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第一章
一秒先を視よ(前編)
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第八話 一秒先を視よ(前編)
真剣の唐突な武術大会参加宣言から、一夜明けた本日。
「おんし、どんな武器が欲しいんじゃ?なんでもわしが買うてやるぜよ!……出世払いでのぅ」
「本当に、本気なんですか!?」
凛は、視界一面に広がる立派な武器戸棚を前にして、早くも気を失いそうになった。
本日、定休日である武蔵堂を「貸切たい」と申し出た真剣が何を始めるかと思えば、凛の武器を見繕うつもりだったようだ。
一般的な刀から始まり、銃器、大槍、薙刀、暗器、木刀に至るまで何種類、いや、何十種類とまで揃ってしまうのが、都一の武器屋【武蔵堂】だ。
が、凛の様な妙齢の娘が扱える武器となると、選定は難しい。そもそも、茜音では女性は家を守るもの、と言う考え方が主流だ。男たちが戦場に出ている間、留守を守り信じて戦場へ送り出すのが、女たちの役目であり、美徳とされてきた。
「だからーっ!てめえ、真剣!無理に決まってるだろうが!?こいつが武術大会に出て、まともに戦えるわけねえだろ?精々、生き残れたらめっけもんだ!」
武蔵の吐き捨てるような文句を聞いても、凛は言い返す言葉がなかった。
実際武蔵の言う通りだし、武器を持って帝の用意した精鋭たちを相手に立ち回る自分の姿なんて、想像すらつかないのだから。
「お二人の役に立てるなら参加したいと思ってます。でも、武器を持って戦った経験なんて今までないんですが……」
「ちっちっち。凛さん、わしの言葉を覚えちゅうか?わしは‟おんしには、おんしの戦い方がある”と言うたちや」
「……はい。それは聞きましたけど」
「武器はあくまでお飾りじゃ。大会に参加するのに、丸腰では規則違反じゃからの。おんしはわしの背中に隠れておればええ」
「はあっ?」
凛が目を丸くして驚いている間に、先に全力の脱力リアクションで答えたのは武蔵だった。
「なんだよそれ?!」
「作戦とはこうぜよ。試合が始まったら、秋都がまず、先行して敵に突っ込んで、全員打ちのめす。ほんで、万事オッケー。ジ・エンドぜよ」
「――って、おい!?なんだ、その作戦にもなってねえクソみてえな特攻は、ふざけてんのかッ!?つーか、全員オレが倒すって、どんだけ他力本願なんだ、てめえ!?」
憤る武蔵を尻目に、真剣はにんまりと笑みを浮かべたまま、得意げに続ける。
「わしは、凛さんのガードに徹するぜよ。『未来を心眼で視る事が出来る』勝利の女神が、わしらには付いちゅう。凛さんさえ守りきれば、こっちが勝ったも同然ろう?」
「つまり、私が未来記録をして、戦う武蔵さんの手助けをするって事ですね?」
「そうちや。ようできちゅう」
ここでようやく、凛には真剣の言う『作戦』(と言うほどでもない)の概要が理解できたが、肝心の作戦の要である武蔵はといえば、怪訝そうな顔をして眉を顰めているだけだ。
「秋都。おんしは、敵を倒すことだけに集中すればええ」
「だーかーらー!それがふざけてるって言ってんだよっ!俺はそもそも、こいつを大会に出すのは反対だ!いくら、規則で殺しはご法度って言ってても、万が一の事もあるだろうが!毎月、必ず死人が何人か出てるんだぞ?」
「えっ!?」
武蔵の怒声を耳にして、凛の顔が見る見る青ざめていく。
帝の御前での武術大会ともなれば、参加者が命を落とすような危険はないだろうと凛はどこかで楽観視していたのだ。
「オレは負けるつもりもねえし、やれってんならやってやるさ。ただ、いくら未来を視る事が出来るからって、戦えない小娘を、んな危険なとこに出せるかよ?!」
正直、凛の決心は揺らぎそうになっていた。
心眼を使い、武蔵のサポートする。自分の力を活用するのは一向に構わない。だが、いざ戦闘に巻き込まれたら、自分の身を自力では守りきれない。
