上 下
26 / 59
第一章 死神と呼ばれた男

襲来⑪

しおりを挟む
 カレラは、門の上から飛び降りるルクスをみて絶句した。
 
 ルクスは魔物を殺しつくすといった。そして、強引にカレラを連れて、戦地に立つこととなる。だが、あれだけの大見得を切ったのだから何らかの策があるだろうとも思っていた。しかし、現実は、何の策もない特攻。たかだか一人の人間が、これだけの数の魔物を相手取るなど不可能だ。
 カレラは、大声でルクスの名を呼びながら、一緒にいたいと生まれて初めて言ってくれた少年の未来を想像して胸を痛めた。

 だが、実際はどうだ。
 瞬く間に倒れていく魔物達。ルクスが腕を振るうと、真っ二つになって崩れ落ちる魔物達。
 あっという間に尋常ではない数の魔物が殺されていく様をみて、カレラは茫然としていた。それは、周囲の面々も同様だ。わけもわからず、ルクスの蛮勇を見つめている。

 そうしてどれくらいたっただろうか。
 あれだけ街に迫っていた魔物が、ルクスを囲んで距離をとったかと思うと、騎士団が参入して今では防衛側である人間たちが優勢だ。生き残った魔物は、様子を窺っていたり騎士団に向かっていき命を散らしたり、逃げ出したりしている。奇跡のような所業を成し遂げたルクスを遠目で見ながら、カレラは胸の鼓動のうるささに耳を塞ぎたくなるほどだった。
 
 自分のために魔物の群れに立ち向かったルクス。
 一緒にいてくれるとほほ笑んでくれたルクス。
 そんなルクスのことを考えるたびに、カレラの胸は締め付けられるように痛んだ。だが、その痛みは不快なものではない。とても暖かく抱きしめたくなるようなその痛みを、カレラはルクスの立ち姿に感じていたのだ。

 そんなルクスは、魔物の真ん中で立ちすくんでいた。どこか一仕事を終えたような、そんな気軽さで。
 その姿を見たカレラは、なぜだかおかしくなり笑みを零していた。自分の命を犠牲にしなければならなかったはずなのに。それなのに、ルクスは何もなかったかのように立っている。
 危機は去ったのだ。
 そう感じさせてくれるその姿の後ろに、カレラは信じられないものを見つけてしまった。

 赤い獅子。蝙蝠、サソリ。そのすべてを内包した凶悪な魔物がルクスに迫っていたのだ。カレラは思わず叫ぶ。だが、その声が届く距離にはルクスはいない。カレラはその身を投げ出し外にでると、倒れるルクスを見ながら走っていた。
 

 間もなく、ルクスは魔物の尾に突き刺されることになる。倒れるルクスだが、そこまでの距離は遠い。
 その後も何度もルクスとマンティコアはぶつかりあったが、ルクスがかろうじてその攻撃を避けているのがわかる。表情は歪み、体の動きも違和感があった。もしかしたら、マンティコアは毒をもっているのかもしれない。満身創痍のルクスが体勢を崩して短剣を構えてるところに、マンティコアが悠然と迫っていくのが見える。

 それはまるで花を摘み取るかのように軽く。
 子どもの遊びのように無邪気に。
 まるで当然のように命に食らいつく、

「ルクスぅーーーー!」
 
 ようやく近くまで来ることができたカレラは、叫びながら魔法を行使した。
 神聖魔法のすべてを使えるカレラ。
 そんなカレラだったが、今のルクスに必要な魔法が咄嗟に思い浮かばなかった。

 傷ついた体を治療してあげたい。だが、治癒魔法も自分の体から直接発動させるしかない。未だ、ルクスに手は届かず、ましてや、その効果はが出るには残された時間は短すぎた。
 守護魔法を使い、障壁を張ることも考えたが、自分が守れる範囲にルクスはまだいなかった。
 破邪魔法で撃退できる可能性もあるが、これだけ強力な魔物を確実に迎撃できる魔法は、神聖魔法には存在しなかった。

 カレラは瞬時に絶望を感じたが、その中で一筋の光りを見つけたのだ。
 それは、決して使われないはずだった魔法。すべての魔法を伝授されたカレラでさえ、使ったことのない魔法だ。
 カレラはその魔法を使うことを迷わなかった。ただ一人、手を差し伸べてくれた人を助けたい。そんな強い想いが、カレラにその一歩を踏み出させる

 カレラが叫んだのと同時に、ルクスの体が光輝く。
 直接触れなければ魔法は発動しない。しかし、その魔法は、そんな距離の問題など容易く乗り越えていた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!

桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。 令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。 婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。 なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。 はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの? たたき潰してさしあげますわ! そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます! ※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;) ご注意ください。m(_ _)m

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

処理中です...