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カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調

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 点滴を入れ始め一時間ほど。

 だんだんと脱水が改善されてきたのか、脈拍も落ち着き血圧も上がってきていた。全身の冷や汗も改善されており容体は安定しているようだ。
 悠馬とリファエルは交代で看護を続けること一晩。朝になった頃には、すっかりエルフの症状は落ち着いていた。悠馬もそれをみてほっと息を吐く。
 あのままだったら零れ落ちていた何かを掴めたかのような、そんな達成感を感じていた。

 穏やかな感情を抱いていた悠馬の隣。そこから、どこか慌てたような声が飛びこんできた。

 悠馬が呆れたように脇をみると、そこには黒髪ボブカットの少女が立っていた。パーカーにショートパンツというラフな格好の女性は、驚きにその顔を染めている。ショートパンツからのびる足は健康的な肉付きであり、健全な男子ならば吸い寄せられるような魅力を秘めている。だが、悠馬はそんなものには目もくれない。慣れ親しんだ幼馴染の身体など、隅から隅まで知っているのだ。まあ、子供の頃の話だが。
 その幼馴染の目線の先。驚きの源。それは当然のことながら、診察室のベッドに寝ているエルフが原因だった。

「な、ななな、何よこれ! なんで!? なんで耳がこんなに長いの!? なんでとがってるの! なんで、こんなに綺麗な金髪なのぉ!?」

 その声は診療所内に響き渡り、当然、悠馬とリファエルの耳をも突き刺した。

「おいおい、少しは静かにしろって。病人を目の前にして非常識だ」
「そうですよ、奈緒さん。落ち着いてください。鎮静剤でも打ちますか? 一発で眠れます。永遠の眠りへの片道切符ですよ?」
「そんなこと言ったってわけがわからないし! それにリファエルさん、いつものことだけど言ってること怖いです!」
 
 診療所に響き渡る声の主。それは悠馬の幼馴染である秋瀬奈緒(あきせなお)の声だった。
 なぜ、ここに奈緒がいるかというと、悠馬の父親が亡くなった時の話をしなければならない。

 先代が亡くなった後。秦野医院は悠馬が引き継ぐことになったのだが、母親も小さい頃に他界しており、一人で実家である秦野医院に住むことになったのだ。その際に、幼馴染である奈緒が食生活を心配し一緒に食べることになったという、ありがちな話だ。
 当然、リファエルがいることですったもんだはあったのだが、今は割愛。現在も続いている秋瀬家との晩餐に昨日訪れなかったことから、奈緒が心配して様子を見に来たのだった。
 病人がいるなら何か手伝うと言って入ってきたらこれだ。
 悠馬は、耳を押さえながら、顔をしかめて奈緒に声をかける。

「いや、リファエルの言ってることは間違ってない。鎮静剤で死んだかもって言われてる超有名なシンガーだっているじゃないか。それに金髪なのはエルフだからな。そんなの常識だろうが」
「いや、そういう問題じゃないし常識でもないし!」
「そうですよ。奈緒さんはいつもうるさいですね。それだから、栄養を取られてそんな残念な姿に……」

 リファエルはそう言いながら、腕を組む。その上には、リファエルの大きな胸がずっしりと乗っている。そう乗っているのだ。下から持ち上げられ、ひしゃげた形の胸は強力な破壊力を携えていた。同じ女性である奈緒でさえも、おもわず顔を赤くする。この流れから言うまでもないが、奈緒の胸はお世辞にも大きいとは言えない。

「残念じゃありません! これでもそれなりにあるんですからね!」
「え!? それなりに?――ぐぇっ」

 つい奈緒の言葉で胸を見てしまったが、その否定的な内容もあってか、音速を超えた奈緒のひじ打ちで地面に沈む。

「この馬鹿悠馬! エッチ!」
「あら。ユーマ様、大丈夫ですか?」

 そう言いながら、リファエルはここぞとばかりに悠馬を抱きかかえ、その顔に胸を押し付け――ようとしたところ、奈緒の怒声が割り込んだ。

「リファエルさんもいい加減にしてください! ほら、患者さん、起きちゃいましたから」
 
 すると、寝ていた女が体を起こし、悠馬達を見つめていた。その視線はどこか訝しむような警戒するような、そんな視線だった。
 そんな女の姿に、突然近づくような真似をするような輩はここにはいない。
 悠馬は、今までのことがなかったかのように爽やかな笑みを浮かべると両手を広げて危険がないことをアピールする。

「うるさかったかな? まだ眠いようなら寝ていてもいいけど……現状の説明のほうがご所望かな?」

 その言葉に女は小さくうなづいた。

「わかった。だけど、その前に確認したいことがある」

 悠馬のその言葉に目の前の女は顔を険しくさせた。
 見知らぬ場所、見知らぬ人、それを目の前にしていきなり聞きたいことがあるなどといったら当然警戒もするだろう。だが、悠馬は聞かなければならなかった。そこをはっきりさせないと、どうにもすっきりしなかったのだ。

「そんな怖い顔しないでくれよ。大事なことなんだ……」

 悠馬はじっと女の目を見た。喉元まで出かかった言葉は、出口を目前にして思わず立ち止まる。
 これを聞いてしまったら、聞いてしまったのならもう後戻りはできない。そんな、漠然とした不安が心の中に暗雲として立ち込めた。だがやめることなどできない。
 悠馬は意を決して言葉を吐き出した。

「君の人種というか、種族は何かな?」

 その質問に、女は表情を険しくさせた。

「エルフじゃが……」

 悠馬とリファエルは思わず顔を歪めるしかなかった。
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