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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

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「いただきます」
「いただきまーす!」

 権蔵の掛け声のもと、秋瀬家の食卓には今日も大勢の声が響いている。家主である権蔵、その娘の奈緒、悠馬、リファエル、ミロル、そして先ほど訪れたというサラ・アルストラも食卓に加わっていた。

「もう、悠馬ったら。いきなりサラさんを連れてくるんだから。量は十分足りるだろうけど……いつも通りの和食で大丈夫?」

 例のごとく、奈緒は見るからに外国人風なサラに料理が口に合うのか不安げだ。だが、悠馬はそんな不安を払しょくするかのような笑顔で応対する。

「大丈夫だろ。ミロルだって喜んで食ってたじゃないか。案外、異世界でも和食ってのは流行るんじゃないか? 奈緒の料理はうまいしな」

 そう言いながら、悠馬は奈緒の料理をほおばった。その言葉と食べる様子をみて、奈緒は満足げに微笑む。

「それよりも、サラさんは勇者っていってたっけ? それこそ、なんだかゲームに出てきそうだよね」
「まあ、そうだよな。今では、勇者ってのは普通にいるのか?」
「それはそうだろう。勇者と魔王との争いは大昔から続いている。初代勇者が現れてから、すでに数百年は経っているが、いまだに決着はつかない」
「数百年……」 

 箸をとめて考え込む悠馬に、リファエルはそっと筑前煮を差し出した。もちろん、リファエルが持つ箸に挟まれた筑前煮が、だ。

「ほら、ユーマ様。いろいろと思い悩むのは結構ですが、おいしい料理が冷めてしまいますよ? あ~ん」
「ん? ああ」

 悠馬は咄嗟にその筑前煮をくわえこむ。いつもなら断られるだろう行為に、リファエルは満面の笑みだ。その様子をみて、奈緒はおもわずむっとする。

「私達とサラさんの知識や認識に違いが出るのは、同じ時代からこちらの世界に来たわけではない、ということなのでしょう。おそらくは私達よりも後の時代かと思いますが、長い間に勇者という存在も一般的になったのではないでしょうか」

 リファエルの言葉に、サラは何度か頷いて同意を示す。

「ああ。勇者というのは血筋ではなく、その時代のもっとも勇敢でありもっとも強いものがなるとされる。私はまだ未熟であり歴代の勇者の中でもあまり優秀なほうではないらしい。だが、魔王の脅威を食い止めなければならず、未熟ながら魔王に挑んだのだ」

 挑んだ末の顛末が現状である。サラは、思わず顔をしかめた。

「それにしたってすごいと思うぞ? 封印っていったって魔王を封印するってかなり莫大な魔力が必要だろ?」
「ええ、そうです。サラさんはすごいと思います。けれど、だからこそ私達には……」

 そういってリファエルは視線を落としてしまった。

「さっきも言っていたが……」
「ええ、私やユーマ様では封印魔法は使えません」
「そうか……」

 そういってサラも俯いた。


 そう、そもそも悠馬は治癒魔法師、リファエルは堕天使なのだ。
 悠馬は治癒魔法師となる前は前衛の冒険者として戦っていた経験があるためただの治癒魔法師とは一線を画すが、治癒魔法師の本分は当然のことながら治癒魔法である。治癒魔法とは人の傷や病気を癒したり、眠りに導いたり痛みを取り除いたりといった魔法なのだ。
 リファエルが使う聖魔法は、聖なる力で邪悪を滅する力である。それ以外にもいくつかの基礎魔法は使えるし、ごくごく簡単な封印なら聖魔法の応用で使うこともできるが、やはり専門ではない。魔王を封じるようなより専門的な封印魔法を使うには、悠馬もリファエルも分野が違いすぎるのだ。

「私は封印魔法を使うことができるが、自分の魔力を閉じ込めてしまうため自分自身を封印することはできない。だからこそ、魔力の高い二人を頼ってきたのだが……ここが異世界であるのなら、封印魔法の使い手を探すのも難しいということなのだろう」
「そう、なるな」