唇を噛み締めて凛が黙していると、その様子を見守っていた真剣が、静かに彼女の側へ歩み寄った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わしが、絶対おんしを守ってみせる」
「真剣さん」
「絶対。――……絶対じゃ」
真剣は、凛の細い髪の毛を梳くように撫でる。その仕草と柔らかい口調は、凛の緊張した心を、ほんの少しだけ慰めてくれた。
「この世の中に、絶対なんてモンはねえ。未来記録士でさえ、心眼で視る事の出来ねえもんだってある。真剣、てめえの『未来』がいい例だろうが?」
「ほうかもしれんのお。ほきも、凛さんは絶対、守り抜きゆう。それが、わしの護衛としての任務ながら」
「私……」
「凛さん。返事は今すぐとは言わんから、よう考えてみてくれんかの?」
「おい、真剣……!」
呼び止める武蔵だったが、真剣は去り際に振り返って凛に微笑みかけた後、入り口の戸を開けて、ふらりと商店街の通りへ出て行ってしまった。
「っとに、勝手なヤツだぜ。凛、断れ。お前が武術大会なんぞに出る事はねえ。もし、どうしても大会の優勝賞金が欲しいってんなら、まあ……オレが出てやるよ。真剣のやつは気にいらねえが、あいつも入れて三人。あと一人くらい、なんとかなんだろ」
「武蔵さん」
「ん?」
「私、未来記録士の力を戦いに活かそうなんて、考えた事ありませんでした」
「阿呆。当たり前だ。紀一さんや、他の戦に出た呪術師にだって、護衛が付いていたんだ。呪術師の役目は、自ら率先して戦場の真っ只中で武器を振るうことじゃねえ。戦の戦況を読んだり、その結果を見極めて、戦術を練ることなんだからな。まあ、軍師みてえなもんか。ちょっくら違うけど」
武蔵は、武器戸棚の鍵をかけると、小刀が並べられたガラスケースの前で立ち尽くしている凛の着物の腕を軽く引っ張った。
「んな物騒な物熱心に見つめてねえで、来い。居間で茶でも入れてやる」
「……はい……」
武蔵に促されて居間の座敷へと上がった凛だったが、その心中はざわざわと揺れていた。
真剣の唐突な武術大会参加宣言から、一夜明けた本日。
「おんし、どんな武器が欲しいんじゃ?なんでもわしが買うてやるぜよ!……出世払いでのぅ」
「本当に、本気なんですか!?」
凛は、視界一面に広がる立派な武器戸棚を前にして、早くも気を失いそうになった。
本日、定休日である武蔵堂を「貸切たい」と申し出た真剣が何を始めるかと思えば、凛の武器を見繕うつもりだったようだ。
一般的な刀から始まり、銃器、大槍、薙刀、暗器、木刀に至るまで何種類、いや、何十種類とまで揃ってしまうのが、都一の武器屋【武蔵堂】だ。
が、凛の様な妙齢の娘が扱える武器となると、選定は難しい。そもそも、茜音では女性は家を守るもの、と言う考え方が主流だ。男たちが戦場に出ている間、留守を守り信じて戦場へ送り出すのが、女たちの役目であり、美徳とされてきた。
「だからーっ!てめえ、真剣!無理に決まってるだろうが!?こいつが武術大会に出て、まともに戦えるわけねえだろ?精々、生き残れたらめっけもんだ!」
武蔵の吐き捨てるような文句を聞いても、凛は言い返す言葉がなかった。
実際武蔵の言う通りだし、武器を持って帝の用意した精鋭たちを相手に立ち回る自分の姿なんて、想像すらつかないのだから。
「お二人の役に立てるなら参加したいと思ってます。でも、武器を持って戦った経験なんて今までないんですが……」
「ちっちっち。凛さん、わしの言葉を覚えちゅうか?わしは‟おんしには、おんしの戦い方がある”と言うたちや」
「……はい。それは聞きましたけど」
「武器はあくまでお飾りじゃ。大会に参加するのに、丸腰では規則違反じゃからの。おんしはわしの背中に隠れておればええ」
「はあっ?」
凛が目を丸くして驚いている間に、先に全力の脱力リアクションで答えたのは武蔵だった。
「なんだよそれ?!」
