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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

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 ミロルが倒れるほんの少し前。悠馬とリファエルの所には奈緒が訪れていた。通っている大学の講義が終わり、夕食の準備のために買い物にでかけるところなのだという。

「それでさ、今日は何か食べたいものある?」

 リファエルが診察室の物品を片付けているところに問いかけた。

「私ですか? 私はなんでもいいですよ。奈緒さんの料理はいつでもおいしいですから」
「またなんでもいいって言うー。それが一番困るんだから。じゃあ、悠馬は何かある?」
「俺? そうだなぁ……。サラが病み上がりだから消化にいいものがいいな」

 悠馬の言葉を受けて、奈緒がうんうんとうねりながら考え始めた。

「ならおうどんとか、お鍋にして雑炊とか、炭水化物系がいいよね。あんまりお肉とかたくさんはよくないかなー。お野菜も食物繊維は控えめにして……」

 そうぶつぶつと自身の頭の中で計画を煮詰めていく。そんな奈緒をみて、意地悪そうな笑みを浮かべたリファエルが一言告げた。

「私は、本当に奈緒さんの作る料理が好きですよ。……胸が小さくなる効能がないかどうかだけは心配ですけどね」
「今、なんていいました?」

 例のごとく、奈緒の額には青筋が浮かびあがり、握られた手には血管が怒張している。そんな奈緒の様子を気にもかけずにリファエルは言葉を重ねた。

「だって、奈緒さんは自分の料理ばかり食べているからそんなにスリムでいられるんでしょう? なら、奈緒さんの料理で私の胸がなくなってしまう可能性だってあるじゃありませんか。あ、間違えました。私のではなくユーマ様のものですね」

 そういってリファエルは悠馬の腕にからみつき胸を押し当てる。その胸は大きくたわみ、盛り上がるようにしながら悠馬の腕を包み込んだ。

「な、ちょっ、おい! カルテが書けないだろ? 離してくれよ!」
「そんな恥ずかしがらないでください。いいんですよ? ユーマ様の好きなようにいじっていただいても――」
「待て! 待てよ! いろいろとそれはまずいって」

 逃げようとする悠馬とそれを離さんとするリファエル。傍からみると、単にいちゃついているようにしか見えない二人。おそらく、全世界の男達は悠馬に爆発しろと願っていることだろう。
 奈緒は、プルプルと全身を震わせて怒りに耐えていた。だが、それも限界にきているのだろう。真っ赤な顔をして勢いよく両手を上げたと思ったら、大声で叫び始めた。

「だから、毎度毎度失礼ですよ! いい加減にしてください!」
「そんなに目くじら立てなくても……そんなに不満なら、奈緒さんも一緒にどうですか?」
「なっ――!? なにいってるんですか!? そんな、リファエルさんと一緒にだなんて……一緒に、そんな、恥ずかしい……私、胸ないし……」

 急にすぼんでいくかのように奈緒はさらに顔を赤らめ小さく縮こまる。リファエルと同じように胸を押し付ける場面を想像してしまったのか、もじもじと指をいじりながら恥ずかしそうにしていた。

「ゆ、悠馬がしてほしいっていうなら、別に考えなくもな――」

 奈緒が決死の覚悟を伝えている最中、そう、最中であったが唐突に、悠馬とリファエルを何かが襲う。

 それは違和感。
 
 二人が感じたのはまさにそれだった。唐突にすさまじい量の魔力がうごめくのを感じたのだ。だが、魔法が行使される気配もなく、うごめいた魔力は唐突に消え去った。それは異常。そう、魔力を操るものからすると、考えられない非常識な出来事だったのだ。

「ユーマ様!」
「ああ! なんだよ、今のは。うちの庭のほうだぞ!?」

 今までの騒動がなかったかのように、慌てて診察室を飛び出す悠馬とリファエル。その様子をみて、状況を飲み込めない奈緒はおろおろと慌てていた。

「え? なに? なにがあったの!? ねぇ、ちょっと!」

 そして、ようやく奈緒も二人の後を追った。すでに二人の後ろ姿はなく、庭という言葉だけを頼りに走る。
 奈緒が庭に行くと、そこには妙な光景が広がっていた。

 それは、庭に倒れるミロル。険しい顔をした悠馬とリファエル。そして、二人に睨まれている見たこともない浅黒い美女だった。

「ミロルちゃん!? 大丈夫?」

 慌てて倒れているミロルに駆け寄る奈緒。ミロルを抱き上げると、暖かく、呼吸をしているのが抱きしめた腕から伝わってきた。
 なにかあったのでは、と思った奈緒は、思わずほっと息とつく。それと同時に、ミロルが倒れているのに突っ立っている悠馬とリファエルにふつふつと怒りがわいてきた。

「ねぇ、ちょっと! あの女の人は知り合いなの? 知り合いの人が気になるのはわかるけど、ミロルちゃんが倒れてるならそっちのほうが先じゃない!?」

 ミロルを抱き上げ、悠馬へとつっかかる奈緒。だが、奈緒の怒りの言葉を受けた悠馬は、微動だにしない。目の前の美女から決して目をそらさない。

「ちょっと聞いてるの? ねぇ――」
「すぐにミロルをつれて家の中に入ってろ」

 奈緒の言葉を遮り、悠馬が堅い口調でそう告げた。その言い方にさらに怒りを燃え上がらせる。

「何その言い方。私が言いたいのは」
「いいから行け。二度も言わせるな」

 そう告げた悠馬の身体から青白い炎が吹き上がった。思わず奈緒は二、三歩後ずさるがすぐにそれが勘違いだったと知る。
 悠馬からほとばしる青白い炎。それは単に悠馬から感じる圧力だった。冷たさと熱さを内包したかのようなその圧力に奈緒は思わず唾を飲みこんだ。そして、今までずっと一緒にいて、初めて感じた圧力だった。初めて、恐怖を感じた瞬間だった。

「ゆ、うま……」

 そして、その圧力はいまだ収まることがない。奈緒の知らない人間がそこにいた。
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