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第四章 俺様、西方に行く

(閑話)聖女の旅 2

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 お父様に見送られセントゥロを出立して、打ち合わせ通りオチデンへと向かいます。
 街道沿いにある村を見つけ立ち寄ったのですが、そこはとても痛ましい光景が広がっていました。


 そこは小さな集落で。
 壊れた防壁、見張りのいない門に不安を覚えつつ近寄ると、案の定そこは打ち捨てられておりました。

「どうする?」
「誰かいるかもしれませんし、何もない場所より安全でしょう」

 アルベルト様はダンジョンの中と違って私にどうするか意見を聞いてくださいます。
 ドナート様が先行してモンスターがいないことを確認してくださいました。それに、私の結界もあります。ならば少しでも屋根のある場所の方が落ち着けるでしょう。


 馬車を村の中央広場、井戸の横に停めました。
 村の中は予想よりも酷い有様でした。両手で数えられそうな僅かな建物はあちこち壊れ、夥しい量の血が流れたと推測される痕跡がありました。焼け落ちたらしい黒焦げの土地もありました。


 チェーザーレ様が馬から軛を外し、井戸の横に縄で繋ぐと、ポンプ式の井戸を少し動かしました。
 すぐに綺麗な水が出て、それを馬が美味しそうに飲んでいます。


「妙だな」

 それを見たチェーザーレ様が呟きましたが、私には何が不思議なのかわかりません。
 尋ねると訳を教えてくれました。
 水が綺麗すぎるというのです。それに、普通は呼び水を入れてしばらくレバーを押さないと水が出ないそうなのですが、そんなことせずともすぐに水が出たと。

「まるで、誰かが使ったばかりのようだ」
「村には誰もいなかったぞ」

 チェーザーレ様の推測を否定するように、村の中を確認したドナート様が言います。
 ダンジョンでもいち早くモンスターに気付いていたドナート様の言うことですから、間違いないのでしょう。

「村人もですが、ここを襲ったモンスターもどこへ行ってしまったのでしょう?」

 何気なく出た言葉でしたが、絶句してしまった皆様を見て私もぞっとしました。
 見ないふりをしていたのですが、実はあちらこちらに割れた爪や動物の毛が落ちているのです。まるで、ここで何かと激しく戦ったかのような……。
 もし、ここを襲ったモンスターも何かに襲われ逃げたのだとしたら? 果たしてここは安全なのでしょうか?


「アル、あっちに野営の跡がありましたよ」

 村を見て回っていたベルナルド様が呼びに来ました。
 見ると確かに、焚火をしたような痕跡が。それに、土を掘って埋めた跡も。
 それはまだ新しく、きっと井戸もここで野営をした方が使われたのでしょう。後始末がしてあるということは少なくとも安全に一夜は過ごせるようだと無理矢理結論つけました。


 井戸から一番近い家を間借りして一夜を過ごし、朝食の用意をしようと外に出たら早朝の見張り番だったバルトヴィーノ様が少女と言い争っていました。

「どうかしたのですか? えっと、どちら様で?」
「あなた達こそ、誰ですか? 出て行ってください。お金も食料もこの村にはありませんっ!」

 どうやら、少女は私達を野盗か何かと勘違いされているようです。
 バルトヴィーノ様がそれに怒ったような声を出していたのですね。騒ぎを聞きつけ起きてきたアルベルト様が、子供相手に大人げないぞと場を治めました。

「ここへは一夜の宿をお借りしただけですから、すぐに出ていきますが……あの、昨夜はいらっしゃらなかったですよね?」

 聞けば、夜間は近くの洞窟の中に隠れて過ごしているそうで。この村の他の生存者も一緒だったと。
 食うに困って野盗まがいのことをしていたところ、通りかかった騎士様に食料をもらい、ここのモンスターも討伐したと告げられ少しずつ片付けに来ているのだそうです。
 野盗をしていたとは聞き捨てなりませんが、既に改心した様子。それに私は裁く立場でもありません。

 そういう事なら、と私はもう1日ここに逗留し、掌に収まるサイズの石を集め結界を張りました。核にするには小さいので、等間隔に村を囲みます。
 数個をいっぺんに聖別するという略式の核ですが、この大きさの集落を守る分には十分でしょう。堀と囲いを直せばちゃんと防衛として機能するはずです。


「これでやっと安心して眠れるよ。ありがとう!」

 手伝ってくれた少女は倒れ込むように眠ると、翌朝すっきりした笑顔で他の村人を迎えに行きました。

「さて、私達も行きましょうか」
「そうだな。だいぶ足止めくっちまったし、先を急ぐか」
「もうっ、アルベルト様ったらそんな言い方……」
「ははっ、すまんすまん」


 その夜辿り着いた村にも人の気配はありませんでした。先の村と同じように壊れた建物や血の跡が痛ましい風景を作っておりました。
 ただ、こちらの村では誰かが戻ってくるという事もなく、そのまま出発の朝を迎えました。

 そしてまた丸一日進み。
 セントゥロとオチデンとの貿易口たる商業都市へとたどり着きました。確かここには王都との連絡水晶があったはず。
 衛士に身分を明かし使わせていただきました。


「えっ!? リージェ様もオチデンへ?」
「うん、そうなんだよ。たぶんだけどね、三日くらい前かな?」

 お父様から聞かされたのは、まさかの情報。オーリエンに向かっていると思っていたリージェ様が、実はオチデンに行っているかもしれないとのことで。
 ハッキリそう言っていたわけではないので、ノルドへ行った可能性もあるそうですが。

「いえ、ならばリージェ様のことですから、きっと先にオチデンへ行っているかと」
「何でそう思うんだい?」
「モンスターに襲われたという情報があるからですわ」

 リージェ様は御身体は小さくても、立派な聖竜様ですもの。困っている人々を助けに行ったに違いありませんわ。

「ふぅむ……。とにかく、オーリエンとアスーにはそれぞれ勇者を保護し続けるよう言っとくよ」
「ええ、お願いします」

 聖女と聖竜が世のためにと旅しているのに、まったく勇者ときたらとブツブツ言うお父様に苦笑しながら通信を切りました。


「オチデンはきっとモンスターの襲撃なんざ受けていないぜ」
「何故そう思うのです?」
「人々を見てみろよ」

 私がお父様と話している間後ろに控えていたアルベルト様が宿に向かう道中そう言ってきました。
 オチデンから亡命してきた人も見受けられず、また、国境のすぐ先で勇者を殺すほどのモンスターを受けたにしては緊張感が全くないのです。
 そこは、日常そのままといった感じでした。

「確かに、平和そのものですね……」

 辿り着いた宿屋でも、オチデンでモンスターに襲われたなどと話す人が誰もいないと聞きました。
 これはやはり、お父様が危惧する通り、モンスターに襲撃され勇者が死んだなどと流布しておいて裏で戦争の準備を進めている、という事なのでしょうか。


「いえ、伝聞よりもやはり自らの目で確認すべきでしょう。明日早朝出立しオチデンへ向かいます。必要物資があれば今日中に整えてください」

 私の決定に皆様どこまでもついていくと仰ってくださいました。
 あら……?

「何かしら、あれ……?」

 私が見つけたのは、物の陰から陰へと素早く移動する小さな影。
 手の平ほどの大きさしかないそれは、どう見てもきのこに手足がついたもので。何か様子を窺うように物陰に潜んでいるのです。

「モンスター、でしょうか?」

 こんな街中に? とにかく、追いかけましょう。
 ああ、せっかく足取りを掴んだというのに、いつになったらリージェ様に追いつくのでしょう?
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