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五通目 慈母の手
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「あなたが……配達人?」
声の主を探すと、手紙の入ったトレーを置いている机の下から男の子が出てきた。
大人びた雰囲気だけれども、小学校低学年にも見える小柄な子だ。
一瞬幽霊かと思って怯えてしまった自分が恥ずかしい。
その子はにこりと笑うと、困惑する私の手を引いてエレベーターへと誘導する。
「僕は香月。配達人のメンバーです。先生は?」
「あ……広瀬、康子です」
あら?
私、教師だって言ったかしら?
それにここ、電気来てる……廃ホテルじゃなかったの?
驚くことに、香月くんがエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
混乱する私の手を引き、香月くんは3階で降りるとすぐ左の部屋に入る。
灯りの点いたその部屋では、セーラー服を着た女の子がポットを手にお茶を淹れているところだった。
女の子の制服は、町内唯一の高校のものだ。
「夏樹、先生の分もお願い~」
「あ、やっぱり作文取りに来たのね」
要さんの言った通りね、と女の子は言う。
要さんって、誰だろう?
香月くんに勧められるままソファに座り、夏樹と呼ばれた少女からお茶を受け取る。
ポットもカップも、どう見てもホテルの備品だ。
こんな勝手に、いいのだろうか?
「ここまで来てもらってごめんなさい。地下室では、いつ人が来るかわからなかったので、こちらの部屋を用意してもらいました」
正面に座った香月くんが、本題を切り出す。
夏樹さんは香月くんの隣に座って頷いている。
この子が、いえ、この子たちが配達人?
こんな、小さな子が?
「あなた……いえ、あなたたちの親は何をしているの? あなたたちに、配達人なんて怪しいことをさせるなんて……!」
「その怪しい仕事を依頼しようとしていた人が言います?」
「血を分けた人が親だというのなら、僕に親はいません」
「!」
また失言した、と焦る私に、夏樹さんが死んでませんよ、と訂正する。
死別したわけでもないのに、親をいない、だなんて。
この子も、親と仲が悪いのかしら……?
「まぁ、僕たちのことは良いんです」
「ちゃんと事情があってやっていることですし、危険そうな依頼は断るよう楓さんが選別してくれてますからね」
「楓さん?」
「うちのメンバーです」
本当は何でこの子たちが配達人をしているのか、楓さんとは誰なのかとか、聞きたいことはたくさんあった。
けれど、答えてくれそうだった夏樹さんの言葉を遮るように、香月くんがコツコツと机を鳴らす。
配達人の正体を詮索しないのがルールだ、と釘を刺されてしまった。
「僕たちのことより、先生の話を聞かせてください。なぜ、手紙ではなく作文を配達人の依頼トレーに入れたのか。本当は何を誰に届けて欲しかったのか」
「今後、どうしたいのかも」
二人の言葉に、ドキリとする。
私は、どうしたかったのだろう。
「わから、ないの……」
誰かに、どうにかして欲しかった。
自分ではもう、何をどうしたらいいのかわからなくて。
木梨さんに謝りたいけれど、それであの子の苦労や心の傷が消えるわけではない。
それは、何の解決策にもならない。
誰かに、あの子を助けて欲しかった。
私を睨みつけるあの子は、刺々しい言葉を放つあの子は、私には今にも泣きだしそうに見えた。
あの子を救う術は私にはない。
私では何の力にもなってやれない。
「そんなことはありませんよ」
言い淀んでいると、香月くんがそっと私の手を握ってきた。
そして、にこりと笑ってそう言った。
まるで、私の心を読んだかのように。
「だって、先生はこうして行動に移したじゃないですか。何かをしたかった。その原動力となった想いこそ大事なんです」
「少なくとも、私たちは先生がこの作文を置いたからこそ、こうして先生にお話を聞きたいと思いました。どうにかしてこの子を助けたいと。先生の想いが、私たちを動かしているんですよ」
「私が、動かした……」
相手はまだ子どもなのに、その言葉は私の心に染みた。
私は無力ではない。私の行動は無駄ではなかった。
と、喜ぶ私の後ろで、こう叫ぶ私もいる。
子供が二人増えたところでどうしたというのだ。子供に何ができるのだ。と。
