6 / 1,235
1章 懐かしく新しい世界
月代の決断
しおりを挟む
その言葉に月代は、なるほどと。
ただそう思った。
愛する妻が、男性として第二の人生を生きてみたいと、そう訴えるのだ。
所詮はお互い一度は死んだ身、ならば新しい人生を、新しい体で生きるのだ。
そこで新しい性別を望んでもいいのではないだろうか。
「ええ、榛花さんがそう望むのでしたら。」
月代としても、愛情を示す、その形は変わるかもしれないが、それでもその感情そのものに変わりはないだろう。
そう思って、そう願って言葉を伝える。
ただ、榛花から続けられた言葉は彼の想像をはるかに超えていた。
「ですから、今度は典仁さんが女性になりませんか。
お互いに性別を入れ替えて、生きてみる。
子供向けの娯楽作品で、たまに見る状況。
面白そうではありませんか。」
思考が漂白されそうになった月代は、過去の経験からこの暴走を止めなければ、全てが決まると。
そう予感した。
「いえ、榛花さん。私たちは幸いにも第二の生を得るわけで、遊びで決めていいものでもないでしょう。
真剣に、新しい生と向き合いましょう。」
月代は榛花の手を取り、目を合わせてそういう。
昔から彼女は時に暴走をする気質ではあった。
そもそも結婚に至った、その経緯。
それも、なかなか余人に説明しにくいものであったのだから。
「ええ、遊びではありません。
ただ、どうなのでしょう。第二の生。見た目を変える。
それだけで私たちは実感を得られるのでしょうか。」
榛花の言葉に、それは確かにと月代は考えさせられる。
いくら大幅に見た目を変える、若返るとはいえ、どうであろうか。
人生なのだ、ゲームの延長ではない。
確かに、彼を含め多くのプレイヤーはあのゲームを第二の人生。
幻想の中にある第二の生、などと謳ってはいたが、やはりゲームだから、ゲームだからこそ実行できたような挑戦も多くあった。
英雄譚の再現を願い、龍に己の体と、ただの鉄の塊、無論剣として整備はされていたが、をもって挑んだ男。
酒場で、毎夜のように歌い、新しい歌を作り続けた、今や歌姫。
この世に既知とされて、我が足の通らなかった場所はないと、そう豪語する探検家。
ゲームだからこそできた挑戦も、そこには多くあっただろう。
だからこそ、姿形を変えるだけで、ゲーム感覚を持つのではないか、その懸念は月代には理解できた。
だが、それは性別を変えて、それだけで解決するものではない。
そのはずだと、月代は言葉を重ねる。
「榛花さん。聞いてください。
確かに、あなたの懸念はわかります。今こうして私は胸を躍らせている。
そこにゲームを楽しむ、そんな感情がないとは私も言いません。」
ですがどうでしょう。
月代は続ける。
「姿形を変える、性別を変えるのもその一環でしかないのでしょうか。」
さて、月代が覗き込む榛花の目には、見知った気配が滲んでいる。
「ですが、典仁さん。
私たちが姿を変え、こうして二人で、新しい人生を得る機会を頂けたのです。
この特別な機会に、特別なことを。
そう望むのは、おかしいでしょうか。」
そうして二人はしばし話し合う。
互いに互いの意見を認めるふりをしながらも、自分の意見こそが了解を得られるはずだと。そうした言葉がお互いを行きかう。
それはとても懐かしく、二人の間で、よくあることではあった。互いに互いの正しさは理解しているのだ。そして、お互いに譲れぬものがあり、だからこそ言葉は行違う。これまでは、お互いに譲り合っていた。
その経験で、どこか暗黙の了解はできていたのだ。月代が譲れば、次は榛花が。榛花が譲れば、次は月代が。
月代は、少し考える。最後に譲ったのは、恐らく自分であった。
彼女の死の間際、彼女の願いをすべて受け入れる。それが順番であったから。榛花もそれを理解はしているのだろう、その証拠に、徐々に重ねる言葉に勢いがなくなっていく。
ここに来るまでの道行き、短く感じたそれではあったが、そこでも二人は大いに語らった。
その中でも、月代の話を聞く、そのためにこのゲームを、月代が楽しんでいたものを、榛花は我慢したとそういったのだ。
高々80年。その中で得られた尊厳。その程度の事、これまで我慢させた彼女に。
そう考え、月代は、改めて榛花に尋ねることとした。
「これから先。私が榛花さんの意見を受け入れて、生きていく。
そう決めたとして、それは、榛花さんとって、後悔なく、楽しいものになりますか。」
そう、事ここに至って月代に聞けることなどそれだけしかなかった。
いいのだ、自分のちっぽけな尊厳など。人によっては重要だなどというのかもしれないが。彼にとっては今回比較すべきものとは、比べるべくもないほど小さなものでしかないのだから。
それだけの愛情を彼女は彼に向けてくれ、同じだけ、そう思えるだけのものを、彼は彼女に向けている。
その彼女が、こうしてそれを望み、それが楽しいものだと。これからも楽しんでいけると、そう胸を張って生きていけるのなら。
その我がままに付き合おう。これまで自分の我がままに付き合ってもらったように。
そう思うだけの積み重ねが、確かにそこにあったのだから。
そうして、榛花が笑顔を浮かべて、恥ずかしそうに首を縦に振ったのだから。
月代はそれ以降、何も言うことはなかった。
それから互いに、互いの姿を作り、交換した。
月代も、自分で女性の姿を作れと言われても、どうにもそれが自分であると、そう考えれば手が進まず。それを推した榛花も、そこは同じであった。
月代は自身がゲームで使っていた姿、それと恐らくは同じものを。
榛花はどこか見覚えのある女性の姿を、互いに贈ることになった。
その姿を見た榛花は微笑みを浮かべ、気恥ずかし気に。
月代はただただ表情を硬め、覚悟はあったとしても、早まったか、そう感じていた。
