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カルテNo.4 百数十歳、女性。魔族、紫髪。強制入院。先生の言うことは聞きなさい。

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 それは、ほとんど無傷で立っている悠馬の姿だ。

「軽いな、お前の剣は。軽すぎる。これじゃあ、そのへんの冒険者達にも返り討ちだぞ?」
「な……なに……?」

 イルマの魔力弾も魔力剣も通じない。
 そんなことは、イルマが生きてきて経験したことのないことであった。何が起こっているのかわからない。自分が本気で力をぶつけた相手は今まで例外なくこの世から去っていた。
 だが、なぜ目の前の男が平然と立っているのか。あれだけ切り付けても無傷でいられるのかイルマにはわからなかった。

「なんだ……お前は……」

 茫然とするイルマに向かって悠馬は淡々と告げる。

「俺にお前は敵わないってわかったか? このままじゃ、お前が疲れきるまでやっても俺を倒すなんてできやしない。もし降参して奈緒を返すっていうなら――」
「きえええぇぇいぃぃぃぃ!」

 一瞬で悠馬の二倍ほどに膨らんだ魔力弾を至近距離でうつ。目の前で弾ける魔力弾をみてイルマはにやりと笑うが――。

「だからさ……軽いっていってんだろうがぁ!」

 声を張り上げながら、悠馬がエクスカリバーを横なぎにする。
 それだけで、イルマの右腕、肋骨の骨が砕け、内臓をつぶし、衝撃に耐えきれなかったイルマの身体が弾かれたように飛んでいく。まるでボールのように転がりながら地面に倒れるイルマは、体を起こすのがやっと状態だ。

「が……、がふっ」

 そんなイルマに悠馬は悠然と近づいていく。

「お前さ、人の忠告は真面目に聞くもんだぞ? いいから、奈緒を返せ。さもないと、もう一発お見舞いししちまうぞ?」
「な、なぜ人間がこのような力を……」
「俺だけじゃない。俺くらいのやつだったらいくらでもいたさ。お前が単に弱いだけだ」
「馬鹿な……そんなこと、あるはずが」
「魔王と呼ばれておいて、こんなに弱いなんて拍子抜けだな。戦う前までびびってた自分が恥ずかしい」

 そう言って悠馬は頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。その仕草が、イルマを余計に苛立たせる。

「愚弄しおって……許さん、許さんぞぉ、人間……。真魔王、ヴォルフ様から引き継がれた魔王という称号。このまま、滅ぼされるわけにはいかん!」

 ぶつぶつとつぶやく様な声に、悠馬は思わず耳を向けた。

「おい、お前、今なんて――」

 そう言いながら、手を伸ばそうとした刹那、イルマは急に飛び上がり、苦しそうに胸を抑える。
 そして、急速に膨れ上がる魔力を感じて、悠馬は何事かと警戒した。

「ぐ、ぐご、があぁぁ」

 うめき声をあげながら、イルマは苦しそうに身悶えている。そして、甲高い叫び声を上げたかと思うと、その背中から二枚の翼が生え出てきた。

「――っ!?」

 全身もだんだんと巨大になり、腕や足も太くなっていく。手のひらは分厚くなり爪は肥大化し、すでに女であったという面影はほぼない。
 ようやくうめき声が止んだとおもったら、イルマの姿は獣のようになっていた。それを見て、悠馬は思わず距離をとる。そして、サラやリファエルへと近づくと、目の前の現象について答えを求めた。


「なぁ、なんだ、あれは」

 悠馬の問いかけに、サラが険しい顔をしながら答える。

「魔族の中には、自分の能力を上げるために変身する固体があるらしい。私も初めて見たが……すさまじい力の波動だ」
「ユーマ様。先ほどまでの魔王と比べて、魔力量だけでいっても軽く三倍は超えています。こうなると、もう私程度では役に立たないかもしれません」

 悲壮な顔をしているリファエルとサラ。悠馬も、変形していくイルマから感じる圧力に思わず顔を引きつらせた。

「ありゃ反則だよな。まだ俺も全盛期ほど力が出せてないから不安しかない」

 そうつぶやく悠馬の背中をサラがじっと見つめる。そして、手元にあるエクスカリバーを見て目を見開いていた。

「悠馬殿。これは、まさか――」
「ん? 知ってるのか? こいつは、俺の愛剣だ。切れないし重いし使い勝手は最悪だが、ずっと一緒にやってきた相棒だからな。愛着だけはある」
「ずっと使って……」

 茫然とするサラを後目に、悠馬はすっと目を細めた。そして、先ほどイルマが言っていた名前を思い出す。自分の親友であるヴォルフの名を。

「あいつはさっき、真魔王ヴォルフって言っていた」
「え――」

 リファエルは驚きの表情を浮かべたが、サラはその名前を聞いて歯をぎしりと鳴らせた。その反応に、思わず悠馬も動揺する。

「知ってるのか?」
「何を馬鹿なことを。知っているも何も、それがすべての元凶だ……。真魔王ヴォルフ。魔族の始祖であり、すべての悪の根源。その血脈が代々受け継がれ、魔王が生まれてきた。有名な話だ」
「つまり……あのイルマってのも、ヴォルフの子孫ってことか?」
「すでに血は薄いだろうがな。褐色の肌を持つ魔族すべてがヴォルフの子孫ともいえる」
「魔族など、昔は取るに足らん存在であったがな、我もあれほどの力を持つ魔族を知らぬ。やはり、真魔王の血を引いていることは間違いないのじゃろうな」

 じっと黙っていた大人ミロルも会話に加わり、ヴォルフと魔王の真実を語る。その内容に、悠馬は動揺を通りこし、どこか呆れていた。

「確かにあの肌の色は見覚えはあったけどさ……さすがに真魔王とか魔族とか、あいつが聞いたら泣いて嫌がるだろうな」

 そう言って、悠馬はちいさく微笑み、そして大きく伸びをする。

「さてと。そしたら、すこしばかり気合いいれていくか。奈緒も心配だし、助けなきゃならない奴が増えたからな」

 悠馬の発言の意図がわからずきょとんとする皆を置き去りにして、悠馬は再び飛び出した。
 巨大な姿になったイルマを見据えて、悠馬はエクスカリバーを握る手に、ぐっと力を込めていく。
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