その腕に囚われて

禎祥

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11、夢だと思いたかった (*微)

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「夢……?」

 目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井が視界に入る。
 妙に生々しい夢を見た、と眠気の取れない頭でぼーっと思う。
 俺が、男に抱かれるとか、欲求不満にしてもどうかしている。
 自嘲しながら起き上がろうとすると、腰に激痛が走った。

「!?」

 まさか、と慌てて布団を剥ぐ。
 ちゃんと寝間着を着ていた。しかし、手首には縛られていた痕が赤く痣になっている。
 夢ではないとわかると、行為の最中の男の息遣いや声、感触まで蘇ってきて。
 ズクン、と腰が疼いた。
 まるでまだ中に入っているかのように感じてしまい、顔が熱くなる。

「あ、起きた? ごはんできたけど、食べられそう?」
「!」

 男相手に乱れまくった自分の痴態まで思い出してしまった瞬間、いきなり部屋のドアが開いた。
 入ってきた男は、驚く俺に優し気な笑みを浮かべ体は平気かと聞いてくる。
 何故いるのか? いや、どうして彼が俺に食事を作っているのか?

「神戸、さん……? 何で……?」
「こら、二人きりの時は真って呼ぶ約束だろ?」
「!」

 昨日会社で会った時と同じスーツで、髪型もきちんと整えた知性的な神戸と、昨日自分を好き勝手に抱いたシンが同一人物には思えなかった。
 いや、それ以前に、この人は何故俺を抱いたんだ?
 あんな……思い出しそうになって、慌てて首を振って頭から昨夜の痴態を追い出す。

「どうした? 熱は……なさそうだな。良かった」

 混乱する俺の手を取ると、額を俺の額にくっつけてくるシン。
 いきなり近づいてきた整った顔に、ドキっとしてしまう。
 俺が熱を出していないとわかると、顔を離してニコリと微笑んだ。
 ほっとしたのも束の間、突然唇を奪われた。

「っ! ん、んンッ」

 チュ、と軽く触れるだけのキス。
 それに驚き何をするんだ、と文句を言おうと開いた口を再び塞がれた。
 噛みつくようなキスとはこういうのを言うのだろうか。経験が浅すぎて理解が追いつかない。
 開きかけた口から舌が侵入し、俺の舌をぬるりと絡め取る。

「ん~~~~~っ!」

 逃げようとするが、いつの間にか抱きしめられていて押しても引いてもびくともしない。
 舌先を吸われ、上顎を舌で撫でられ、ゾクゾクとしてしまう。
 酸欠で頭がぼーっとし始めたところで、やっと離してくれた。
 ツ、とどちらの物ともわからない唾液が口からこぼれる。

「ふふ、可愛い。好きだよ、リオ」
「……お、俺が可愛いとか、眼下に行った方が良いんじゃないですか?」

 垂れた唾液を拭いながら幸せそうに微笑むシンの顔に見惚れてしまいそうになって、思わず憎まれ口を叩いてしまった。
 悲しいことに俺のルックスが中の下だっていうのは自覚してるから、これは割と本音でもある。
 シンは一瞬キョトンとした後、ニコリと笑った。俺が悪口を言っても嬉しそうなのは何なんだ。

 って、そうじゃない。何普通に流されているんだ。
 俺今、男にキス、され……。くそっ。
 目の前でニコニコと幸せそうに笑うシンに毒気を抜かれる。
 俺は本当ならもっと怒って良いはずなんだ。昨日だって怖かったし、嫌だった。
 それなのに、その相手が会社の人間だったってだけで、許してしまっている自分がいる。

「うーん……キスには結構自信があったんだけどなぁ……。まぁ良いや。いずれ、キスだけでイけるようにしてあげるね」
「!?」

 前言撤回。
 やっぱりこいつ怖い。
 俺の股間を見ながら残念そうにしているシンの発言に鳥肌が立った。

「放して!」
「おっと」

 未だに腰を抱いたままのシンを突き飛ばし、ベッドから出ようとしたら立てなかった。
 力が入らないのだ。動こうとすると足がガクガクと震えて力が入らない。おまけに腰も痛い。
 転びそうになった俺を抱き止めたシンは、そのまま軽々と抱き上げた。