「作戦とはこうぜよ。試合が始まったら、秋都がまず、先行して敵に突っ込んで、全員打ちのめす。ほんで、万事オッケー。ジ・エンドぜよ」
「――って、おい!?なんだ、その作戦にもなってねえクソみてえな特攻は、ふざけてんのかッ!?つーか、全員オレが倒すって、どんだけ他力本願なんだ、てめえ!?」
憤る武蔵を尻目に、真剣はにんまりと笑みを浮かべたまま、得意げに続ける。
「わしは、凛さんのガードに徹するぜよ。『未来を心眼で視る事が出来る』勝利の女神が、わしらには付いちゅう。凛さんさえ守りきれば、こっちが勝ったも同然ろう?」
「つまり、私が未来記録をして、戦う武蔵さんの手助けをするって事ですね?」
「そうちや。ようできちゅう」
ここでようやく、凛には真剣の言う『作戦』(と言うほどでもない)の概要が理解できたが、肝心の作戦の要である武蔵はといえば、怪訝そうな顔をして眉を顰めているだけだ。
「秋都。おんしは、敵を倒すことだけに集中すればええ」
「だーかーらー!それがふざけてるって言ってんだよっ!俺はそもそも、こいつを大会に出すのは反対だ!いくら、規則で殺しはご法度って言ってても、万が一の事もあるだろうが!毎月、必ず死人が何人か出てるんだぞ?」
「えっ!?」
武蔵の怒声を耳にして、凛の顔が見る見る青ざめていく。
帝の御前での武術大会ともなれば、参加者が命を落とすような危険はないだろうと凛はどこかで楽観視していたのだ。
「オレは負けるつもりもねえし、やれってんならやってやるさ。ただ、いくら未来を視る事が出来るからって、戦えない小娘を、んな危険なとこに出せるかよ?!」
正直、凛の決心は揺らぎそうになっていた。
心眼を使い、武蔵のサポートする。自分の力を活用するのは一向に構わない。だが、いざ戦闘に巻き込まれたら、自分の身を自力では守りきれない。
唇を噛み締めて凛が黙していると、その様子を見守っていた真剣が、静かに彼女の側へ歩み寄った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わしが、絶対おんしを守ってみせる」
「真剣さん」
「絶対。――……絶対じゃ」
真剣は、凛の細い髪の毛を梳くように撫でる。その仕草と柔らかい口調は、凛の緊張した心を、ほんの少しだけ慰めてくれた。
「この世の中に、絶対なんてモンはねえ。未来記録士でさえ、心眼で視る事の出来ねえもんだってある。真剣、てめえの『未来』がいい例だろうが?」
「ほうかもしれんのお。ほきも、凛さんは絶対、守り抜きゆう。それが、わしの護衛としての任務ながら」
「私……」
「凛さん。返事は今すぐとは言わんから、よう考えてみてくれんかの?」
「おい、真剣……!」
呼び止める武蔵だったが、真剣は去り際に振り返って凛に微笑みかけた後、入り口の戸を開けて、ふらりと商店街の通りへ出て行ってしまった。
「っとに、勝手なヤツだぜ。凛、断れ。お前が武術大会なんぞに出る事はねえ。もし、どうしても大会の優勝賞金が欲しいってんなら、まあ……オレが出てやるよ。真剣のやつは気にいらねえが、あいつも入れて三人。あと一人くらい、なんとかなんだろ」
「武蔵さん」
「ん?」
「私、未来記録士の力を戦いに活かそうなんて、考えた事ありませんでした」
「阿呆。当たり前だ。紀一さんや、他の戦に出た呪術師にだって、護衛が付いていたんだ。呪術師の役目は、自ら率先して戦場の真っ只中で武器を振るうことじゃねえ。戦の戦況を読んだり、その結果を見極めて、戦術を練ることなんだからな。まあ、軍師みてえなもんか。ちょっくら違うけど」
武蔵は、武器戸棚の鍵をかけると、小刀が並べられたガラスケースの前で立ち尽くしている凛の着物の腕を軽く引っ張った。
「んな物騒な物熱心に見つめてねえで、来い。居間で茶でも入れてやる」
「……はい……」
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