憧れの世界でもう一度

二章 新しくも懐かしい日々

戦闘終了

足元に転がる少年を、どう庇うか、それを考えると同時に、行動に移す。
槍は少年の足を払うために、回した、そしてグレイハウンドが、その隙に距離を詰めた。
また、転がる少年を追って、オユキも前に出ざるを得なかった。
そんな状況では、まともに槍でつけるはずもなく、石突を向けたまま、狼の突撃を、むりに横からあてていなす。
逸らしはしたものの、トモエからも、離れる、オユキの背後にトモエが立たざるを得ないそんな位置関係を作ってしまったことに、内心で歯噛みしながら、槍を回し、牽制を続ける。
足場も、地面に転がったところから、立ち上がろうとする、そんな少年がいるために、非常に悪い。
そこに、またグレイハウンドが、少年を狙うように、近寄ってその詰めを振るおうとするのを、槍でどうにか防ぐ。
体勢が悪く、力が通っていないとはいえ、金属の槍先で防いだ爪は、欠けるそぶりも見せていない。

「馬鹿にすんな。俺だってやれるんだ。」

そう言いながら、上半身だけ起き上がった、少年が、その場から逃げもせずに、剣を振るおうとする。
遅すぎるその動きに、グレイハウンドが、その牙をむく。
オユキは、グレイハウンドの詰めを防ぐために、地面すぐ近くまで降ろした穂先を、そのまま地面に埋め、そこを支点に、少年を蹴りはらい、体を回す。
体格は相手のほうが大きいとはいえ、そこまで差がない。
少年は、オユキが蹴ったその勢いのままに、今度は後ろへと体を転がすが、当然その隙をグレイハウンドが見逃すことはなく、あけたままの口をオユキのほうへと向ける。
それを槍を支えに、けりの勢いのまま、残した軸足で飛び上がり、どうにか躱す。
だが、視点にした槍は、そこまで地面深くに刺さっているわけでもなく、その動きの後に、土をえぐりながら滑る。
そうなれば、跳んでしまったオユキは、それ以上の回避を撃づけられることもなく、口を勢い良く閉じたグレイハウンドが、爪を振るう、それには対応しきれなかった。
槍を持つ手、それを狙って振るわれる爪から、槍から手を放し、体に引き付け、どうにか躱そうとするが、それでも前腕に引っかかり、オユキは痛みを覚える。
そのままどうにか、地に足をつけ、武器を構えて再び対峙する。
だが、そのころには、追いついた女性が、オユキの貸したナイフで、グレイハウンドを刻み、その姿が消える。

「足手まといはすっこんでろ。」

そう言った女性は、まだ剣を手に起き上がろうとする少年の、顎あたりを蹴り、そのまま腹をけり上げ、残る四人の元迄、吹き飛ばす。
上手く、頭を揺らしたのだろう、剣を落としたままの少年は、そのまま立ち上がることはなかった。

「まだやれそうかい。」
「幸い軽傷ですから。グレイハウンドには、毒もありませんからね。
　血で滑りそうなので、一度処置だけはしたいですが。」
「薬は、そうか、私らに渡してたね。
　残りはまだある、相方の横に置いてる。」
「では、一度引きます。」
「ああ。片が付くまでに、もう何度か抜けてきそうだ。
　まぁ、事後承諾でもいいか、この剣は借りていくよ。」

そういって女性が両手持ちの剣を、どこにそんな筋力があるのか、片手で軽々と持ちながらあたりの警戒を始めるのを見て、オユキは、動かず、じっと座っている女性の側に移動する。

「ありがとうございます。薬まで。」
「お礼は、後程お受けしますね。」

そう言いながら、オユキが、彼女の傍らに置かれている袋を片手でどうにかしようとすると、女性がそれを止め、オユキの手を取り、それに処置を始める。

「本当にごめんなさい。」

薬を買うときに、マルコに説明を受けたように、女性が水薬を包帯用の布にふりかけ、それをオユキの前腕、血がそれなりに出る程度には切られた、二筋の傷を覆っていく。

「正直、こちらに関しては、あなた方の、というわけでもありませんので。
　なんにしても、謝罪も後程お受けします。
　それに、私よりはイマノルさんが先でしょうからね。」

オユキは、既にある程度流れた手のひらを濡らす血を、別の布で拭いながら、そう話す。

「ほんとうに。こんなところに、偶然騎士様がいてよかった。
　与えられた幸運に感謝を。勿論、これが終われば、正式に謝罪とお礼をさせていただきます。」

言いながら、女性はオユキにはなじみのない形で印を切って、祈りを捧げる。

「お連れの方から、かなり血を流したと聞いていますが、あの子たちは止められそうですか。」
「ええ、それぐらいでしたら。休んで、少しは回復もしましたから。」
「それでは、お願いしますね。」

オユキは、切られたほうの手を数度握りこんでみる。
どうしても、力を入れて握れば、ひきつるような痛みはあり、とっさの握力には不安が残る。
それでも、牽制程度であれば問題はなさそうだ、そう判断して、槍を手に立ち上がり、トモエのほうへと向かう。
オユキが治療をしている間にも、既に二人によって数体のグレイハウンドが討伐されている。
そして、あの女性はナイフではなく、ああいった大型の剣が本来の獲物なのだろう、片手で、器用に取り回している。

「戻りました。握力に不安があるので、牽制だけですが。」
「分かった。そっちの赤毛から離れないようにな。
　生憎、私はあっちの騎士様ほどじゃない。ある程度は、期待しているからね。」

そう言いながら、女性はイマノルのほうに視線を向ける。
森から溢れた灰色の津波は、既に消え、後は数えるほどが残るばかり。
ただ、グレイハウンドに比べれば、はるかに巨大な、人の背丈ほど体高がある変異種、それがとうとうイマノルと対峙する。

「大物相手だ、取り巻きは流石に抜けるだろうね。
　残りは１０、あっちの黒髪が半分、こっちで半分。そうなるかね。」

女性がそう言うと、イマノルは、速度を乗せて突っ込む変異種を片手の盾を振り抜き、突進の勢い以上の速度で、打ち返す。
そして、その隙にと、駆け出す、残った取り巻きへと剣を振るい、さらに数を減らす。
結果として、トラノスケ、オユキ達のほうへは、女性の言った数より、それぞれ２匹減った数が回ってきた。

「あの、騎士様、想像以上だね。」

そう、言いながらも、回り込むように走ってくるグレイハウンド、その一体に彼女は両手剣をたたき込み、さらに数を減らす。
その彼女に、飛び掛かかろうとするもう一匹に、ナイフを振るいひとまず撃退し、トモエが抜けてきた一匹に剣を突きつけ、動きを止めたところをオユキが横合いから削る。
そうして、危なげなく三体を討伐すれば、トラノスケも一人で彼の受け持ち分を、すでに片付けている。
変異種の影響か、以前に遭遇した時にあったような、群れとしての動きをしないから彼にとっても、近寄ってきたものを切り捨てていくだけだったのだろう。

さて、こちらは片付いたと、イマノルのほうを見れば、再度勢いをつけて走り込む変異種を冗談に構えた剣で、叩き伏せるところであった。
少し離れた場所まで、地面が揺れたと、そう感じさせるほどの勢いで振り下ろされた剣は、変異種をどうしたのか、周囲に跳ぶ草や土で、オユキには見えなかった。
だが、少しして、笑顔で振り向くイマノルを見て、ひとまず無事に終わったのだろう、そう判断して、ほっと息をつく。
どうにか、けが人は残念ながら出てしまったが、無事に終わったと。