憧れの世界でもう一度

五味

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1章 懐かしく新しい世界

宿の娘

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「そんな怪我をしてさ、外って怖くないの?」

オユキをスツールに座らせ、フラウはその隣に並ぶように腰掛け、そう質問をする。
そして、すぐに何かに気が付いたように、立ち上がる。

「あちゃー、そのままだと、髪が床についちゃうね。ちょっと待ってね。」

そういうと、おかーさんと、声を上げながら、先ほどの女性が姿を消したほうへと、パタパタとかけていく。
その姿は、孫娘の一人を思い出させ、オユキに笑みをこぼさせる。
そして、オユキは言われた言葉に、自分の、この姿になってから、足首にかかるほどに長い黒髪を手ですくう。
オユキ自身は、特に気に留めることはないが、これが床につくというのは、問題がある行為なのだろう。
加えて、乾いた土が先のほうに、枯葉の欠片らしきものも絡まっている。
確かに、清潔ではないな、そう考えた、オユキはそれをはたこうと思い、室内だと思いなおす。
オユキは立ち上がり、外に出ようとすると、そこにまた、跳ねるように駆けるフラウが戻ってくる。

「どうしたの?どこか行くの?」
「いえ、今見れば、髪が汚れていましたので、外で簡単に落としてこようかと。」

オユキがそう伝えれば、フラウがオユキの背後に回り、その長い髪を持ち上げる。

「あー、そうだね。じゃ、こっちきて。」

そういうとフラウは、オユキの手を引く。
その力は、オユキが思うよりも強く、足を庇うためか、少し躓きそうになる。
その様子に、厨房から出てきたのだろう、女性の、フラウの母親の声が響く。

「フラウ。怪我人を引っ張りまわすんじゃないよ。」
「あ。ごめんね、足が痛いんだよね。」

言われると、これまでの元気さはどこへやら、途端にしゅんとする。

「いえ、軽くひねった程度ですので、そこまで大きいものではないんですよ。」
「だからと言って、悪くなるようなことをしていい理由にはならんさね。」

オユキのフォローに、女性が言葉を重ねる。
その言葉には愛情を感じられるが、それ以上に、まったく粗忽なのだから、そういった嘆息が含まれている。

「いえ。私が髪の汚れを、気にしたせいでもありますから。」

そうオユキが言うと、女性がオユキをじろりと一瞥する。
その視線に鋭さはあるが、攻撃的なものではない。

「まぁ、その長さで、纏めもせずに外に出れば、そうなるだろうさ。
 ほら、フラウ。この紐を使ってあげな。それと、洗い場に案内するにしてもゆっくりやりな。」
「はい。お母さん。」

そういって、束ねた紐だろう、それを女性がフラウに投げる、そしてフラウはそれを過たずにつかむ。

「申し訳ありません。お手数を。それとご厚情に感謝を。」

オユキがそういって頭を下げると、女性は他をひらひらと振ってこたえる。

「子供がそんなに気を回すもんじゃないよ。まったく、うちの娘も、あんたくらい落ち着きがあればいいんだけどね。」
「ひどーい。これでももう大人だよ。」
「そう返す間は、まだまだ子供さね。」

そういって女性がからからと笑いながら、また奥へと姿を消す。
それを見送って、今度は掴んだままの手を軽く引きながら、フラウがオユキに声をかける。

「じゃぁ、ほら。こっちだよ。」
「その、お忙しいのでは?」

当たり前のように、世話を焼いてくれるフラウに、オユキはそう声をかける。

「いいから、いいから。お客さんのお世話をするのも、私の仕事だよ。」
「そうですか。それでは、お手数おかけいたしますが。」
「ほんと、丁寧だよね。どこでそんな言葉を教えてもらったの?
 髪も長くてきれいだし、ひょっとして、何処かいいところから出てきたの?
 まさか、あの男の人と駆け落ちとか、わー、素敵。ロマンスだね。ロマンスの気配だよ。」

その言葉に、オユキとしては、苦笑いを言葉を漏らすしかない。
駆け落ちではないが、関係性は正しい。
そして、こうしてそれに思いを馳せ、楽しそうにしている娘、それの邪魔をするのもどうだろうか。
見た目はともかく、精神性に関しては、やはりオユキは孫娘を見守るような、その気持ちを捨てることはできないのだが。

「ええ、こうして、認めていただくほどに。」

オユキにしても、こうして再びここで出会うことができ、また、一緒に歩くことのできるトモエ、その関係は誇れるもので。
つい、年甲斐もなく自慢したいと、そういう気持ちが沸き上がり、その証拠となるものを取り出して見せる。

「おー。こんな素敵なものを、贈ってもらったの。
 いいなー。私も素敵な人に、指輪を貰って、愛の言葉を送ってほしいなぁ。」

ただ、フラウには、その功績がどういうものかは伝わらなかったようだ。
一目見て、それがなにか分かったアーサーの教養を誉めるべきか、それともこれがこの世界の平均なのか、オユキには判断が付かないが、それでも正しい知識を教えることにためらいはないが。
そもそも、その証は、オユキからトモエに贈ったことはあっても、その逆はなかったことでもあるし。
それが、愛情を示されなかった、そういうわけでもないのが、説明の難しいところだ、オユキはそんなことを考える。
トモエから贈られた、その夢を壊すことには、少しの罪悪感を感じながら、オユキは言葉を返す。

「その、これは功績の一つで、創造神様にお認め頂いたものなのです。
 比翼連理、互いに翼を貸す鳥、異なる気でも絡まる枝、切っても切り離せない、そんな関係を示す意匠です。」

だが、夢を壊すかもしれない、そのオユキの心配は杞憂だったようだ。
それを告げると、少しおとなしくオユキの手を引いていた、そんなフラウは、オユキの手を振り回すように声を上げる。

「素敵。素敵だね。創造神様に二人の関係を認められるなんて。」

高い声で、叫ぶようにそう言うと、また弾む様にオユキを引っ張り始める。

「ねぇねぇ。聞いてもいい。話してもらってもいいの?
 二人の間に、どんな素敵な話があったのか。」

そう、好奇心を一切隠そうとしない娘に、オユキは少し早まったかもしれない、そう思いながらも、時間がある間はと、そう答えるのだ。
事実、自分の子供や、その孫に、これまで何度となくトモエ、妻との馴れ初めを語ることはせがまれていたのだから。
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