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カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調
⑭
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『不可視の者よ お前達に与えるは慈悲の心 消し尽くせ 今』
リファエルの魔法詠唱が終わると同時に、ミロルが寝ている部屋からは微生物達が消え失せる。それは、天使の力である聖魔法の応用だ。
聖魔法とは、生命そのものに干渉する魔法であり、それを応用させ、部屋の中を滅菌した。当然、人工呼吸器など診療所にあるわけがなく、リファエルが風魔法を使って呼吸を操る予定である。
悠馬はというと、わずかばかり入荷して置いてある滅菌されたガウンと手袋を身に着けミロルの横にたっていた。
「感染症の心配いらずだ……ありがたい」
リファエルの魔法に感謝の言葉をつぶやきつつ、悠馬はメスをもつ手に力を込める。
「ユーマ様のお父様にも感謝ですね」
「ああ。無駄に手広く器具や機械を取りそろえてたからな。あの人には必要なんだって、そのためだけに入荷したりな」
そういって、悠馬は手元に置いてある手術機械に目を落とす。そして軽く表情を緩ませると、すぐさま息を大きくすい唇をかみしめた。
「いくぞ……」
すでに、悠馬の睡眠魔法で眠っているミロル。その目の前で呟かれる言葉はミロルにかけたものなか、自分に対してなのか。
悠馬はゆっくりとメスを手にとる。鈍く光るメスを見ていると、その輝きと冒険者時代の剣の輝きが不意に重なった。
それと同時に、心臓が高鳴る。それは高揚感などではなく恐怖。人の命を刈り取るという、悠馬が最も忌避すべきことを自分がやろうとしている事実がどうしようもなく怖かったのだ。
だが、同時にやらなければミロルの命がないということも理解している。経験不足からくる緊張感もあり、悠馬は相反する意志を携えながらごくりと唾を飲みこんだ。
「こうしなきゃいけないってわかってても、やっぱり人の身体を傷つけるのは抵抗があるよな」
少なくとも、人の傷を必死になって治してきた治癒魔法師には、おいそれと認めることができない価値観だ。だが、それが必ずしも正しくはないことにも気づいている。人間の心はなかなかに複雑だ。
そして、悠馬はメスの刃をゆっくりとミロルの胸に差し込んだ。
割いた皮膚からすぐさま血があふれ出す。それをガーゼで吸い取りながら、悠馬は鎖骨から鳩尾のあたりまで素早く切り裂いた。
「炎の化身よ、あふれ出る力の一端を分け与え、我に一筋の淡い炎を……」
詠唱しながら、悠馬は自身の魔法を行使した。
その魔法は治癒魔法ではなく火の魔法だ。種火程度の火しか生み出せないが、その熱を攝子と呼ばれるピンセットのようなものに纏わせることで皮膚が焼ける。つまりは電子メスの止血効果と同じものを期待しての行使だった。それは、なんとかうまくいき、肉が焼ける匂いが部屋中に広がった。
「あとで、治してやるからな」
そうつぶやきながら、悠馬は胸骨を真っ二つに割り、そして割れた胸骨を広げるためにつっかえ棒を差し込んだ。そうして悠馬を出迎えたのは、胸の中、つまりは縦隔内に動いている心臓である。
ミロルの心臓の動きは弱々しく、やはり何かが詰まっているようにも見えたが心臓の周囲は空洞になっていた。その空洞と心臓との境目。そこに、魔力核と思しき石のようなものが見える。
「リファエル……これか?」
「はい。そこから強い魔力を感じますので、それが魔力核に違いありません」
「じゃあ、これを切除すれば――ってやっぱりそうなるよな」
悠馬がリファエルと話しながら魔力核に触れると、その魔力核は動かない。いや、動かないというと語弊があるが、魔力核が動くとその周りの組織も一緒に動いてしまう状況だったのだ。
「癒着してますね」
「そうだな。これは剥離しないととれないが……やるか。リファエル、バイタルは大丈夫か?」
「はい」
「じゃあ、いくぞ」
そういって悠馬は手に持っていたメスを置いた。すかさず、リファエルが悠馬の額の汗をぬぐい取る。
