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あらためまして
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タバコの煙が事務所の天井をゆっくりと撫でた。夜見が何度禁煙を申し付けてもやめないのが廿六木である。お掃除本舗そわかとしての終業後。作戦会議とは名ばかりの集いに我が物顔で参加するのは、単純に所属する奇怪事象対策課としての仕事もあるからだ。
年季の入ったソファに背を預ける。本来ならば社長である夜見が座る椅子に腰掛ける廿六木の姿は、さながら現場監督のようにも見えた。
「もう一体の怪異ねえ」
「廿六木さん、空き缶にタバコの灰入れたら出禁だからね」
「安心しろ。警察手帳は忘れても、携帯灰皿だけは忘れたことはねえから」
「もうだめだよこのおっさん」
投げやりな声は藻武である。その隣では、珍しくあやめがまともな服を着て椅子に腰掛けていた。
「話が見えないんだけど。廿六木までいるってことは面倒臭いお掃除でもするつもりなの」
「違うよあやめちゃん。なんていうか、まあ今回の怪異についての話し合いもあるんだけどさ。改めて由比都に紹介しようと思って。君たちのこと」
今更? わかりやすく表情を歪める面々を前に、夜見はぎこちなく笑みを浮かべている。それでも、必要なことには間違いないだろう。夜見の合図を持つように大人しく座っていた由比都が、手にした白杖を握りしめる。
京浜地区に来てからここまで、由比都は孤立するような態度ばかりをとってきた。おそらく好意的には見られていないだろう。この場を設けると夜見に言われて、真っ先に逃げ出したくなったほどだ。
注目をされているのだろう、視線が肌に突き刺さる。思えば、他愛のない会話なんてほとんどしてこなかったように思う。話の切り出し方がわからなくて、ぎこちなく顔を上げた時だった。
「藻武明良。アキラって読むやついるけど、アキヨシな。そんで、多分業務的な紹介で言うと、俺の能力は過去視。攻撃型能力がないわけじゃねえんだけど、まあ使い所からしてサポメンって感じ」
「え……あ」
「ようやく歩み寄ったか黒猫野郎。お前が知りたいのは、こういう自己紹介だろ。あってる?」
「さすが藻武くん! 見た目はヤンキーなのに誰よりも頭が切れる兄貴だね!」
「俺一応社長よりも年下なんだけど⁉︎」
抗議する藻武の向かいで、思わず由比都の耳がジワリと赤くなった。
黒猫野郎はあまり納得はしていないが、由比都が口にする前に意図を汲んでもらえた。それが、なんだかこそばゆい。図星を突かれてしまい、由比都はぎこちなく、頷くだけで精一杯だった。
「私とははじめましてかも」
「え?」
「糸吉あやめっていうの。名前の通りの能力、そうだなあ。敵の動きを止めたりとか、からめたりとか。……あとは、中身飛び散らせるのはできる」
「飛び散らせる……?」
「こいつ糸使って敵締め上げて、内側から圧かけて破裂させたりするんだよ。とんだサディストだろ」
「あやめちゃんは後衛だよ。前の地区では蜘蛛女とか呼ばれてたんだっけ?」
「女郎蜘蛛とかなら許したのにね?」
夜見とあやめの声が揃って相槌を打つ。淡々とした落ち着きは、声の若さからはかけ離れている気がした。
「藻武さんの髪が緑で、……あやめさんは何色なんですか」
「黒、ああそうか。見えないからわかんないのか。能力には関係なく、髪は伸ばしてる。今は腰くらいまでかな」
「会話弾んでるとこ悪いけど、俺にも挨拶する機会をくれよ」
どうやらタバコを吸い終わったらしい。廿六木の声が唐突に背後から聞こえてきて、由比都の体は思わずはねた。
カタンと固いものが机に叩きつけられる音がした。あやめが高いヒールの靴で机を踏みつける音である。しかし、それを由比都が知るはずもない。
わかりやすく顔を青くしたのは藻武と夜見だったが、唐突な行動も廿六木とあやめが揃えば日常茶飯事である。
「会話を遮る無粋なくそ親父が無能刑事の廿六木正三。あと人の話を聞かない」
「お前公務執行妨害って知ってる? この糸どうにかしてくんない‼︎」
「うちの社員じゃない完全な部外者よ。ただ怪異が見えるだけ。あと逃げるのは上手いかも、私の前以外では」
「二人は付き合ってるんですか?」
「俺の好みは男の後ろを三歩下がって歩く大和撫子だ」