ただそう思った。
愛する妻が、男性として第二の人生を生きてみたいと、そう訴えるのだ。
所詮はお互い一度は死んだ身、ならば新しい人生を、新しい体で生きるのだ。
そこで新しい性別を望んでもいいのではないだろうか。
「ええ、榛花さんがそう望むのでしたら。」
月代としても、愛情を示す、その形は変わるかもしれないが、それでもその感情そのものに変わりはないだろう。
そう思って、そう願って言葉を伝える。
ただ、榛花から続けられた言葉は彼の想像をはるかに超えていた。
「ですから、今度は典仁さんが女性になりませんか。
お互いに性別を入れ替えて、生きてみる。
子供向けの娯楽作品で、たまに見る状況。
面白そうではありませんか。」
思考が漂白されそうになった月代は、過去の経験からこの暴走を止めなければ、全てが決まると。
そう予感した。
「いえ、榛花さん。私たちは幸いにも第二の生を得るわけで、遊びで決めていいものでもないでしょう。
真剣に、新しい生と向き合いましょう。」
月代は榛花の手を取り、目を合わせてそういう。
昔から彼女は時に暴走をする気質ではあった。
そもそも結婚に至った、その経緯。
それも、なかなか余人に説明しにくいものであったのだから。
「ええ、遊びではありません。
ただ、どうなのでしょう。第二の生。見た目を変える。
それだけで私たちは実感を得られるのでしょうか。」
榛花の言葉に、それは確かにと月代は考えさせられる。
いくら大幅に見た目を変える、若返るとはいえ、どうであろうか。
人生なのだ、ゲームの延長ではない。
確かに、彼を含め多くのプレイヤーはあのゲームを第二の人生。
幻想の中にある第二の生、などと謳ってはいたが、やはりゲームだから、ゲームだからこそ実行できたような挑戦も多くあった。
英雄譚の再現を願い、龍に己の体と、ただの鉄の塊、無論剣として整備はされていたが、をもって挑んだ男。
酒場で、毎夜のように歌い、新しい歌を作り続けた、今や歌姫。
この世に既知とされて、我が足の通らなかった場所はないと、そう豪語する探検家。
ゲームだからこそできた挑戦も、そこには多くあっただろう。
だからこそ、姿形を変えるだけで、ゲーム感覚を持つのではないか、その懸念は月代には理解できた。
だが、それは性別を変えて、それだけで解決するものではない。
そのはずだと、月代は言葉を重ねる。
「榛花さん。聞いてください。
確かに、あなたの懸念はわかります。今こうして私は胸を躍らせている。
そこにゲームを楽しむ、そんな感情がないとは私も言いません。」
ですがどうでしょう。
月代は続ける。
「姿形を変える、性別を変えるのもその一環でしかないのでしょうか。」
さて、月代が覗き込む榛花の目には、見知った気配が滲んでいる。
「ですが、典仁さん。
私たちが姿を変え、こうして二人で、新しい人生を得る機会を頂けたのです。
この特別な機会に、特別なことを。
そう望むのは、おかしいでしょうか。」
そうして二人はしばし話し合う。
互いに互いの意見を認めるふりをしながらも、自分の意見こそが了解を得られるはずだと。そうした言葉がお互いを行きかう。
それはとても懐かしく、二人の間で、よくあることではあった。互いに互いの正しさは理解しているのだ。そして、お互いに譲れぬものがあり、だからこそ言葉は行違う。これまでは、お互いに譲り合っていた。
その経験で、どこか暗黙の了解はできていたのだ。月代が譲れば、次は榛花が。榛花が譲れば、次は月代が。
月代は、少し考える。最後に譲ったのは、恐らく自分であった。
彼女の死の間際、彼女の願いをすべて受け入れる。それが順番であったから。榛花もそれを理解はしているのだろう、その証拠に、徐々に重ねる言葉に勢いがなくなっていく。
ここに来るまでの道行き、短く感じたそれではあったが、そこでも二人は大いに語らった。
その中でも、月代の話を聞く、そのためにこのゲームを、月代が楽しんでいたものを、榛花は我慢したとそういったのだ。
高々80年。その中で得られた尊厳。その程度の事、これまで我慢させた彼女に。
そう考え、月代は、改めて榛花に尋ねることとした。
「これから先。私が榛花さんの意見を受け入れて、生きていく。
そう決めたとして、それは、榛花さんとって、後悔なく、楽しいものになりますか。」
そう、事ここに至って月代に聞けることなどそれだけしかなかった。
いいのだ、自分のちっぽけな尊厳など。人によっては重要だなどというのかもしれないが。彼にとっては今回比較すべきものとは、比べるべくもないほど小さなものでしかないのだから。
それだけの愛情を彼女は彼に向けてくれ、同じだけ、そう思えるだけのものを、彼は彼女に向けている。
その彼女が、こうしてそれを望み、それが楽しいものだと。これからも楽しんでいけると、そう胸を張って生きていけるのなら。
その我がままに付き合おう。これまで自分の我がままに付き合ってもらったように。
そう思うだけの積み重ねが、確かにそこにあったのだから。
そうして、榛花が笑顔を浮かべて、恥ずかしそうに首を縦に振ったのだから。
月代はそれ以降、何も言うことはなかった。
それから互いに、互いの姿を作り、交換した。
月代も、自分で女性の姿を作れと言われても、どうにもそれが自分であると、そう考えれば手が進まず。それを推した榛花も、そこは同じであった。
月代は自身がゲームで使っていた姿、それと恐らくは同じものを。
榛花はどこか見覚えのある女性の姿を、互いに贈ることになった。
その姿を見た榛花は微笑みを浮かべ、気恥ずかし気に。
月代はただただ表情を硬め、覚悟はあったとしても、早まったか、そう感じていた。
18
お気に入りに追加
451
あなたにおすすめの小説
