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再びのドリアズ編

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辿り着いたチベットの鍛冶屋は、ひどい有様だった。
石造の家屋は無惨にも崩れ、瓦礫の山と化している。かろうじて残っている玄関扉は枠だけを残し、口を開けるようにしてエルマー達を待っていた。

「じじいー!!!」

エルマーが大声で呼んでも、声はしない。もしかしたら中で気を失っているのかもしれない。そんな小さな希望を胸に、エルマーは焦った様子で瓦礫を跨ぐように進む。

ギンイロは、その体に光を纏うかのように転化した。追い抜くようにエルマーを飛び越えると、潰れた屋根の上に降り立った。

かしかしと前足を使って、瓦礫をどかそうとしている。
静かな様子は、いつもと違う。人を小馬鹿にしたような口調は鳴りをひそめ、時折瓦礫の隙間に鼻先を突っ込むかのように検分し、そしてまたかしかしと前足を動かす。

「ギンイロ、」

ギンイロは応えなかった。己の世界に入り込んだかのように、一心不乱に前足を動かす。
その様子を、ナナシは見つめていた。ひっく、と喉が鳴る。ギンイロは、まだ諦めてはいないのだ。

積み上がっている瓦礫を退かしながら、エルマーは工房があったであろう位置まで歩みを進めた。緊張を宿したその表情が、ゆっくりと頭上のギンイロへと向けられる。
その時、何かを見つけたかのように、ギンイロの動きが止まった。

「ママ」

抑揚のない声は、ポツリと落ちた水滴のように、瓦礫の中に染み込んでいった。
その声は、二人を制止させるには十分なものだった。
風が吹き、木がさわめいているというのに、この場だけ時が進んでいないのだ。
まるで、これから直面するであろう事実を、脳が理解するのを拒否しているかのようだった。

表情を消したナナシが、ゆっくりと深呼吸をした。体の内側から込み上げる震えを、宥めたかったのだ。

意を決するように、一歩踏み出す。そんなナナシを制するように手で遮ったのは、エルマーだった。

「える、」
「そこで待ってろ。」

エルマーが、己の腕に強化の術をかける。乾いた音を立てて強く握りしめられた拳が、グワリと大きく振り上げられた。
ただの板に成り下がってしまった工房の棚へ、勢いよく拳を振り下ろす。木が破裂するかのような大きな音を立てて腕をめり込ませると、飛び散った木端がエルマーの頬を撫でていった。

「く、」

瓦礫に伸し掛かるようにして倒れる棚を、指先を埋め込むように力強く掴む。腕に走る血管へと血液が流れ、皮膚の下で筋肉が動いた。板を、千切るようにしてひき剥がす。

まるで堰き止められていたかのように、支えを失った瓦礫が吐き出された。負荷を失ったエルマーの腕はゆっくりと降ろされる。
指先から滲んだ赤が、その力の強さを物語っていた。

「……、」

何かに凭れ掛かるようにしてそこにあった。工房の床を濡らす程の赤黒い液体が、じんわりと床板の隙間を辿るように広がっている。
瓦礫の隙間には、何か黒いものが見えていた。錆びたような色に染まった塊が、二人の小さな友人だということを、エルマーはすぐに理解した。


何も言えなかった。ただ、黙ってその光景を見つめることしかできなかった。
立ちすくむエルマーの視界を、遮るかのようにギンイロが降り立った。緑色の瞳が、ちろりとこちらへ向けられたのも一瞬で、その鼻先をゆっくりと瓦礫の隙間へと近づける。
美しい銀の毛並みを纏うその足は、微かに赤く汚れていた。

「ギンイロ、」

エルマーの声が、虚しく響いた。
まるで、群れからはぐれてしまった子犬のような行き場のない雰囲気で、ギンイロはただゆっくりと瓦礫を見下ろしていた。
やがて、地べたへとゆっくり腰を下ろすと、鼻先で床を辿るかのように、瓦礫の隙間へと顔を近づける。そのまま、乳を欲しがる子犬のような甘えた声で、きゅうんと鳴いた。

