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カストール編

119 *

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エルマーが聞いたら、絶対に指を指して笑うだろう。ユミルは、そんなことを思った。
あの後レイガンは、まるで捨て置かれるようにアロンダート達に置いてけぼりにされた。男を見せてこいの意味合いは理解しているのだろう、頭が痛そうに顔歪めた後、わかった、わかったからとりあえず待て。などと生真面目さに焦りを含ませながら宣った。
先に家にいけ。レイガンがユミルへと振り向かずにいうものだから、ああ、面倒臭がられているのかもしれないと思った。
一人、道にレイガンを残して帰路を辿る。本当に家にくるのかはわからない。不安は、ユミルの後悔と共に押し寄せてきた。

「嫌われたんかな。」

家に来るかもわからないのに、部屋を整える必要はあるのだろうか。ユミルは一人掃除をこなしながらごちる。
この家に、男を連れ込んだことは何回かある。独りの寂しさを、他人の体温に身を任せることでいくつもの夜を乗り越えた。それが、ただの承認欲求を満たすためだけの行為だということも理解している。それでも、ユミルにとってのレイガンはその中の一人ではない。
カストールに暮らし、ややこしいことに巻き込まれるとは思いもよらなかった。エルマーのことだから無事だろうとは思うが、そんなもの想像でしかない。
レイガンの後悔する様子を見れば、ユミルが気安く心配していいような事態ではないことも明白だ。不安を口にすれば気は楽になる。それを知っていても、口にできないこともあるのだ。きっと、そういうものほど抱えている思いは大きい。

「……虚しくなってきたべ。シャワー浴びんのも準備してますって感じになるしなあ……。」

ちょっと、どうしていいかわからない。水仕事を終えた手で顔を覆う。
手のひらの内側で、昼間に重なった唇の感触を思い出してしまう。顔を濡らしても、ぶり返した頬の熱は冷めそうにない。ユミルよりも年下で、それなのに抱えているものが大きいレイガンへ、こんな浮ついた気持ちを向けてしまってすまないとすら思う。
けれど、治らない。気忙しい中でユミルの気持ちまで抱えてもらうのは違うはずなのに、膨らんだ想いは己一人では持て余してしまう。

ダメだなあ。ユミルはそんなことを思いながら、椅子へと腰掛けた。心の具合がよろしくない。心臓の高鳴りと、後悔と不安。もしかしたらという期待までもがまた顔を出し、ユミルの情緒をめちゃくちゃにする。
どんな表情をしているのかもわからない。ユミルはテーブルに突っ伏すと、腕で囲った空気がすぐに熱を持った。外は間も無く夜がくるだろう。
レイガンが来るわけもない。きっと、ユミルに気を使ってわかったといったのだ。

ああ、いやだなあ。寂しいなあ。

ユミルがエルマー位強ければ、旅についていくことを許されたのだろうか。棒切の一本位、子供の頃に振り回しておけばよかった。
後悔先に立たずとはよく行ったもので、大人になってから立ちはだかる後悔の壁ほど乗り越え辛い物はない。

レイガン、なんで僕、お前みたいなやつを好きになっちゃったんだろう。
年下で、面倒くさい境遇のエルマーの仲間。ユミルが出会わなかった可能性の方がずっと大きかった男。
泣きたくもないのに涙が滲んできた。心臓を締め付けられるように苦しくて、ユミルはボソリと呟いた。

「やだぁ……めんどくせ……」
「失礼なやつだな。」
「──── っ」

頭上から降ってきた言葉に、ユミルの体はびょっと跳ねた。
腕に瞼を擦り付けるようにして、恐る恐る顔を上げる。見慣れたシャツを視線が抜けると、簡易鎧を外したらしいレイガンが、見下ろすようにユミルの真横に立っていた。

「……きた」
「お前がこいと言ったんだろう……、それに、独り言を言っていたあたりから、もう敷居は跨いでた」
「ノックしてよ……」
「したさ。お前が聞こえなかっただけだろう」

呆れた紫の瞳に、冷たさはない。ユミルはまた目が潤みそうになって、慌てて俯く。
無骨な指先がユミルの髪に触れて、小さな耳をさらす。視線を向けられている。そんな、ユミルの小さな緊張を理解しているのか、指はそっとユミルの耳朶へと触れた。

