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そして終戦へ
とある看守
しおりを挟むあれから何日経ったのか分からない。ここがどこなのか分からない。カレンダーも無ければラジオやテレビも無い。そんな無機質な独房に俺はいる。唯一の情報源と言えば檻の向こうにいる看守だった。この看守は時折世界で起きている情報やニュースを教えてくれる。だがその大半は、ジェネッサが勝っている、お前らはセグワ人は全滅だ、とか偏向的な情報だった。戦争の経過についてはジェネッサの優勢の一点張りだったため最近では俺の方から断っている。
1日1日、ただただ時間だけが過ぎて行った。朝と夜に食事が出されるが、戦線で満足に食事が出来ない仲間の事を思うと食欲すら湧かなかった。
そんなある日、新任の看守がやって来た。俺は試すように今の戦線について聞いてみた。その看守は以前の看守と違って言える事全て話してくれた。
「ハーグスの戦いではセグワの麓の部隊が打ち破られて、大半が高地に退避して最後の抵抗をしていて、それでロレーヌでも防衛戦が始まってゲリラ戦で泥沼化している。」
俺はそれを聞いて大きなため息をついて壁にもたれかかった。ふと簡素なベットの上に置いてあった自分のポーチに気がついた。俺はそれを手にして再度壁際に腰を下ろした。
「看守さん。見てくださいよ。」
俺はポーチの中身を全て取り出して看守に見せた。取り出すのはトヨ以来だった。
「全部、俺の戦友なんです。」
唐突な俺の発言に困惑の色を見せたが看守は胸の内ポケットから2つのドックタグを取り出した。
「私はあなたのような兵士とは違うのですが、これはハーグスで戦死した弟たちの物なんです。」
「弟?」
「ええ。私には2人の弟がいまして、このドックタグは次男ので、こっちは末の弟の物なんです。」
「2人はこの島で?」
「末の弟はそうです。1日前に私宛に訃報が入りまして、次男はバンク戦線で、もう6ヶ月近くになります。次男の遺体は見られなかったのですが、末の方は縁があって昨日見たんです。それを見て思ったんです。戦争はダメだなって。その、弟の左の頬にナイフで突き刺された跡があったんです。どれほど辛い思いで死んだのだろうかと想像すればするほど、辛くなってしまうんです。」
それを聞いて抜け殻のようになった。全てが脱力され一瞬失神しそうになった。
「ど、どうかされました」
看守が俺の顔をマジマジと心配そうな顔で見てきた。そして箱ティッシュを渡された。
「なにかなってますか」
自分でも恥ずかしくなる程に声を震わせながら尋ねていたと思う。
「涙です。急に、どうかされましたか?」
差し出されたティッシュは使わずに返して袖で目をこすった。顔が焼けるように熱く感じられた。俺は申し訳ない気持ちを抑えきれず、子どもみたいに泣きながら看守に事の有り様を全て伝えた。
「俺が、俺があなたの末の弟を殺したんです。俺は彼を見逃すことが出来たはずだった、殺さずに逃がす機会があったんです。けど、けど俺は、ちっぽけな自尊心に負けて殺した。俺は自分に負けてあなたの弟を殺したんです。申し訳ありません。」
額から血が出るほど強く打ち付けて謝罪した。許される事を望んだわけでは無いが、何度も何度も繰り返して謝っていた。看守は檻の隙間から俺の肩に手を当てて来て、ぐじゃぐじゃの泣き顔で看守を見上げた。
「あなたが悪いわけじゃないんだ。」
看守はそれだけしか言わなかったが言葉以上に涙を必死にこらえる彼の顔が全てを語っていた。
「犠牲の出ない戦争なんてものはありませんし、その事自体、我々自身が一番知っている事です。あなたは任務を全うして私の弟を殺した。それは到底許しがたい物です。ですがそれと同時に私は安心しました。弟を殺した人間がちゃんと表に出て私に謝ってきてくれたから。あなたは運良く生き残った。なぜ生きているのか不思議に思いませんか?」
看守はとうとう抑えきれずに一筋の涙をこぼした。
「それはきっと、何かあなたにしなければならないことがあって生かされているのだからでは無いでしょうか?」
看守はそう言うと立ち上がって、奥の部屋へと入って行った。その日はずっと泣いていた。戦争と従軍した自分を心の底から恨んだ。だが、俺は看守の一言で自ら死ぬという選択肢を消し去った。
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