「ギンイロ、」

ギンイロはエルマーの声に振り向かなかった。
己の前足を濡らす赤色が、なんだかわからなかったのだ。
肺が詰まって、今にも感情が暴れてしまいそうなのに、ギンイロの表情はなんてことないように動かない。

わからないのだ。

スーマから教えてもらったのは、楽しいことと、頑張り方だけだった。
こんな、気持ちが焼け付くような、心臓が溶けてしまうような感情の行き場なんて、知らない。教えてもらっていない。

「ママ、」

瓦礫に鼻先をこすりつける。
ここからスーマの匂いがする。じじいとスーマの匂いがするのだ。

かし、と前足で瓦礫を引っ掻く。光線を出したら、きっと二人は怪我をしてしまうだろう。だから、ギンイロにはそれができなかった。
自分の大きな力も、誰かを傷つける為に使うなと教えてくれたのはスーマだ。
ギンイロが産まれた時、じじいはたくさん喜んでくれた。短い腕で二匹をまとめて抱きしめて、褒めくれたのだ。
そんなじじいからは、撫でられる喜びを、人の温もりを教えてもらった。

「ジジイ、ママ、……マダネテル、」

せっかく帰ってきたのに、なんでまだ寝てるの。
たくさんいい子にしてたのに、なんで褒めてくれないの。

ギンイロは、じじいに抱きしめてほしかったのだ。スーマと二匹、ちょっとだけ苦しくなる愛情を、また与えて欲しかった。

「ママ、……?」

こんな情けない声で泣いたら、スーマは困ってしまうだろうか。ギンイロは、そんなことを思った。
泣いたら、小さい体で温めてくれた。その温もりを思い出したくても、もう出てこないのだ。

いやだ、褒めてほしい。頑張ったねと愛して欲しいのに、二人が寝ている。
かしり、床を引っ掻いた。もしかしたら、この瓦礫を退かしたら起きるかもしれない。と、そう思ったのだ。

床を剥がして、隙間を作れば助けられるかもしれない。

板の僅かな隙間に爪を引っ掛けて剥がそうとするギンイロを、エルマーは息を詰めて見つめるしかできなかったのだ。

「える、……えるまー……っ」

ナナシはよろつくように歩み寄ると、エルマーの背に額をくっつけた。
ひっく、と喉が引き攣れる。何度も繰り返される深呼吸は、肺に溜まった熱を誤魔化す。
ギンイロが泣いていないのに、ナナシが泣けるわけなかった。

「やめろ、ギンイロ。爪が剥がれちまう。」
「エルマー、テツダッテ」
「上の瓦礫どかすぞ。」

エルマーが、そんなナナシの頭を宥めるように撫でた。
腕まくりをして瓦礫に近づく。ギンイロが泣いていないのだから、普段通りを装う。これは、エルマーもまた同じであった。

瓦礫の端に手を当てた。腰を落とし、息を詰める。己の体には身体強化の術がかかっているというのに、それでも瓦礫は重かった。
踏みしめた床板が、悲鳴を上げる。エルマーは黙りこくったまま、ただ瓦礫をどかすことだけに専念した。余計なことは、考えなくていい。

「……、く、そ、」

腕に血管が浮き出るほど、筋力を高める。ぐっと力を込めて浮かせたその時、己のつま先がチベットの太い指先に触れた。

「……、」

目の奥が、つきんと痛む。心臓が溶けて熱を放っているかのような、そんな感覚が体を支配した。
職人の指先に、ナナシにネックレスを作ってくれた器用な指先に、靴を当てるのが嫌だった。
滑る床を踏み締めながらも、エルマーはずりずりと動かし、指先から足を離す。

チベットの手は、綺麗なままだった。
丸く、コロコロとした親しみやすい体は、床に押し付けらたまま形を失っている。それでも、己の体で守ったのだろう。いつも一緒だったスーマも、チベットと重なるようにそこにいた。
一人と一匹はひとつになって、そこにいたのだ。

