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第三章

1.寄合 その①:〝露出狂〟

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 1.寄合

 ドンという重低音が腹の底に響く度、私の体がビクッと跳ねる。

「大丈夫、大丈夫よ……! 私なら出来るわ……!」

 腕で体を抑えつけながら、私はそう自分に言い聞かせた。

 今日の魔法実技の授業は、高級属性魔法である雷属性魔法の試験だ。

 基本の四属性である火、土、水、風を初等属性魔法、二つ組み合わせたものを中級属性魔法(例:グィネヴィアの得意な氷属性は水+風、クラウディア教官の得意な泥属性は土+水)、三つ組み合わせたものを高級属性魔法と呼ぶ(例:ルゥの得意な木属性は土+水+風、そして雷属性は火+水+風)。

 試験の内容は単純明快で、魔女見習いを数人ずつ前に呼び出し、数十メートル離れた的に向かって高級属性魔法を放たせ、その威力や魔法構築速度などを見るだけだ。

 再びドンという音が響き、私は心底震え上がった。

「私だって、前の授業では使えたんだから……」
「一回だけだけどな」
「黙ってなさい!」

 誂うようにあっちこっちへ逃げ回るマネの触手と格闘していると、遂に私にもお呼びがかかった。

 ガッチガチに緊張しながら前に出ると、まだ心の準備が出来ていないにも関わらず、担任教師は冷淡に開始を告げやがる。慌てふためき杖を構えて魔法の構築を始めるも、緊張から魔力操作が覚束ない。

(やばいやばいやばい……!)

 焦りが魔力操作を乱し、乱れた事で更に焦る悪循環。ただ時間だけが無為に過ぎ、
構築速度の評価点がガリガリ削れてゆく。

 皆、見ている。

 そこで、嗤っているのか。

(――考えるな! 集中、集中するのよ!)

 私は聴覚を意識的に閉ざし、ちろりと顔を出したを増幅させて焦りを塗り潰す。そうすると、途端に頭が冷えてきて、魔力操作も落ち着きを見せ始める。

 ――やれる!

「空を裂き、けたたましく駆けよ――【落雷ライトニング・ボルト】!」

 出た。火+水+風の三属性から成る紛うことなき正真正銘の高級属性、雷属性魔法が私の杖先から放たれた。

(出来た、私にも……!)

 眩い光と共に生まれたいかずちは魔力の導線に従って空を引き裂く。そして、瞬く間に数十メートル離れた的のもとまで走った。狙い通り!

 そのまま的の中心を貫いて――貫いて……?

「あれ?」

 確かに雷は的の中心に命中した。が、ポスンと小さな黒ずみを残しただけで、雷は消えてしまった。これでは静電気程度の威力しか出ていない。

「あっははははは!」

 あまりのショボさに虚を衝かれていた観客たちが我に返り、ドッと笑いが起こる。久しく聞いていなかった種類の笑いだ。私を見下し、嘲り、取るに足らないものと断ずる、低きに這いずる私の脳天へ天上から注がれる類の笑い。

 ああ、懐かしき怒りが込み上げてきた。

「――今、笑った奴! 全員叩き切ってやるから、そっ首並べて出てきなさい!」
「おうおう、やれやれ。やっちまえー」

 マネに煽られながら生徒たちの中に飛び込むと、皆我先にと逃げ出し大混乱が発生した。授業は荒れに荒れ、試験は一時中断を余儀なくされた。




 職員室での説教が終わり、寮へ戻るべく学院の敷地内を歩いていると、何処からかくすくすと嘲笑が聞こえた。だが、振り向いた時には既に、その笑い声の主は大勢の生徒たちの間に紛れて消えている。

 最近、陰口の種類が変わってきた。

 面と向かって放たれていた心無い言葉は今のように闇に影に群衆に紛れ、堂々と見下すような笑いは徐々に声量を落として囁き程度に、そして代わりに隠しきれない妬み嫉みがそこはかとなく滲み出るようになった。

 それは私が徐々に頭角を現し、実技や折節実習エクストラ・クルリクルムなどで無視し得ない成果を上げ始めたというだけでなく、所属する王党派が出してくれた号令により学院内のほぼ半数が口を噤まされたことも陰口の変化を後押しした。

