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第三章 俺様、王都へ行く

(閑話)聖女の憂鬱 3

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 モンスターの襲撃があった夜。
 徹夜で治療にあたっていたのですが、いつの間にか眠ってしまっていたようです。
 起きた時にはもう日付が変わっておりました。


『迎えなどいらぬ』

 とリージェ様は今日もお城に行ってしまわれました。王城からお迎えが来ていたのですが、馬車はお気に召さないようです。空を飛んでいってしまわれました。
 私は私にできる精一杯の事をしなくては。
 救護院に向かおうとして外に出ると、広場で合同葬儀が行われておりました。
 昨夜の襲撃でお亡くなりになった方々のです。


 死者の安らかな眠りと無事に女神の御許へ旅立つことを祈るのは、金色の刺繍が施された礼服を着た男性。同じく金色の礼帽を被っておられるので教皇様でしょう。
 いつの間にか代替わりされてたようで私が洗礼式を受けた方とは違っております。
 先代の方よりだいぶお若いのですが、肉付きが少々良すぎる気がします。


「そういえば、まだ教会へ顔を出しておりませんでしたね……。岩が届く前に一度ご挨拶に行ってみましょうか、リージェ様?」

 ……と、そうでした。リージェ様はもうお出かけになられてました。
 いつもの癖でつい話しかけてしまいましたわ。


 救護院では、リージェ様が私が眠った後も治療をされていたらしく、「聖竜様」とリージェ様に感謝を捧げる方がたくさんいらっしゃいました。
 さすがリージェ様、だんだんと聖竜らしくなっておりますね。私ももっと精進しなくては。


 まずは怪我人を治す方が優先、と翌日も救護院へ参りました。
 リージェ様やシスター達が頑張ってくださっていたおかげで、怪我人はだいぶ少なくなっておりました。
 一日回復魔法をかけ続けたら、あとはシスター達でも対処できるからと休むように言われました。


 王城にリージェ様をお迎えに行くと、お父様とリージェ様、ウェルナー様が難しいお顔を突き合わせ話をされていました。
 どうやら、勇者様をお迎えに行くための旅程や物資の話をされていたようです。

 馬車を一台と、たくさんの食糧などを支援してくださることになりました。
 聖女としての使命を果たしに行くのだから、教会からも何らかの支援があるだろうと。教皇様とご相談するよう言われました。
 奇しくもご挨拶に行かねばと考えていたところでした。これも女神様の思し召しでしょうか?



 翌日は早速教会へ。
 記憶とずいぶん違ってしまっているのは、洗礼式の時以来だからでしょうか?
 ふとリージェ様を見ると、顔を顰めて礼拝堂の装飾を睨み、「グゥゥ」と小さな唸り声を上げていました。どうやらこの装飾がお気に召さないようですね。

「こちらの教会へは貴族の方も礼拝に来ますから。多少の見栄というものなのでしょう」

 そう宥めましたが、私もこの装飾は好ましくありません。
 女神は穏やかで清浄な空間を好むと言われておりますが、華美を通り越してゴテゴテとした空間はとてもじゃないですが落ち着けません。
 それに、清掃が行き届いていないのか、心なしか空気も汚れているような気がします。


『ルシア、ここはいつもこんなに静かなのか?』

 リージェ様に言われて気づきました。人がいな過ぎます。
 総本山といえども、この教会は私の記憶の中では全ての人に解放されておりました。冒険者達は出立の前に女神様の加護を得ようと頻繁に訪れていたはずなのです。
 原因はすぐにわかりました。



「……これっぽっちでは足りませんな……そちらの首の宝石で代わりにしましょうか」

 節制などという言葉を知らぬと体現する教皇が、あろうことか祈祷料を吊り上げリージェ様の付けている宝玉を盗ってしまったのです。
 こんな者が教皇だとは。教会も堕ちたものです。
 おまけに、私を見つめるあの厭らしい眼。いくら婚姻を禁じていないとはいえ、あからさまに胸をジロジロと見てくるのです。

 ニヤニヤと嗤う顔に吐き気を覚えたところをリージェ様が連れだしてくれました。
 怒ったリージェ様はそのままどこかへ行ってしまわれました。
 私は、リージェ様に宝玉を贈りたいと思って道行く人に尋ねながらお店へ行ったのですが、どの宝玉も私の今の所持金では手が届きませんでした。

 途方に暮れて宿に戻ると、先ほどの教皇から晩餐に招待したいという手紙がとどいておりました。
 正直あの教皇にはお会いしたくなかったのですが、明日届くはずの岩の洗浄式の打ち合わせと、その後の勇者と合流するための旅の支援について話し合いたいので必ず来るように、と書かれておりました。

『心配するな、ルシア。其方は俺様が守ろう』

 リージェ様のその力強いお言葉に、嫌々ながら行くことにしました。
 支度金を援助していただければリージェ様に宝玉が買えるではないかと思うことにしたのです。



 ですが、許しがたいことに教皇はリージェ様をモンスター扱いして文字通りつまみ出してしまいました。

「何をなさるのです!? リージェ様はモンスターではありません。私のパートナーです!」
「おやおや、聖女様ともあろうお方がおかしなことを。従魔の印をつけていなかったではないですか。あれは街に侵入したモンスター。私は貴女に危害を加えようとしていたあの汚らわしいモンスターから貴女を守ったのです。もっと感謝していただかなくては」
「何を……宝玉を奪ったのは貴方ではないですか!」
「さて? 奪ったとは何のことですかね? それよりも、さぁ、明日の式典の打ち合わせをしましょう。どうぞこちらへ」

 有無を言わさず奥の部屋へ通され、座らされました。
 机の上には、王宮でも見たことがないほど贅を尽くした料理が並べられています。
 給仕として飲み物を注ぐのは、控えていたシスター達で。

「聖女様は少し興奮されておられるようだ。さぁ、喉を潤して、冷静にお話を」

 そう促されました。その眼は「飲まなければ話を進めない」と言っているようで。
 完全に相手のペースなのが癪ですが、喉を潤す程度に口に含みました。
 その瞬間鼻に突き抜けたのは芳醇な葡萄ウーヴァの薫り。少し苦みがありますが独特な甘酸っぱさで。

 飲み込んだ途端、なぜか意識が朦朧としました。
 教皇が何か話しているのですが、その内容を認識することができず……。


 私はそのまま気を失ってしまったようです。
 目を覚ました時には夜が明けていて。王宮のベッドでお父様とお母様が私の手を握ってくださっていました。

「私は、いったい……リージェ様は?」
「聖竜殿は……」


 お父様の言葉を最後まで聞かず飛び出した私が見たのは、信じられない光景でした。
 王城と競い合うかのような建物が、あの教会が消えていたのです。
 それをリージェ様がやったと、「天罰」と仰っていたと、ウェルナー様から聞かされました。
 教皇が亡くなったことも。リージェ様が王都を出て行ってしまったことも。騎士団長のエミーリオ様が引退されたことも。


 リージェ様をすぐに追いかけたかったのですが、私にはまだ使命が残っています。届いた岩を聖別し、結界を張るという大きなお勤めが。
 待っていてくださいね、リージェ様。すぐに、追いかけますから。勇者様と合流すれば、きっとまたお会いできますよね?
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