「っ、」

持ち上げた瓦礫から、雨のように血が滴る。心なしか、まだ温かい気がした。
目の奥が熱い。参った、泣きそうだ。
エルマーは大きな音を立てて、瓦礫をどかした。大きなそれはかろうじて残っていた外壁を崩すようにして転がった。
裏返った瓦礫にに手をついて、こみ上げるものを必死で堪える。
戦場よりもひどい光景は、しっかりと目に焼きついた。
何度か唾液を飲み下す。震える手を誤魔化すように握り込むと、エルマーの金色の瞳はゆっくりとギンイロへ向けられた。

「……コレナニ、」
「ギンイロ」
「エルマー、ママトジジ、ドコカイル。コレ、チガウ。」
「ギンイロ、……待てって、」

鉄錆の匂いで鼻が曲がりそうだ。ギンイロは鼻先をそれから離すと、静かな瞳でエルマーを見た。
ほのかに二人の匂いがする、だけど、コレは二人じゃないと言って欲しかったのだ。

「ナナシ、ナナシタスケテ。」
「っう、……」
「サガソ」
「ぎんい、ろ……」

チャカチャカと足音を立て、ナナシの元へと向かった。エルマーはだめだ、怖い顔をしていて、ギンイロの欲しい言葉をくれそうにない。
もしかしたら、ナナシは一緒に探してくれるかも知れない。ギンイロはねだるように己の鼻先を寄せようとして、動きを止めた。
前足も、鼻も真っ赤だったのだ。このままだと、ナナシを汚してしまう。ギンイロは困ったようにナナシへと視線を向けた。
緑色の美しい一つ目には、涙を堪えるナナシの姿が映っていた。

「ナナシ、ナクノカ」
「な、かない……」
「ナンデ、ナキソウ」
「ぎんいろ、が……っ、なかない、のに……っ」

ナナシの声が、嗚咽を堪える。細い喉を引き絞り、瞳に溜まった涙を溢さぬように取り繕う。その様子を前に、ギンイロは口を閉じる。
泣いているナナシは見たくない。なんでだろうと考えて、ギンイロはようやくその理由に気がついた。

「ナカナイ、ギンイロ、ワカラナイ」
「ひ、ぐっ……」
「ママ、ゼンブオシエテナイ」

表情は、少しだけ困ったかのような色を乗せている。ギンイロは、考え込むように頭を下げた。工房の床の色は、なにも変わらない。スーマと、チベットに見送られたあの日と、なにも変わらないのだ。
それでも、まるで自分の家ではないような、そんなふわふわとした感覚が身を苛むのだ。
これは、きっとここがギンイロの帰るべき場所だということを、認めたくないからなのかも知れない。

認めたくないのだ。だって、ここは、じじいとスーマがいない。いつもの、ギンイロの知っている、大好きなあの場所じゃない。

「ぅ、……っ、」

堪えきれず、声が漏れた。ナナシは、放心しているかのようにおとなしいギンイロを前に、その細い喉を震わせた。
縋り付くように、手を伸ばす。ギンイロの太い首に腕を回すと、豊かな毛並みに顔を埋めるように抱き締めた。

今、ギンイロから離れたらダメだ。そう、ナナシの心情を表すかのように握り締めた袖口。
指先が白くなるほどの力が込められたナナシの腕の中は、ギンイロの明瞭だった視界を容易くぼやけさせる。

「コレナニ」
「える、ぅ……っ……」

だめだ、このままじゃギンイロが壊れちゃう。ナナシは、ギンイロの心に傷がつくのを恐れた。
大切を失った今、ギンイロは己の感情を正しく理解できないでいる。
認めたくないのだ。認めてしまったら、現実を受け入れなくてはいけないからだ。
本当は、泣きたいに決まっている。それなのに、この不器用な精霊は、泣くことは教えられてないからと我慢する。
うまく泣かせてあげられない。ナナシは、なにもできない己自身に息苦しさを感じた。

二人は、もういない。ギンイロを愛して、育み、暖かく見守ってきた二人はもういないのだ。
ナナシは、それを教えてあげることのできない臆病者だ。突きつけられた現実を、優しく寄り添って伝えられるような、そんな語彙など一つも知らない。

