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第一章 死神と呼ばれた男

少年の始まりの物語⑧

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 がたがたと馬車は揺れる。

 スヴァトブルグがギルド所有の馬車の御者を務めながらぼんやりと前を向いていた。その横にはマルクスが座っており、スヴァトブルグとぽつりぽつり、言葉を交わしていた。
 空は、すでに日が沈みかかっている。間もなく夜が訪れ、日の元に生きるものたちの時間は終わるだろう。
 それでも、馬車の歩みはゆっくりだ。というのも、スヴァトブルグ達がここにくるまで、馬達の限界ぎりぎりまで飛ばしてきたからあまり無茶はできないのだ。いまは、人も馬も休みながら、急がない旅を楽しむのがよいのだろう。

「それにしても、勇者とかいうやつは薄情な奴だな。街にきて酒でも飲んだっていいのによ。どう思う、マルクス様よ」

 スヴァトブルグの問いかけに、マルクスは一時思案する。そして、納得のいく答えが見つかったのか、小さく頷きながら口を開いた。

「あの方も忙しいのでしょう。それに、いいところを彼に全部持っていかれてしまいましたから。プライドといものもあるのでしょうか」
「そういうもんかね。でも、ま、あの去り方は潔かったからな。気のいい奴なんだろうよ」

 そんなことを言いながら、二人は勇者の去り際を思い出す。
 勇者は、輝く黒い髪をたなびかせながら、笑顔を浮かべて馬車の窓から叫んでいた。

『帝国にくることがあれば、俺を頼ってくれって伝えといてくれ! まだまだ修行不足だってわかったからな! 次会う時は、こんな無様な姿は見せねぇよ! じゃあな! またな!』

 そういって手を振る様子は、世界を救ったことがある一角の人物ではなく、近所の兄貴分といった雰囲気だった。
 その時の顔を思い出して、スヴァトブルグは苦笑いを浮かべた。

「死ぬほど小僧のことを意識してるってことだな。一躍、時の人じゃねぇか」
「それはそうでしょう。ドンガの街でもきっと大変ですよ、彼は」

 そういって穏やかにほほ笑む二人は、悪魔が去った安堵感に満たされていた。

「で? 奇術師の方は、このままドンガの街に戻っていいのかい?」

 振り向くことなく告げられた言葉。その言葉は、御者台に近いところに座っていた女にかけられている。ローブを深くかぶり、その顔は見えない。

「途中でおろしとくれ。まっすぐドンガの街に向かった日には、面倒なことになるに違いないからねぇ。それに……」

 口ごもり女は馬車の中を見る。

「あの子の目が覚める前にはいなくなっていないとね。今あうと、どう怒っていいのかわからないからさ」
「怒るのかよ? まあ、じゃあ次の野営地の近くで下すぞ。そのあとは、お前さんならなんとかなるだろ?」
「ああ、助かるよ。勇者達は、遠回りだっていって、私をあんたの馬車に押し込むから面倒になるんだよ」
「いいじゃねぇか。懐かしい顔も見れただろ」

 奇術師は、小さく嘆息するとその体を小さく丸めてうずくまった。

「うるさいね。降りるときに起こしな。それまで話しかけるんじゃないよ」
「はいはい」

 スヴァトブルグは眉を上げると、肩をすくめた。素直ではない女の態度に、やや呆れていたからだ。
 だが、これ以上つつくと経験上、あまりよくないことが起こると知っていたため、スヴァトブルグは手綱を握りなおして馬に語り掛ける。

「あと少しだ。頑張ってくれよな」
「日が沈むまでに着くといいんですけどね」

 二人に応えるように、馬は小さく嘶いた。



 馬車の中には、奇術師を除くと、ルクスとカレラとフェリカがいた。
 ルクスとカレラは眠っており、静かな寝息を立てている。フェリカは、二人の顔を身ながら膝を抱えていた。顎を膝にのせて、ぼんやりと見つめていた。

『君が何者なのかは敢えて問わない。だが、伝言を頼みたい。そこの馬鹿に伝えておいてくれ。……そのまま立ち止まるな、と』

 そういって去っていくサジャの後ろ姿を思い出していた。
 思い返せば、封印の祠でルクスに殴り掛かっときにとめてくれたのは彼だった。そして、診療所で泣きわめいて出ていった後に声をかけてくれたのも彼だ。彼が、自分を誘い、封印の祠に連れて行かなければ、死にかけていたルクスの元に駆け付けることはできなかった。
 そう思うと、この伝言を伝えてもいいかと、妙に納得している自分がいる。

「変なの。誰かの頼みなんて、聞く義理なんてないのにね。あんたのせいで、すっかり妙な自分になっちゃったよ。ほんと……やめてよね」

 フェリカは、ほほ笑んでいた。だが、そのほほ笑みは、切なさとあきらめを内包しており、妙に物悲しかった。

「私とあんたは、今回限りの関係なんだから。妙な期待……しちゃだめだよね」

 その視線の先にはルクスがいた。フェリカは、その能天気な寝顔を見ながら、なぜこの少年にあんな力が宿っているのだろうと首を傾げる。こうしてみていると、どこか気の弱そうな、どこにでもいる少年にしか見えないのに。
 だが、実際は、あの戦いで見せたような、強い人間だ。その強さに、魅せられつつ、けれど、それを認めたくないがために心が必死で距離をとる。
 どうしても踏み込めない自分に、フェリカは妙な安心感を得ていた。

「どれだけすごい人になるのかな……いつか、世界の端っこにいても、死神の名前を聞くことになるんだろうな」

 妙な確信とともに、自分の未来とはきっと重ならない彼の未来に想いを馳せた。
 誰も聞かない独白は、馬車の車輪の音へと消えていった。

 ルクスとカレラは、次の野営地についてもまだ眠っていた。フェリカは、サジャの伝言を数日後にドンガの街の近くで話すことになる。
 そして一言、別れを告げてフェリカは元の生活に戻っていった。
 その別れは、きっと笑顔でできたと、胸を張りながら。
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