憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
4 / 1,235
序章

二人の新しい門出

しおりを挟む
月代は知らず知らずのうちに、動悸が激しくなるのを感じていた。
近づいてある程度分かるようになった、その姿は彼の妻、まさしくその人であるように見えた。

月代は、これまで聞いたことのある、死後の世界の逸話を思い出し。
その懐かしい姿を見て、どうしたものかと、そう悩む。
しかしそれも少しの間。
一度裏切ってこちらを選んだのだ。
改めて、ともに居られるというのなら、踏み外し、落ちてもかまうまい。
そう考えなおして、声をかける。騙す、そういった逸話もあるし、騙されてしまえば不義理であることには変わりないが、愚かな選択を考え無しにする、そんな己のまつろに相応しいとも、そう思うのだから。

「お久しぶりです。榛花さん。」

月代がそう声をかけると、立ち上がり月代に微笑みかけていた年老いた女性は、その表情を苦笑いにかえる。

「まったく。警戒するなら最後までしませんと。
 これで私が、いま典仁さんが考えたようなものであったのなら、どうします。」
「それならそれでいいのかな、と。
 私は一度榛花さんを裏切って、そうしてここにいるのですから。」

からかいを含んだ声に、月代はすぐにそう答える。

「私がここにいるなら、裏切りではないでしょうに。
 変なところで意地を張るのは、悪い癖ですよ。」

榛花はそういって、月代の隣に並ぶ。
それを見て、月代は昔そうであったように、ゆっくりと歩き出す。

「まさか、榛花さんがこちらにいるとは思っていませんでした。
 私が何度誘っても、決して一緒に遊んではくれませんでしたから。」
「典仁さんの話を聞く相手が必要でしょう。
 もし私が一緒に遊んでいたら、典仁さんは誰にゲームの中であった、楽しいことを話すのですか。」

言われた言葉に、月代は二の句が継げない。
困ったように乾いた笑い声をあげ、頭を掻く。
月代は、この女性につくづく頭が上がらない。
最期の時にはこの女性の年齢に追いついたというのに。

「それにしても、ずいぶんと待たせてしまいましたか。」
「いいえ、私が待っている間、私達の子供や孫は、良い時間を得たのでしょう。
 ならば待つ時間は幸せなものです。」

退屈ではありましたけどね。
そういって榛花は、口元を抑えながら笑う。

「ああ、話したいことが、伝えたいことがたくさんあるんです。」

そう前置きして、月代は話す。
それは、彼女が先にその生涯に幕を下ろしてからの出来事。
息子の一人が、自分の後を継ぎ、立派に会社で務めていること。
更に一人の孫が、自分が昔遊んだゲームを一緒にやろうとせがみ、自分も大いにその時間を楽しんだこと。亡き妻の代わりは出来ず、ひ孫たちには申し訳ないが、孫にしたことが出来なかった事。
自分の誕生日に、孫たちが心のこもった贈り物をしてくれたこと。

他愛もないことから、特別なことまで。
語るべきことは多く、聞き手もより詳細にと。
月代は、これまでのように、これまでの事を、どれだけうれしかったのか、楽しかったのか。
言葉を尽くして伝える。
榛花もそれを喜び、時にはあれはどうなったのか、その時他の子は何をしていたのか。
月代の話を喜ぶ。

そうして、緩やかな幸せを二人で共有する、そんな時間がどれほどか過ぎたころ、二人の前には、また大きな扉が現れる。

月代と榛花は互いに一度顔を見合わせると、その扉を月代がゆっくりと開き、二人でそこをくぐる。
まだまだ話したいことは多くあるのに、そう感じながら。

月代は、扉を潜り抜けよう、その時にふと気になって、これまでの話の会話から大きく外れた質問をする。

「どうして、榛花さんは、この選択を?」

榛花の言葉によれば、彼女は月代が楽しんだその話を聞くために、かつてゲームの類に手を出さなかったのだという。
そうであれば、彼女にとってこの選択はどういった意味があったのだろう。
榛花は、数回瞬きをすると。
口元を抑え、クスクスとこえを漏らして笑う。

「典仁さんが、あれほど絶賛していたゲームですもの。
 私だって興味がありましたよ。」
「そうですか。私は我慢を強いた、悪い夫だったのでしょうか。」
「そうでもありませんよ。だって私は楽しげに話す典仁さんが好きだったのですから。」
「私も、榛花さんが好きでした。この選択を諦めようと、もう一度榛花さんが残っただろう、その流れに身を預けようと思うほどに。」

二人はそういってお互いに笑いあい、遂に扉の向こうへ体が渡る。
二人は横に並ぶお互いの顔を見ることはあっても、ここまでの道一度も振り返らず、脇に逸れず。
ただ、まっすぐにこの扉迄歩いてきた。
長い時間を、ただ二人で楽しんで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

道の先には……(僕と先輩の異世界とりかえばや物語)

神山 備
ファンタジー
「道の先には……」と「稀代の魔術師」特に時系列が入り組んでいるので、地球組視点で改稿しました。 僕(宮本美久)と先輩(鮎川幸太郎)は営業に出る途中道に迷って崖から落下。車が壊れなかのは良かったけど、着いた先がなんだか変。オラトリオって、グランディールって何? そんな僕たちと異世界人マシュー・カールの異世界珍道中。 ※今回、改稿するにあたって、旧「道の先には……」に続編の「赤ちゃんパニック」を加え、恋愛オンリーの「経験値ゼロ」を外してお届けします。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

どーも、反逆のオッサンです

わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん
ファンタジー
 オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。  その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。  モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。  温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。 それでも戦わなければならない。  それがこの世界における男だからだ。  湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。  そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。 挿絵:夢路ぽに様 https://www.pixiv.net/users/14840570 ※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...