「ギンイロ、」

いつもよりも掠れたエルマーの声が、ギンイロの名前を読んだ。
ナナシの体を受け止めたまま、ギンイロは困ったように振り向いた。己の体をシクシクと濡らすエルマーの大切を、どうやって慰めたらいいかわからなかったのだ。

「エルマー、ナナシ、ナク」

それなのに、エルマーはギンイロをさらに困らせる。
ナナシよりもずっと力強い腕が、ギンイロを抱きしめたのだ。普段なら、こんなことはしない。
後ろからも、前からも、二人分の温もりがギンイロを挟むのだ。大人しくおすわりをしながら、困ったように尾を揺らすことしかできない。
動きにくくて、少しだけ邪魔臭い。それでも、込められた腕の力が心地よいのも事実だった。

「俺も泣きてえ、けど。まずはお前が泣け。」
「タノシクナイコト、シナクテイイッテママガイッタ」
「ああ、そうだなあ。お前のママは、頭いいなあ。」

エルマーの言葉に、ギンイロはくん、と鼻を鳴らした。
泣くのは、悲しい時にするものだ。悲しいは、楽しくない。だって、ギンイロのママは、言ったのだ。
生まれたてのギンイロの毛並みを、小さい体でぺしょぺしょ舐めながら言ったのだ。

嫌な事はしなくていい、楽しいこと、嬉しいことだけをして生きなさい。
やりたくないことはしなくていい、嫌だなと思ったら逃げていい。
そうして、大きくなりなさい。

みんな、心に一つだけの宝石を持っている。それは、ギンイロにも、もちろんママにもあるもの。
それを磨いて綺麗にしなさい。
たったひとつの自慢の石を、差し出せるような主を見つけなさい。

ちっちゃなギンイロだけのママ。スーマの柔らかな声と温もりが、己の体を包み込んでくれた気がした。
ギンイロよりも随分と小さくて、抱き締めてくれる腕は短くて、それじゃあしがみついているようだとじじいに揶揄われても、嬉しそうにピギャピギャ笑う。

もうあの温もりも、じじいの力強い掌も、ギンイロに与えられることはないのだ。

ギンイロは、大きな瞳から雫をこぼした。澄んだ緑色の瞳が、溶けてしまったんじゃないかと思うほど、大粒のそれをぼたぼたと地面に染み込ませる。
そのうちの一粒が、ナナシの頭にぽちゃんと落ちた。綺麗なナナシの髪の毛は、涙に濡れてギンイロと同じ光沢を放つ。
それでも、ギンイロは怒られることもなかった。

込み上げる熱い塊に涙腺を馬鹿にされ、初めて零した涙にびっくりして、呼吸の仕方を忘れたかのように苦しい肺を酷使しながら、ギンイロはエルマーとナナシの腕の中で静かに泣いた。

「ママ、ヤダ、ジジ、ヤダ……」
「うん」
「ホ、メテ……ホシカッタ……ッ」
「うん、」

きゅうん、と情けない声が喉から漏れた。二人をしがみつかせまま、ギンイロはクゥクゥキュゥキュゥと、鼻を鳴らす。
こんな泣き方をするだなんて、知らなかった。エルマーもナナシも、己の体温を分け与えるかのように抱き締める。
大きな体を震わせる。子犬が親を呼ぶように、いつまでもきゅうんと甘えた声が止まらない。その姿はひどく痛々しくて、少しだけ涙が滲んだ。

甘えたかった。ギンイロはじじいとスーマにたくさん甘えたかったのだ。

「コレガ、カナシイ。ママガ……サイゴニオシエテクレタ。」

カナシイは、いけない。
こんな、心が押し潰されてしまいそうなこれは駄目だ。

「カナシイ、サセナイ。ギンイロ、ミンナニカナシイ、サセナイ」

焼け付くような胸の痛みを逃すように、宣った。
この場で一番の悲しいに直面している筈のギンイロが、そんなことを言うのだ。
もうダメだった、エルマーもナナシも、涙を堪えていられなかった。

「サセナイ、そう、だなあ……カナシイはいけねーよ、なあ……」
「な、ナナシ、も……っ、カナシイ……は、だめ、っ……」
「ミンナナク、タイヘン」
「ばっかやろ、タイヘンなのは、おまえだろうが……」

滲んだそれを誤魔化すかのように、ギンイロの毛並みに顔を埋める。
不遜で生意気で、痛いことをするナナシのエルマーが、下手くそに己を抱き締めるのがむず痒い。
二人は己のために泣いてくれている。そう思うと、カナシイはいやだが、その感情を分け合うことは嫌じゃないなあと思った。

同じ気持ちで、同じ理由でカナシイになってくれて、こうして一緒に泣いてくれるのはなんだか擽ったい。心の内側の、柔らかい部分が熱くなってしまう。
ママが言っていた、心の石を磨くとはこういうことなのかもなあと、そんなことを思った。

ゆっくりと体を離したエルマーが、ギンイロの目の前に美しい宝石を差し出した。
赤い、ルビーにも似たその宝石を前に、ギンイロは確かめるように鼻先を寄せる。温かい匂いがした。

「これが、お前のスーマが磨いた宝石だ。じじいのそばで、沢山磨いだスーマの心だ。」

ころりとしたそれは、とても小さい。小さいけれど、澄んだ光を纏って輝いていた。
そうか、これが心の宝石か。
コツンとそれを鼻先でつつく。ゆらゆら揺れるそれをみて、ママにじゃれついて転がしてしまった時のことを思い出した。

「ママ、イツモワラッテタ。コノイシ、ワラッテルミタイ」

ピギャピギャと笑うスーマは、ギンイロに転がされながらもいつも楽しそうだった。
小さな体で、大きな愛情をくれたママの言葉が、ギンイロの心から消えることはない。あの笑い声も、あったかい掌もだ。


沢山の幸せを、その大きな口で噛み締めて、そして出来た心の余裕を、周りに等しく与えなさい。


スーマは教えてくれていた。チベットと巡り合ってから、己がどれだけ幸福だったかを。

二人の体は、一つになったのだ。もうスーマの灰色の毛並みは、見る影もない。
それでも、チベットに守られるようにして重なったスーマの体は、魔石となって瓦礫の下に落ちていた。
まるで、最後の挨拶かのように。

「ギンイロ、いこう。全部終わったら、また戻ってこよう。」
「ウン」
「ギンイロ、……」

ギンイロは二人を真っ直ぐに見つめた後、惜しむように一度だけ振り向いた。
本当は、ずっとここにいたい。ここにいたいけど、ゆっくりと悲しむには時間が足りない。

ギンイロは小さく鼻を鳴らし、手を振る代わりに尾を揺らす。四肢でしっかり大地を踏みしめるように立ちあがると、ゆっくりとエルマーを見上げた。

「ワカッタ」

その言葉に、迷いは感じられなかった。緑色の瞳だけが、何かを決意したかのように小さく光った。
何が正解なのかはわからない、それでも、ギンイロは愛してくれたじじいとスーマに胸を張れる、そんな精霊になりたかった。

二人にしてあげられなかったたくさんの事を、ギンイロはナナシにしてあげたい。
エルマーは時々意地悪だけれど、それでもいい。隠れた優しさは、ギンイロだってちゃんとわかっている。

ギンイロの前足には、赤い宝石がきらりと光る。スーマの形見である首輪を、エルマーが巻いてくれたのだ。
じじが与えた、ギンイロのママの首輪はとても小さい。こんな小さい体で、ギンイロをたくさん愛してくれたのだ。

ひとりじゃない、から、そこで見てて。

ギンイロはぶるりと身震いすると、エルマーがナナシを支えるように跨るのを待ってから大地を蹴った。
ゆっくりと弔うには、終わらせなくてはいけない。
ギンイロは好きにする、好きにするから、やるべきことを先にやる。

やりたくないことはしなくていい、それでも、目を背けてはいけないことには立ち向かわねば。
だってギンイロは、じじいの宝物から生まれた、誇り高い精霊なのだから。


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