものですらありません。」
元の体型が、今と全く違う。
そこまで恵まれた体、というほどではなかったが、相応に上背があり、若さもあり、筋力もつければ身に着いたのだ。
そんな状態で、磨いた技がどのようなものか。
そんなものは決まっている、トモエのように柔らかな、返しを起点とした剣ではなく、ある程度力任せ、小細工をねじ伏せる、そのような剛の剣もオユキは修めている。
トモエにしても、修めてはいるが、これまでの慣れが、そうそう主として使わせることはないだろうが、それでもイマノルとの戦いの最中に、要所要所では使っているのだ。
「ほれ、代わりの武器だ、どうする、続けるか。」
アベルが代わりの武器をシグルドに差し出しながらそう声をかけると、ただ驚いたようにオユキを見ていたシグルドは弾かれたように立ち上がり、アベルから武器をひったくるようにして受け取る。
「当たり前だ。」
そう言うと同時に、アベルが離れ、シグルドが構える。
しかし、その構えは堅い。オユキの動きに対応できないほどに。
「全身に力を入れて構えろと、トモエさんは教えましたか。」
八双に構えて、踏み込みに合わせて、剣を90度寝かせて、そのまま横に振りぬく。
シグルドの持つ剣は、再び砕かれ、それだけでは収まらず、彼の手から離れ、遠くに転がる。
「ほれ、おかわりだ。」
それにアベルが手早く、シグルドに新しい模造刀を投げる。
頭をすっかり戦闘用に切り替えてはいるが、後で弁償しなければ、そんなことを片隅で考えるほどに、オユキは申し訳なさを覚える。
今度は、剣を受け取ると同時に、教えた構えの通り、ぎこちなさを残して振り下ろすそれを、柔らかくいなし、巻き込み彼の手から落とす。
「その、トモエさんと同じ技が使えないと、そういった覚えはありませんよ。」
オユキはシグルドの喉元に剣を突きつけてそう話すと、間合いを開ける。
さて、訓練の時は、あくまで教えるために、試合となれば、相応の苛烈さをもって。
シグルドにしてみればこのようなオユキには、初めて相対するだろう。
直ぐに武器を拾うと、再度切り込んでくる。
ついでは、その斬撃を真正面から砕くために剣を振ると、振る腕を緩めて流そうとする。
それを合わせた剣越しに感じれば、上からたたくその力を、強引に切り返して、真正面、少年に切っ先を突き込む。
そうすれば、シグルドは剣から手を放して、後ろに跳び、そこまでは良かったが、脚をもつれさせて転がる。
その少年のほうに、足元に転がる剣を弾いて転がせば、それを拾って、再び切り込んでくる。
そんなやり取りを少し続ければ、シグルドは息が上がり、汗をかき、見て分かるほどに消耗している。
このあたりで、切り上げるのが良いだろうと、オユキはその様子を見て、そう判断する。
この一合を最後にと。
そうであるなら、オユキの今の体、これまでの経験、過去に見た、ゲームの中、かつての現実、そういった全てを含めて、最も合っている、そう考える技を持って迎える。
疲労のおかげで、余計な力が抜け、それでも教えた構えに沿って振られたシグルドの剣は、確かにこれまで見た彼の斬撃の中では、最も優れた物であった。
彼もそれに手ごたえを感じたのだろう、深く集中する時間、粘度の高い液体を割るように、ゆるゆると動く世界の中で、オユキはシグルドの表情を見てそう判断する。
ただ、彼の最善で、最高で、それで届くほどオユキは甘くはない。
剣舞、ソードダンス、演武。
そのどれもが、己の体の扱い、その意味では一つの極致であろう。
普通ではありえぬ、見る物を驚かせる、意表を突く、その動きを為すだけの修練、それを支える能力、一目では分からぬ理。この体躯では、剛の剣は行き詰る。であればトモエのような、技に重きを置いたものに今からかえるのか。
ただ、それでは同じ道を、後から追いかけるだけだ。
隣で、並び立つ。その誓いに、真っ向から背く。そうであれば、難しい、成就するかもわからない、たとえそうであっても、近くそれでも同じではない、そんな道を歩くしかないのだ。
相手の剣に飛び込む様に受けると見せながらも、その力に逆らわず、片脚のばねとして、軸は別の足に残しながらも。相手の力を使い跳ね、回る。
そして、その勢いを使って、より早く、より柔らかに、回って跳ねる。
追いかけてこようとする、シグルドを自分の作るリズムの中に取り込んで、その全てを制御する、あくまでは奏者は己で、シグルドはパートナーなのだと。
そして、途中で拍を乱して相手の動きを縛り、先を知る己のみがさらに先へと動く。
