憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

河辺で調理

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「楽しみですね。」

普段よりも、稚気を帯びた声でトモエがそうオユキに話しかける。
近寄る魔物を、蟹であればこれ幸いとなます切りにすること暫く。
少年たちは、合間にどうにか剣を振れるようにと、魔物と戦うことは控えて、素振りを繰り返し、オユキはオユキで持ってきていた釣り具を使い、目当ての魚はかからなかったが、釣り上げた魔物をいくらか仕留めてと。
そうしてある程度食材が溜まれば、いい時間になっていたこともあり、試食でもしてみようと、そんな流れになった。
ミズキリを始め、先に繰り出していた者たちも、遠目には見えていたが、それなりの収穫があったようで、それらを持ち寄って、さっそく簡易のかまどが組まれ、荷物として持ってきていた鍋に、とりあえずとばかりに、魔物から得た物は、軽く洗ってそのまま、それ以外の魚は、内臓を抜きひれを処理して、これもそのまま放り込み、トモエの希望で、いくつかの物を組み合わせて、無理に作った蒸し器では、蟹の足がぶつ切りにされて、火にかけられている。

「そうですね。それにしても、大量でしたね。」

いま料理しているのはあくまで一部。トモエにしろオユキにしろ蟹を始めロブスターやエビの魔物も、オユキがつり上げそれらを処理している。

「まさか、ロブスターまで取れるとは思いませんでした。」
「ランゴスタ、ですね。挟まれれば鉄も曲がると、そう聞いていますが。」
「ああ、河の中にいると聞いて、水中なら無理かと、そう考えていたのですが、釣れるのですね。」
「私も驚きました。以前はこのようなことはしていなかったので。」

二人でそんな話をしていると、ミズキリが近寄ってきて話に加わる。

「いや、ランゴスタは早々釣れるもんじゃないからな。
 普段は、もっと深いところにいるはずだしな。そんな遠くに針を投げたのか。」
「そこまでではないと思いますが。そもそも、糸もそこまで長くありませんから。」

そういって、あのあたりですと、オユキは釣り針を投げ込んでいた場所を指さす。

「なら、運が良かったな。」
「私も、やけに引く力が強かったので、何事かと思いました。
 それにしても、よく糸が切られずに済んだものです。」
「それもそうだな。そういや、装備を強化する類のものがあったか。」
「ああ、ありましたね。特に意識せずでしたが、使ったのでしょうね。熊を斬るときは、明らかに使おうと意識しましたが。」

そういって、オユキは改めて自分の手を見る。
以前であれば、確かに意識をしなければ、そもそも脳波であったり、神経信号を読み取るような機体だったのだ、無意識下での動きに反応することはないだろう。
所謂とっさの、反射行動などはゲーム中では起きなかったわけではあるし。
だが、現実となった今では、そうではないのかもしれない。
意識すれば、意識通りに動いた前と、無意識下でも、動ける今。
どちらがいいかと言われれば、応えるのも難しいが、そんなことを考えて、オユキは手の中の釣り具を改めて見ながら、ため息をつく。

「それにしても、アレを使ったのなら、こちらももう使えなくなりそうですね。」
「そうなのですか。」
「はい、以前と変わらなければ、前借しているようなものなので。
 次は、それこそ普通の魚辺りで、糸が切れるのではないでしょうか。」
「そう、都合よくは行きませんか。」
「ええ、恩恵がある分、シビアなのでしょうね。魔物然り。」

オユキはトモエとそう話しながら、そろそろいいころ合いかと、調理場に目を向ける。
その動きにトモエが一つ頷くと、様子を見るために、ふたを開けて中を見る。

「慣れた物に比べると、嵩があるので、もう少し置いたほうが良いような気もしてしまいますね。」
「ま、腹を壊すよりは、そのほうが良いな。」
「あと10分ほど置きましょうか。それでやりすぎと、そう思うようであれば、次から短くすればいいわけですから。」
「ま、味見程度だ。本番はそれこそ町に持って帰って、本職に投げりゃいい。」