「顔を上げろ。何を拗ねている」
「うるさい。僕はいま机が気持ちくて堪能してるんだ」
「そのままだと、口付けの一つもできないが」

淡々とした言葉に、ユミルは容易く体の体温を上げてしまう。心臓が止まるかと思った。レイガンの一言で、触れられた耳がじわりと赤く染まる。
指先が、机に突っ伏すユミルの項に触れた。少しだけ体温の低い手のひらは、顔を伏せるユミルにお構いなしに机と首の隙間に差し込まれた。子猫をあやすように顎裏をくすぐるレイガンの指先に、僅かな欲を感じた。

「ぅ、……」

少しだけ乾燥気味な指先が、喉を撫で上げ、顎を伝い、ユミルの唇の柔らかさを確かめる。
どうしよう、嬉しい。嬉しいのに、なんだか泣きそうだった。

「お前、ほんと泣いてばかりだな…」

レイガンの呆れたような声が上から降ってくる。頬を伝う涙はテーブルの上に溜まる雫となっていた。
ユミルの体温が映った手のひらが、襟元をくつろげる。手のひらで顎を持ち上げるように顔を上げさせられれば、紫の瞳を輝かせるレイガンと目があった。

「ユミル」
「んだよ」
「……キレるな」
「キレてねえべや」

ユミルの様子に、レイガンが片眉を上げるように反応を示す。小さく吐息を漏らす唇が緩く弧を描くと、大きな手のひらはユミルの胸元をくつろげるようにシャツをはだけさせた。

「ユミル。俺には時間がない。ずっとその態度で居るつもりなら俺は別で宿を取る。」
「……っ」

そう言って、熱をともした体から手を離す。もうしまいだとでもいうように背を向ける。そんなレイガンを前に、ユミルは椅子弾くように慌てて立ち上がった。

「っ、ま、」

まって。震える喉は、その三文字もうまく紡げない。ヒネクレていることなんて、ユミル自身が一番理解している。小さな手は伸ばされた。レイガンを引き止めようとして、椅子が倒れた拍子に足がもつれる。
あ、と思った時にはもう遅く、ユミルはレイガンを前にして盛大に転んだ。

「いって……っうぅ……っ」
「ぐ、…んン……っ」

それはもう、レイガンが慌てて振り返るほどの大きな音であった。ユミルの頭上から、笑いを堪える声が聞こえる。伸ばしかけた手がひくひく動いているのが面白かったらしい。
ギシリと床板を軋ませて、レイガンが歩み寄る。小さな手が靴へと遠慮がちに触れる様子を前に、空気の抜けるような笑みをこぼす。

「何してんだ全く……」
「う、……」

ユミルは、レイガンの手によって軽々と持ち上げられた。情けなくて、悔しくて、恥ずかしくって泣けてきた。テーブルの上に座るように下ろされて、もうヤケクソだと抱きついた。
もう晒す無様なんて残ってはいない。ユミルよりも熱い胸板に顔を埋めれば、小さな子供をあやすように頭を無でられた。

「……ユミル。」
「い、いっちゃ……やだ……」
「……はあ」

慣れていない指先が、不器用なレイガンの指先を表しているようだった。
ユミルの背中を温めるように、ぎこちない動きで抱きしめられる。肺いっぱいにレイガンの匂いで満たされる。ユミルの小さな頭に呼気が触れて、心臓が止まるかと思った。
ユミルは肩口に顔を埋めるようにしがみついたまま、レイガンのシャツに涙を染み込ませた。

「れ、レイガン……や、やっぱぼくも……」
「ついてくるのは、許さない。」
「っ、んん……」

頬に手を添えるように視線が絡まる。無骨な親指が、温度を確かめるように口の中に差し込まれた。まるで、それ以上は許さないとでもいうように。レイガンの指は薄い舌を摩擦する。

「どうにかして戻ってくるから、お前はここで待っていろ。」
「ん、んう……っ」
「俺には帰る国がない。だから、全部終わったら帰ってくる場所に、お前がなれ。」
「れ、ぃあ……」