「先生、もう一度、よく考えてみてください。誰に、何を届けたいと思って僕たち配達人を頼ってくれたんですか?」
「私は……」
頼って、いいのだろうか。
相手は、まだ子供だ。
確かに、あの子の不幸を知って、誰かに助けて欲しかった。
その願いどおりに、この子たちは動こうとしてくれている。
けれど。
大人の私ですらできないことを、この子たちができるとは思えない。
「……先生、私は、実の親に殺されそうになりました」
「えっ!?」
突然夏樹さんの口から飛び出した、ギョッとする言葉。
固まる私に、夏樹さんは続ける。
「灯油を撒かれて、火をつけられたんです。その時は助かりましたが、毎日毎日、死ねと言われ続けました。私は生きていてはいけないのだと、そう思うほどに」
「そんな……児童相談所は、周りの大人たちは、助けてくれなかったの?」
「助けを、求められなかったんです。自分が悪いのだと思っていたから。助けてくれる人がいるなんて、考えることもできなかった。それを、香月くんが助けてくれたんです」
夏樹さんは、木梨さんの作文を指さし、「その子も同じだと思うんです」と言った。
助けてもらえると考えていないから、助けを求められない。
確かに、木梨さんは助けてとは言っていない。
けれど、このままでいいわけがない。
「私たちに任せていただけませんか? 私たちは子供ですが、子供だからこそ、大人にはできないこともできます」
「例えば、その子と友達になって本音を聞き出すとかね」
子供だからこそ、できる……。
目から鱗だった。
確かに、心を開いてもらえていない私より、この子たちの方があの子に寄り添えるかもしれない。
「木梨さんを、助けてください」
私は覚悟を決めた。
木梨さんの容貌、クラスメイトの様子、保護者たちの反応、校長先生からの圧力……。
あの子の不幸の要因になっているすべてを、洗いざらい打ち明ける。
教師失格な自分は、処分されてもいい。
だけど、その時はあの子を見捨てようとした学校も道連れだ。
「私にできることは、何でもします。どんなことでも言ってください」
「ありがとうございます、先生。では……――」
香月くんからの要求は、なかなか厳しいことだった。
けれど、教師人生がこれで終わってもいいと覚悟を決めた私には、やってやれないこともない。
その日の夕日は、大地を焦がすかのように大きく朱く見えた。
声の主を探すと、手紙の入ったトレーを置いている机の下から男の子が出てきた。
大人びた雰囲気だけれども、小学校低学年にも見える小柄な子だ。
一瞬幽霊かと思って怯えてしまった自分が恥ずかしい。
その子はにこりと笑うと、困惑する私の手を引いてエレベーターへと誘導する。
「僕は香月。配達人のメンバーです。先生は?」
「あ……広瀬、康子です」
あら?
私、教師だって言ったかしら?
それにここ、電気来てる……廃ホテルじゃなかったの?
驚くことに、香月くんがエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
混乱する私の手を引き、香月くんは3階で降りるとすぐ左の部屋に入る。
灯りの点いたその部屋では、セーラー服を着た女の子がポットを手にお茶を淹れているところだった。
女の子の制服は、町内唯一の高校のものだ。
「夏樹、先生の分もお願い~」
「あ、やっぱり作文取りに来たのね」
要さんの言った通りね、と女の子は言う。
要さんって、誰だろう?
香月くんに勧められるままソファに座り、夏樹と呼ばれた少女からお茶を受け取る。
ポットもカップも、どう見てもホテルの備品だ。
こんな勝手に、いいのだろうか?
「ここまで来てもらってごめんなさい。地下室では、いつ人が来るかわからなかったので、こちらの部屋を用意してもらいました」
正面に座った香月くんが、本題を切り出す。
夏樹さんは香月くんの隣に座って頷いている。
この子が、いえ、この子たちが配達人?
こんな、小さな子が?
「あなた……いえ、あなたたちの親は何をしているの? あなたたちに、配達人なんて怪しいことをさせるなんて……!」
「その怪しい仕事を依頼しようとしていた人が言います?」
「血を分けた人が親だというのなら、僕に親はいません」
「!」
また失言した、と焦る私に、夏樹さんが死んでませんよ、と訂正する。
死別したわけでもないのに、親をいない、だなんて。
この子も、親と仲が悪いのかしら……?
