上 下
63 / 228
第四章 俺様、西方に行く

13、貴様こそ黙れ!

しおりを挟む
 勇者の墓は郊外にあるとはいえ、夜間の方が良いだろうとのことで日暮れまで待った。
 その間、この世界に召喚された勇者は一人ではないはずだが何か知らないか、と聞いてみた。
 フリストは何も知らないようで、各国一名ずつだからあと三名いると答えてきた。
 その返答に対する俺達の反応を見て首を傾げていたから、たぶん本当に知らないのだろう。

 こちらに来ているのはきのこの話だときのこを除いて35人。あと34人か。先は長い。
 ここの墓に入っているのが誰かは知らないが、遺体を見ればわかるだろうから名前とかは聞かない。


「こちらです」

 道を照らすのは二つの月。心なしか昨日より右側の月が離れて言っている気がする。
 他に灯りが無い中、フリストに連れられて街外れの墓地へとやってきた。日本のような整備されたような墓ではなく、盛り土にバラバラのサイズの石が置いてある。

 そこからさらに奥、一つだけ他と一線を画すほど大きな石が置かれ真新しい花がその周りを埋め尽くしている墓があった。

「黒髪とはいえ勇者ですからね」

 何でも、助けられた人達がこっそり墓参りをしに来るのだという。
 エミーリオとフリストが胸の前で手を組み祈りのポーズを取る横で俺とちびきのこは手を合わせる。そして、エミーリオが徐に土を魔法でめくり上げた。

 そこにあった遺体は、死後数ヵ月経過しているとは思えないほどに綺麗だった。
 そんでもって、やっぱり俺じゃなかった。

『え……と、竹…なんだっけ?』
「武谷な」

 そうそう、そのたけたにさん。
 俺にも何かとおせっかいを焼いてくれてたなぁ。

 武谷さんはいつだって耳の下辺りでツインテールにしていた。処刑されたときに切れたのか、右半分は縛ったまま、左半分はほどけて短くなっている。いかにも真面目そうな、とても美人とか可愛いとは言えない眼鏡女子。
 血の気はなく蒼白い肌になってはいたがどこも腐ったり虫に喰われている様子はなく、数日前に死んだと言われても信じてしまいそうなほどの状態だった。

 左肩から袈裟懸けに斬られたらしく、血に染まる白い制服のシャツが痛々しい。
 腐乱していたり白骨化してたりを覚悟していたが、まるで死にたてのその状態を見てホッと胸を撫で下ろす。グロくなくて良かった。


「水色か……」

 切り裂かれた制服から覗く控えめな胸を覆う小さな布。その血に汚れていない部分の色をポソリと呟いたらちびきのこに思いきり頭を叩かれた。

『何をする貴様』
「いや、何となく」

 エミーリオが遺体を穴から出す時、裂けた腹からデロリと腸が飛び出した。前言撤回。やっぱグロいわ。




「そこまでだ!」

 墓を元に戻そうとしていたその時、静寂を引き裂く大声と共に、ガシャガシャと金属がぶつかり合う音を響かせて武装した男達に突如囲まれた。

「墓を暴き盗んだ遺体をどうするつもりか!?」

 取り囲む男達の間からそう怒鳴りながらすいっと前に出てきたのは、この場に似つかわしくないひらひらのシャツを着た偉そうなおっさん。
 双子でも入ってんのかと突っ込みたくなる腹からはあの豚教皇と同類の臭いがプンプンする。

 偉そうなおっさんは、俺達が呆気に取られて何も言わないのを観念したからと勘違いでもしたのだろうか。満足そうに重力を無視して左右に跳ね上がる髭を撫で付ける。

「どうするって……親許に帰してやるんだが」
「なっ、モンスター?! おのれ、遺体を盗むだけでなく、街中にモンスターを連れ込むとは!」

 ちびきのこの言葉に目を見開いたおっさんは、俺達を指差しこの暗黒破壊神と信徒共を皆殺しにせよと叫ぶ。
 一斉に向けられる剣先にフリストとちびきのこがひぃっと悲鳴を上げて身を固くするが、俺は何故かどこか他人事のように感じていた。

