上 下
120 / 228
第六章 俺様、東方に行く

(閑話)東奔西走

しおりを挟む
 まさか再びこの地に帰ってくることになるとは思ってもいなかった……。
 豪奢な建物が並ぶ通りを眺めながら、懐かしいような、気まずいような、そんな形容しがたい感情に包まれる。

「おぉっ! 凄いなあれ! おぃ、ドナート見ろよあれ! どんだけ金かけてんだか!」

 バルトヴィーノがそんな俺の肩をバンバンと叩きながら、金箔の貼られた像が並ぶ庭園の屋敷を差して大はしゃぎしている。
 あの屋敷の当主は確か、伯爵位を金で買ったと言われている元商人の一族だったはず。弱者に対して威張り散らして、どれだけ浪費しても困らないほどの金をどこからか捻出しているため黒い噂が絶えない人物だ。



「じゃあ、ここからは約束通り休暇ってことで」

 宿の部屋の鍵を人数分受け取ると、アルベルトが解散の号令をかけた。
 この鍵についている紋章は宿を経営する侯爵家のもので、この鍵自体が貴族街の出入り許可証となっている。この宿の宿泊客が即ち国の賓客であるからだ。
 鍵を受け取ったエミーリオはルシア様とリージェ様を連れて平民街へと出かけて行った。

「ふぉれで、ふぉなーふぉふぁ」
「飲み込んでから喋れよ」

 口いっぱいに頬張ったまま喋るバルトヴィーノに周りの非難がましい視線が突き刺さる。
 それに気づいたのか気付いていないのか、もごもごと慌てて酒で口の中のものを流し込んでから再び口を開く。

「で、お前はこの後どうするんだ?」

 俺達はまだここで食べていくけど、と近くを通りかかった給仕を呼び止めて追加注文をかけている。レガメパーティーの中でも食い意地の張っているバルトヴィーノとチェーザーレはまだまだ食べる気満々なようだ。
 ここの料理は食材にばかり金をかけていて、量も味もイマイチだと思うのだが。いや、庶民では手が出ない胡椒などが使われている分昔は憧れたし美味いとも思っていた。
 けれど、カナメの料理を食べてからは、辛すぎたり甘すぎたりするここの料理はとてもじゃないが美味しいとは思えなかった。高価な食材、高価な香辛料を使えば使うほど美味と考えていることが体現された料理だった。

「俺はせっかくだし、一人でゆっくりと羽をのばしてくるよ」

 任務報告はリーダーであるアルベルトが代表して行うから、急いでギルドに行く必要もない。とはいえギルドカードの更新は個々でやらなきゃだからいずれは行かないといけないけれど。
 再びリスのように口の中パンパンに詰め込んでいる二人を放っておいて俺は宿を出た。


「ただいま、母さん」
「あら、おかえりなさい、ドナート」

 急な帰省だっていうのに、たいして驚いた様子もない返事に長旅をしてきたのが夢だったように錯覚してしまいそうになる。

「これ、今月の分。また調度品減った? 生活費足りてる?」
「大丈夫よ。リチャードもしっかりしてくれてるから」

 心なしか痩せたような気のする母親に、金貨の詰まった袋を渡す。だが年老いた母は気持ちだけもらうわと微笑むばかりで受け取ってはくれなかった。それどころか、仕送りしていた分を出してきて突き返してくる始末。
 ……後で全額当主であるリチャードに渡しておこう。ここで屋敷を維持するならいくらあっても困るものではないだろうし。

 なんとかやり繰りしていると言うが、冒険者になる道を選び家を出た当初から比べると明らかに調度品が減っている。修道院の方がまだ華美なくらいだ。
 三代前の当主が宰相の座を退けられてから衰退の一途を辿っている家は、王城に近い土地ではあったが既に土地代を支払えないくらい貧しくなっていた。当主となった兄・リチャードも奮闘しているが、経済状況は思わしくないようだ。
 食料を得るため猟師のものまねをするようになっていたこともあり、成人と同時に家計を助けるために冒険者ギルドの門を叩いた。結果として良いメンバーに恵まれ、かなり稼げている方だと思う。