 奇しくも、さっきの授業で久々に昔の扱いを味わったことで、過去と現在の変化をより深く実感させられた。

(人間、変わるものねぇ……)

 しみじみと感慨に浸りながら歩いていると、ふと誰かの雑談が耳を掠める。

「だから……夜……露出狂……」

 迷わず、私は解放バーストでその声のもとへ駆けた。

「ちょっと! アンタ今、私のこと露出狂って言った!?」
「え、ち、ちがうよ。あの、リンとは別の露出狂……」

 私は脊髄反射で彼女たちに食ってかかったが、その困惑ぶりを見るにどうやら本当に違うようだ。そもそも、私の方を見てなかったし。

「あら、ごめんなさい」

 またかと思い、私はすぐに彼女たちから離れた。それというのも、彼女たちの言う『露出狂』には私も心当たりがあったからだ。

 時は少し戻り、中等部へ進級してから一ヶ月半が経った頃のことである。

 ――王都に〝露出狂〟現る!

 そのあまりに鮮烈な話題はたちまち学院にまで到達し、魔女見習いたちの歓談のネタとして頻繁に取り沙汰されるようになった。

 とある噂好きの生徒曰く、件の〝露出狂〟は毎夜毎夜闇に紛れて現れ、捕縛しようとする警邏の手をも擦り抜け、縦横無尽に王都を走り回っているという。

 ……全裸で。

 正体は不明。目的も不明。なれど、目撃証言は腐るほどある。

 急に前方から全裸の変態が走ってきて驚いてたが、別に局部を見せつける訳でもなくそのまま背後に走り去っていったとか。窓から星を眺めていたら目の前の屋根を飛び移っていったとか。そういう露出狂然としたものから。

 暴漢に絡まれているところを助けてもらったとか。悪徳貴族から金品を盗み、貧困に喘ぐ者たちに配って回る義賊であるとか。自由を謳う宣教師であるとか。なぜだか、英雄視して讃えるようなものまで沢山ある。

 噂が噂を呼び、後追いの模倣犯らしきものまで出てきたりと騒ぎは段々と収拾がつかなくなり、遂には一般市民からの『捕縛依頼』が市井の掲示板に張り出されるようにまでなった。

 その額、なんと五十万リーブラ

「これはもう看過できないわね」

 警邏の手を擦り抜け、屋根の上をも自由自在に飛び回るという身体能力。間違いなく、彼はここ最近になって露出――二重の意味で――を増してきている月を蝕むものリクィヤレハだろう。然るべき機関も既に動き出しているようなのがその証拠だ。

 なら、そちらに任せておけばいいとも思うだろうが、これはもはや他人事では済まされない。さっきのように『露出狂』だの『変態』だの『破廉恥』だの……王党派の号令によってせっかく収まりかけていた私の悪評が、ここに来て再燃し始めている。

 これは極めて由々しき事態だ!

「絶対にとっ捕まえてやるわ!」
「おー、なんかやる気だな。がんばれ」
「……アンタも頑張るのよ! マネ!」

 そうと決まれば善は急げだ。私は早速その足でロクサーヌ一派のもとを訪ねた。

 学院中庭のガーデンテーブルに彼女たちは居た。最近はあまりにも大所帯になりすぎて誰かの部屋などに集めるのでは手狭になってしまったので、この中庭を溜まり場にしているらしい。

「こんにちは、ロクサーヌ。今いい?」
「よう!」

 マネの触手と共に挨拶すると、ロクサーヌを始めテーブルの連中が一斉にこちらを見た。けれども、なんだか知らない顔が多い。この中で話したことがあるのはサマンサぐらいだろうか。

「おお、リンさん! ちょうど良いところに。皆様、紹介いたしますわ。彼女が、わたくしの親友のリンさんです。そして、さっきの触手が使い魔メイトのマネさん」
「はあ、よろしく」

 適当に挨拶すると、知らない顔の連中も適当にぱらぱらと返してくれた。

 ……何これ。

「知らない顔が多いわね。どうしたの?」
「彼女たちの殆どは中等部一年生ですわ。中等部から新たに始まるカリキュラムや二年生で契約する使い魔メイトのことなどを話して、交友を深めてましたの」
「ふーん、手が早いわねー」