「は、放してっ!」
「はいはい、暴れないの」

 シンがあやすように俺の額にキスをしてくる。
 お姫様だっこだから、シンの整った顔が近い。
 ついでに心臓も近い。シンの鼓動が伝わってきて、こっちまでドキドキしてしまった。

「こういうことは、恋人にしたら良いでしょう?」
「ん? だからリオにしてるんだけど?」
「なっ! だ、誰が恋人だ!」

 思わず口調が素になってしまった。
 シンは、そっちの方が良い、と何故か嬉しそうだ。
 そのままダイニングテーブルまで運ばれると、目の前に食事が出てきた。

「消化の良いものにしたから、食べて」

 卵とカニカマの雑炊と、キュウリの漬物。
 戸惑う俺に、食べるって約束したでしょ、と言うシン。

「それとも、口移しで食べさせてほしい?」
「自分で食べる」

 本当にやりかねない、とゾッとした俺はレンゲを奪い取り口に運んだ。
 出汁の香りが口いっぱいに広がる。
 飲み込むと、温かさが体全体に染み込んでいくような気がした。

 黙々と食べる様子をシンがジッと見つめてくる。
 その視線が耐え切れなくなって、俺はつい話しかけてしまった。

「何で、こんなことを?」
「俺はリオの恋人だから。弱ってるリオの世話をするのは当然だろう?」
「何でそうなる」

 シンはにこにこと笑う。
 シンの思考回路がわからない。俺がいつ恋人になったって?

「だって、俺の愛を受け入れてくれただろう?」
「昨夜のことを言うなら、あれはレイプだろ」

 言ってて悲しくなってきた。
 男に為すすべなく犯されるとか。思い出したくもない記憶だ。
 だが、シンはそうじゃなくて、と反論してきた。

「俺の愛情たっぷり入った食事を食べてくれたじゃない」
「それだけで?」

 俺は、半年前食べてしまった生姜焼きの事を思い出す。
 あれは母さんが作ったと思ったから食べたんだ、と説明する。
 だから誤解だと。俺はお前の恋人じゃない、と。
 でも、ハッキリ言ってやったのに、シンは笑顔のまま余裕そうだ。

「でも、リオは俺を受け入れているよ。だって、本当に嫌だったら、逃げられるだけの時間はたっぷりあった。でも、リオはしなかった。家の鍵を変えることも、増やすことも、警察に通報することだってしなかった。今だってそうだ」
「!」

 確かにそうだ。
 部屋で異変が起き始めて、半年以上経っている。
 その間、誰かに相談するってことすらしなかった。
 思い付きすらしなかった。

「まだ恋人じゃないって言うなら、改めて言うよ。愛している、リオ。俺の恋人になって」
「い、嫌だ」

 シンが笑顔を消し、真面目な顔になる。
 その顔に、愛の告白に、思わずドキッとしてしまう。
 けれど、俺は女の子が好きなんだ。稜人と桃花のように、幸せな結婚をして、温かい家庭を作りたい。
 反射的に拒否したけれど、シンは諦めなかった。
 それどころか、少しだけ怒りを滲ませた目で俺の両手首を掴む。

「そう、でも、俺はリオを逃す気はないよ。リオを誰にも渡さない。守にも、あの警備員にも――」
「守って……んっ」

 誰だそれ、と言おうとしたら、口を塞がれた。
 というか、何で俺が男と結ばれる前提なんだ。こいつの頭の中どうなっていやがる。
 侵入させるものかとギュッと結んだ俺の唇を、シンの舌先がなぞる。
 頑なに口を開けまいとしているのに、シンは何度も角度を変えながら吸い付くように口付けしてくる。

「俺を拒絶するな、リオ。昨夜の俺を咥え込んでいる写真を社内にばら撒くぞ」
「なっ! そんな……」
「脅してでも、リオが欲しい。お願いだから、俺のものになって」
「痛っ」

 シンから逃れようとして、椅子ごと大きな音を立てて後ろに倒れた。
 床に転がる俺の顔の横に、シンが両手をついて覆い被さってくる。
 必死な顔は鬼気迫るものがあって。

「好きに、したら良い……」

 あんな写真をばら撒かれたら困る。二度と仕事に行けなくなる。
 半年間も勝手に家に上がり込んでいた相手だ。逆らえば何をするかわからない。
 俺は絶望にも近い気分で体の力を抜いた。
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