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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

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 ようやく落ち着きを取り戻し女に、医者としての本分を思い出した悠馬が話しはじめる。それは、あたかも患者に問診するかのように、穏やかに始まった。

「さて。まあ、いきなりここは違う世界だと言われても信じられないだろうし、混乱はしているんだろうな。そこのところはおいおい受け入れてもらうとして……とりあえず互いの自己紹介からしないか? 名前もわからないんじゃ、コミュニケーションもなにもあったもんじゃないから」
「それはいいですね。さすがはユーマ様です」
「でだ。とりあえず俺からいこうか。俺は悠馬。こっちの世界を現世界、あんたがいた世界を異世界と定義すると……俺は異世界で三級治癒魔法師をやっていて、現世界で病気や怪我を治す仕事をやっているものだ。俺から魔力を感じるのは、異世界にかつて俺……というか俺の意識? がいたからなんだが、そのへんはよくわからないよな」

 悠馬自身もよくわからないことなのだから、人に説明するなどできるわけもない。
 そんなどこか曖昧な自己紹介を終えて女を見ると、その女はどこか困惑した顔を見せている。

「私がいた世界にいたのか……。なら魔力があるのも頷けるが。それにしても、三級とは優秀だったのだな。その、ユーマ殿? か。それほどの腕なら、さぞ有名なパーティにいたのだろう」
「三級が優秀? んなことないだろ。三級だと、部位欠損や再生なんかもできないし。俺は、せいぜい怪我をふさぐことくらいしかできない半端ものだったさ」
「部位欠損や再生など、それこそ高位の神官くらいしかできないのは周知の事実だ。謙遜するものではない。私と一緒に旅をしていた治癒魔法師も三級だった。何度その魔法に助けられたかわからない」 
「そうだったかな……。いっつも出来損ないと馬鹿にされたもんだが――」

 どこかかみ合わない二人の会話に首を傾げつつも、本筋を外れた話の展開にリファエルが口を挟んだ。

「まあまあ、二人とも。私の自己紹介もさせてください。申し遅れながら、私はリファエルと申します。元天使……なんですけど、今では天界からおとされた堕天使という扱いですね。現世界ではユーマ様を看護師としてお手伝いさせていただいています。よろしくお願いします」

 かつてミロルに自己紹介した時と同じように、女は目をぱちくりさせていた。が、すぐさま頭を何度か振った。異なる世界といい天使といい、わけのわからないことを考えても仕方ないと切り替えたのだろう。気を取り直したかのように背筋を伸ばし口を開いた。

「私はサラ・アルストラ。今代の勇者として、魔王の討伐をしていた。だが、魔王は強く、私の力をもってしても魔王は倒れなかったのだ。故に、こうして私の体内に魔王を封印した」

 そう言いながらサラは防具の下の服をまくる。
 すると、腹部に何やら赤黒い宝石のようなものが埋め込まれていた。その宝石からは血管のような管が何本も伸び、それぞれが不規則に拍動している。醸し出す異様さに、悠馬もリファエルも言葉が出ない。

「これは、魔石を利用した封印だ。魔石に込められていた魔力と私の魔力を用いて、自分より強い存在を封印することができる」

 どこか自慢げに語るサラだったが、すぐに顔を伏せると、魔石にそっと手を添えた。

「今はいい。今はこれで危険はない……だが、このままでは、私が死んだのち、魔王は復活してしまうだろう。だからこそ、私を封印してほしいのだ。そうすれば、私に封印された魔王は蘇ることはない。私よりも強い魔力を持つものしかできないことだ。頼む。私を封印してほしい」

 再度頭を下げるサラを見ながら、悠馬とリファエルは困ったように顔を見合わせた。
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