由比都の質問に、廿六木が大きな声で主張した。二人の慣れた掛け合いに親密さを感じたのだが、どうやら違うらしい。不思議そうに首を傾げた由比都は、夜見によって「勇気を出す場所が違うから」としっかり苦笑いで窘められた。
廿六木が開放される音が聞こえて、四人の視線が由比都へと集まった。もう初めましてはとうにすぎたというのに、しなくてもいい緊張を身に感じて喉が渇く。
由比都は藻武が手渡してくれた水で口を潤すと、わずかに跳ねる心臓を落ち着ける。
「し、白南風由比都。こんな見た目ではありますが、攻守両立型です。一応。自分では見れないんですけど、ここング、っ」
「だめだってば、そういうの!」
「は、はあ? 何が」
「社長、わかりやすいとこ悪いんだけどさ。俺もあやめも由比都の紋見たってなんも思わねえから」
藻武とあやめの指摘に、夜見がわかりやすく顔を赤らめる。由比都の口は夜見の手によって塞がれたままだ。唐突な行動理由もわからぬまま、由比都は目を瞬かせる。
もしかしたら、ここでは仲間にも能力の証明である紋の話をしないのだろうか。言葉数少なく日々を過ごしてきてしまったから、また自覚なしにしくじったのかもしれない。夜見の手をどかす。
そんな由比都の姿が落ち込んでいるように見えたらしい。話題を遮った夜見へと、わかりやすく藻武とあやめによる非難の視線が突き刺さる。
「だ、だって、だめだって由比都のは」
「私のだけ?」
「ばか。社長まじバカ。全然構わねえから。俺はちなみに脇腹な。あやめはうなじ」
「廿六木はないわ。ただ見えるだけの一般人だもの」
「言い方他にあるだろうが」
祓屋として神に使えるものたちは、体のどこかに紋が入っている。それは生まれた時からのもので、前世になんらかの形で神と関わり合いを持ったものたちが選ばれる。戦がきっかけで怪異と共に招かれるように現れた神。それと同時に選ばれた縁を持つものたちが、祓屋なのだ。
ここにきて、なんで夜見が由比都からの歩みよりを阻むのだろうか。それが少しばかし不満であった。そんな由比都の心持ちは、わかりやすく表情に出ていたらしい。藻武が助言をするように口を開いた。
「てかプロフィールもらってんだから知らねえわけねえじゃん。余裕ねえ男はダセェですぜ」
「あ、そうか……。それなら私の能力についての適性検査書も持ってるだろう?」
「何そのあけすけっぽいやつ‼︎」
「いや、夜見も言い方があるだろう。つかなんだ、その適性検査書っつうのは」
「え?」
廿六木の言葉に、今度は由比都が驚いた。どうやら、藻武も夜見も適性検査書を知らないらしい。
夜見はというと、由比都の戸惑いの表情に気が付かぬまま、首を傾げていた。由比都が配属されるにあたって、いくつかの書類を確かに受け取っていた。しかし由比都がきたその日がやけに慌ただしかったため、まともに目を通していなかったのである。
「あ、ある! その適性検査書は知らないけど、めっちゃグラフとか書いてあるやつ!」
「社長まじで数学できねえからな。そんなもんが描いてある時点で目は通さなさそう」
「流石に通すよ‼︎ 今回は忘れてただけでっ‼︎」
夜見は慌ただしくデスクに戻ったらしい。引き出しをあさる音がする。藻武たちが呆れた視線を向ける中、由比都だけは乾いた笑いをこぼした。
(まともに私の書類も見ないで……本当に人となりだけで判断したと。だとしたら、どれだけお人好しなんだこいつは)
「うわあああった‼︎ ああ、ごめん俺が適当に扱ったせいで端っこ折れてるう‼︎」
「うるせえよ、どらよこせ。あん? お前敷浪区から来たのか」
「やっぱ見たことないよこの書類。俺らやったことないね、適性検査」
「ねー」
呑気な夜見の声に、藻武が気のない同意をする。
どうやら本当に適性検査自体を受けたことはないらしい。己の能力や、活かし方。どういった立ち回りが向いているのか、そして能力値の上限まで。むしろプロフィールよりも重要視される時もあるというのに。
「まあ由比都の知っての通り、俺らの地区に神様はいないし。掃き溜めって言われるくらいだから、そういうのもなくて良くねって扱いなんだろうね。……って気分害したらごめん!」
「いや……やっぱり、ここは未認可だと」
「その割にこき使われてるけどなあ」
「まじそれおっさんの言うことじゃねえから」