そうしてトモエたちが話しているのを横目に、オユキは未だに素振りを続ける少年たちのほうへ向かう。
どうにか慣れてきてはいるが、そろそろ構えの意味であったり、歩法であったりを伝えたほうが良いかもしれない。素振りの様子を見ながら、そんなことを考える。
決まった場所で、常に安定した足場であれば、今のままでもいいのだろうが、玉砂利ほどではないにせよ、多少の水気を帯びて滑りやすくなった、このような足場や、足元に障害物が増える森の中を考えるのであれば、それこそ練習は早いほうが良いかもしれない。

「トモエさん、少しいいですか。」
「はい。どうしましたか。」

鍋を見ながら、持ち込んでいたいくつかの調味料を加えているトモエに声をかける。
その香りは親しんだものとは違うが、食欲をそそるものではある。
ただ、今はそれを一度おいて起き、オユキは話を続ける。

「指導にあまり口出すつもりはありませんでしたが、そろそろ構えの意味や、歩法などを見てあげたほうが良いかと。向こうと違って、足場の良い場所ばかりではありませんから。」

オユキの言葉に、トモエが少し虚を突かれたように数度瞬きをすると、深く頷く。

「確かに、そうでしたね。いけません道場剣法を教えるところでした。」
「それで結果も出ています。卑下することはないと思いますが。」
「ただ、そこまでとなると。」

トモエがそこで言葉を濁すと、オユキも思い至る。
そこまで教えるのであれば、それは明確な弟子であり、構えの意味、歩法、詳細な足運び、そうなってしまえば、やたらと外に出すものではない。
使っているところを見覚えられるのならともかく、このような場で、誰彼構わず、そういうわけにもいかないだろう。

「そういえば、そうですね。流れで面倒を見ていましたが、彼らの今後もありますからね。」
「すぐにとそういう訳にもいきませんね。一度意思の確認だけ、しておきましょうか。食事をしながら。」

そう言うと、トモエは少年たちに素振りを止めるように伝えて、食事までの間に休憩をするように言いつける。
これまで慣れた環境と全く違う状況で、昨日までの疲労もあるだろうが、ようやく休めるとばかりに、少年たちはその場に腰を下ろして、直ぐに使っていた武器の点検を始める。
そのあたりは、何度も言った事だけあって、既に習慣となっているのだろう。また、そうなっている事が、少年たちの根が素直であると、その証拠でもある。
それからしばらく、トモエとカナリアの二人で軽く味を調えて、準備が整ったといえば、我も我もと食事を手に取り口をつける。
トモエもトモエで、配膳は流石にオユキやアナが申し出たため、早速とばかりに菱蟹の足を試している。

「ん。甘味は強いですが、少し水っぽいですか。管理に気を使いそうですが、少し置いたほうが、味が良くなるかもしれませんね。」
「ワタリガニ、いや菱蟹か。こんなものと言われればこんなものだとも思うが。
 俺は、薬味が欲しいな。そういや、こっちだと向こうにあったような生姜とか葱とか、あるのか。」
「名前が違うから、探すのも難しくてな。俺もたまに山葵が恋しくなったりするんだが。」

異邦人で集まって、そんな話をしながら、味見をしている。
こちらの人は、蜘蛛のようだと敬遠するかと思えば、そもそも蜘蛛も食料だからと、お構いなしに口に運んでいる。

「まったく、この時期は本当にこのあたりはうまいもんが多いな。
 これで酒がないってのがあれだが。」
「アベルさん、一応護衛期間中ですから、飲酒は流石に。」
「分かってるよ。にしても、煮ただけでうまいってのは、どんな理屈なんだろうな。
 食えたもんじゃないことだって、多いしな。」
「私も、料理はあまり得意ではありませんから、そのあたりはわからないわ。
 ただ、煮る前に手間を咥えていましたから、そのせいじゃないかしらね。」

傭兵達も、あれこれと感想を言いながら、楽し気に食べている。
ただ、そうしているのは半数だけで、残りは周囲の警戒を続けている。
酒にしてもそうだが、やはり熟練として、押さえるべきところは、しっかり押さえている。
ただ、そうしながらも、細かく目だけでオユキとアナに自分たちの分も残して置くように、そう訴えるのだけは忘れていない。
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