「まぁ、僕たちのことは良いんです」
「ちゃんと事情があってやっていることですし、危険そうな依頼は断るよう楓さんが選別してくれてますからね」
「楓さん?」
「うちのメンバーです」
本当は何でこの子たちが配達人をしているのか、楓さんとは誰なのかとか、聞きたいことはたくさんあった。
けれど、答えてくれそうだった夏樹さんの言葉を遮るように、香月くんがコツコツと机を鳴らす。
配達人の正体を詮索しないのがルールだ、と釘を刺されてしまった。
「僕たちのことより、先生の話を聞かせてください。なぜ、手紙ではなく作文を配達人の依頼トレーに入れたのか。本当は何を誰に届けて欲しかったのか」
「今後、どうしたいのかも」
二人の言葉に、ドキリとする。
私は、どうしたかったのだろう。
「わから、ないの……」
誰かに、どうにかして欲しかった。
自分ではもう、何をどうしたらいいのかわからなくて。
木梨さんに謝りたいけれど、それであの子の苦労や心の傷が消えるわけではない。
それは、何の解決策にもならない。
誰かに、あの子を助けて欲しかった。
私を睨みつけるあの子は、刺々しい言葉を放つあの子は、私には今にも泣きだしそうに見えた。
あの子を救う術は私にはない。
私では何の力にもなってやれない。
「そんなことはありませんよ」
言い淀んでいると、香月くんがそっと私の手を握ってきた。
そして、にこりと笑ってそう言った。
まるで、私の心を読んだかのように。
「だって、先生はこうして行動に移したじゃないですか。何かをしたかった。その原動力となった想いこそ大事なんです」
「少なくとも、私たちは先生がこの作文を置いたからこそ、こうして先生にお話を聞きたいと思いました。どうにかしてこの子を助けたいと。先生の想いが、私たちを動かしているんですよ」
「私が、動かした……」
相手はまだ子どもなのに、その言葉は私の心に染みた。
私は無力ではない。私の行動は無駄ではなかった。
と、喜ぶ私の後ろで、こう叫ぶ私もいる。
子供が二人増えたところでどうしたというのだ。子供に何ができるのだ。と。
「先生、もう一度、よく考えてみてください。誰に、何を届けたいと思って僕たち配達人を頼ってくれたんですか?」
「私は……」
頼って、いいのだろうか。
相手は、まだ子供だ。
確かに、あの子の不幸を知って、誰かに助けて欲しかった。
その願いどおりに、この子たちは動こうとしてくれている。
けれど。
大人の私ですらできないことを、この子たちができるとは思えない。
「……先生、私は、実の親に殺されそうになりました」
「えっ!?」
突然夏樹さんの口から飛び出した、ギョッとする言葉。
固まる私に、夏樹さんは続ける。
「灯油を撒かれて、火をつけられたんです。その時は助かりましたが、毎日毎日、死ねと言われ続けました。私は生きていてはいけないのだと、そう思うほどに」
「そんな……児童相談所は、周りの大人たちは、助けてくれなかったの?」
「助けを、求められなかったんです。自分が悪いのだと思っていたから。助けてくれる人がいるなんて、考えることもできなかった。それを、香月くんが助けてくれたんです」
夏樹さんは、木梨さんの作文を指さし、「その子も同じだと思うんです」と言った。
助けてもらえると考えていないから、助けを求められない。
確かに、木梨さんは助けてとは言っていない。
けれど、このままでいいわけがない。
「私たちに任せていただけませんか? 私たちは子供ですが、子供だからこそ、大人にはできないこともできます」
「例えば、その子と友達になって本音を聞き出すとかね」
子供だからこそ、できる……。
目から鱗だった。
確かに、心を開いてもらえていない私より、この子たちの方があの子に寄り添えるかもしれない。
「木梨さんを、助けてください」
私は覚悟を決めた。
木梨さんの容貌、クラスメイトの様子、保護者たちの反応、校長先生からの圧力……。
あの子の不幸の要因になっているすべてを、洗いざらい打ち明ける。
教師失格な自分は、処分されてもいい。
だけど、その時はあの子を見捨てようとした学校も道連れだ。
「私にできることは、何でもします。どんなことでも言ってください」
「ありがとうございます、先生。では……――」
香月くんからの要求は、なかなか厳しいことだった。
けれど、教師人生がこれで終わってもいいと覚悟を決めた私には、やってやれないこともない。
その日の夕日は、大地を焦がすかのように大きく朱く見えた。
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ありがとうございました。
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重い話にも関わらず最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚
この作品に関しては、「他のレーベルなら書籍化行けるんじゃないの?」と複数の書籍化作家さんから応援をいただきましたので、加筆修正や番外編などを用意して他サイトさんのコンテストに挑む予定です(*`・ω・)ゞ
その際はまたTwitterで告知しますのでどうぞ覗いてやってくださいませ_(._.)_