他の祓屋から、何を言われても気にしないと言うのか。きっと、数日前の由比都なら間違いなく苛立っていたであろう三人のやりとりも、声を荒げることなく聞き流せた。
それが慣れなのかはわからない。けれど、ちょっとだけ笑いそうになったのは腹が立つので秘密にしておいた。
年季の入ったソファに背を預ける。本来ならば社長である夜見が座る椅子に腰掛ける廿六木の姿は、さながら現場監督のようにも見えた。
「もう一体の怪異ねえ」
「廿六木さん、空き缶にタバコの灰入れたら出禁だからね」
「安心しろ。警察手帳は忘れても、携帯灰皿だけは忘れたことはねえから」
「もうだめだよこのおっさん」
投げやりな声は藻武である。その隣では、珍しくあやめがまともな服を着て椅子に腰掛けていた。
「話が見えないんだけど。廿六木までいるってことは面倒臭いお掃除でもするつもりなの」
「違うよあやめちゃん。なんていうか、まあ今回の怪異についての話し合いもあるんだけどさ。改めて由比都に紹介しようと思って。君たちのこと」
今更? わかりやすく表情を歪める面々を前に、夜見はぎこちなく笑みを浮かべている。それでも、必要なことには間違いないだろう。夜見の合図を持つように大人しく座っていた由比都が、手にした白杖を握りしめる。
京浜地区に来てからここまで、由比都は孤立するような態度ばかりをとってきた。おそらく好意的には見られていないだろう。この場を設けると夜見に言われて、真っ先に逃げ出したくなったほどだ。
注目をされているのだろう、視線が肌に突き刺さる。思えば、他愛のない会話なんてほとんどしてこなかったように思う。話の切り出し方がわからなくて、ぎこちなく顔を上げた時だった。
「藻武明良。アキラって読むやついるけど、アキヨシな。そんで、多分業務的な紹介で言うと、俺の能力は過去視。攻撃型能力がないわけじゃねえんだけど、まあ使い所からしてサポメンって感じ」
「え……あ」
「ようやく歩み寄ったか黒猫野郎。お前が知りたいのは、こういう自己紹介だろ。あってる?」
「さすが藻武くん! 見た目はヤンキーなのに誰よりも頭が切れる兄貴だね!」
「俺一応社長よりも年下なんだけど⁉︎」
抗議する藻武の向かいで、思わず由比都の耳がジワリと赤くなった。
黒猫野郎はあまり納得はしていないが、由比都が口にする前に意図を汲んでもらえた。それが、なんだかこそばゆい。図星を突かれてしまい、由比都はぎこちなく、頷くだけで精一杯だった。
「私とははじめましてかも」
「え?」
「糸吉あやめっていうの。名前の通りの能力、そうだなあ。敵の動きを止めたりとか、からめたりとか。……あとは、中身飛び散らせるのはできる」
「飛び散らせる……?」
「こいつ糸使って敵締め上げて、内側から圧かけて破裂させたりするんだよ。とんだサディストだろ」
「あやめちゃんは後衛だよ。前の地区では蜘蛛女とか呼ばれてたんだっけ?」
「女郎蜘蛛とかなら許したのにね?」
夜見とあやめの声が揃って相槌を打つ。淡々とした落ち着きは、声の若さからはかけ離れている気がした。
「藻武さんの髪が緑で、……あやめさんは何色なんですか」
「黒、ああそうか。見えないからわかんないのか。能力には関係なく、髪は伸ばしてる。今は腰くらいまでかな」
「会話弾んでるとこ悪いけど、俺にも挨拶する機会をくれよ」
どうやらタバコを吸い終わったらしい。廿六木の声が唐突に背後から聞こえてきて、由比都の体は思わずはねた。
カタンと固いものが机に叩きつけられる音がした。あやめが高いヒールの靴で机を踏みつける音である。しかし、それを由比都が知るはずもない。
わかりやすく顔を青くしたのは藻武と夜見だったが、唐突な行動も廿六木とあやめが揃えば日常茶飯事である。
「会話を遮る無粋なくそ親父が無能刑事の廿六木正三。あと人の話を聞かない」
「お前公務執行妨害って知ってる? この糸どうにかしてくんない‼︎」
「うちの社員じゃない完全な部外者よ。ただ怪異が見えるだけ。あと逃げるのは上手いかも、私の前以外では」
「二人は付き合ってるんですか?」
「俺の好みは男の後ろを三歩下がって歩く大和撫子だ」
由比都の質問に、廿六木が大きな声で主張した。二人の慣れた掛け合いに親密さを感じたのだが、どうやら違うらしい。不思議そうに首を傾げた由比都は、夜見によって「勇気を出す場所が違うから」としっかり苦笑いで窘められた。
廿六木が開放される音が聞こえて、四人の視線が由比都へと集まった。もう初めましてはとうにすぎたというのに、しなくてもいい緊張を身に感じて喉が渇く。