「これが取り出せなきゃミロルは死ぬんだ……」
自らに言い聞かせながら、悠馬は手術をすすめていった。
リファエルの魔法詠唱が終わると同時に、ミロルが寝ている部屋からは微生物達が消え失せる。それは、天使の力である聖魔法の応用だ。
聖魔法とは、生命そのものに干渉する魔法であり、それを応用させ、部屋の中を滅菌した。当然、人工呼吸器など診療所にあるわけがなく、リファエルが風魔法を使って呼吸を操る予定である。
悠馬はというと、わずかばかり入荷して置いてある滅菌されたガウンと手袋を身に着けミロルの横にたっていた。
「感染症の心配いらずだ……ありがたい」
リファエルの魔法に感謝の言葉をつぶやきつつ、悠馬はメスをもつ手に力を込める。
「ユーマ様のお父様にも感謝ですね」
「ああ。無駄に手広く器具や機械を取りそろえてたからな。あの人には必要なんだって、そのためだけに入荷したりな」
そういって、悠馬は手元に置いてある手術機械に目を落とす。そして軽く表情を緩ませると、すぐさま息を大きくすい唇をかみしめた。
「いくぞ……」
すでに、悠馬の睡眠魔法で眠っているミロル。その目の前で呟かれる言葉はミロルにかけたものなか、自分に対してなのか。
悠馬はゆっくりとメスを手にとる。鈍く光るメスを見ていると、その輝きと冒険者時代の剣の輝きが不意に重なった。
それと同時に、心臓が高鳴る。それは高揚感などではなく恐怖。人の命を刈り取るという、悠馬が最も忌避すべきことを自分がやろうとしている事実がどうしようもなく怖かったのだ。
だが、同時にやらなければミロルの命がないということも理解している。経験不足からくる緊張感もあり、悠馬は相反する意志を携えながらごくりと唾を飲みこんだ。
「こうしなきゃいけないってわかってても、やっぱり人の身体を傷つけるのは抵抗があるよな」
少なくとも、人の傷を必死になって治してきた治癒魔法師には、おいそれと認めることができない価値観だ。だが、それが必ずしも正しくはないことにも気づいている。人間の心はなかなかに複雑だ。
そして、悠馬はメスの刃をゆっくりとミロルの胸に差し込んだ。
割いた皮膚からすぐさま血があふれ出す。それをガーゼで吸い取りながら、悠馬は鎖骨から鳩尾のあたりまで素早く切り裂いた。
「炎の化身よ、あふれ出る力の一端を分け与え、我に一筋の淡い炎を……」
詠唱しながら、悠馬は自身の魔法を行使した。
その魔法は治癒魔法ではなく火の魔法だ。種火程度の火しか生み出せないが、その熱を攝子と呼ばれるピンセットのようなものに纏わせることで皮膚が焼ける。つまりは電子メスの止血効果と同じものを期待しての行使だった。それは、なんとかうまくいき、肉が焼ける匂いが部屋中に広がった。
「あとで、治してやるからな」
そうつぶやきながら、悠馬は胸骨を真っ二つに割り、そして割れた胸骨を広げるためにつっかえ棒を差し込んだ。そうして悠馬を出迎えたのは、胸の中、つまりは縦隔内に動いている心臓である。
ミロルの心臓の動きは弱々しく、やはり何かが詰まっているようにも見えたが心臓の周囲は空洞になっていた。その空洞と心臓との境目。そこに、魔力核と思しき石のようなものが見える。
「リファエル……これか?」
「はい。そこから強い魔力を感じますので、それが魔力核に違いありません」
「じゃあ、これを切除すれば――ってやっぱりそうなるよな」
悠馬がリファエルと話しながら魔力核に触れると、その魔力核は動かない。いや、動かないというと語弊があるが、魔力核が動くとその周りの組織も一緒に動いてしまう状況だったのだ。
「癒着してますね」
「そうだな。これは剥離しないととれないが……やるか。リファエル、バイタルは大丈夫か?」
「はい」
「じゃあ、いくぞ」
そういって悠馬は手に持っていたメスを置いた。すかさず、リファエルが悠馬の額の汗をぬぐい取る。
「これが取り出せなきゃミロルは死ぬんだ……」
自らに言い聞かせながら、悠馬は手術をすすめていった。
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