んく、と飲み込みきれなかった唾液が口端から溢れた。レイガンから見たユミルは情けない顔をしているだろう。腰に回された大きな手のひらが、ユミルの体を引き寄せる。顔に影が差して、瞼にふにりとした柔らかなものが触れた。

「行ってくると言って、結局どうにも出来なかった。こんな情けない男の帰る場所に、お前がなってくれると言うならだけどな。」
「んぅ、…っ、」

レイガンの優しい唇が、額にも落とされる。もっと、無骨に触れて来ると思っていたのに、こんな愛しむような触れ方をされたらどうしていいかわからない。
視線が絡まって、年相応の、少しだけ気恥ずかしそうな顔をユミルに見せる。それがずるくて、胸を締め付けるのだ。
我慢できない大人だと、笑われるかもしれない。ユミルはレイガンの唇を掠めるように触れると、口付けを教えるように唇を優しく啄まれる。

「ん、……?」
「あ、ま…っ、まっ、んぅ、っ」

ユミルの制止の言葉は、レイガンによって容易く奪われる。腰を支えられるままに、状態をそらされる。唇の重なりは徐々に深くなり、熱い舌がぬろりと口内を舐る。 

「ふ、ぅ……」

唾液をこそげとるような口付けに、本当に年下かと疑ってしまう。それほどまでに、レイガンの口付けは巧みだった。
ユミルの今までの経験を上塗りするような、それでいて、舌先に想いを乗せるような丁寧な口付け。体の芯からレイガンを教え込むように、飲み込んだ唾液から細胞が入れ替わるかのようだった。

「んは、っ……、ゃ、やだまっ、て……」
「ここに来て、お預けか?」
「しゃ、シャワー浴びてない……っ、ひぅ……っ!」
「ああ、気にするな。」

というか、お前そんなこと気にするのか。レイガンの甘い声が、少しだけ誂い混じりに耳元で囁く。ユミルの着ていたシャツはいつのまにかはだけられ、無骨な手のひらが感触を楽しむようにして腹を撫で上げる。
ふる、とぺたんこの腹がひくついた。少しだけ冷やこいレイガンの手のひらによって、ユミルの高い体温が暴かれる。

「冷たかったか、すまない。」
「ぁ、いい……へーき、……」

心配の一つでさえ、睦言だ。
ユミルの背に大きな手のひらを添えて、丁寧に体を開いていく。気恥ずかしさから制しかけた手のひらは、いつしかレイガンの首の後ろに回っている。
その先を求めるように、指先がユミルの胸の先端へと触れる。お伺いをするように頬に口付けられれば、体を差し出す他はなかった。

照れてしまう。ユミルは特別とでも言われているようで、呼吸の仕方も忘れそうになる。
胸の中心に、口付けられる。唇は鎖骨にも落とされ、首筋をたどり、頬を甘く啄む。大切にされているような気さえする。ユミルはレイガンの、つめたい冬の空のような銀髪に指を通す。

「なんだか少し、面映いな。」
「ん、……っ……うん、……」

レイガンの指先が挟むように胸の突起を刺激して、その先端にゆっくりと舌を這わされる。薄桃色のそこは唾液によって光沢を増し、誘うように硬くしこる。ユミルの素直な部分に血が集まって、無意識に腰が揺らめいた。

「っあ、」

中心を隠すように立てた膝が、レイガンの中心に当たった。黒のボトムスを押し上げるように、窮屈そうに熱を放ち主張する。
レイガン、僕で勃つんだ。コクリと小さな喉仏が動く。そんなユミルの視線を奪うように、細い体はテーブルの上に押し付けられた。天井を隠す、レイガンの整った顔は少しだけ不服そうに眉を寄せていた。

「俺のことは気にかけなくていい、まずはお前が気持ちよくなれ。」
「あ、あっや、ンんっ……!」
「ん、いい声だ。」

耳の後ろに鼻先を寄せるように顔を埋められる。熱い呼気が首筋を撫でたかと思えば、金属の擦れ合う音がした。あっという間に晒されたユミルの性器は外気にさらされ、そこを手で隠すのを許さないとでもいうように、レイガンは小ぶりな性器を緩く握る。
視覚的効果はてきめんだった。大きな手のひらに包まれた性器は。ぱつんと張り詰めた先端だけを晒していた。滲む先走りを確かめるように親指で摩擦される。普段慰めもしない部分から走る疼痛に、ユミルの太腿は小さく震えた。