「それにね、これ。リチャードが誕生日プレゼントにってくれたの。嬉しくって、これをつけていると力が湧いてくるのよ」

 おかげで元気元気、と腕を振り上げて見せる母親の首には、黒い小さな宝石の嵌った首飾りが光っていた。

「ふぅん、黒曜石かな? 綺麗だね」
「でしょう? あなたといいリチャードといい、良い子に育ってくれて母さん嬉しいわ」




 なんて幸せそうに微笑んでいたのがつい昨日。俺はアルベルト達を連れて貴族街を走っていた。
 冒険者ギルドで聞いた、力を与える代わりに人をモンスターに変える恐ろしいアクセサリーが出回っているという話。あれは、まさか……。

「アル、手分けして探すのは良いけど、貴族街はどうするんだ? ツテなんかないだろ?」
「伝手ならある。俺が行く」
「ドナート、それなら俺とベルナルドも行こう」

 効率は多少落ちるが、アクセサリーの効果を考えると一人で行かないほうが良いというアルベルトの言葉もそこそこに俺はギルドを飛び出していた。
 連絡もせずに王城近くの屋敷の門をいきなり開く俺に、追いかけてきていたアルベルト達が驚いている気配がするが構っている余裕はない。嫌な予感がする。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 扉に手をかけると同時に、奥から悲鳴が聞こえる。リチャードだ。
 俺は扉を蹴破ると、弓に矢を番えて中に駆け込んだ。

「リチャード!」
「ドナート?! 母さんが!」

 血の流れる右肩を抑えながら倒れるリチャードの向こう、変わり果てた姿の母さんがいた。
 俺は迷わず、矢を放つ。急所を狙ったそれは躱され、背中から羽のように生えた腕の1本に突き刺さり寸断する。

「やめろ、ドナート! 母さんだぞ! あれは、母さんなんだ!」
「知っている! ああなってはもう、戻らないと!」

 キシャァァァァ、と威嚇のような音を上げながら飛び掛かってくるそれにもう一矢射かける。

「原因は、リチャードが贈ったあのネックレスだ」
「! そんな……!」

 戸惑いながら追いかけてきたアルベルト達が状況を把握し、加勢する。
 俺達を庇うように前に飛び出したアルベルトが一閃の光と共に母さんだったものを斬り捨てた。
 異形となった後も面影をそのまま残す母さんの死に顔はとても穏やかで。俺とリチャードが泣きながら遺体を庭に埋めるのを、アルベルト達は何も聞かずに手伝ってくれた。


「で、その宝石商に珍しい宝石を入手したからと商品の宣伝を頼まれたんだ」

 いくら没落寸前の貧乏貴族とはいえ、亡くなれば色々手続きがいるし葬儀だってしなければならない。けれど、異形となった母さんを人目にさらすわけにはいかない。
 葬儀すら出せないことを悔しく思いながら手を合わせた後、俺達はリチャードからいきさつを聞いた。

 商品を身に着け、自慢してくれるような貴族を紹介してくれと。その謝礼として一点、あのネックレスをもらったのだそうだ。贈り物をするような相手もいないし、女手ひとつで育ててくれた母さんへ恩返しのつもりであげたと。
 誇らし気に自慢してきた母さんの笑顔が浮かぶ。あんなに嬉しそうにしていた首飾りが、まさか呪いのアイテムだったなんて。

「紹介した貴族は何人だ? 俺達を引き合わせて、呪いのアクセサリーを回収するのを手伝ってくれ」
「ああ、任せておけ。何の罪滅ぼしにもならないかもしれないが、できるだけのことはしよう」


 そんなこんなでこの二日間、リチャードが紹介したという貴族の家々を回り事情を話し、ある時は買い取り、ある時は押し付けられと何とか三つ集めた。
 回った家は28軒、話を聞いてくれたのはわずか10軒にも満たない。知らぬ存ぜぬと言われては引き下がるしかない。何しろ相手は俺達よりもよほど力のある貴族なのだ。

「全ては、明日か。……一体、どうなることやら……」

 リチャードが紹介した貴族だけでも7人、その貴族がさらに自分と仲の良い貴族を紹介していたことが判明していた。貴族の間だけでもどれだけ出回っているかわからない。
 明日の祝典の事を考えて、俺達は深い深いため息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

聖女にしろなんて誰が言った。もはや我慢の限界!私、逃げます!

猿喰 森繁
ファンタジー
幼いころから我慢を強いられてきた主人公。 異世界に連れてこられても我慢をしてきたが、ついに限界が来てしまった。 数年前から、国から出ていく算段をつけ、ついに国外逃亡。 国の未来と、主人公の未来は、どうなるのか!?

処理中です...