 まあ、進級からそろそろ三ヶ月近く経つ。初等部から中等部へ上がる際には、初等部寮から中等部寮へ移ったり、授業も様々な地方・階級からやってくる学院生の足並みを揃える為の一般教養中心の授業から魔法中心の授業に変わったりと、いろいろバタバタする。

 だが二ヶ月も経つと、新たな生活にも慣れて落ち着いてくる頃だから、接触する時期的にはちょうど良いのかもしれない。ロクサーヌの人と仲良くなる才能の一端を垣間見た。

 ともかく、そういう集まりなら長居すればするだけ居心地は悪そうだ。既に、お前には興味ないという厳しい視線が全方位から突き刺さっている。さっさと本題に入ろう。

「ねえ、〝露出狂〟について何か知らない?」

 単刀直入に聞くと、ロクサーヌはびっくりしたように目を丸くした。バカか?

「……私じゃないほうよ」
「あ、ああ! もちろん分かっていましたわ」

 どうだか。

「しかし、それなら王党派の方々に聞いた方が宜しいのでは? わたくしは、所詮誰でも知っているような噂話しか存じませんことよ」
「王党派? なんでよ」
「あら、リンさんが頼んだ訳じゃありませんの? なんでも王党派の方々は今、躍起になって〝露出狂〟を探しているそうですわよ」

 頼んでない。なにせ、さっき捕まえてやろうと決めたところだ。王党派がそんなことをしてくれているとは知らなかった。私に気を回してくれたのだろうか。

「あんがとね、取り敢えず王党派のサロンにでも行って誰かに話を聞いてくるわ」

 それじゃ、お邪魔虫は退散退散。

 中庭を後にし、私は王党派サロンへ向かった。いつものように二人の門番が立っている豪華な扉の前に来ると、恭しく門番が扉を開けてくれる。もはや顔パスだ。彼らとも、もう一年の付き合いになる。

 サロンでは、男二人が真剣な顔つきで会話していた。一方は貴族、もう一方は従者の装いだ。

「おお、リン君! 今日も君は薔薇のように美しいね……!」

 貴族の方、高等部一年生へ進級し、特進クラスプロヴェクタ・クラシスに入ったベンが話しかけてきた。特進クラスプロヴェクタ・クラシスに入れていることからも分かる通り実力は確かだが、顔を合わせる度に口説かれるようでは尊敬しようにもできない。というか、ポーラが居るだろうに。本人曰く、こういう言動がクセになってしまっているらしい。

 はいつものように、さっきまでの真剣さを欠片も感じさせない、よそ行きのすまし顔でこっちに近寄ってくる。それを見て従者の方はさっと身を引き、サロンから出ていった。

「何の話してたの」
「そんなことより、これからどうだい? 良い店を見つけたんだ。一緒に夕食でも――」
「〝露出狂〟のこと?」

 肩に乗せられた手を振り払いながら適当に振ってみたら、ベンは大袈裟に息を呑んだ。舞台俳優か?

「そうか、既にリン君も〝露出狂〟のことを知っていたか……」
「そりゃね。王党派が動いてるのはさっき知ったとこだけど」
「……実は、その、例の〝露出狂〟の所為でリン君にが立ち、風評被害が発生しているようだったから……」
「気を回してくれたって訳? そりゃどーも」

 発起人は誰だか知らないが、私を思ってやってくれたことだ。一応、感謝しておこう。

 それからベンの話を聞くと、今夜は〝露出狂〟の目撃証言が集中する地区を中心に王党派を動員し、〝露出狂〟を狩り出す予定らしい。さっき、店に誘ったのはそこから離そうとしてたという訳か。ベンはそういう細かい気遣いのできる男だ。

「ねえ、私もそれに加えなさいよ」
「……理由を聞いても?」
「ムカつくから」

 そう言うと、ベンは一瞬きょとんとしたが、すぐに「リン君らしい」と声を上げて笑った。

「良いよ。人員は多ければ多いほど捕まえやすくはなるだろうし、配置を調整してみるよ」
「やった! 絶対にこの手でとっ捕まえてやるわ!」
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