そっと残した剣で足を引っかけて、シグルドを転がし、舞の終わりと、正面に来たシグルドの喉元へと、切っ先を突きつける。
「なぁ、俺が試合をって言ったら、受けてくれるのか。」
それに対してトモエが困った顔をすると、断られるのかと、そう感じたのだろうシグルドが悲しげな顔になる。
トモエは、間を空ければ、受けると考えたオユキは先に口をはさむ。
「トモエさんは、今手首を痛めていますから。」
「ああ、そうなのか。その、悪い。そんなつもりじゃ。」
「その、望まれれば、もちろんお受けしますが。」
「いや、怪我してるんだろ、その、無理を言いたいわけじゃないんだ。」
ただ、少年の中では、何かくすぶるものがあって、飲み込み切れない物があるのだろう。
口ではそういいながらも、何かを持て余している、そんな風である。
「トモエさんと同じと、そういう訳にもいきませんが、私でよければ、お受けしましょう。」
「オユキが。」
「流石に技ではトモエさんに及びませんが、それでも。」
そこで言葉を切ると、オユキが改めて少し高い位置にあるシグルドの顔を、力を込めて見る。
「あなた程度では、届きませんよ。」
そう告げれば、シグルドは気圧されたように、数歩下がる。
それにトモエが、言葉を継ぐ。
「以前、異邦でのことを言うのであれば、トモエさんは私とは共通するものもありますが、異なる技を修めてもいますから。私が勝ち越していますけど、それでも私に勝つこともあったのですよ。」
トモエのその言葉に、シグルドだけではなく、その場にいる者が驚きをもってオユキに視線を投げる。
それに、気恥ずかしさをどうしても覚えながら、特に体型が全く変わってしまっているから、同じようにはできないと、届かぬ過去を語られるのは、やはり具合が悪いものだ。
「今はどうなるか分かったものではありませんが。それでも良ければ、お付き合いしますよ。
他の道、それもお見せできるとは思いますから。」
オユキがそうして、どうしますかと、視線で問えば、シグルドは頷いて答えて、訓練所、その中央へと歩き出す。
「では、皆さんも、よく見ていてくださいね。」
オユキはそう告げると、壁際に置かれた模造刀の中から、使い慣れた物に最も近い、幅が全く異なりはするが、長さは近く、重さもその幅の分だけと分かり易い、両手剣を手に取ると、シグルドの前へと向かう。
オユキはこれまで、こちらに来てからは、体躯にあった武器、トモエと連携の取りやすいものを選んだが、元々ゲームも含めて一番触れていたのは、それなのだ。
ただ、あまりに見た目にそぐわぬ、これまで見せたこともないその姿に、シグルドが向き合うオユキに驚いた顔を向けている。
「どうかされましたか。」
殊更力を入れずに、そう尋ねれば、シグルドは、不思議そうに声を出す。
「いや、使えるのか。」
「そうでなければ、選んでいませんよ。試合ですから、手加減などは望まないでくださいね。」
「構えも、これまでと全然違うが。」
「武器が変われば、変わる物ですよ。」
肩の高さで、剣を立てて構える、そんなオユキの姿に、戸惑いがあるのだろう。
渋るシグルドに、オユキは声をかける。
八双と流派によってはそう呼ばれる構えで、シグルドを正面に見る。
そうすれば、シグルドが戸惑いながらも構え、トモエの声で試合が始まる。
「では、始め。」
オユキを相手に、それも力がないと分かっている相手だ、試しとばかりに、緩く繰り出される斬撃に、オユキは一切の遠慮なく上段から剣をたたき込む。
年長として、先達として。
そうでなければ言葉で、もしくはやんわりと諭すが、今この場は試合の場、ならば最も分かり易く、苛烈なものが求められる。
そうとばかりに、脚から力を作り、腕迄通す。振り下ろす腕は、引き付けた反動から弾かれるように踊り、さらなる力を生む。回す剣は、上から下へ、その全ての力を受けてさらなる破壊力を、合わせて体を沈め、剣を下に引きさらなる速度を、重力、それも余すことなく。
全ての力という力、オユキが把握し、扱いきれるそれを、ただの一振りに乗せる。
遅れて振った剣は、少年の持つ模造刀を上から下へとたたきつけ、少年の手からも力任せに剥ぎ取り、地面を叩きつけ、砕く。
「その、侮らないでくださいね。」
刀を返さず、ただ驚くシグルドに前蹴りをたたき込んで、弾き飛ばし、声をかける。
「私は、あなたではとても敵わぬ程、強いですよ。
さぁ、替えの武器を取りなさい。今のは勝敗と、そう呼べるものですらありません。」
元の体型が、今と全く違う。
そこまで恵まれた体、というほどではなかったが、相応に上背があり、若さもあり、筋力もつければ身に着いたのだ。