 そうつぶやきながら、悠馬は思わず箸と茶碗を机に置いた。

「なら、どうすればいいのだ……。私のこの身が尽きてから……問題はそのあとだ。魔王の寿命は私よりも数倍長いと言われている。だからこそ、私が死ぬ頃、魔王は封印された中で生きているし、当然そうなれば封印は解き放たれてしまうだろう。そうすれば、この世界は魔王の脅威にさらされてしまう。力を持たないこちらの人間たちはあっというまに滅ぼされてしまうだろう」

 淡々と話してるかのように見えて、サラはその両手をこれでもかと握りしめていた。まるで悔しさを絞り出すかのように、握られた拳からは血が滲む。そんなサラの様子をみて、悠馬もリファエルも奈緒も二の句が継げない。

 そんなとき、ようやく食事が終わったのだろう。口の周りにご飯粒をいっぱいつけたミロルが不思議そうに首を傾げていた。

「ねぇねぇ、なお」

 悠馬とリファエルと同じように、深刻な顔をしていた奈緒。そんな奈緒は唐突にミロルから声をかけられ思わず声が上ずった。

「な、なあに?」
「なんでみんな怖いかおしてるんだ?」
「なんでもないんだよ、だから大丈夫」

 そういって奈緒がミロルを抱きしめようとしたが、その腕をミロルはすり抜けた。そして、サラの前にとことこと歩いていくと、唐突にお腹の封印の後をさらけ出す。

「何を――!?」
「これがいけないの?」
「こら、ミロルちゃん!」

 奈緒の声に怒気が含まれたのを感じたミロルは、さっさと服を戻し走って逃げる。奈緒はミロルを追いかけて捕まえ抱き上げた。奈緒の腕の中でミロルは必死に暴れている。

「な! なにすんだよ、なお!」
「いきなり人のお腹を見ない! 見られたくない人だっているし、今は真面目な話をしてるんだよ? 邪魔しないの」
「邪魔してないよ! みろる、何もしてないよ!」

 奈緒は、この場の空気を読んだのだろう。ミロルを抱きかかえたまま台所へと歩いていく。問答無用で引き離されていくミロルだが、その扱いが我慢ならなかったのだろう。不満げに頬を膨らませたミロルは、抵抗の意を告げるべく必死で叫んでいた。

「まだ、食べたいよ! ねぇ、なお! 離して」
「だーめ。話が終わるまで、私とすこしお話してよ?」
「いやだ! みろるもみんなといっしょにいる! なお!」

 聞き分けのないミロルに、奈緒は困り顔だ。

「サラさんのお腹にされている封印のことで相談してるんだよ? だから、少し静かにしてて」
「みろるだってちゃんと相談のってやるのに。ミロルだって何かしたいー!」
「いいから。ほら、いくよ――」

 重い空気の中に響く子供の声はどうしてこうも堪えるのだろうか。

 悠馬は、なにもできない自分の無力さの感じながら、まっすぐなミロルの声に耳を塞ぎたくなった。
 ああも、まっすぐ何かをしたい。そう言えるのは無知だからだろうか、自分の力を信じているからだろうか。
 少なくとも、封印をどうこうできない現状で自分にやれることは何もない。それがわかってしまっている自分には、何も言えなかった。
 それが、とても歯がゆい。

 だが、奈緒とミロルの言い争いの一言に、悠馬は電撃は走ったかのよな衝撃を感じた。
 自分の硬い頭が揺さぶられた。
 自分が願う、誰かを救いたいという想いに、火をつけることができるかもしれない。
 そんな希望が、悠馬の中に生まれた。

「そんなのとっちゃえばいいのに! そしたら、もうおねえちゃんは大丈夫なんだろ!?」

 耳に突き刺さるように聞こえるミロルの声。その声を聴きながら悠馬は思う。

 ああ、俺は医者なんだと。
 
 単なる医者であれば、魔石の扱い方はわからない。故に何もできない。
 単なる治癒魔法師であれば、封印魔法という勝手の違う領域に手を出すことはできない。

 なら、医者であり治癒魔法師でもある自分ならば。

 できることが、あるのかもしれない。
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