由比都は藻武が手渡してくれた水で口を潤すと、わずかに跳ねる心臓を落ち着ける。
「し、白南風由比都。こんな見た目ではありますが、攻守両立型です。一応。自分では見れないんですけど、ここング、っ」
「だめだってば、そういうの!」
「は、はあ? 何が」
「社長、わかりやすいとこ悪いんだけどさ。俺もあやめも由比都の紋見たってなんも思わねえから」
藻武とあやめの指摘に、夜見がわかりやすく顔を赤らめる。由比都の口は夜見の手によって塞がれたままだ。唐突な行動理由もわからぬまま、由比都は目を瞬かせる。
もしかしたら、ここでは仲間にも能力の証明である紋の話をしないのだろうか。言葉数少なく日々を過ごしてきてしまったから、また自覚なしにしくじったのかもしれない。夜見の手をどかす。
そんな由比都の姿が落ち込んでいるように見えたらしい。話題を遮った夜見へと、わかりやすく藻武とあやめによる非難の視線が突き刺さる。
「だ、だって、だめだって由比都のは」
「私のだけ?」
「ばか。社長まじバカ。全然構わねえから。俺はちなみに脇腹な。あやめはうなじ」
「廿六木はないわ。ただ見えるだけの一般人だもの」
「言い方他にあるだろうが」
祓屋として神に使えるものたちは、体のどこかに紋が入っている。それは生まれた時からのもので、前世になんらかの形で神と関わり合いを持ったものたちが選ばれる。戦がきっかけで怪異と共に招かれるように現れた神。それと同時に選ばれた縁を持つものたちが、祓屋なのだ。
ここにきて、なんで夜見が由比都からの歩みよりを阻むのだろうか。それが少しばかし不満であった。そんな由比都の心持ちは、わかりやすく表情に出ていたらしい。藻武が助言をするように口を開いた。
「てかプロフィールもらってんだから知らねえわけねえじゃん。余裕ねえ男はダセェですぜ」
「あ、そうか……。それなら私の能力についての適性検査書も持ってるだろう?」
「何そのあけすけっぽいやつ‼︎」
「いや、夜見も言い方があるだろう。つかなんだ、その適性検査書っつうのは」
「え?」
廿六木の言葉に、今度は由比都が驚いた。どうやら、藻武も夜見も適性検査書を知らないらしい。
夜見はというと、由比都の戸惑いの表情に気が付かぬまま、首を傾げていた。由比都が配属されるにあたって、いくつかの書類を確かに受け取っていた。しかし由比都がきたその日がやけに慌ただしかったため、まともに目を通していなかったのである。
「あ、ある! その適性検査書は知らないけど、めっちゃグラフとか書いてあるやつ!」
「社長まじで数学できねえからな。そんなもんが描いてある時点で目は通さなさそう」
「流石に通すよ‼︎ 今回は忘れてただけでっ‼︎」
夜見は慌ただしくデスクに戻ったらしい。引き出しをあさる音がする。藻武たちが呆れた視線を向ける中、由比都だけは乾いた笑いをこぼした。
(まともに私の書類も見ないで……本当に人となりだけで判断したと。だとしたら、どれだけお人好しなんだこいつは)
「うわあああった‼︎ ああ、ごめん俺が適当に扱ったせいで端っこ折れてるう‼︎」
「うるせえよ、どらよこせ。あん? お前敷浪区から来たのか」
「やっぱ見たことないよこの書類。俺らやったことないね、適性検査」
「ねー」
呑気な夜見の声に、藻武が気のない同意をする。
どうやら本当に適性検査自体を受けたことはないらしい。己の能力や、活かし方。どういった立ち回りが向いているのか、そして能力値の上限まで。むしろプロフィールよりも重要視される時もあるというのに。
「まあ由比都の知っての通り、俺らの地区に神様はいないし。掃き溜めって言われるくらいだから、そういうのもなくて良くねって扱いなんだろうね。……って気分害したらごめん!」
「いや……やっぱり、ここは未認可だと」
「その割にこき使われてるけどなあ」
「まじそれおっさんの言うことじゃねえから」
他の祓屋から、何を言われても気にしないと言うのか。きっと、数日前の由比都なら間違いなく苛立っていたであろう三人のやりとりも、声を荒げることなく聞き流せた。
それが慣れなのかはわからない。けれど、ちょっとだけ笑いそうになったのは腹が立つので秘密にしておいた。
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