『1つだけ聞きたい。勇者を弑したのは貴様か?』

 俺の言葉に、取り囲む兵士からざわざわとドラゴンが喋った? まさか、聖竜? といった声が聞こえてくる。
 指示に従わない兵士に苛立ったのか、ええぃ役立たず共が、と近くの兵士に蹴りを入れて俺に向き直る。

「黙れ! 誰の許しを得て儂に話しかけている! 第一、儂は勇者など殺しておらんわ。儂が斬ったのは、そこの儂に不敬を働いた生意気な黒の使徒たる小娘だ!」

 そう武谷さんを指さして宣うおっさん。やっぱりお前じゃねぇか!
 黒の使徒ってのはあれか。暗黒破壊神の信徒の俗称か。長いもんな。


『貴様こそ黙れ! 我が同胞にして暗黒破壊神を倒すべく呼ばれた勇者を黒の使徒呼ばわりし弑逆した豚が! 自分が何をしたかわかっているのか。人間の敵は貴様の方なり』

 俺の怒声に周りの兵士達が後退り、おっさんから距離を取る。
 フリストの話によればこいつは民を無駄に殺す、他人を人とも思わない屑だ。フリストとエミーリオをチラリと見ると、二人とも俺が何をしようとしているかわかっていないだろうに頷く。

『天罰!』

 俺の翼に光が集まるのを見て、兵士達がやはり聖竜だ、と武器を捨てて平伏する。
 それを見て顔を青褪めさせたおっさんに向けて翼を動かすと、ジュッ、と音を立てておっさんの上半身が蒸発した。
 静寂が包み込んだ丘に、ドサリ、と残された下半身が倒れた音が静かに響いた。


『――経験値2500を入手しました――』


 虚しい。こんな屑をいくら殺したって死んだ者は帰ってこないし、世の中から屑がいなくなることがない。
 いっそ、暗黒破壊神より先に人間どもを皆殺しにしてしまおうか。そんな考えがふとよぎる。
 そんな俺の頭をぽこりと叩いて我に返らせたのはちびきのこだった。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

チートスキルを貰って転生したけどこんな状況は望んでない

カナデ
ファンタジー
大事故に巻き込まれ、死んだな、と思った時には真っ白な空間にいた佐藤乃蒼(のあ)、普通のOL27歳は、「これから異世界へ転生して貰いますーー!」と言われた。 一つだけ能力をくれるという言葉に、せっかくだから、と流行りの小説を思い出しつつ、どんなチート能力を貰おうか、とドキドキしながら考えていた。 そう、考えていただけで能力を決定したつもりは無かったのに、気づいた時には異世界で子供に転生しており、そうして両親は襲撃されただろう荷馬車の傍で、自分を守るかのように亡くなっていた。 ーーーこんなつもりじゃなかった。なんで、どうしてこんなことに!! その両親の死は、もしかしたら転生の時に考えていたことが原因かもしれなくてーーーー。 自分を転生させた神に何度も繰り返し問いかけても、嘆いても自分の状況は変わることはなく。 彼女が手にしたチート能力はーー中途半端な通販スキル。これからどう生きたらいいのだろう? ちょっと最初は暗めで、ちょっとシリアス風味(はあまりなくなります)な異世界転生のお話となります。 (R15 は残酷描写です。戦闘シーンはそれ程ありませんが流血、人の死がでますので苦手な方は自己責任でお願いします) どんどんのんびりほのぼのな感じになって行きます。(思い出したようにシリアスさんが出たり) チート能力?はありますが、無双ものではありませんので、ご了承ください。 今回はいつもとはちょっと違った風味の話となります。 ストックがいつもより多めにありますので、毎日更新予定です。 力尽きたらのんびり更新となりますが、お付き合いいただけたらうれしいです。 5/2 HOT女性12位になってました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性8位(午前9時)表紙入りしてました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性4位(午後9時)まで上がりました!ありがとうございます<(_ _)> 5/4 HOT女性2位に起きたらなってました!!ありがとうございます!!頑張ります! 5/5 HOT女性1位に!(12時)寝ようと思ってみたら驚きました!ありがとうございます!!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...