「ゃ、やあ、だ、だめぁ、っ……手、あつ……っ、」
「ああ、気持ちいいな。上手に腰が揺れている。ほら、俺にイく所を見せてみろ。」
「ゆ、れちゃ……!み、みんな、あ、んくっ……」

 じゅ、とはしたない音が立つ。レイガンも、一人でするときはこうなのだろうかと、野暮な考えが首を絞める。先端への刺激はユミルの雄の本能を呼び覚ますようだった。
 細い足が小さく跳ね、下手くそに腰が揺れる。それを楽しそうに見つめるレイガンが、意地悪に音を立てるのだ。

「はぁ、あ、っぁ、れ、ぃぁんっ……!や、い、イぅ、あ、ぁー……」
「ほら、いけ」
「ひ、っ──── ぁあ、っ」

ぷぴゅ、びゅく、っと、はしたない音が静かな部屋に溶ける。薄い胸元を赤く染め上げ、上下させる。力の入らない足はだらしなく開き、ユミルは身を投げ出していた。
射精の瞬間を逃さないとでもいうように、レイガンは真っ直ぐにユミルを見つめていた。薄い腹に散らされた白濁を、馴染ませるように大きな手のひらが塗り広げる。
紫の瞳には、欲の炎が点っていた。形のいいヘソに指を引っ掛けるように、レイガンが下腹部を柔く押す。先ほど以上に張り詰めた下肢が、ユミルの細い足に押し付けられるだけで、口の中に唾液が滲む。

「ユミル……」
「ん、っ……」

掠れた声が腰に響く。濡れた唇がユミルの唇を喰み、啄む。
シャツのボタンを外す音がやけに鮮明だ。衣擦れの音と共に晒されたレイガンの戦うものの肉体に、ユミルが体温を高める。大きな手のひらはゆっくりとユミルの足を持ち上げて、穿いていた衣服を下着ごと床に落とされた。

「っ、…」
「ん、なんだ。」

好きだ。そういってもいいだろうか。その三文字を音として、レイガンへ向けたら重いだろうか。
薄茶の瞳が、涙によって宝石の輝きを放つ。この、年下の男が自分だけのものになればいいのに。小さな手が、レイガンの頬に伸ばされる。引き寄せるままに額が重なる。

「……怖いか?」
「ちが、くて……」

口付けをくれて、抱きしめてくれた。だからきっと、心は許されている。それでも言葉にしてくれないのは、レイガンがユミルの前から消えるからだ。
いつ帰ってくるのかはわからない、もしかしたらユミルの知らないところで死んでしまう危うさだって孕んでいる。
好きだと口にしないのは、名残惜しさを引きずらないため。

「ひ、ぅく……っ」
「何故泣く……」
「ごめ、ぁ……ふぇ、っ……」

それでも、この年下の、馬鹿みたいに生真面目なレイガンがそう決めていたとしても、ユミルは形が欲しかった。

「ここじゃ、やだ……ベッドつれてって」
「ん、わかった。」

お姫様のように扱われている。男らしい腕で抱き上げられて、ベッドまで運んでくれるのだ。そんなこと、今までの誰もしてくれなかった。胸が苦しくて、みみっちい思いが嫌で、レイガンへの隙がどんどんと膨らんで苦しい。
ベットに横たえられて、軋む音を立てるようにレイガンが天井を背負う。爪の短い親指が柔らかく涙を受け止めると、困ったように宣った。

「お前、また面倒なことを考えているだろう。」
「ごめん、……ね……」
「……いや、構わない。俺も大概毒されてきているな。」

お前のその性格は、……といいかけるレイガンの言葉に、ユミルの手は握り込まれる。その先の言葉の先を予測するのは容易いことだろう。いっそのこと、乱暴に抱いてくれればよかったのに。
ぎゅ、と目を瞑る。堪えようとした涙が頬を伝って、耳を濡らした。


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