そんな状態で、磨いた技がどのようなものか。
そんなものは決まっている、トモエのように柔らかな、返しを起点とした剣ではなく、ある程度力任せ、小細工をねじ伏せる、そのような剛の剣もオユキは修めている。
トモエにしても、修めてはいるが、これまでの慣れが、そうそう主として使わせることはないだろうが、それでもイマノルとの戦いの最中に、要所要所では使っているのだ。
「ほれ、代わりの武器だ、どうする、続けるか。」
アベルが代わりの武器をシグルドに差し出しながらそう声をかけると、ただ驚いたようにオユキを見ていたシグルドは弾かれたように立ち上がり、アベルから武器をひったくるようにして受け取る。
「当たり前だ。」
そう言うと同時に、アベルが離れ、シグルドが構える。
しかし、その構えは堅い。オユキの動きに対応できないほどに。
「全身に力を入れて構えろと、トモエさんは教えましたか。」
八双に構えて、踏み込みに合わせて、剣を90度寝かせて、そのまま横に振りぬく。
シグルドの持つ剣は、再び砕かれ、それだけでは収まらず、彼の手から離れ、遠くに転がる。
「ほれ、おかわりだ。」
それにアベルが手早く、シグルドに新しい模造刀を投げる。
頭をすっかり戦闘用に切り替えてはいるが、後で弁償しなければ、そんなことを片隅で考えるほどに、オユキは申し訳なさを覚える。
今度は、剣を受け取ると同時に、教えた構えの通り、ぎこちなさを残して振り下ろすそれを、柔らかくいなし、巻き込み彼の手から落とす。
「その、トモエさんと同じ技が使えないと、そういった覚えはありませんよ。」
オユキはシグルドの喉元に剣を突きつけてそう話すと、間合いを開ける。
さて、訓練の時は、あくまで教えるために、試合となれば、相応の苛烈さをもって。
シグルドにしてみればこのようなオユキには、初めて相対するだろう。
直ぐに武器を拾うと、再度切り込んでくる。
ついでは、その斬撃を真正面から砕くために剣を振ると、振る腕を緩めて流そうとする。
それを合わせた剣越しに感じれば、上からたたくその力を、強引に切り返して、真正面、少年に切っ先を突き込む。
そうすれば、シグルドは剣から手を放して、後ろに跳び、そこまでは良かったが、脚をもつれさせて転がる。
その少年のほうに、足元に転がる剣を弾いて転がせば、それを拾って、再び切り込んでくる。
そんなやり取りを少し続ければ、シグルドは息が上がり、汗をかき、見て分かるほどに消耗している。
このあたりで、切り上げるのが良いだろうと、オユキはその様子を見て、そう判断する。
この一合を最後にと。
そうであるなら、オユキの今の体、これまでの経験、過去に見た、ゲームの中、かつての現実、そういった全てを含めて、最も合っている、そう考える技を持って迎える。
疲労のおかげで、余計な力が抜け、それでも教えた構えに沿って振られたシグルドの剣は、確かにこれまで見た彼の斬撃の中では、最も優れた物であった。
彼もそれに手ごたえを感じたのだろう、深く集中する時間、粘度の高い液体を割るように、ゆるゆると動く世界の中で、オユキはシグルドの表情を見てそう判断する。
ただ、彼の最善で、最高で、それで届くほどオユキは甘くはない。
剣舞、ソードダンス、演武。
そのどれもが、己の体の扱い、その意味では一つの極致であろう。
普通ではありえぬ、見る物を驚かせる、意表を突く、その動きを為すだけの修練、それを支える能力、一目では分からぬ理。この体躯では、剛の剣は行き詰る。であればトモエのような、技に重きを置いたものに今からかえるのか。
ただ、それでは同じ道を、後から追いかけるだけだ。
隣で、並び立つ。その誓いに、真っ向から背く。そうであれば、難しい、成就するかもわからない、たとえそうであっても、近くそれでも同じではない、そんな道を歩くしかないのだ。
相手の剣に飛び込む様に受けると見せながらも、その力に逆らわず、片脚のばねとして、軸は別の足に残しながらも。相手の力を使い跳ね、回る。
そして、その勢いを使って、より早く、より柔らかに、回って跳ねる。
追いかけてこようとする、シグルドを自分の作るリズムの中に取り込んで、その全てを制御する、あくまでは奏者は己で、シグルドはパートナーなのだと。
そして、途中で拍を乱して相手の動きを縛り、先を知る己のみがさらに先へと動く。
そっと残した剣で足を引っかけて、シグルドを転がし、舞の終わりと、正面に来たシグルドの喉元へと、切っ先を突きつける。
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