World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
私のスローライフはどこに消えた?? 神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!
魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。
なんか旅のお供が増え・・・。
一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。
どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。
R県R市のR大学病院の個室
ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。
ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声
私:[苦しい・・・息が出来ない・・・]
息子A「おふくろ頑張れ・・・」
息子B「おばあちゃん・・・」
息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」
孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」
ピーーーーー
医師「午後14時23分ご臨終です。」
私:[これでやっと楽になれる・・・。]
私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!!
なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、
なぜか攫われて・・・
色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり
事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!!
R15は保険です。
魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。
こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~
釈 余白(しやく)
ファンタジー
「お前みたいな役立たず、俺たちSSSSパーティーにはふさわしくない! もういらねえ、追放だ!」
ナロパ王国で長らくマッパーとして冒険者稼業をしているエンタクは、王国有数の冒険者パーティー『回廊の冥王』から突然の追放を冷酷に告げられ王都を去った。
失意の底に沈んだエンタクは、馬車に揺られ辺境の村へと流れ付いた。そんな田舎の村で心機一転、隠居生活のようなスローライフを始めたのである。
そんなある日、村人が持ちかけてきた話をきっかけに、かつての冒険者経験を生かした観光案内業を始めることにしたのだが、時を同じくして、かつての仲間である『回廊の冥王』の美人魔法使いハイヤーン(三十路)がやってきた。
落ち込んでいた彼女の話では、エンタクを追放してからと言うもの冒険がうまくいかなくなってしまい、パーティーはなんと解散寸前になっているという。
当然のようにハイヤーンはエンタクに戻ってくるよう頼むが、エンタクは自分を追放したパーティーリーダーを良く思っておらず、ざまぁ見ろと言って相手にしない。
だがエンタクは、とぼとぼと帰路につく彼女をそのまま放っておくことなどできるはずなかった。そうは言ってもパーティーへ戻ることは不可能だと言い切ったエンタクは、逆にハイヤーンをスローライフへと誘うのだった。
※各話サブタイトルの四字熟語は下記を参考にし、引用させていただいています
goo辞書-四字熟語
https://dictionary.goo.ne.jp/idiom/
人間不信の異世界転移者
遊暮
ファンタジー
「俺には……友情も愛情も信じられないんだよ」
両親を殺害した少年は翌日、クラスメイト達と共に異世界へ召喚される。
一人抜け出した少年は、どこか壊れた少女達を仲間に加えながら世界を巡っていく。
異世界で一人の狂人は何を求め、何を成すのか。
それはたとえ、神であろうと分からない――
*感想、アドバイス等大歓迎!
*12/26 プロローグを改稿しました
基本一人称
文字数一話あたり約2000~5000文字
ステータス、スキル制
現在は不定期更新です
王女の夢見た世界への旅路
ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。
無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。
王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。
これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
※小説家になろう様にも投稿しています。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
チート転生~チートって本当にあるものですね~
水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!!
そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。
亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる